PV ユニーク記念
第1話の補足です。
テンザスにある迷宮、その地下深くを一人の男が歩いていた。
地下深くといっても、そこまで深くは無い。
せいぜい50階を越えた辺りだろうか。
それでも、一般の冒険者にとっては到達が困難であるという点で、地下深くと言わざるをえないが。
その男の名をヴォルグ。
身長2mを越え、ガッチリした体格、精悍な顔つきだが年のせいなのか、顔には大きな皺もある。
見た目は軽装の鎧を着、その手には赤く燃えるような刀身をした2m程の両手剣。
見ただけでわかるほどに戦士だった。
その男は一人で迷宮を歩く。
ランクの高い冒険者でも最低4人程のパーティーで挑む階層であるにも関わらず。
出てくる魔物をまるで紙くずのように切り裂いていく。
そう、男にとってこの程度の階層は準備運動にもならない。
そうして暫く進んだ道の先、巨大な地底湖のある広い場所に差し掛かった。
入ってきた入り口と、200m程先にある出口。
そして右は岩肌がそそり立っており、左は切り立った岩壁の下に地底湖が口をあけている。
何処かへと繋がっているのか、奥は深く、流れがあるようである。
天井は迷宮とは思えないほどに高い。
しかしそこには魔物の姿も無く、罠のような気配も無い。
男はそれでも慎重に岩肌に沿って出口に向かおうとした。
そこに驕りなどは無く、常に警戒を怠らない、熟練の冒険者であった。
ちょうどヴォルグが真ん中まで来たところで、違和感に気がついた。
後ろ、入って来た方向から風を切るような音が聞こえる。
それを感じ取ったヴォルグは振り返り、両手剣を躊躇い無く振るった。
両手剣によって切り落とされた矢が落ちる。
普通の矢よりも明らかに長く、太い、その矢は切り飛ばされてなお、ヴォルグの後ろへと突き刺さる。
そうして後ろを振り返ったヴォルグの視線の先には男が一人と、女が一人。
100mの距離を正確に射抜く技量とはいかなるものか。
「ちっ……。」
明らかに自分と同等か、もしかしたらそれ以上のものを感じたヴォルグは冷静に判断する。
殺すか、逃げるか。
ヴォルグの取った行動は後者だった。
後方支援のいる相手にこの広い、見通しのよい場所は危険である。
そして二人であるとは限らないのである。
その後ろから後続が出てくるとも限らない。
一瞬でそう判断すると踵を返して出口へと走り出した。
しかしその振り返ったヴォルグの視線の先には先ほどまでいなかった新たな人影の姿。
男が二人に女が一人。
明らかに重戦士と戦士、魔術師である。
そう、これは地形をうまく利用した待ち伏せである。
大抵、これぐらいの階層になると盗賊などはいない。
盗賊をするほどお金に困っている者は、そもそもここまでたどり着けない。
その為、警戒の順位が低くなるのも当然であった。
一瞬で前方の3人からまたしても反転すると、入り口へと走り出す。
重戦士を相手にするには時間がかかる。
それよりも戦士と弓使いを突破した方が良い、と判断したのだ。
後ろから来た女の得物は巨大なバリスタ。
矢の大きさからいって連射などには向いていない。
代わりに速度と威力は考えたくも無いが。
100mの距離を一気に縮めるヴォルグに向かって相手の戦士も向かってくる。
当然、弓使いは間合いが無ければ一刀両断されてしまう存在である。
それを擁護しなければならない。
「当然こっちに来るよなぁ!だが残念、俺がこん中じゃ一番強いんだぜ?」
「五月蝿いので黙って盾になりなさい。」
向かってきた戦士とそれに野次を飛ばす弓使い。
戦士は余程自信があるのか、その手に持ったハルバード以外、鎧らしきものを着けていない。
戦士との間合いを詰める前にヴォルグは魔術を発動させる。
【契約魔術:代償:身体能力強化】
ヴォルグの顔に刻まれた皺が深くなる。
自己の魔力や血液の代償ではとても足りないこの恩恵に、ヴォルグは自身の寿命を差し出した。
この状況を打破するためには必要である、と判断したのだ。
その代償とつりあうだけの恩恵がこの魔術にはあった。
自己研鑽で到達するには遠い魔術。
しかも効果は見てわかるほどではないのが普通である。
しかし、力あるものによって為されるこの魔術は違う。
実に普段の1.5倍ほどの動きが可能となる。
走っている時よりも、更に速い速度で戦士の右に回りこむと、ヴォルグは2mもある両手剣を紙切れの如く振り下ろす。
戦士の驚愕の顔と共に、避けえぬ体勢でその刃は振り下ろされた。
戦士の顔も、何かを諦めたような顔である。
だが、その戦士の顔がにやりと歪む。
ガァァァ~~~ン
ヴォルグの両手剣が何かの見えない壁に弾かれる。
それと同時に戦士の胸に下げられていたペンダントが粉々に砕け散った。
その異常を見届ける事無く、両者は一旦距離をとる。
「すげぇすげぇ!戦女神の加護が壊れるとかどんだけだよ!」
どうやら先ほどのペンダントは、戦士の唯一つの防具、のようなものだったようだ。
「死を実感したのは久しぶりだ!滾るねぇ!」
「ノイ、真面目にして。」
「おれぁ真面目だよぉ!こいつはやべぇ、英雄に片足どころか両足突っ込んでるよ!?」
睨み合いの中そんな軽口を叩く。
しかしヴォルグも動けない。
後ろを見せれば必ずハルバードの穂先が来るだろう。
ただでさえ、バリスタに狙われているのである。
そのバリスタを処理している間に狙われるのは自明の理であった。
そんな危機的な状況の中、ヴォルグは違和感に気がつく。
目の前の男は、人間にしては毛深いを通り越している。
しかも耳が尖っている。
そうして思い返せば、弓使いの女性の耳も不自然なほど長かった。
そこまでわかれば最早答えは出てくるだろう。
「……おい、亜人が何の用だ。死にたくなけりゃ道を空けな。」
それを聞いた戦士はその顔を歪ませる。
「亜人だぁぁ!?てめぇら人間様が世界の中心みてぇな事言うんじゃねぇよ!
おれぁウェアウルフだ!てめぇらの血なんて微塵も入っちゃいねぇよ!」
高い知能を持ち、独特の文化を持つウェアウルフ。
その姿から人狼と呼ばれるが、人間種族とは全く違った種族である。
戦士は言葉を言い放つとまた無言になる。
一瞬でも気を緩めると、目の前の男に二つにされるとわかっているのである。
軽口を叩いているのも自己を鼓舞する以外の効果は無い。
その沈黙が破られた。
周囲の気温が一瞬で下がる。
それを肌で感じ取ったヴォルグはその場から後ろに飛び退る。
その、先ほどまでヴォルグの居た地面から氷の槍が何本も生えてきた。
氷結魔術の第5階位、アイシクルエッジ。
隠密性と殺傷力、足止めなど、かなり使い勝手のよう魔術である。
「ひゅ~。それを避けるかい。だが、これで詰みだろぉ?」
ノイと呼ばれた戦士の言うとおり、出口から走ってきていた3人がヴォルグのすぐそばまで来ていた。
「ほおら、命乞いしろよ人間!」
「……一つ聞きたいんだが、おめぇらなんでこんなとこにいんだ?」
それは単純な疑問。
亜人である彼らは人の街に入れない。
そもそも、人の生活圏内での存在が許されない。
たとえ意思の疎通が可能であろうとも、人という種族は傲慢なのである。
自分達よりも、体が優れ、世界に愛される彼ら亜人を許せない。
その結果、亜人と呼ばれる彼らは絶滅危惧種である。
未だに生きているのは極少数、しかも人も入れないような未開の地である。
その彼らが人の街の中にある迷宮にいるなど信じられないのであろう。
「おおん?それが遺言かぁい?」
ノイは答える気が無い。
しかし、後ろの耳の長い女性、恐らくエルフだろう、が答えた。
「力を手に入れる。もう、逃げたくない。」
その言葉には常人では考えられないほどの想いが詰まっているのだろう。
ヴォルグの目の前の戦士も、その言葉を噛み締めるように睨んでいる。
「……そうかい。俺には興味のねぇ話だ、見逃してくれるんならなんもしねぇ。どうだ?」
ヴォルグにしてみれば最大限の譲歩であった。
実際ヴォルグも危機感を感じていた。
目の前の男レベルがもう3人。
勝てたとしても体が残っているかどうかも怪しい。
目の前の男もわかっているのかすぐには返事をしない。
わかっている。
この男を殺せても、仲間が何名か死ぬかもしれないと。
「……ノイ。この提案、受けるべき。」
「……ふっざけんじゃねぇぇ!!人間なんてなぁ、生かしとく価値なんてねぇんだよぉ!」
そういうとハルバードを振りかぶり、ヴォルグに接近すると振り落とした。
一見、次に来る行動がわかる分隙だらけに見えるが、だからこそ対処が難しい。
相手は必ず当てるつもりで来るだろうし、その為、威力も速度も段違いである。
そうして、ヴォルグを押しつぶし、引き裂き、肉塊に変える斧が振り落とされる。
ヴォルグは両手剣を腰だめに構えると、体から引き絞られるようにその刃を振るった。
激しく飛び散る火花と共に、弾かれる斧槍。
しかし、追撃の好機であるはずのそのタイミングでヴォルグは後ろに下がる。
そのヴォルグの目の前をバリスタから射出された矢が通り過ぎた。
明らかに多勢に無勢である。
弾き飛ばされたハルバードの先端の斧が、半分より先が斬り飛ばされていようとも、
その前に立ちふさがる巨大な盾を持つ重戦士が居ては関係ない。
「……完全に囲まれちまったな。」
そう、ヴォルグが手間取っている間に周りは完全に囲まれている。
後ろには断崖がその口を大きく開け、地底へと誘っていた。
もはや、じっとしていても始まらないと覚悟を決めたのか、ヴォルグは自己に発破をかける。
「おめぇら、生きて帰れると、思うなよ!」
下段に構えていたヴォルグが弾ける様に目の前の重戦士へ距離を詰める。
重戦士はその身を守る巨大なシールドを構えると足腰を張り、衝撃に耐える姿勢をとった。
そして後から来た戦士も、出来た隙を逃さないように機会を探る。
弓使いは装填しており、魔術師は詠唱中である。
ノイは得物が半分使い物にならなくなったことに驚き、重戦士の後ろへと下がっていた。
誰もが無謀な突進だと思っていた。
その光景を見るまでは。
重戦士の前まで行ったヴォルグはそこで踏ん張り、地面から脚へ、そして腰を使い、体全てを使ってその手に持った両手剣を振り抜く。
その衝撃に耐えようとした重戦士はそこで違和感を感じる。
思ったよりも軽い衝撃。
そして何故か地面へと落ちる視界。
そう、重戦士は、その盾と、鎧と、そして体ごと真一文字に切り裂かれた。
倒れる重戦士に振り抜くタイミングを突こうと接近していた戦士がぎょっとする。
しかし、一瞬で意識を切り替えると降りぬいた体勢で固まっているヴォルグへとその手に持つナイフを振り落とす。
その、先端に重心が偏ったグルカナイフのようなナイフは、ヴォルグの左肩の付け根に突き刺さる。
幸運なのか、狙ったのか、そこは鎧で覆われておらず、ヴォルグの左腕を壊すことに成功した。
自身の全ての力を込めた一撃を終えた瞬間のヴォルグに、それを避けることは不可能であったのだ。
そしてそのまま離れようとした戦士は目の前に現れた手のひらに掴まれる。
後ろに後ずさる戦士と共に前へと出たヴォルグの左腕が、戦士の顔を鷲掴みする。
肩から半分ほど千切れているというのに恐ろしい執念である。
【契約魔術:代償:死の呪い】
魔術の発動と共にヴォルグの左腕が肩まで一瞬にして消え去った。
強すぎる魔術に、それに見合った代償。
望んだ魔術を発動させるためにはその四肢の一つが必要であったのだ。
幸いなのは、ほぼ使えない左腕であったことだろうか。
発動した魔術は死の呪い。
対象を狂わせ、見境無く暴れさせる。
そしてその末は、生ける屍たる狂ったアンデットである。
「うおおおおおぉぉぉぉんん!!」
突然頭を抱えて叫びだした戦士を放置してヴォルグはその奥にいる魔術師へと走り寄る。
腕が消失した違和感で、走りにくそうにするヴォルグの前に、最初の男が立ちふさがる。
恐らく、このパーティーのリーダーであろうノイであった。
「てっめぇぇ!」
仲間を一人、瞬殺され、そして更にもう一人、訳のわからない状況にされているのだ。
恐らく助からない。
それを見たノイは先端が半分消えたハルバードを横に凪いだ。
右腕一本でその巨大な両手剣を構えるとヴォルグはそのハルバードを前に構えるようにして弾く。
そしてノイへと接近しようとするが、目の前の光景に一歩下がらされる。
ノイの後ろには無数の巨大な氷柱。
その数は20を越えている。
氷結魔術第6階位、アイシクルフォール。
無数の氷柱を敵に放つ凶悪な魔術である。
そしてそれが順次放たれる。
一度に放つ愚かしいことなどしない。
確実に当てられるタイミングでするものなのだ。
その氷柱がヴォルグへと迫る。
一つ目を後ろに下がって避ける
次に左右から迫る氷柱に更に下がる。
しかし、そこは追い詰められた位置だった。
囲まれた時と同じ、後ろには断崖の絶壁。
後は無い。
そこに止めとばかりに氷柱が5つ、群がった。
更にその後ろにも残りが迫っているのが見える。
「なめるな!」
【契約魔術:代償:シールド】
ヴォルグの目の前に黒い膜が張られる。
ヴォルグの周囲を完全に覆うほどの巨大さ。
魔術の発動と同時にヴォルグはその片目の光が完全に失われるのを実感した。
だがそれは、迫り来る氷柱を、まるで存在しないかのように弾いていく。
しかし、それにも限界が来る。
およそ、24本目の氷柱によってその膜が割れる。
そして最後の二本。
一本を右に避けることでかわすが、もう一本が右足の地面へと突き刺さる。
それは瞬く間に周りを凍らせていき、ヴォルグの右足の太ももまでを完全に凍らせた。
全てを処理したと思ったその時、一切の気配を感じさせていなかった弓使いのバリスタから矢が放たれる。
それは避けようとするヴォルグの凍った右足の付け根へと突き刺さる。
完全に凍りついた右足は、ガラスが砕ける音と共にちぎれとんだ。
その衝撃で、ヴォルグは後ろへと倒れこむ。
そう、大きく口を開けた地底湖へと。
最後にヴォルグが見たのは、グルカのようなナイフで切りつけられた魔術師の姿。
そしてそれに激昂するノイの姿であった。
------------pf
地底湖に投げ出され、流れに沿って引きずり込まれたヴォルグが気がつくと、そこは砂浜だった。
途中で意識が無くなり、気がついたらそこに居たヴォルグは、片手と片足でずりずりと這い上がる。
そして岩壁まで行くともたれ掛かった。
「俺も焼きが回ったか……。くそっ、俺の最後も、こんなもの、か。」
そう言って周りを見渡す。
そこは何も無い空間。
小さな部屋のような空間だった。
岩肌を仄かに照らす苔が幻想的に照らす。
それを見ながら、ヴォルグは思う。
「お前とも長い付き合いだったが、これで終わりか。最後に名前ぐらい知りたかったが……。」
そうして自分の右腕を見る。
未だ離さない自身の愛剣と、それを掴む腕。
そこに刻まれた刺青を。
愛おしげにそれを見つめると呟いた。
「俺の全部をくれてやる。髪の毛ひとつから血の一滴まで魂の全てだ。だから最後にお前の名前を教えてくれよ……。」
そして最後に魔術を発動させた。
【契約魔術:代償】
その望みは唯一つ。
他の何も望みはしない。
生きる未練も、今までの過去も、そして長かった人生さえも。
全てを置き去りにしたその望みは、確かに純粋で、唯の一つも混じり物が無かった。
そして。
右腕の紋章が淡く輝き、その瞬間彼の体は喪失した。
いつの間にか
お気に入り1万件
PV3.3Mアクセス
ユニーク385kアクセス
突破しました。
初心者な作者ですが皆様のおかげでここまで書けてきました。
これからも頑張りますのでどうかよろしくお願いします!
戦闘描写ェ、難しすぎる。




