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ノルンはギルドへと歩いていた。
イルアリアハートに今日は休みだと伝え、それをユラルルが起きたら言ってくれと伝えておいた。
しかしノルンの装備は休みの日などではなく、完全装備でやる気満々であった。
それもそのはず、今日はベリベルと二人で草原に行くつもりなのだ。
(ユラルルは昨日殆ど寝てねぇみたいだし、当分起きてこねぇだろうな。
イルアリアハートは死ぬかもしれねぇから置いてきたし、
まあ、ベリベルは昨日の感じだと多分大丈夫かな。
荷物もちにもなるし。)
そんなことを考えていた。
そのまま歩を進めると冒険者ギルドが見えてくる。
ギルドの前にはいつものように黒い鎧が鎮座している。
だが、その姿は昨日のものとは少し違っていた。
「おうベリベル、おはようさん。」
「へい!ノルンの旦那、お疲れ様っす!
って、今日はお一人ですかい?」
いつもと違い、一人できたノルンに怪訝な顔をするベリベル。
今日は休みになるのか、とそんなことを思っていた。
「ああ、今日は俺とベリベルだけだ。男同士で仲良くやろうぜ。」
「へ?へい!」
よくわからないまま返事をするベリベル。
「おめぇ、またなんか鎧が変わってるがまあいいか。
今日はちょっと遠出する。馬を買って行くから、南地区に寄ってから行くぞ。」
「へい!」
なおも良くわかっていないベリベルを引きつれ、ノルンは南地区に向かった。
交通の足となる生き物として一番代表的な物は馬である。
他にも候補はあるが、馬が一番安全なのである。
もっとも速い乗り物としては飛龍があげられる。
その他にも足が6本ある馬のような魔物、チェイサーホーン。
飛べない二足歩行の竜、ドーラなど、基本的に野生の魔物であれば大体のものは騎乗できる。
しかしそれをしないのは総じて魔物が危険であるという一言に尽きる。
馬であればそこまでの危険はなく、人にも慣れている。
しかし魔物であれば、殆ど人に従う事などない。
その為、殆どの場合で人の交通手段は馬となる。
南地区にある馬小屋で適当な馬を買うと二人はそれに乗り東門から草原に向かった。
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「それにしてもベリベル、馬に乗れたんだな。」
ノルンは感心しながら呟いた。
確かにベリベルはあまり馬に乗れそうには見えない。
「おで、若いころは配達ばっかりやらされてたんでさぁ。その時に馬に乗ってやってた時期があるんすよ。」
ノルンはその話を聞いて、苦労してきたんだな、としみじみ思った。
実際、ベリベルが馬に乗れなかったら置いていくつもりであった。
「まあいいや、今回は無視できる魔物はとことん無視していくぞ。マッドブルが見えたら速攻迂回しろ。」
「へい、了解でさぁ。……ところで今回どこまで行くんですかい?」
ノルンの一見無謀な言葉にもなれてきたのであろうが、一応ベリベルは聞いてみた。
「ああ、ウイッデンがこの前言ってたんだよ。何でも竜の鱗とかハイオーガの皮とか白狼の毛皮とか。
そういう素材取ってきてくれよって。」
ノルンは暢気に話しているが、これは思いっきり世間話の一環としての話題である。
もちろん取ってきてほしいが、それがどれだけ危険かもわかっている。
あくまでも、出来ない事を言ってみただけなのである。
「へ?……竜?白狼?ハイオーガ?ノルンの旦那なに言ってんですかい?」
いきなりな発言にいきなりな内容であった。まさに自分に死ねといっているのかと。
「なにって、そのまんまだよ。丘越えて狩りにいくってだけだよ。別に可笑しなことじゃねぇよ。」
「いやいやいや、可笑しいですぜ!ああ親方ぁ、おではどうやら今日で終わりみたいっす。」
「なーに言ってやがる、昨日あれだけやらかしといて今更そりゃねぇだろ。今のお前ならオーガぐらいなら4,5匹に囲まれようが死にゃしねぇよ。」
「ひぃぃぃっ!」
こんな性格でも何とかなるのだから恐ろしい。
途中オーガが2体ほどいたがさっさと片付けると剥ぎ取りもせずに放置したまま先に進む。
ベリベルがもったいなさそうな目で最後まで見ていたのは言うまでもないが。
馬を走らせ早2時間。丘を越えてもうすぐ30分程度だろうか。
ここまではそこまで急いできていないためそこそこ時間がかかっている。
丘を越えたそこは、決して見晴らしなどは良くない。
すり鉢状な地形のため、常に湿気が溜まりそれが陽炎のように揺らめいている。
その為、せいぜい見えて50mほどだろうか。
草足も高くなってきているが相変わらず大きな木々はない。
その中で、馬を走らせていたノルンが視界の先にあるものを見つける。
それは明らかにこんなところに似つかわしくない、大木である。
高さは50mほどだろうか、幹の太さは直径5mはありそうである。
それを見つけたノルンが嬉しそうに声を上げる。
「お、トゥレントォだぜ?こいつがあるってことは近くにいるな。」
そう言うと、ベリベルを手を上げて止め、辺りを見渡す。
とりあえず周りに魔物がいないことを確認すると、馬を下りて地面に杭を打ち込んだ。
そこに馬をつなぐとベリベルに話しかける。
「ベリベルはそこに居ろ。馬が逃げねぇようにってのと、馬が殺されねぇように頼むぜ?」
「へい。」
ここがどういう場所かわかっているベリベルは小声で呟く。
それを聞いたノルンは樹の幹に向かって歩き出した。
ノルンが樹の幹まであと少しというところまで近づくと、樹の根の隙間から2mほどの体にそれを越える長さの尾を持つ乳白色の蠍、スコルピオンキングがぞろぞろと這い出してきた。
そう、草原に点在する巨木、トォレントゥの樹の根の隙間に巣を作るこの生物は、この草原の上位に君臨する強力な神経毒をもつ蠍であるスコルピオンキング。
その生息場所は冒険者ギルドの魔物図鑑にも載っている。しかし誰一人として近づくものなどいない。
何しろ鋭利な鋏に掠っただけで痙攣を起こす神経毒をもっているのだ。
ただでさえ巨大な蠍が集団で襲ってくるなど悪夢以外の何者でもない。
出てきたスコルピオンキングの数は6匹。まだ巣には居るだろうがとりあえずこの数が出てきたようだ。
「6匹か、そんな数じゃ俺はとまらねぇのにな。まあいっちょやるか。」
【契約魔術:ネビィガノルン:身体能力強化】
魔術の発動と共にノルンの刺青が淡く煌く。
その刺青はランスやシールドといった魔術が発動するよりも喜んでいるようにすら感じる。
外に放つ魔術よりも、内に作用する魔術は難しいとされる。
それは単純にかける対象である自分の体のことを理解していなければできないからであった。
しかしノルンにとってはそんなことなど関係ない。
何故なら、ノルンが望んだ事が行われるのである。そこにノルン自体の理解などは及ばない。
それが何であれ叶えてしまうのが契約魔術の利点である。
もっとも、できる事と出来ない事は極端だが。
「シャアアアアアァァ!!」
巣から出てきたスコルピオンキングは敵と思われる生物の使った魔術に反応して威嚇の姿勢をとる。
その姿勢は鋏を構え、尾を前に突き出すような体勢。あまり動きが速くないスコルピオンキングの迎撃の態勢である。
一見隙だらけに見えるが、この体勢は恐ろしい。
何しろ近づいた瞬間に一斉に3方向から攻撃が迫るのだ。
一つ二つを弾こうとも最後のひとつはどうしても食らってしまうだろう。
そして一撃食らえばそこからは一方的な攻撃が加えられる。
一匹を犠牲にしても餌を確実に手に入れる手段としては効果的である。
それ以前に早々負けはしないのだが。
ノルンは迎撃の姿勢をとったスコルピオンキングに無造作に近づくと、スコルピオンキングの間合いぎりぎりから一気に加速する。
まさしく自殺行為である。当然、スコルピオンキングは必殺の攻撃を繰り出す。
が、その攻撃は当たらない。
繰り出された鋏をしゃがんで避けると両手剣で顎の下から頭の先までをかち上げるように切り裂いた。
スコルピオンキングの甲殻はとてつもなく硬い。鋼などの金属よりも硬いのだ、その価値は計り知れないだろう。
しかしその甲殻を岩を金属で叩いたような音と共に切り裂く。
全く持ってありえない光景である。
「お~、相変わらずおっもい手ごたえだな!最近軟すぎるもんしか斬ってないから久しぶりだわ。」
オーガなどでも普通の冒険者からすれば硬く斬りにくいというのにそれに対して軟らかいとは、耳を疑う発言である。
ノルンが感慨に浸っている間にも次々とスコルピオンキングが迫ってくる。
動きが遅いといっても、この草原最速の白狼などと比べてという話である。
普通に考えると十分速い。
そのスコルピオンキングが、今度は切り裂かれた一匹の両脇から迫る。
その攻撃方法は単調で、また同じように同時攻撃であった。
しかし今回は2匹いるため6回同時攻撃である。
先ほどの愚は犯さないのか、今度は2匹で下から上まで全ての空間を埋めるように攻撃する。
それはもはや絶体絶命のように思える。
しかしそれはノルンにとってピンチでもなんでもなかった。
「はっは!いいねぇ、お守りしなくていいってのは最高だな!」
一瞬でスコルピオンキングの攻撃を全て弾く。
最初の一撃を弾き、そのままの反動で次の鋏を弾く。
その動きは全て計算されつくしており無駄がない。
それはノルンという男の貯めた経験による物だろう。
鋏と尾を弾かれたスコルピオンキングの頭を上から叩き割るように切り裂く。
白色のドロッとした物が飛び散るが気にした様子もない。
振り下ろし、振り向きざまに切り上げる。
ただそれだけで、迫っていた二匹のスコルピオンキングは地面に叩きつけられる。
時折手足がぴくぴくと動いてはいるが、どれも致命傷だろう。
「さーて、もっと楽しませてくれよ!」
ノルンは間髪居れずに後ろに居たスコルピオンキングに踊りかかった。
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「おーい、ベリベル終わったぞ。こっち来いよ。」
ベリベルのところに戻るとノルンはそう声をかけた。
結局巣からぞろぞろと沸いてきたスコルピオンキングは総勢15匹。
恐ろしい数である。
全てが街を襲うと恐らく壊滅する。そんなレベルである。
「へ?へい!今行きやす!」
杭を引き抜き馬を引き連れながらノルンの方へと走っていく。
そこで見た光景はハッキリいうと地獄絵図であった。
飛び散った体液とそこらじゅうに転がるスコルピオンキングの死骸。
辺りに立ち込めるにおいは恐らく神経毒ではないだろうか。
「ああ、言うの忘れてたが何か濡れたもので口と鼻を塞いだほうがいいぞ。もしかしたらやばいかもしれん。」
適当に言うノルンの言葉に慌ててベリベルは手ぬぐいを濡らして口と鼻を覆う。
息はしにくいが命には代えられない。
「ノルンの旦那、すげぇっす!これ全部持って帰っていいんですかい!」
「とりあえずもてるだけ持って帰ろうぜ。」
ベリベルの言葉に少し呆れながらノルンは返した。
量が多すぎて持てるはずがない。
せいぜい5匹分もてればいいほうである。
「任せてくだせぇ。全部はもてないっすから、背中と鋏を重点的に集めやす。」
言うが速いかいつもの3倍速で動き出す。
職人は自分の興味のあることならばきっと3倍の速度で動けるのだろう。
それを見ながらノルンは一息ついていた。
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殆どの剥ぎ取りを終えて馬に乗せる。
しかしながら未だにベリベルは未練がましくスコルピオンキングの残骸を見つめていた。
「ほら、行くぞ。これ以上載せたら馬がつぶれるだろ。」
「勿体無いっすけどしょうがないっすね。諦めやす。」
そういって二人とも馬に乗るとノロノロと走り出した。
馬はかなり重そうでよろよろとしている。
「おでにはこの甲殻がどれぐらいの価値かわからないですぜ。今まで一度も扱ったことなんてありやせんし。」
「へ~、そうなのか。こいつの甲殻はそこらの金属より硬いからなぁ。ある程度のレベルまでの物なら作れるんじゃねぇか?」
「そりゃそうっすよ。まさかおでのナイフが折れるとは思いやせんでした。」
最初に剥ぎ取ろうとしたベリベルであったが甲殻を切ろうとして即効でナイフが折れてしまったのだ。
仕方なく予備のナイフを取り出すと関節の柔らかい部分をぎりぎり切れるかどうかといった感じであった。
なので大部分の解体をノルンがやったのだ。
「そういえばノルンの旦那のその両手剣は何の素材でできてるんですかい?普通に叩ききってやしたけど。」
「ああ、こいつはアースドラゴンの犬歯で作ったんだよ。若ぇ頃の思い出の品さ。」
「へ?アースドラゴンって……、そりゃスコルピオンキングも切り裂けまさぁ。」
スコルピオンキングの天敵はアースドラゴンである。
その硬い皮膚と鱗でスコルピオンキングの攻撃などは効かず、毒に対しても抗体があるのか殆ど効かない。
その為、アースドラゴンは良くスコルピオンキングをぼりぼりと食べているのである。
「まあ、2級品さ。この武器じゃ迷宮の奥深くは目指せねぇだろうな。」
懐かしい目をしながらノルンは言う。
その手に持った破格の武器でさえ届かない世界など想像も出来ない。
「ああそうだ、なんだったらアースドラゴン狩りにいくか?あいつの好物ってスコルピオンキングだからさっきの場所に居れば多分来るぞ。」
何気なく言う。
「勘弁してくだせぇ!アースドラゴンって全長20mぐらいあるんですかい?そんなのがきたらおでなんか一飲みでさ。」
「はっはっは!自慢の鎧もあいつの牙にかかれば紙くずみてぇなものだからな。まー、そうそう出会うことはねぇだろ。」
そう話すノルン達の数十m横に巨体。
話をすればなんとやらである。
ノルンの方向を向いていたベリベルはそれを視界に納めると顔を青くした。
「あ?何急に青くなってんだよ。……ってマジかよ。おい!全速力で逃げるぞ!」
そういって馬の腹を蹴る。
それに驚いた馬は重たい荷物を持ったまま走り出した。
アースドラゴンはノルン達の方向を向いた後、鼻をひくひくさせたかと思うとノルン達の来たほうへと向き直る。
どうやら好物の匂いをかぎ分けたようであった。
そのままずんずんと歩いていった。
「おいベリベル!どうやら助かったらしいぞ?やっこさんはスコルピオンキングの方へ歩いていったよ。」
その言葉を聞いたベリベルは明らかな安堵のため息をつく。
全速力で走らせていた馬を落ち着かせ、速度を落とすとノルンとベリベルは見詰め合う。
そうしてどちらからともなく笑い出した。
次からは少し展開がゆっくりに。




