10
ここは迷宮の38階。
未だ石造りの室内の続く回廊によって迷宮が構築されている。
そこに木霊する魔物の咆哮と人の怒声。
どうやら冒険者が戦っているようであった。
冒険者は囲まれていた。
部屋の中にある宝箱に誘われたのか、その周りの地面から起き上がったアンデット、レブナントに囲まれている。
レブナントはゾンビの上位種、明確な破壊目的と生前の知識をある程度持つ。
そのレブナントに囲まれた冒険者が入ってきた入り口に向けて撤退を始めていた。
「ちいいいぃ、誰だよ周りになんもいねぇって言ったやつはぁ!」
「おれです。でもしょうがないじゃないですか~、地面に埋まってるなんて想定してませんよー。」
「いいから走れ、こいつらは足が遅いから逃げ切れる。」
最後尾に付いていた弓使いが牽制に矢を放つが、アンデットであるレブナントは全く意に介さない。
「矢の無駄だ。とにかく走れ。」
「分かってるよ!」
「りょーか~い。」
こんな時でも陽気なのは本人達の気質か、冒険者の性なのか。
しかし、もうすぐ出口という所で足が止まる。
出口の周りの土が盛り上がる。
それは瞬く間に鎧の形を作っていった。
燃え尽きた死霊の更に成れの果て、アッシュ。
入り口に溜まっていたのはただの土ではない。
アンデットが燃え尽き、風化した灰である。
その灰が形を作り、怨念がそれを固める。
物理的な攻撃が殆ど効かない、Cランク冒険者の壁と言われる魔物である。
その体の何処かに怨念の核が作られるが、それを切り裂くのは運である。
絶望的な状況に3人は顔を歪ませる。
だが、こんなところまで来る冒険者である。
もちろん対策はしている。
「ピート、そいつの動きを止めろ。モルス、聖水の準備だ。」
そういいながら後ろを振り向きレブナントに矢を浴びせる。
殆ど効果がないとは言え、無いよりマシである。
「うおおおりゃああぁ!」
ピートと呼ばれた戦士が手に持ったスモールシールドでかち上げる。
アッシュは元々が灰で出来ているために、抵抗無く吹き飛ばされちりじりになる。
が、すぐにまた集まると元の姿へと戻っていく。
「ほ~いほいっと。」
しかし元に戻る、その瞬間にモルスが聖水を振りまいた。
声にならない絶叫を上げるようにアッシュは崩れ落ちていく。
「おっしゃ、エドいいぞ、さっさと逃げ……。」
ピートの言葉に振り返るエド。
だがその視線の先にあったのはピートの首だった。
目の前に落ちる首。
それを追いかけるように血飛沫が舞う。
そこでようやく思い出したかのように、ピートの体が崩れていった。
「モルス、後ろ!」
「え~?」
その首に向かって横なぎに振るわれた奇形のナイフがぎりぎりで空を切る。
エドの声に無意識にしゃがみ込んだモルスは、運命の分かれ道をどうにか手繰り寄せたようだ。
尤も、それを手繰り寄せたのは経験だろうが。
エドは考える。
一体どこから現れたのかと。
3人で完全に四方を見ていたはずであるので後ろから襲われる。
突然湧きでもしない限り不可能であった。
一瞬の考えの間に事態は進行する。
空ぶった、その勢いそのままに独楽のように回転しながら再びその奇形のナイフを振り下ろす。
それを前転することにより、辛うじてモルスがかわしきった。
そこに撃ち込まれるエドの矢。
それは襲ってきた人影の心臓を背後から貫いた。
人影は力を失い、前にのめり込むように倒れた。
それにすかさずモルスが聖水を振り掛ける。
「モルス、大丈夫か?時間が無い、ピートは置いていく。走るぞ!」
「まじかよ~。ピート死んじゃってるよ~。」
仲間が死んだことは確かに悲しいが、それを悼んでいる暇はない。
一瞬だけ目を伏せるとモルスも走り出した。
「ひぎっ、け、は……あ……。」
仲間の声で後ろを振り返ったエドが見たのは、膝を突き、前に倒れるモルスの姿。
その背中には先ほど倒した人影が持っていた奇形のナイフが完全に胸を貫いている。
人影は、倒れた、そのままの状態で、右腕だけが持ちあがっていた。
瞬時にどうにもならない事を悟ったエドはとりあえず走る。
走る。
走る。
(……くそ。確実に心臓を貫いたはず。しかもその後に聖水まで降りかけた。
何故生きている。そもそも何処から……。)
そこまで考え、ハッと思い出す。
人影が現れた時、天井から、破片が落ちていたような気がする、と。
そう、人影は天井に張り付き、獲物を今か今かと待ち受けていたのであった。
( くそっ! くそっ! くっそ!! )
それでも走る事をやめないエドの後ろでは人影がユラリと起き上がる。
そしてモルスの背中に刺さった奇形のナイフを引き抜くと、後ろに振り返った。
そこから始まるのは、一方的な虐殺。
腕が飛び、脳漿が飛び散る。
腐った内臓を地面にばら撒き、それでも動く体を更にばらばらに刻んでいく。
最後に残ったのは、頭蓋骨に皮を張り付かせ、瞳があった眼窟が赤く灯ったアンデットだけであった。
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迷宮帰りのノルンは、ウイッデンから前日のスコルピオンキングの受領書をもらうとギルドへと足を運んだ。
ユラルルは入りたくないのか、イルアリアハートも捕まえて冒険者ギルドの入り口で待つようである。
ギルドに入ったノルンは堂々とエリスの所へと向かった。
何度も行くうちに、周りも、ノルン自身も慣れてしまったのである。
「ご苦労さん。依頼の処理を頼む。それと、魔石の買取だな。」
そういって3人分のカードと受領書、魔石の入った袋をカウンターへと置いた。
「こんにちわ。ウイッデンさんからお金のほうは受け取ってるわよ。ノルン君、まーた稼いじゃってるのね。」
そういいながら手早く後ろの職員へと書類と魔石を渡す。
そして言葉を続けた。
「それより、昨日は大丈夫だった?何か怖いことなかった?騎士団のお偉いさんに君の経歴書持って行かれちゃったのよ、ごめんね?」
足のつかない程度に隠蔽していたエリスであったが、もっと本格的に隠せばよかったと後悔していた。
書類の改竄程度、お手の物であるのだ。
まあ、リスクを考えしなかったのであるが。
「昨日来たよ。何もなかったが。ギルドの上層部には言ってなかったんだろ?それだけでも感謝してるよ。」
「うふふ、感謝の気持ちを体で払ってくれてもいいのよ?具体的に言えば今夜とか、どうかしら?」
肉食獣のそれな目で舐めるようにノルンを見るエリス。
目が怖い。
舌なめずりもやめてほしい。
「……遠慮する。それより、ギルドカードも明日でいいから帰っていいか?」
「もう、冗談じゃない。そ、れ、に。ちょっと小耳に挟んだことがあるの。聞いていくでしょ?」
冗談ではない。
雰囲気がそう物語っていた。
「……外に二人待たせてるんで手短に頼む。」
「もう、どうしようかな~。今度何かプレゼントしてくれたら話してあげる。」
「じゃあいい。バーバに聞きゃ、大体知ってるからな。」
意外と情報通のバーバ。
街の情報の殆どを何故か知っている。
ノルンがバーバの宿屋に長く滞在することを決めた理由の一つでもある。
「ノルン君うまいわね~。しょうがないなぁ、お姉さんが教えてあげる。
今ね、迷宮にはあんまり入らない方がいいらしいわよ?
昨日ね、冒険者が一人帰ってきたんだけど、パーティーはその一人を除いて全滅。
しかもその相手がかなり高ランクのアンデットらしいのよ。
話によると、心臓を貫いて聖水を振り掛けても死ななかったんですって。
それに加えて奇襲を出来る知能と、隠密性。とてもじゃないけど勝てないらしいわ。
ちなみに38階らしいわよ?ノルン君、さっき見た魔石の感じだと25階ぐらいなんじゃない?
もしかすると、そろそろかち合っちゃうわよ?」
相変わらず、一人でずっと喋るのが得意な女性である。
エリスなりのアプローチであっても、捕食される側としては全く好意が伝わってこない。
「ふうん。確かに今のメンバーだとキツイかもな。特にイルは奇襲されたら一撃だろ。
ありがとよ、気が向いたら何か買ってきてやるよ。」
「え、ほんと?うふふ、も~、わかってるじゃない。」
途端に機嫌の良くなるエリス。
その後ろからギルドカードと貨幣が渡される。
「はい、ギルドカード。それと銀貨20枚ね。……それにしても、今回ウイッデンさんから振り込まれた額、異常だわ。
この十分の一でいいからくれない?」
「あ?情報料でやってもいいんだが、イルからそういうのを止められててな。そういうのはうちのイルに言ってくれ。」
一瞬エリスはなにを言ってるのかしら、と言った顔になる。
十分の一でも金貨10枚ぐらいある気がする。
もうちょっと粘ってみようかと、エリスは逡巡するが、やめた。
「いいのよ、プレゼントくれるんでしょ?それで我慢してあげる。」
「はいはい、適当に買ってくるよ。そんじゃ、またな。」
「うん、楽しみにしてるわね。」
そういって手を振りながら、エリスはノルンを見送った。
ノルンが出て行くと同時に、またすぐにいつものエリスに戻った。
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ユラルルとイルアリアハートと合流したノルンは街を歩いている。
適当な会話をしつつ、宿に向かう。
「今日のベリベルさんすごかったね!私たち要らないんじゃないって思っちゃった。」
「……ですね。援護がまるで必要ありませんでした。何が起こったんですか。」
「すごいよね~。ゴロゴロゴローって転がっていって、殆どひき潰しちゃうし。見てるだけで終わっちゃった。」
「大体、装備品がおかしいです。日に日に凶悪になってます。なんですか、あの全身に付いたとげとげは。
それに全体的に丸くなっていました。いくら体格に恵まれていると言っても異常です。羨ましいです。」
「ベリベルさん、今日思ったんだけど、迷宮に入ったら性格変わってない?」
「間違いありません。気弱な性格だと思っていましたが、二重人格なのですか。」
「楽しいから私は良いけど~。それに、味方に当たるのを気にせずに魔術を撃てるってすっごい楽!」
「それはベリベルさんの鎧に全面魔術障壁が張られているからです。普通は焼け焦げます。」
「だからいいんだよ~。ベリベルさんが魔物を集めてくれるから、そこにドカーンって!」
「……はぁ、ベリベルさんご愁傷様です。……そのせいで何度か治療しました。」
「それは……名誉の負傷?それに殆ど効いてなかったよ?ごほごほ言ってただけじゃなかったかな……。」
「それはそうなのですが。一緒に私の矢も燃えてしまいました。結構高いのです。また補充しないといけません。」
女3人集まれば喧しいとはよく言うものの、二人でも十分喧しい。
ノルンが完全に一歩下がって聞き流していると宿へと到着する。
女性二人は喋りながら入っていった。
「ただいま~。」
3人を代表してユラルルが挨拶をする。
それに答える視線が沢山。
部屋の中は何故か人が沢山いた。
「おう、嬢ちゃんおかえり。」
バーバの声に張りはない。
そもそも、最近元気なバーバというものにお目にかかった記憶もない。
「あ……こんにちわ。ユラルルさん、イルアリアハートさん、……ノルンさん。」
テーブルに座っていたセレスティが立ち上がり、ユラルルに向かって歩いていく。
それを見つけたユラルルがセレスティを抱きしめた。
「もう、またきてくれたんだ~。可愛い!」
「ひゃあ、……もう、だめですよ?」
のんびりとした二人とは対照的に、セレスティの後ろにいる厳つい顔をした男は殺気を振りまいていた。
その中でも、変わらない佇まいはテーブルに控えるジライと侍女だけである。
それを見ながらノルンはその脇を通り抜け、いつも通りバーバに注文する。
「バーバ、鍵くれよ。イル、水桶いるのか?」
「は、はい。必要です。」
「じゃあ水桶も。」
「ちょっと待ってな。」
そういって厨房に戻り桶を持ってくる。
「ほらよ、鍵と水桶だ。」
渡された桶と鍵を持って階段に行こうとしたノルンだが、呼び止められる。
「まてい、セレスティ様が呼ばれているというのに無視するなど……許されん。」
剣の柄に手をやった男が凄むが、ノルンは気にしない。
「イル、これ持って先に上がってろ。」
そう言って桶を渡すと、男へと向き直った。
その間にイルアリアハートはそそくさと階段を上がる。
「グランツ、だったか?何でそんな格好してんだ?
それにそいつ、セレスティじゃなくてリリンだろ。」
グランツに青筋が浮かぶ。
今のグランツは、鍛え上げられた肉体の形がわかるほどぴっちりした黒の上下。
腰には剣を下げるためのベルトをしているがそれ以外は普段着のようである。
今にも斬りかかりそうな空気であったが、セレスティの言葉でそれは霧散する。
「グランツ、その、やめてください。ノルンさんは、えっと、あの……。友達、と言うのですか?
ですのでそういった事は咎めません。それに、私もそのほうが、嬉しいです。」
「ふむ、早合点してしまったようだの。リリン様、で、よろしかったですかな?
わしは宿の入り口で待機しております。ご友人との歓談を邪魔する気はありませぬ故に。」
そういうと入り口へと歩いていく。
扉の脇で休めの姿勢を取ると、微動だにせず立ち尽くす。
もはや何かの彫刻のようであった。
「はぁ、何が気に入ったのかしらねぇが何か用か?」
ぶっきらぼうにノルンは問いかけると、セレスティは花が咲いたような笑顔でノルンへの距離を詰める。
一緒に抱きついていたユラルルもつけて。
「あの……、そのですね……。昨日から、何を食べても美味しく感じないのです。
それで、その、もう一度ほしいのです。」
彫刻とかしていたグランツの厳つい顔が歪む。
必死に何かに耐えているようだった。
「朝にシェフルドから血を頂いたのですが、その、あんまり美味しくなくて。
なのでもう一度、お願いしても、いいですか?」
良いですかと言いながらも、くっつくほどに詰め寄っている。
笑顔が爛々と輝き、興奮しているのか息も少し荒い。
どうやらノルンの苦手なタイプなのか、返事に困っている間にセレスティは勝手にノルンの腕を取ると、またしても口に含んだ。
舐める間に垣間見える、小さな口には鋭い犬歯。
これなら確かに人の肌程度であれば簡単に噛みきれる。
すぐに我慢できなくなったのか歯を立てた。
痛みと共に抜け出す血液を美味しそうに嚥下していく。
いけない気分になって来たノルンはそれを振り払った。
「だあああっ!ちょっと待て、ちょっと待て。……おいグランツ、これは止めなくてもいいのか?」
しかしノルンの問いかけを無視するグランツ。
それを見て違う人へと向き直る。
「そこの侍女、これはどう見ても教育上良くないだろ。やめさせろよ。」
侍女はそれを鼻で笑い飛ばす。
かなり、イラッとするノルンであるが今はそれどころではない。
他を見やる。
バーバは首を振っている。
ジライは我関せず。
ユラルルはセレスティと一緒になって物欲しそうに見ている。駄目だこいつどうにかしないと。
それを見て諦めたのか、荷物を置くと両手剣を立てかけてカウンターの椅子に座った。
そして右手を差し出す。
「ほら、欲しいんだろ?こっちに来いよ。」
余りにも甘い対応であるが、しょうがない。
純真な気持ちへの対応など、ノルンの最も苦手とするものであった。
ノルンの言葉に、ノルンの隣にセレスティは座ると、また舐め始める。
「……あっ、はぁ……んっ。んく、……はぁ~。」
とてもとても色っぽい顔である。
一旦口を離すと、深い息を吐いた。
そしてまた口に含む。
「ノルン……。どんな感じがするの?」
「いや、どうなんだ?何かペットに餌をやってる気分なんだが……。」
「ふ~ん。そうなんだ。じゃあ私、上に行ってるね。あ、荷物持って行ってあげる。
すぐに帰ってくるからね!それまでにへんな事しちゃ駄目だからね!」
そう言って荷物を持って階段を上がっていった。
(変なことってなんだよ、俺がされてることが変なことだろ。)
一人取り残されたノルンはそんな事を思っていた。
しかしなかなか離さない。
少しずつとはいえ、結構飲んでいるはずである。
そう、ノルンが思っていると、やっとセレスティは口を離した。
「はぁ~。美味しい、です。」
そういってぶるりと体を震わせる。
その背中に光りの粒子が集まっていき、蝶の羽が出来上がる。
興奮しているのか、無意識に力が行使されているようであった。
まだまだ物足りないとばかりに指を口に含む。
血の出が悪くなったのに不満なのか、もう一度歯を立てた。
そしてまた舐りはじめた。
終わりの見えない光景にノルンは目に映る侍女を呼びつける。
「おい、そこの侍女。ちょっとこっちに来い。」
その言葉に侍女は静々と近寄る。
「どうしましたか、3時のおやつさん。」
「おい、てめぇ喧嘩うってんのか?」
「では訂正します。エサさんで十分でしたね。
エサさん、エサさん……。今度から貴方の事をえーさんとお呼びします。」
「どうやら、死にたいようだな。」
そこで力が入ったのか、ノルンの人差し指が折れ曲がる。
それはセレスティの小さな口の中を蹂躙し、舌に絡みつく。
くぐもった声が響くが、セレスティは更に熱心に口に頬張った。
「……えーさん。もっと優しくお願いします。」
「もういい……。とりあえずこれをどうにかしてくれ。」
完全にイニシアチブを取られて疲れた様子のノルン。
セレスティの背中の羽が、自身の気持ちを表すかのようにパタパタと揺れている。
「私ではどうも出来ません。ご満足なされるのを待ってください。
そもそも、こんなにお待たせさせたのです。それぐらいの罰はあってしかるべきだと思います。
ですよね、えーさん。」
ノルンは空いた左手で頭を抱える。
冷静になるべきであった。
そして瞬時に切り替わる。無駄に技能を使っていた。
(落ち着け、この侍女は相手をするだけ無駄だ。そして現状だが、よく考えるとこいつに血を吸わせる必要なんてない。それに聞かなけりゃならん事もある。)
やっと気づいたようである。
そう、ノルンは判断したのか指を引っ込めようとした。
しかし、両腕で掴まれ、吸われ、舌を絡められている状況ではどうにも力を入れづらい。
かなりの罪悪感に苛まれながらノルンは強引に腕を引っこ抜いた。
「ぷぁ……はぁ、んっ……はぁ。あ……もう、終わり、ですか?」
そうして見上げる瞳。
潤み、欲し、艶かしい唇が僅かに開いている。
「この鬼畜野郎。変態、ロリコン、特殊性癖。いたいけな少女にこんな事を教えるなんて、えーさんやりますね。」
「え……きち、く?へんたい?……メル、それはなんですか?」
「お知りにならないほうが良いかと。妊娠してしまいます。」
「するかっ!……でだ。その羽、見覚えがあるんだが、妖精だろ。
なんでお前から生えてんだよ。」
あからさまに話題を変えてノルンが聞く。
未だに羽がパタパタ揺れていた。
「あ……、可愛いでしょう?」
「ラブリーです。最高です。鼻血がでそうです。」
体をひねって羽をアピールするセレスティに、それを褒めちぎるメルと呼ばれた侍女。
いまいち言葉に感情が篭っておらず、棒読みなのは癖なのだろう。
「おちょくってるんだな。そういう態度をとるんなら、俺にも対応がある。」
「えーさん、これだけでは飽き足らずにもっと特殊なプレイを……?」
「わかった、もうこれに血はやらん。」
その言葉に目をぱちくりさせるセレスティ。
「あ……だめ、です。……リィンちゃんも駄目だって言ってます。」
その言葉を聞いてノルンは納得する。
以前聞いた妖精の名である。
やはりこの少女は契約をしているようであった。
「おい、お前さん、王女様だろ?昨日、シェフルドが言ってたし、グランツもセレスティって言ってただろ。
これはお忍びか?まさか本当に血を吸いに来ただけとかいわねぇよな?」
「えっと……メル、どうしましょう?」
そういって侍女に助けを求めた。
とても良い判断である。
「おやつ風情が知る必要のない事です。あ、もちろんここであった事は他言無用でお願いします。
どこかに洩れるともれなく騎士団がえーさんに食いつきます。
エサだけに。」
無言でため息をつくノルン。
「おめぇはとりあえず殺す。街であったら気が付かないうちにあの世に送ってやるよ。」
「ノルン様、ご冗談はよしてください。私はしがない侍女でございます。
リリン様、ではそろそろ帰りましょう。皆様心配なさります。」
「あ……はい。あの、また来ますね。約束、しましょう?」
そういってセレスティは手のひらを差し出す。
手のひらを広げてノルンに見えるように。
「おい、侍女。止めなくていいのか?多分わかってないぞ。」
「ノルン様はやり方をご存じないご様子。僭越ながらお手伝いいたしましょう。」
ノルンが指でセレスティを指すが、メルはその手を掴むと無理やり広げさせた。
抗議をするが無視される。
そして、ノルンの手のひらとセレスティの手のひらが合わさった。
「……また、お会いできますように。それでは、失礼します。」
そういって入り口へと歩いていく。
それにメルが続き、扉をくぐっていく。
最後にグランツが扉をくぐろうとした所で振り返った。
「こぞう、明日の朝日が拝めると良いの。」
そう言ってセレスティの後を追っていった。
「バーバ、明日も来ると思うか?」
「絶対来るだろうな。」
逃げるか、ノルンは現実逃避していた。
メル。
簡素な侍女服を身に纏った女性。
淡い金髪のボブカット。大きな目と、常に笑顔が特徴です。
王女様専属の侍女。
身長150ぐらい。全体的に薄い。なにがとは言わないです。




