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閑話 3.5話     ※閲覧注意

 R15?程度の表現があります。

 お気をつけください。

 

 ノルンと冒険者ギルドで別れたベリベルはウイッデン防具加工店に帰ってきていた。

 その巨体を小さくしながら店の入り口をくぐる。


「へいらっしゃい! ってなんだ、ベリベルじゃねぇか。今日は迷宮に行ったんだろ?どうだったんだ?」


 威勢よく出迎えたのはウイッデンである。今日の朝に迷宮に行くかもとベリベルから聞かされていたウイッデンは、無事に帰ってきたことに安堵を覚える。

 そのウイッデンにベリベルは抱きついた。


「親方ぁ!怖かったっす。怖かったっす!」


 先ほどまでの緊張の糸が切れたのか、迷宮の時とは大違いである。


「おい、ベリベル、死ぬ。はな、せ……。」


 ウイッデンの細い体から、今にも折れそうな不吉な音が聞こえる。

 慌てて手を離すベリベル。


「あああっ!親方ぁ!大丈夫ですかい!」

「ぐはっ、ぐ、ああ。一瞬、死んだ爺さんが見えたがどうにか生きてるよ……。」


 それは死ぬ一歩手前なのではないだろうか。


「とりあえず奥に来いよ。おい!誰か店番してろぉ!」


 ウイッデンの怒声で奥から職人が一人駆け足で走ってくる。

 それを見ると二人は店の奥に歩いていった。





「でだ、今日は何かあったのか?冒険についてってんだから多少はこえぇ事もあんだろうが。」


 ウイッデンの言葉にベリベルは眼をうるうるさせながら答える。

 フルフェイスのフェイスガードのせいでその顔は殆ど見えないが。


「それがですね、おで、今日はノルンの旦那に言われて重戦士の立ち位置をやったんでさぁ。」

「ふっ、はは!おめぇが重戦士ってな、そりゃあわねぇわ!」


 ベリベルの言葉に噴出すウイッデン。ベリベルが成人する前から面倒を見ているのだ、ベリベルのことはウイッデンは良く知っている。

 小心者で強く出れない性格。手先が器用で馬鹿正直。いい奴なんだが男らしさが壊滅的に足りない、そんな評価である。


「で?どうなったんだ?尻尾巻いて逃げ出したのか?」

「いえ、それがですね。最初は本当に丸くなってただけだったんすけど……、途中からなんていうかノルンの旦那の叱咤を受けてると、うまく言えやせんが、なんていうか、体が勝手に動いちまって。そん時だけは怖さを忘れられるんでさぁ。でも帰ってきたら途端に怖くなっちまって。」


 目の前で震えるベリベルは今までウイッデンが見ていたベリベルそのものである。

 しかし聞いた内容は耳を疑う内容であった。


(このベリベルが俺に嘘をつくわけねぇ。ってことはさっきの話は本当か。)

「わかったわかった、今日はどんな事をしたんだ?」


 ウイッデンはとりあえず内容を聞くことにした。


「最初はへましちまって、クリムゾンアントの群れに突っ込んじまったんすよ。その後はコボルトの抑え役を何度もして、ゴブリンに大量に囲まれたりもしやした。そこからオークと何度も戦いやして、最後に戦ったのは重装のオークっす。そこからは帰り道に何度も同じように戦いやした。」


 ベリベルの話をウイッデンは信じられないような気持ちで聞いていた。あのベリベルがそんなことができるとは思ってもいないからである。

 ベリベルに渡した鎧も、確か恐ろしく高性能であるが、ベリベルに渡したのは護身以外の何者でもない。

 実戦で使われるなどウイッデンはおろか職人達の誰も思っていないのである。


「……ってこたぁおめぇ、実際にその鎧使ったんだよな?」


 ベリベルの意図しない質問である。

 なぜそんな質問が来るのだろう。


「へぇ、もうこれでもかって言うぐらい使わされやしたが……。」


 それを聞いたウイッデンはベリベルに怒声を上げる。


「その鎧の製作に関わったやつを全員呼んで来い!今すぐだ!」

「へ、へい!」


 直立不動の姿勢のベリベルが大きく返事をすると一目散に工房へと駆けていった。


(こいつぁ良い。ノルンのやつに預けて正解だったな。)


 ウイッデンは腕を組んで頷いている。



----pf



 そこはウイッデン防具加工店の会議室である。

 真ん中の大きな机にウイッデンとベリベル、そして鎧を作るにあたり関わった職人がずらりと並んでいる。


「おめぇらを呼んだのはほかでもねぇ、ベリベルの鎧の事だ。」


 その言葉に職人達は皆真剣な表情になる。

 何か不調があったのか、何処かに欠陥があったのか、まさか壊れたんじゃ!

 皆そんな顔をしている。


「おうベリベル、おめぇその鎧を実際に使ってみて感じた事を言え。遠慮はいらねぇ、全部言え。」


 ウイッデンの言葉で静まり返った会議室の中の全員の視線がベリベルに向く。


「へ?お、おでっすか!?」

「いいから言いやがれ!俺の言うことが聞けねぇのか!」


 ウイッデンの声で頭が真っ白になったベリベルがたどたどしく話し出す。


「……この鎧を使ってみて、ですかい!?おでが思うに、この鎧の弱点は、下半身の防御力だと思いやす!肩や背中は守られてやすがそれに比べて膝が弱いと、思うんす。」


 そこで一旦ウイッデンの方をチラリと見やる。


「続けろい。」

「へ、へい!」

「使ってみてなんすけど、魔物に囲まれた状況で守るだけじゃ押しつぶされそうになりやす。

 それで良く魔物に突っ込んで丸まって逃げるんすけど、膝にも小さなシールドがあると嬉しいっす。

 それと篭手の上の面にも楕円形のシールドがほしいっす。

 あと、ショルダーシールドにタックルした時の為に何か棘とかあれば便利なのと、手甲の中に短くて良いんでナイフがほしいっす。

 後は、ヘルムを鎧とくっつけて首から肩のラインにかけて厚みがあれば更に良いっす。

 大体こんな感じなんすけど、これでよかったですかい、親方?」


 ベリベルの言葉にウイッデンは感動したかのように頷いている。

 周りの職人もしきりに頷き、視線をベリベルからウイッデンに移す。

 それは何かの号令を待っているかのようだった。


「おい、聞いたかおめぇら。ベリベルが実際に持ち帰った貴重な情報だ。俺の言いたい事はわかるな?」


 静かな空間で普通に喋るウイッデンの声が恐ろしく響く。


「全員さっさと図面引いておれのところに持って来い!分かったな!」

「へい!」


 一目散に駆けていく職人達。しかし行く所は出口ではなかった。


「このやろう!」

「はははははっ!」

「見直したぜっ?」

「次の親方はおめぇかもな!」

「少しはちいせぇ肝っ玉もでかくなったな!」

「今度来るときはお嬢さんも連れてきてくれよ?」

「あ、それはほんとに頼むぜ?」

「ちげぇねぇ!」


 皆でベリベルの肩を叩いて出て行く。

 それを見ていたウイッデンの頭に一瞬で青筋ができた。


「てめぇらさっさと行けぇ!ぶっ飛ばされてぇのか!」

「「へい!」」


 今度こそ一目散に出口に走っていった。


「おう、とりあえずご苦労さん。どうだ、楽しいか?冒険者は。」


 ウイッデンの優しげな声にベリベルは返事をした。


「へい!今が一番充実してまさぁ!確かに怖いですが頼りにされたり信頼されるってのがこんなにいいもんだとは思いやせんでした。」

「そうかいそうかい、なら俺から言うこたぁねぇよ。頑張って来い。

 ただし、絶対に生きて帰って来いよ?

 それと貴重な素材もたんまりとって来い。」


 ニヤケながらいった最後の言葉は照れ隠しなのか。

 ウイッデンはそういって笑った。










------------------------pf





 夜の帳が下りたころ、ノルンはベッドに入り頭の後ろで手を組んで寝っ転がっていた。

 その瞳は未だ閉じられておらず、視線は天井に向かうがそこに見えるものが何かは分からない。

 ノルンが思索に耽っていると部屋の扉が開く。

 そこにはいつものようにユラルルの姿があった。

 ユラルルはいつもより気持ちゆっくり目に歩いてくるとノルンに覆いかぶさるように見下ろした。

 その長く綺麗な髪がまるで光りを吸い込むように仄かに光る。


「ノルン、おきてるんだ。ねぇ、なに考えてたの?」


 そう言ってベッドに手を突くと布団の中にもぐりこむ。

 人一人が入れるように空間を空けていたにもかかわらず、ユラルルはノルンの上に覆いかぶさるように近づいた。


「別に……。何も考えちゃいねぇよ。ただ、ボーっとしてただけだ。」


 そのノルンの返事を聞きながらユラルルは完全にノルンの上に覆いかぶさる。

 天井を見つめていたノルンの瞳とユラルルの瞳が交差する。


「ね、一昨日のね、話しなんだけど……。」


 ノルンはその言葉を聞いて思い出す。

 昨日の夜も、その前の日も、酒をたらふく飲んですぐに寝てしまったのだ。

 こうしてユラルルと話す時間などありはしなかった。

 恐らく、メリルルのことだろうな、とノルンは思う。


「ノルン言ったよね?お母様にその、襲われた?かな。ほんとにほんとなんだよね?」


 ユラルルの揺れる瞳。

 それは確信を持っている、そして他の人にも認められた。

 しかし、本人からはそうだとは聞かされていない。

 ほしいのだ、誰でもない、ノルンからそうだといってほしいのだと、その瞳は言っている。


「さぁな。ほんとかどうかなんて俺にはわからん。

 ……それに、そんなことが分かったからって今更どうするんだ?

 俺は見てのとおり子供だ。誰も認めてくれねぇだろ。」


 ノルンの言葉はあくまでも第3者視点である。

 認めたい気持ちも、しかしそれが無責任なことであるという事も自覚している。

 今更なのだ。

 そう、複雑に入り組んだ思考の底にあるのは明らかな恐れ、そして戸惑い、恐怖である。

 それが認めたい気持ちを塗りつぶし、そして嬉しい気持ちにブレーキをかける。

 なにが足りないのかは分からない。

 足りる物があるのかすら分からない。

 そう、分からないのだ。


「ノルンの馬鹿。全然わかってない。わかってないよ。」


 すこしふくれたユラルルの顔。

 これから言う言葉が恥ずかしいのかその頬は徐々に赤く色づいていく。

 一度目を閉じたユラルルは、それを開くと優しく、そしてゆっくりと話しかけた。


「私が認めるよ?他の人なんてどうでもいいもん。だから私もノルンに認めてほしい。……だめかな?」


 その顔は頬だけでなく耳まで真っ赤である。

 しかしその瞳は逸らされることなくしっかりとノルンを見据える。

 

「……きっと俺がなにを言おうと変わらないぞ?俺は俺のまま、お前はお前のままだ。

 それでも答えを聞きたいか?」


 ノルンはわかってしまった。

 自分が答えを出さない理由を、意味を、何が遮っているのかを。

 ユラルルの、只々純粋な、そして真っ直ぐな気持ちを受けてやっと理解したのだ。

 そう、ノルンは結局、自分の事が大事であったのだ。

 全ての感情はどこまで行っても自分の感情である。

 ユラルルの言葉には、求め、求められる事を望んでいる。

 其処にあるのは自分だけではなく、相手を意識したものであったのだ。

 同じ自己に対する欲求であっても、本質は全く異なっていた。

 気づいてしまえば、それはされに己を縛る。


「……うん。だって、聞いちゃったもん。ふふっ。ノルンが今日言ってた事。」


 それまでの張り詰めた雰囲気が一気に緩む。

 真剣な眼差しで見つめていたユラルルの顔も、何か楽しい事を思い出したかのように笑顔になった。

 その状況に困惑しているノルンにユラルルが更に喋りかける。


「ふふっ。『ユラルルを紹介してほしかったら、俺より強い男になりな。オーク如きから逃げるような雑魚は近づくんじゃねぇよ。』、だよね?えへへ。聞いちゃったんだ?ねぇノルン、何であんな事言ったのかなぁ?」


 ノルンの言った言葉を一字一句間違える事無くすらすらというユラルル。

 そして最後におどけるように質問した。

 しかしノルンは未だに動かない。どんどん顔が赤くなっていっている。


「それってあれだよね?聞いた事があるよ?

 娘がほしければわしを倒してからにするんだな!

 みたいな?えへへへ。」

「おい、勘違いするんじゃねぇ。別にそういう意味で言ったんじゃねぇ。」

「じゃあどういう意味で言ったの?」

「そりゃ……、貴族のお嬢さんに変な虫が付かないようにだな……。」


 しどろもどろに返事をするノルン。だが明らかに切れがない。


「ふぅん。じゃあノルンはあくまでも第3者的な意見であんなことしちゃったの?」


 ユラルルはそういいながら伸ばしていた腕を折り曲げて肘を突く。

 体はそのままノルンにのしかかる様に密着し、顔は吐息を感じるぐらい近い。


「おいやめろ、なにしてんだ。おいこら!」

「……もしノルンがそう言う事言うんだったら私がノルンを襲っちゃっても良いの?お父さんじゃないならこのまま食べちゃうんだから。」


 一瞬だけ空気が止まるがその言葉にノルンが答える。


「わかった!わかったよ、ユラルルは俺とメリルルの娘だ。これでいいんだろ?」


 ノルンの言葉は暗に早く離れろと言っているようである。

 だが、ユラルルは離れない。

 額が付きそうなほど顔を近づけるとそのままノルンに口づけをする。

 離れてくれると思っていたノルンからすれば全くの不意打ちである。

 軽く触れ合わせるだけの接吻。

 すぐにその唇は離れた。

 しかし何度も何度も、ついばむようにユラルルはノルンの唇をつつく。

 暫くそれを繰り返し、満足したのか、ゆっくりと顔を離す。


「おい、娘だって言っただろ。」

「えへへ。おやすみのキスだよ?親子でもやったりするんだから、別に変じゃないよ?」


 ユラルルは悪びれる事無くそんなことを言う。


「おやすみっ!」


 ノルンが何かを言う前に強引に話を終わらせようとしたのか、背中の布団を一気に頭の上まで引き上げる。

 そのままノルンに寄り添うように丸くなった。


「ったく……、おやすみ。」

「うん、おやすみ。」


 言葉では平静を保っているように見せてユラルルの心臓は恐ろしく激しい鼓動を繰り返していた。


(さっきはあんなこと言ったけど、私ぐらいの年齢ですることはあんまり、ない、かな? ふふっ。)


 ユラルルの先ほどの説明はあくまでも子供の時の話である。

 もし実家にいる父親に自分がしたようなことをされたら、ビンタどころかチリも残さず焼き払ってしまうかもしれない。

 そんな内容であった。


(やっと認めてもらっちゃった。娘だって。ノルンのこと次からなんて呼ぼうかなぁ。やっぱりお父さんかなぁ?)


 悶々とそんなことを考えながら夜は更けていく。


 もちろん二人とも寝不足になった。

 




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