3
ksk
迷宮から帰り、ギルドの前で別れる。
ノルン達に比べ、終始無言だった3人も別れる際にもう一度お礼を言った。
「それにしても意外~。ノルンだったら断ると思ってた。」
3人の冒険者の前ではいえないような話題を口にするユラルル。
「そりゃあな。ロイスって言ったか?あいつ多分何処かのボンボンだ。生きて帰ってきた時に目をつけられたら面倒くさいから適当にあしらったんだよ。
俺一人ならどうにでもなるんだが、お前らもいるからな。」
「ん~。そういえばそんな感じだったね。あ、もしかして、私の為?私のためなんだ~。」
勝手に納得して勝手に機嫌が良くなるユラルル。ノルンももはや何も言わない。
(ノルンさんの言うとおり、あの人たちは恐らく貴族とその取り巻きですね。こういうところの判断は流石です。)
イルアリアハートの機嫌もとても良い。迷宮で実戦訓練をすると聞かされていたのだが、こんなにも実になるとは思っていなかったのだ。まるで自分が強くなったと錯覚するかのような感じであった。
(私の役目は牽制と急所狙いですね。本当にあんなに戦えるとは思っていませんでした。それにしても、……ベリベルさんは異常でしたね。)
イルアリアハートは思い出す。最後にいた場所は迷宮の20階層、こんなにも簡単に鼻歌混じりで行ける場所ではないと。
そして更に思う。ベリベルは今回、傷らしい傷を受けていない。鎧の表面が少し傷が付いた程度である。しかも主な武装である盾は無傷のまま。最初はもたついていたが、徐々に慣れていき、最終的にオーク程度であれば全く問題にしていない。
(防具がすごいのは認めますが、ベリベルさんは職人だったはずなのに。……はぁ。)
本日の成果は魔石の買取のみで銀貨15枚。イルアリアハートの以前のパーティーでの迷宮1日分である。
ノルンとユラルルが話しているのを横目で見ながらイルアリアハートは贅沢な悩みで頭を捻っていた。
ノルン達は宿に帰ってきた。
しかしすぐにはバーバの宿屋に足を踏み入れられなかった。
何故なら、古い建物だったはずの店がなにやら可笑しな事になっている。
「なぁ、バーバの宿はここだよな?」
「うん、看板にもそう書いてあるけど……。」
そういって看板を見上げる。
そこには確かにバーバの宿屋と書いてある。
古い、木でできた入り口部分はレンガだろうか、石で覆われており見るからに高級っぽくなっている。
入り口の扉も見事な物で、その脇には看板があり、下に吊るされたランプが可愛い。
ハッキリ言うと別の建物である。
「うわ~!物凄く綺麗になってるね!ほら、入ろ?」
ユラルルはそういいながらノルンの手を引いて扉を開ける。
カランカラン
ユラルルに連れられて入ったその先は別世界だった。
高級感のある漆喰の壁に明るい室内。酒場のあった場所には丸いテーブルが3つ、白いテーブルクロスがかけてある。その中心には綺麗な花瓶に花が活けてあり、見るからに近寄りがたい。
カウンターと厨房の位置は変わらないが、全て新調されているのが分かる。
全てが新しくなった室内の中で以前と変わらないのは、いつもより疲れた顔のバーバだけであった。
「おうお帰り。」
心なしか元気がない。いや、事実元気のない声だった。
「バーバさんただいま。どうしちゃったの?すっごく綺麗になってるよ?」
ユラルルの言葉にノルンが頷く。イルアリアハートはきょろきょろと周りを見渡している。
「いやな、俺も何が起こったか分からないんだが起こった事をありのままに話すとだな……。」
~回想~
「お、ジライじゃねぇか。どこに行ってたんだ?」
「こんにちわ、バーバ様。私は昨日のお約束どおりにこの一階を修理しに参りました。よろしいですか?」
「修理?なんだぁ、昨日渡された金貨でうちが勝手にやるんじゃねぇのか?」
「いえ、あれは迷惑料のようなものです。我が家名にかけましてそのような無責任なことはできません。ですのでこうして参りました。」
「……はぁ?そりゃ別に修理してくれるんならしてほしいが……。」
「では、了承も得られましたので早速始めたいと思います。」
「はぁ?早速って……、っておい!なんだこいつらは!?」
「この方達は昨夜のうちに契約しておいた大工の方達です。建物の採寸などは昨日のうちに全て済ませておりますのでご安心ください。」
「おいおい、大工って30人はいるじゃねぇか。ってちょっとまてぇ!」
「はい?どうしましたか?あ、そうでした。この中は危ないのでバーバ様も一旦建物の外に出られるようにお願いします。」
「どうしましたかじゃねぇ!なんで酒場の修理で入り口を壊すんだよ!関係ねぇだろ!」
「いえ、関係あります。酒場を修理するということはそれに付随した全ての調和が取れるようにしなければなりません。ですのでそれならば、一階を全て改装した方が良いかと思いまして。」
「はぁ?おい、ちょ!俺の宿が!」
「……仕方ありませんね、私の役目を果たすためですのでご容赦ください。」
「な、ぐぁ……。て、めぇ……。」
「気分が悪いようですので、暫く安全な所にご案内いたします。起きたころには改装も終わっているでしょう。」
~回想終わり~
「……なんというか、災難だったな。」
「治療、しますか?」
ノルンとイルアリアハートがバーバを慰める。微妙にイルアリアハートはずれているが。
「いや、もうやっちまったことだ。今更ぶつくさ言ってもはじまんねぇ。それにまあ、趣味が悪いのを除けば綺麗になったんだから良いじゃねぇか。だろ?」
明らかに無理をしているようである。
「そのジライはどこに行ったんだ?」
「ああ、なんか知らんが、やることがありますので、とか言ってまた何処かに行ったな。」
「バーバ、宿を乗っ取られないように頑張れよ。いざとなったらジライをどうにか、
……もしかしてメリルルが絡んでんのか?
……すまん、力になれそうに無いかもしれん。」
がっくりとうな垂れる二人。
「もう俺は気にしねぇって決めたぜ。おめぇら飯はどうすんだ?先に風呂に入るか?」
「あ、お風呂に入る~!今日はそんなに手入れするものもないし~。」
バーバの問いにユラルルが答えた。
確かに迷宮では剥ぎ取りを全くしていないため汚れていない。しかもユラルルの担当であるノルンが全く戦闘に加わっていないため、魔術師のユラルルと共に汚れていない。
「はいはい、じゃあ風呂の準備してくるから荷物を部屋において来いよ。ほら、鍵だ。」
バーバから鍵を受け取ると3人は階段を昇って行った。
------------pf
ノルンは風呂から上がり先に一階に入った。
ユラルルとイルアリアハートはもう少しのんびりとしてから上がるようである。
そのノルンの目の前にはカウンターに座る一人の男といつものバーバの姿。
男を良く見ると今日遭った冒険者の一人のように見える。
「おうバーバ、飯を3人分頼む。他の奴らももうすぐ出てくるだろうからな。」
いつもの如く、ノルンは他の冒険者を無視してカウンターに座る。
「おう、おーい!飯を3人分だ!」「へーい!」
厨房にいる唯一人の正規従業員に声をかけるとバーバはノルンに向き直る。
「おうノルン、そこの坊主がおめぇの仲間に用事があるんだとよ。」
「あぁ?」
そこでやっとノルンは端に座る男に目を向けた。
男は年のころ20中盤ぐらいだろうか、淡い緑の髪を頭の後ろで括ったなかなかにいい男である。優しい眼差しがとても良い。
その男は座っていた椅子から立ち上がるとノルンを見据えた。
「やあノルン君、改めて自己紹介させてもらうよ。僕はヴァルカス、土流魔術の使い手のDランク冒険者だ。よろしく!」
そういって手を差し出す。
まるで背後が光っているように感じるのは気のせいだろうか。
「あ、ああ……。」
ノルンは呆気に取られて生返事を返した。
差し出された手を放置されたがヴァルカスは気にせずに続ける。
「いやぁ、今日は本当に助かった!君達がいなければ無事に帰りつけたかどうかは神頼みだったからね!本当に感謝しているよ。……それでだね、もしよければ君のパーティーメンバーも紹介してほしいんだけど、いいかな?」
いちいち大げさな身振り手振りである。迷宮にいた姿からは想像も出来ない。
「だめだ。用が済んだならもういいぞ、うっとおしい。」
「ああ有難……、え?何故だ!?良いじゃないか僕に紹介してくれたって!」
「だめだ。うぜぇ、帰れ。」
取り付く島も無い。
「せ、せめてあの美しい青い髪の女性だけでも頼む!僕は一目で、」
「あぁん?お前今なんていったんだ?もう一回言って見ろ。」
それまでただ単にうっとおしいからという理由で手を振っていたノルンの表情が激変する。
それを見たヴァルカスは一瞬たじろぐが、如何せんノルンに迫力が無いため強気にもう一度言ってしまう。
「君の仲間の青い髪の女性をどうか僕に紹介してほしい!」
その瞬間空気が凍りつく。
(おいおい、直ったばかりの一階を壊さないでくれよ~。)
バーバが冷や汗を流しながら心の中でため息を吐いた。
「ユラルルを紹介してほしかったら、俺より強い男になりな。オーク如きから逃げるような雑魚は近づくんじゃねぇよ。」
未だ言葉は荒いが表面上は平静を保っている。表面上は。
しかしヴァルカスは空気が読めない男として有名だった。
「彼女はユラルルというのか。なんて可憐な名前なのだろう!」
ヴァルカスにはユラルルという名前しか聞こえていなかったようである。
「……もう一度言うぞ、1秒以内に俺の目の前から消えねぇと、殺す。」
「は?」
ヴァルカスが返事をする前にノルンはヴァルカスの目の前に現れる。
そのまま首を片手で掴むと持ち上げる。
「最後にもう一度だけ言うぞ、おめぇみたいな雑魚がユラルルと付き合おうなんて千年はえぇ。オークみてぇな雑魚、何千匹いようが余裕で倒せるようになってから来るんだな。」
「おい、ノルン!そいつもう気を失ってるぞ。離してやれ。」
バーバの言葉でようやく離すとヴァルカスは地面に崩れる。
「なぁバーバ、こいつは表に捨てとくがいいか?」
「いいんじゃねぇか。捨てとけ。」
ノルンはヴァルカスの足を持つと引きずっていく。
カランカラン
ポイッ
カランカラン
戻ってきたノルンはカウンターに座りなおした。
(なんだかんだいってもユラルルの嬢ちゃんの事になると、こいつは加減がないな。まあ、いいか。)
バーバがのんびりとそんなことを考えているともう一度扉が開く。
カランカラン
そこから入ってきたのはまたしても今日出会った冒険者の一人、確かチビと呼ばれていただろうか。
そのチビはノルンの姿を見つけると近づいてきた。
「……今日は助けて頂き有難うございました。」
低い声で丁寧に言う。その言葉には本当に感謝の気持ちが籠められているようである。
「……別にいい。たまたま気まぐれだ、おめぇらの運が良かったんだろ。」
ノルンの言葉には先ほどまでの険は無い。チビの真摯な言葉に毒気を抜かれたようである。
「……いえ、助けてもらったのは事実です。本当に、有難うございました。……それで、その。俺を治療してくれた神官の方にもお礼を言いたいんですが……。」
チビの顔がそれまでとは違い、妙に赤くなる。実に初々しい感じである。
「またか……。いまイルアリアハートは所用でいねぇよ。また今度きな。」
ヴァルカスと対応が違うのはチビの態度が良かったのか、それとも別の要因があったのか。
「そうでしたか。……また来ます。本当に有難うございました。」
大きな体でお辞儀をすると宿を出て行った。
(なんだかな。このパターンだとまだ来るだろうな。)
ノルンのその予想は当たる。
チビが出て行った扉から入れ違いにもう一人入ってくる。
今日出会った冒険者のリーダー格であろう弓使いのロイスである。
ロイスは入ってくるとノルンの隣まで歩いてくる。
「こんばんわ。ノルン君、今日助けてもらった感謝を込めて色々と買ってきた。もしよければ受け取ってくれないか?」
ロイスはカウンターに紙袋をどさっと置くとノルンを見やる。
置かれた紙袋の中身はもちろんお酒のつまみである。
「おう、やっと話しの分かるやつが来たか。あんがとよ、これでチャラにしてやるよ。」
そういいながら紙袋を漁る。中身を見ながら先ほどまでの不機嫌は収まったのか楽しそうである。
「バーバ、これで適当につまみを出してくれよ。あとエールも頼むわ。」
「おう、了解。」
バーバが紙袋を奥に持っていくのを見ながら自然にロイスはノルンの隣に座る。
何故か距離が近い。
「もし良かったら一緒に飲まないか?これも何かの縁だ、親交を深めたいのだが。」
「あ?ああ、いいんじゃ、」
返事をしようとしたノルンの背中に何かいいようもない悪寒が走る。
(なんだ?この感覚……、そういえば前もこんなことがあったような。)
ノルンの長年鍛えられた直感が危険を告げる。そう、この悪寒は以前冒険者ギルドで味わったような……。
「すまん!これから仲間と一緒に飯を食う予定なんだ。だから酒はまた今度にしてくれ!」
(あぶねぇ、もしかしてこいつ……。)
ノルンの言葉にロイスは目を細める。
(何か感づかれたかな?でも、次の約束も取り付けたし今は引いた方が無難かな。)
「わかったよ。君達の邪魔をするほど野暮じゃない、また今度にするとするよ。それじゃあ僕は帰るよ。また今度飲もう。今日は本当に助かった、有難う。」
「ああ、またな……。」
ロイスは顔立ちの良い笑顔でノルンに微笑むと礼をして宿を出て行った。
それを見送った後にバーバが話しかける。
「ノルン、えれぇもんに目を付けられたな。」
「そうみたいだな。なんだ、あいつが誰だか知ってるような口ぶりじゃねぇか。」
ノルンの問いかけに腕を組むとそのあごひげをさすりながらバーバが答えた。
「ああ、あいつはここの領主の、3男だったかな。家も継がなくていいって事で冒険者の真似事してるって聞いたが今日なんかあったのか?」
「領主の息子ってことは貴族か。なるほどな。今日な、たまたまあいつらが死に掛けてた所に通りがかって助けてやったんだよ。さすが貴族だな、悪運だけは強いみてぇだな。」
「ほー、ちなみにいい事教えてやろうか?」
「あ?なんだよ。」
「あの3男、噂じゃ衆道らしいぞ。おめぇみてぇなやつはど真ん中だろうな。」
バーバの言葉に言葉を失うノルン。
暫くしてやっと思考が戻ってきた。
(あ~~~!あの悪寒はそういうことか!道理で雰囲気がエリスに似ていると思った!)
「がははははっ!おめ、ははは!せいぜい後ろにゃ気をつけるんだな、がははははは!」
「あー!うるせぇ!次合ったらあいつぜってぇ見殺しだ。むしろ迷宮で見つけたら殺す!」
「がははははは!」
バーバの高笑いが続く中、やっとお風呂から出てきたのかユラルルとイルアリアハートが出てきた。
お風呂上りのせいなのかユラルルの顔は微妙に赤い。
「へいおまち!」
ちょうど良く料理ができたのかカウンターに食事が運ばれる。
そんな中でもバーバの笑い声が未だに響いていた。




