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ぐだぐだですね。
ノルンは夢を見ていた。
今より17年ほど昔。未だ現役で己の力を信じ、迷宮にもぐり続けていた時である。
その当時のノルンの名前をヴォルグと言う。貴族でもなんでもないので姓は無い。
冒険者として一番脂の乗ったその当時ヴォルグは一つのパーティーに所属していた。パーティーの名前をバラガと言う。
バラガと言うのは王国の南、山脈の麓に生える多年草の花の名前である5枚の大きな花弁を持つ淡い紫色の花を咲かせるとても綺麗な花である。その花はその地方で永遠の友情と言う花言葉を持つ事で有名であった。
バラガのメンバーは5人。
巨大なタワーシールドに重装備で固めた重戦士アーサー。
肉厚な両手剣をまるで棒切れのように扱う重剣士ヴォルグ。
索敵と狙撃を得意とした弓騎士セバス。
若干18歳と最年少ながら卓越した火属性魔法の使い手メリルル。
神聖魔法を使う神に愛された神官ナーユ。
個人個人のランクも全員がAランクと実力は折り紙つきである。その5人で帝国中央にある迷宮、サザクス迷宮に挑んでいた。パーティーを組み始めて1年、お互いに実力を認め合い、迷宮の奥深くまで行ける様になっていたある日、それは唐突に起こったのだ。
メンバーの一人であるメリルルが実家に帰らなければならない。
そう切り出したのだ。ぽつぽつとメリルルは喋りだした。
メリルルの実家は聖王国の貴族の家系、しかも伝説の冒険者の血を受け継ぐ5大貴族の一つだった。そしてメリルルはその長女である、と。
17のある日、実家を飛び出し帝国に向かってそこで冒険者となったのだ。そして本人の才能か、血筋なのか直ぐに頭角を現し今所属しているバラガにスカウトされたと言う。
そこからはまさしく走り抜けるような日々だったと言う。共に有る喜びを知り、切磋琢磨していく日々。まさに毎日が宝石のようだとメリルルは話した。
しかし現実は無常である。メリルルをどうやって探し出したのかメリルルの元へ手紙が来たのだ。父が死んだと。
父が死んだと言う事は長女であるメリルルは家を守る為に誰か婿をとり当主を迎えねばならない。貴族として生まれたからにはもはや義務である。
母からの手紙にはお前の好きなように生きなさい。と書いてあったが今まで育ててもらった恩、ましてや父の死に目に会えなかった親不幸。
遂には実家に帰ることを決心したのだ。
バラガのメンバーは神妙に聞いていたがメリルルは続けた。どうか自分が抜けた後も誰かメンバーを募って迷宮探索を続けてほしいと。そしてパーティーを離れる自分を許してほしいと。
このパーティーのリーダーはいつ如何なる時も冷静にその場を取り仕切ることが出来る弓騎士のセバスである。
全員の視線が集まる中セバスは言い放った。
このバラガというパーティーはその名の通り永遠の友情である。その友情に終わりは無く、欠けることもありえない。メリルルが居なくなるならばこのパーティーはここで解散しよう、と。
メリルルは必死にそれはだめだ!と叫んだがそう思ったのはセバスだけではなく全員が同じ思いだったのだ。
もはやメリルルが離れる事を止められないのと同じように4人の思いを止める事などできはしないのだ。
その日は深夜まで酒を飲み交わし、それまでの思い出話や笑い話、失敗談から恋愛の話まで大いに盛り上がり、まるで離れ離れになる恐怖を振り切るかのように笑い合った。そしてその最後の夜、メリルルとヴォルグは初めて情を交わしたのだった。
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「……、朝か。それにしても、懐かしい夢を久しぶりに見たもんだ。」
そう呟くノルンの顔は少し前までの険がとれ、すっきりとした顔をしていた。
「ふあぁぁぁぁっ、それにしても昨日は久しぶりにあんなに飲んだからなぁ。そりゃこんな夢も見るわ。」
そう言ってベッドから起き上がると部屋を見渡す。
そこには脱ぎ散らかされた服と昨日の狩りで使った道具が全く手入れされない状態で放置されていた。
「やべぇ、なんもしてねぇ。」
脱ぎ散らかされた少し血の匂いのする服を着込むと一階のカウンターに行く。
「すまん、バーバ。水と桶を貸してくれ。」
慌てて来たノルンにびっくりしていたバーバだが話を聞いてその悪党顔を更ににやつかせた。
「はは~ん、さては装備を手入れせずに寝たんだろ?そりゃ慌ててくるわな。がははははっ!」
バーバは一頻り大笑いすると厨房の方へと行き桶に水を溜めて帰ってきた。
「わらわかしてくれた礼だ、ほんとは銅貨1枚だがサービスしといてやるよ。」
更にもう一度馬鹿笑いするバーバからノルンは桶を受け取る。
「ちっ、笑いすぎだバーバ。しかしタダって言うんならありがたく借りてくよ!」
そういって桶を持って階段を上がっていく。後ろでは思い出したのかもう一度バーバが笑っていた。
まずは余り汚れていない物から洗い、どんどんと洗っていく。
昨日買った服だけでは足りないのでもう一セットぐらい買い足した方が良いかとノルンは考えていた。
「あーあ、手袋カチカチ。」
昨日の狩りで使った手袋はもはや血がこびりつきカチカチに固まっていた。暫く浸けておいたほうがよさそうである。
「その間に朝飯でも食いに行くか。」
そう呟くと桶の水に手袋を浸けて一階に向けて歩き出した。
「バーバ、朝飯を頼む。」
そう言って銅貨を5枚カウンターの上に置く。
「くはは、分かったよ。おーい!飯を一人前だ!」「へーい!」
昨日の夜と同じ会話が繰り返される。しかしまだ笑っているのかこのおやじ。そう思いながら大人しく朝飯を待つ事にした。
暫くすると量だけは大盛りな野菜炒めと目玉焼きに大きなパンが運ばれてくる。
「おいバーバ、なんだこの量は。ここにはオークはいねぇぞ。」
オークというのは何でも食べる悪食である。しかも暴食なので手がつけられない。
「若ぇもんが遠慮すんな!若いうちは沢山食べて大きくなりゃ良いんだよ。」
そう言ってカウンターでのんびり座っている。というかこの宿俺一人しかいないんだが大丈夫なのか?
「バーバ。……もしかしてこの宿ってさびれてんのか?」
もぐもぐと食べながらノルンは尋ねてみた。
「ああ、結構客は減っちまったなぁ。街の西の冒険者ギルドがあるだろ?あそこの近くに大きな宿が出来たんだとよ。飯はうまい、部屋は広い、ぼろくねぇ。おまけにギルドに近くて迷宮にも近い。うちはもう長年やってきたから建物も古いしおまけに迷宮とギルドから遠いってんで冒険者がみーんな向こうに流れちまった。参ったもんだぜ。」
全く参ったという感じに見えないバーバである。
「でもまあ、安心しろ。飯だけは沢山食わしてやるからな。がはははっ!」
「安心しろバーバ。俺は他の所に行ったりしねぇよ。店主の顔は厳ついがなかなか良い所じゃねぇか。」
ノルンがそういうとバーバは驚いた顔をしてノルンを見る。
「坊主に慰められるたぁ俺も耄碌したもんだぜ。今日の夜も良いもん食わせてやるからしっかり稼いで来いよ!」
このおやじはなかなかいいおやじじゃねぇか。
そんなどうでもいい事を考えながら大量の飯を流し込んでいった。
大量の飯を完食したことに驚いたバーバをよそにノルンは自分の部屋に上がり今日の準備をしていく。
昨日の依頼が全部受理されたとして6件だから後14件こなせば次のランクに上がるのか。頑張れば今日中にいけそうだな。そう考えてノルンは汚れた皮の手袋を洗う。
あらかた綺麗になったのを確認しておもむろに手袋に手をかざした。
【契約魔術:本契約ネビィガノルン】
右腕に走る刺青が不満そうに蒼く煌く。皮の手袋はその瞬間、一瞬で乾いた状態に変わる。
そう、契約魔術という物は術者本人が望む事であればそれが何であれ叶えてしまうのである。もちろん契約している力あるものが出来ない事は出来ないが。
今までは代償を払うことで一定の事象を叶えてもらっていたが本契約を結んだ今、そんなものは必要ない。力あるものの与えた名前の上限まで力を行使できる。
「なんか、変な気分だな。代償が要らないっていうのもな……。」
ノルンが以前契約魔術を行うとき、主に自身の魔力を代償としていた。
その場に応じて他にも自身の血液であるとか片目であるとか片腕であるとか。最後の時は本当に何も残ってはいなかった。その右腕だけが彼に残された物だったのだ。
「この体もこの人生もお前にもらったような物か。そんな代償をもらってもうれしくは、ないか。」
手早くその他の装備も整えると荷物を持って部屋を出る。
一階のバーバに鍵を預けるとその足で冒険者ギルドへと歩いていった。
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冒険者ギルドに入ったノルンはまず昨日の報酬をもらいにカウンターへと向かう。案の定カウンターにはエリスがなぜか暇そうにしている。他のカウンターには人が並んでいるというのに。
「おはようさん。昨日の依頼の処理は終わったか?」
エリスのカウンターまで歩いて行きそう尋ねる。
「おはよう、ノルン君。昨日はね、依頼主のヘレンさんも大満足だったみたいでね。全部買い取ってもらえたんだよ。全部傷もなくきちんと処理されていて最高の品だったって!それに角も傷が殆どなくて磨り潰すのがもったいないって言ってたよ。今度また狩ってきたら是非自分の所に持ってきてほしいってさ。よかったね~。」
完全に子供に対する対応である。悪気が全くないのが更に悪い。
「それで色をつけて銀貨15枚と袋を預かってるよ。今後ともご贔屓に、だって。それと依頼達成は6回した事になってるからランクアップ目指して頑張ってね。」
ノルンは自分のギルドカードをエリスに渡す。ギルドカードに実績を刻印している間にノルンは話しかけた。
「今日もホーンラビットを狩ってくるから同じ依頼を頼むわ。」
「ええいいわよ。でも気をつけるんだよ?ちゃんと今日も無事に帰ってきてね。」
はい、ギルドカードと昨日の報酬。そういってエリスはノルンに渡す。
「わかったわかった。じゃあな。」
そのままノルンはギルドを出て行かず依頼の貼ってある一角に歩いていく。昨日適当に流し見たが他にいい依頼はないかと探しに来たようだ。
Gランクの依頼掲示板まで来た所で先客がいることにノルンは気がついた。先客がいることはさして珍しい事ではない。常に居ると言っても過言ではないのだ。
しかしその先客を見たノルンは固まってしまった。
「っな、……めり、る、る?」
ノルンは搾り出すようにそう呟いた。掲示板を眺めている先客の女冒険者が振り返る。その女性を正面から見たノルンはもはや幽霊でも見るかのようである。
「今貴方、メリルルって言ったよね?絶対にメリルルっていったよね?どうして貴方がその名前を知ってるの?ねぇ。」
振り返った女性は固まったままのノルンに浴びせるように早口でそう捲し立てる。
一方全く状況が把握できてないノルンは何も考えずに答えてしまった。
「……いや、昔の知り合いに似てたからつい言っちまったんだが……。」
人間、動転したとき素直になるものである。その例に漏れずノルンもそう素直に答えた。
「何で貴方みたいな子供が知ってるの?それに知り合いってどこで知り合ったの?何で知ってるの?」
大きな声ではないが的確に絶え間なく浴びせられる言葉は人の思考を奪っていく。まさに今の状況である。
「いや、なんだ?その、すまん。」
対人関係、特に女性関係を苦手としていたノルンは思考能力が止まり、とりあえず謝ろうという結論に達したようだ。
「ああもう、ちょっと貴方ついて来なさい!」
そう言ってノルンの腕をつかむと引きずるように冒険者ギルドを後にした。
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冒険者の女性に連れ去られたノルンは今現在テンザスの南地区の飲食街にあるカフェのような場所にいる。そのカフェで向かい合うようになぜか座っている状況に何とも言えず、ノルンは心の中で溜息をついた。
改めてノルンは目の前の女性を見た。
青い髪を腰まで伸ばしたその女性ははっきり言うとメリルルにかなり似ている。唯一の違いがあるとすれば右目にある泣きボクロだろうか。
更に言うならば女性の服装である。その服装はメリルルが冒険者をしていたときの服装に瓜二つなのである。黒の魔術師の帽子に黒いゆったり目のローブ。ブーツは冒険者にしては高いヒールがついている。
そして極めつけは持っている杖である。その杖は間違いなく自分達がサザクス迷宮で手に入れた杖だった。1m50cmほどの長さの紫色の杖の先端には紅い宝珠がついておりそれを囲むように綺麗な宝飾がなされている。ぶっちゃけこんな小娘が持つような物ではない。
一通り観察を終えたノルンは目の前でこちらを睨みつけるように見つめている女性をどうするか考えていた。恐らく本人ではないが縁のある人物。更に言うなら娘か何かだろう。
「はぁ、俺はノルンだ。お前の名前は?」
もうすでにかなり疲れた表情をしているノルンである。
「ノルン?聞いてた名前とも違うしもっと厳ついおっさんだって聞いてたし……。」
ぶつぶつと何か言っている。
「ああごめんなさい。私はユラルル、貴方に聞きたいことがあるんだけど良いかな?」
良いも悪いもない。無理やりこんな所に引っ張ってきたくせにいまさらどうしろと。
ノルンはもはや諦めていた。昼までに開放されたら良いなぁ。そんな事を思っている。
「それじゃあ聞くけど、貴方、ヴォルグって言う男知らない?なんかね、2mぐらいの大男で得意武器は両手剣、右腕に刺青をしててかなり無愛想で酒飲みで、でも優しいところもあるとか何とか。」
ユラルルの言葉に噴出しそうになるノルン。もろに自分の事である。しかもそこまで詳細に言わなくても良いだろうに。
「し、しらねぇなぁ。それよりも何でその男捜してるんだ?」
薄皮一枚で自身の動揺を隠し切ったノルンはそう尋ねた。
「え?そりゃお母様が突然、貴方の本当のお父様は別にいるのよ~なんて言い出すから一度会ってぶん殴ってやろうと思って。じゃなくて!本当に知らないの?ぜぇーーーったい、何か隠してるでしょ!それに私のことを見てお母様の名前を言うとか怪しすぎるんだから。」
ノルンは絶句していた。
ユラルルがメリルル縁の者で多分娘だろうなぁとは思っていたが、俺の娘?なんだそれは。娘?俺の?いや、確かにそういうことはしたが一度きりで……。いやそういうことも、あるのか……?
動揺のピークに差し掛かっているノルンにユラルルの攻撃はまだまだ続く。
「ちょっと!何か言いなさいよ、もう……。あーあ、お母様が冒険者がものすっごく楽しかったって言うから私もやって見ようと思ってやってきたのになんか雑用ばっかりだし迷宮にも入れないし実家に帰ろうかなぁ……。」
ノルンが何も言わない間にユラルルは愚痴り始めた。恐らく今までソロでやってきた為こういう機会もなかったのだろうがそれにしてもお喋りである。秘密などがあってもすぐに喋ってしまいそうである。
迷宮というものは冒険者としてのランクがE以上でないと基本的に入らせてもらえない。それはひとえに無駄な死人を減らす為の措置である。要するに弱いものは入るべからずという事である。
「おい、ユラルル。冒険者っていうのは仲間を集めて一緒に何かするのが楽しいんだ。見たところ未だにソロでやってるんだろ?そりゃ楽しくないだろうさ。まあお前さんみたいなはねっかえりを受け入れてくれるパーティーなんぞみつかんねぇかもしれないがな。」
つい口から出た言葉に早くも後悔するノルンである。
そういえばメリルルとの出会いもこんな感じの口論からだった気がする。
「なんですって!あんたみたいなお子様にそんなこと言われたくないわよ。っていうかあんただってどう見てもソロじゃない。偉そうなこと言わないでよ!」
椅子から立ち上がりまくし立てるユラルル。仰るとおりである。
「俺は良いんだよ。もうパーティーは組まないって決めてるんだ。俺には思い出があるからもう良いんだよ。」
懐かしみながらノルンはそう呟く。
「思い出って、バラガ?」
さっきまでの怒りもなんのその。普通に椅子に座りなおすとユラルルはそう聞いてくる。
「ば、ばらが?何の話だ?」
ノルンは冷や汗が止まらない。恐る恐るユラルルのほうへ視線をやるとノルンをじと目で睨んでいる。
まさか先ほどまでの会話は全部演技だったのではないだろうか。そういう予感が頭をよぎっていく。
「そういえばあんた、両手剣持ってる。それに、その首の所の刺青と右袖から見える刺青、右腕全体が刺青で覆われてるんじゃないの?それにお母様の事を知ってる。姿かたちが違うって事はあんた、もしかして……。」
やべぇやべぇやべぇ。背中がゾクゾクするノルン。
隠さなければならないことは全くないのだがなぜか隠さなければならないと第6感が告げている。
「あんた、ヴォルグの息子でしょ!」
ババーン!と効果音がつきそうな感じである。まさに犯人はお前だーののりである。
「いや、まあ。じゃあそれでいいよ。」
かなり疲れた感じで投げやりなノルン。もうどうにでもなれといったところだろう。
「ふーん、まだ白を切るつもりなんだ。まあ良いけどね。これから一緒に冒険するんだからよろしくね?」
全く理解できないノルンは一応反論して見る。
「おい、何でそうなるんだ。おかしいだろ常識的に考えて。」
「あんたがさっき言ったんじゃない。冒険は仲間がいたほうが楽しいんでしょ?それにお母様が言ってたの。もし冒険で行き詰ったらヴォルグに何とかしてもらいなさい、って。あんたヴォルグの息子でしょ?だからあんたに面倒見てもらうの。っていっても多分私のほうがお姉さんだから私が面倒見てあげるよ?」
「おいこら、勝手に進めんじゃねぇ。てめぇみてぇな乳臭い餓鬼のお守りなんてごめんだぞ。」
ノルンは一応抵抗して見るが内心ではそれもまたありか、と思っていた。バラガが解散してからずっとソロだったが、もう一度、組んで見ても良いんじゃないか。それはそれで楽しそうだな、そんな事を思っていた。
内容を若干修正。
オーク:体長1.2~3m程の豚顔の魔物。知能は低く魔術を扱える物は殆どいない。単体認定Eランクの魔物である。暴食で大食いで知られる魔物。基本的に余り強くない為大量発生はしないが王が現れると異常繁殖する。たびたび騎士団や冒険者によって駆除される。