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ノルンとベリベルが街へと到着し、東門に入ろうとすると、そこには何時もよりも多くの兵士が居た。
「ようジョガナ、何かあったのか?なんかえらく兵士が多いが。」
「おつかれさん。今日も大量だなぁおい。お前らには関係ない話だから別にささっと通ってもいいぞ?
無駄な尋問するのも疲れるからなぁ。」
そう言ってくいっと親指で城門を指し示す。
だが、後ろに居たセレナスがそれを許さない。
小気味いい音と共に、ジョガナの頭にセレナスが剣ではたかれる。
もちろん鞘に入ってはいるが。
「マジかよ……。いってぇー。いてぇじゃねぇか!」
「お前が職務をサボろうとするからだろ。」
「良いじゃねぇか、こいつら朝に出て今帰ってきたんだろ?全く関係ねぇ。」
「それがわかってても一応って奴があるだろ。」
そういうとセレナスがノルンに向き直る。
「と言う訳なんだが、少し時間を取らせてもらってもいいか?ま、嫌だって言っても取らせるけどな。」
「はいはい、で?なんかあったんだろ?こんなに騎士団が出張るって事は余程の緊急事態なんだろ。」
そういってノルンは城門を見た。
何時もは二人しか居ないそこに、4人も増員されている。しかも城門の上にも監視が増えている。
「それなんだがな、今、非公式にこの街を訪れていた第4王女が突然行方不明になったらしくて。
しかもその直前に領主の館の警備をしていた騎士団の兵士が3人、行方不明ときてる。
って言っても、多分死んでるって話だ。本当に一応聞くが、何か知らないか?」
セレナスも一応と言っている通り、全く期待していない。
いつも通りに東門を出て、馬が潰れんばかりの獲物を持って帰っているノルン達はどう見ても関係ない。
「予想通り俺らはなんもしらねぇよ。お勤めご苦労さん。」
「ほらみろセレナス、だから面倒くさいからさっさと通そうと思ったんだ。」
ジョガナが頭をさすりながら割り込む。
「ここからが本題だっつうの!お前はちょっと黙ってろ。
-んっ!でだな、そのお姫様を見かけたら騎士団に教えてほしんだよ。
確か、ノルンよりも20cmぐらい小さいのか?ぐらいで今10歳だってよ。
赤い髪が特徴的で目は朱色、まあ、お偉いさんの話じゃ気品がある?
らしいからすぐわかるんじゃないかってさ。」
「へー。まあ無いとは思うが見かけたら届けてやるよ。そんじゃ通ってもいいか?」
「ああいいぞ。後ろのベリベルだっけ?も聞いてたろ、見つけたら頼むぞ。
ちなみに見つけたら俺の名前を出せよ?お姫様との禁断のラブストーリー、憧れるなぁ!」
何か妄想を始めたセレナスを置いてジョガナに手を振って城門を後にした。
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馬を手で引いてウイッデン防具加工店まで行き、馬を店の前につなぐと中に入る。
中に入るとウイッデンが渋い顔をしていた。
「よ、ウイッデン。大量だぜ?」
「お、おうノルン。お疲れさん。なんだ、手ぶらみてぇだが獲物はどこに置いてんだ?」
ノルンの後ろから入ってきたベリベルも手ぶらだったために訝しそうに尋ねた。
「店の前に繋いだ馬に乗せてるよ。まあちょっと来いって。」
笑いながらノルンはそう言う。
どことなく機嫌がいいのを察したウイッデンも悪そうな顔になる。
「おいベリベル、ちょっと店番してろ。」
「へい!」
全身鎧で武装したベリベルが店番などすると、客が全て逃げるのではないかと思うがウイッデンは気にせずに指示をした。
そしてノルンの後ろについていく。
外に出たウイッデンは、目に飛び込んできた素材を一目で把握する。
そしてにやりとした。
「ノルンが何を獲ってきてももう驚かねぇよ。
こいつはスコルピオンキングの甲殻だろ、……なんつうもんを獲ってきやがる。」
言葉とは裏腹に、その瞳は獲物を見つけた獣のようである。
「でだ、何匹分あるんだ?ざっと見てもわからねぇんだが。」
「ああ、背中の甲殻だけ選んできたからな。15匹分の甲殻と鋏が5匹分で10本、重てぇんで中身は抜いてるぜ。」
「ベリベルの奴、ナイス判断だ。はっ、はは!うちは休む暇もねぇな!」
嬉しい悲鳴である。
確認を終えたウイッデンは店に入ると怒声を上げる。
「おいてめぇら!全員出て来い!表の奴をさっさと回収しろいっ!」
もはやわかっていたのであろう。おいてめぇらの『お』で、職人が一斉にやってくる。
みていて惚れ惚れする動きだ。
「すぐに火を起こせ!燃料と紋章もあるだけ準備しろ!早くしねぇとすぐに固まっちまう!」
スコルピオンキングの甲殻には、ガラスに似た性質がある。
ある一定以上の温度を加えると、緩やかに軟らかくなるのである。
しかし、その加減が難しく、熱を加えすぎると薄くなったり溶けてしまう。
しかもそのある程度の温度がかなり高いときていた。
素材の鮮度がよければそれなりの温度で何とか処理出来るが、時間がたつと硬く、そして火にも強くなる。
素材としては一級品であるが加工のとても難しい素材でもある。
「ノルン、すまねぇが一刻を争う。報酬とかの件は次のときでいいか?」
「あ、ああ……。馬はやるよ、鍋にでもして体力でも付けてくれ。」
あまりの気迫に流石のノルンも生返事であった。
それに、すまねぇな、とウイッデンは返し、店の中に入る。
「ベリベルてめぇも手伝うんだよ!さっさと鎧脱げ!」
「へ?店番はどうするんですかい?」
「今日はもう店じまいだよ!さっさといかねぇか!」
「へ、へい!」
ノルンはあっという間に、本日閉店、の看板が掲げられた店を後にした。
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ウイッデンの所からノルンはバーバの宿屋に帰ってきていた。
中に入るとそこにはバーバと兵士が一人。
そして奥のお風呂へと繋がる扉が開いており、兵士が二人ほど立ち往生していた。
ノルンはバーバへと歩み寄る。
「ただいまバーバ。どうした、何かあったのか?」
「おうお帰り。知ってるかもしれねぇが、何か王女様が行方不明なんだとよ。
そんで宿に居る人員を改めさせてんだけど、今、嬢ちゃん達が風呂に入っててな。
そんで揉めてんだよ。まあ、すぐに収まるだろうがな。」
確かに奥からなにやら罵声が聞こえる。
変態とか信じられないとか最悪とか、ありとあらゆる罵詈雑言の嵐である。
良く見ると、脱衣所から火の粉が洩れている。
魔術が行使されているのだろうが冥福を祈るしかない。
職務に忠実な兵士涙目である。
「……そちらの方を紹介して頂いてもよろしいですか?」
罵声を眺めていたノルンを見ながら兵士がバーバへと尋ねた。
「ああ、こいつはうちの宿に泊まってるノルンだ。こんななりだが一流の冒険者だぜ。」
何故かバーバが自慢げに言う。
「ああ、最近ちらほらと聞きます。
前に上官が、最近街が潤っているのはノルンと言う冒険者のおかげであると言っていました。
どうも、自分は正騎士のマルデュールといいます。ノルンさん、よろしくお願いします。」
「何もよろしく出来ないが、よろしく。」
ノルンは適当に握手をした。
そこに兵士が二人帰ってくる。
見るからにびしょびしょでしかも桶を投げつけられたのだろう、あちこち擦り傷を作っている。
そして服の所々が焼けたり髪の毛も半分ほどちりちりである。
「報告します!風呂場には女性が3名、うち二人は宿屋の記帳に載っていたユラルル、イルアリアハートと名乗っていました。
最後の一名ですが、リリンと呼ばれていました。
姿も確認しましたが、髪は黒く、また瞳の色は暗くてわかりにくかったですが、恐らく紫ではなかったかと思います!」
「ご苦労。とりあえず鼻血を拭け。役得だったなお前達。」
「え、あ、はい!」
元気良く返事をする。
ノルンのコメカミがピクリとした。
それを見たバーバが慌てて話に割り込んだ。
「じゃあうちはもういいんじゃねぇか?用事が済んだならさっさと行ったほうがいいぞ。」
かなり親切心を出してバーバが言う。
「ふむ、そうだな。協力感謝する。女性達にはこれで何か食べさせてくれ。
それとすまなかったと。……それでは。」
カウンターに銀貨を3枚置くとマルデュールは兵士二人を連れて店を出て行った。
冷や汗をぬぐいながらバーバはため息をつく。
「仕事なんだから大目に見てやれよ。」
「あ?わかってるよそんくれぇ。水桶と鍵くれよ、上で整備してくるわ。」
「ああちょっと待て、―――――待たせたな、桶と鍵だ。
嬢ちゃん達はおめぇが帰ってくるちょっと前に風呂に入ったから整備を終えて下りてきたらちょうどかち合うんじゃねぇか?」
桶と鍵を受け取ると、ありがとよ、といってそのまま階段を上がっていった。
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セレスティはユラルルとイルアリアハートと一緒にお風呂から出て来た。
色々と言葉では言い表せないほどの事もあったが、お風呂には満足していた。
お風呂から出て、扉を開けて一階に入るとそこには何故か執事の姿が。
「お嬢様方、あちらにお茶会の準備ができております。どうぞこちらへ。」
そう言って一人ずつ椅子を引いて座らせていく。
「それでは紅茶をお持ちしますので少々お待ちください。」
そのまま丁寧に礼をすると厨房の方へと歩いていった。
セレスティはそれを見送ると声をかける。
「宿屋とは、凄い所ですね。執事までいるなんて、思いませんでした。」
「え?普通だよ?宿屋は大体こんな感じなんだよ~。」
もちろん全くの大嘘であるが二人の会話に違和感はない。
一緒にお風呂に入ることで仲良くなったのか、セレスティの言葉にも怯えの色が少ないように見える。
「はぁ、ユラルルさんいたいけな少女に嘘を言ってはいけません。
この宿屋は普通じゃないです。一階とお風呂は目をつぶっても、執事は絶対いません。」
「……そうなのですか?私、宿屋と言う所が初めてで。これが普通だと思っていました。」
良く見ると、3人とも上流階級であった。
それが原因でセレスティも違和感なく振舞えている。
そこへやってきたジライが話を邪魔しないようにさり気無く準備をしていく。
カートに載せられた紅茶のための機器は一体どこから持ってきたのか小一時間問い詰めねばならないだろう。
全ての作業を終えるとカートと共に邪魔をしない程度に控えた。
そこへノルンが降りてくる。
服は着替えたのか、黒の上下にウイッデンのブーツである。
チラリとユラルル達のいるテーブルを見ると、そこにはいかずにカウンターへと座る。
セレスティがそれを見ながらユラルルに尋ねた。
「その、ユラルルさん。あちらの殿方は、あの、どなたですか?」
「えっとね、私のお父さんでノルンだよ?えへへ。」
昨日のことを思い出したのか嬉しそうにはにかむ。
「まあ、お父様なのですね。こちらにお呼びしなくても、いいのですか?」
「あ、そうだね。」
そう言って席を立つ。
そのままユラルルはノルンに後ろから抱き着いて何やらごにょごにょと話していたが、ノルンに手を振られてユラルルが戻ってきた。
「子供の集まりには興味ないってさ。多分恥ずかしいんじゃないかな。」
「そう、なんですね。ノルンさん、ですか。」
イルアリアハートとユラルルが何かを話しているがセレスティの耳には殆ど届かない。
セレスティの目線はノルンを見つめており離さない。
(なんだろう、これ。むねが締め付けられる、感じです。)
会話の途中であるにもかかわらず、セレスティは立ち上がる。
「あれ、リリンちゃんどうかしたの?」
ユラルルの言葉も聞こえる事無く、セレスティはノルンの元へと歩いていった。
その気配に気がつきノルンが振り返る。
「あ?……なんだ?」
そのノルンの言葉に返事は無い。
セレスティの目は一点、ノルンの首筋に集中していた。
(うわぁ、おいしそう、です。すごく、食べたい。)
その感情がリィンと同化した事による弊害だとは知らない。
知らず知らずの内にリィンの気持ちが流れ込んでいた。
「あの、そのですね……その、貴方のことがほしいです。」
そして生唾を飲み込む。
セレスティの頬は上気し、目はとろんとしている。
幼い少女が、まるで妖艶な、成熟した女性の雰囲気を醸し出す。
一瞬で部屋の空気が凍結した。
ノルンは目が点であるし、バーバはコップを磨き、口を大きく開けたまま動かない。
ユラルルは今にも突っかかってきそうであるし、イルアリアハートは思考が止まっている。
まるで世界が止まっているかのようであった。
区切りがよいので投稿します。
ちょっと短い……?




