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 迷宮の奥からぞろぞろと沸いてくる大きな蟻の集団。

 鋭い牙と強力な顎、頭には角が生えている。そして各々に種類の違う蟻の群れ。

 体長は50cmから大きいものでも70cm。決して大きくは無いが不規則な動きと低い姿勢からあまり冒険者には好まれない魔物である。

 それがほの暗い迷宮の通路から沸いてくる。


 そこは迷宮と呼ばれる場所であった。

 テンザスの迷宮の内部は石作りの高い天井に壁、地面も石でできている。もちろんそれは低い階層だけで、迷宮の内部構造は奥に進むにつれ様変わりするのだが、ノルン達のいる1階層は石造りの回廊のような場所であった。

 石作りの壁は淡く光り内部を照らし出している。殆ど暗さを感じない内部は街の外で魔物を狩りに行くよりも易しいのではないかとさえ思えるほどだ。


 T字路から曲がってきた巨大な蟻、クリムゾンアントの群れを発見したノルンは声を上げる。


「おい、蟻だ。手はずどおりだ、分かれろ。」


 その言葉で一斉に動き出す。

 ベリベルは背負っていた荷物を地面に置くとそのまま前へ。

 その後ろからイルアリアハートとユラルルが左右から待ち構える。

 ノルンは動かない。


「ベリベルはそのまま相手を押さえてろ。イルアリアハートは抜けてこようとする敵の牽制。ユラルルは魔術を小刻みに使え、大技はいらん。」


 クリムゾンアントの群れの中で牙と角が発達した前衛部隊が、昆虫独特の動きでその6本の足を忙しなく動かし接近してくる。その後ろからは大きな角が特徴のもの、最後に体長の大きなものが続く。

 総数は6匹だろうか、動きの統制が取れておりまるで軍隊である。


「練習だからな、ひとおもいにやるんじゃねぇぞ?」


 ノルンが腕を組んだまま声をかける。しかし、


「あ。」


 すぐそこまで近づいていた蟻にびびったのか、何も無い所で躓いたベリベルが短い声と共に転がった。


プチプチプチ


 目の前にいたクリムゾンアントをひき潰し魔物のど真ん中に突っ込むベリベル。

 流石のノルンも目が点であった。

 ひき潰された二匹の可哀相な蟻以外のクリムゾンアントがベリベルに群がる。

 しかし丸まったままのベリベルには、その牙も角も弾かれる。


【火炎魔術:火球】

 

 ユラルルの周囲に火の玉が出来上がる。

 イルアリアハートからの牽制で動きを制限されたクリムゾンアントに火球が群がった。


「ギッ!ギョググ!」


 火球の当たった全ての蟻が燃え盛る。

 その中心には魔術の炎を無視するように立ち上がるベリベルの姿があった。




「で、何かいうことはあるかベリベル。」

「……すいやせん。」


 巨体の肩を窄ませてシュンとうな垂れる。

 フルフェイスで顔は見えないがきっとつぶらな瞳がうるうるとしているのではなかろうか。


「ユラルルとイルアリアハートは問題ない。そのままの調子でやってくれ。」

「えへへ。わかったよ~!」

「はい、わかりました。」


 シュンとしたベリベルはまた荷物を背負うと迷宮を歩いていく。それに続いて3人は迷宮の奥目指して歩いていった。


 

 


 ノルン達がマッドブルと遭遇し、帰ってきた次の日。

 意気揚々と迷宮に乗り込んだのだが、迷宮に入る前に一行は軽い話し合いをしていた。

 その内容は、浅い階層ではノルンは手を出さずにサポートと助言に徹する事。

 ベリベルが前衛としてやれるかどうか試す事。

 イルアリアハートの弩の練習。

 ユラルルの連携の練習。

 これらをとりあえず練習しながら、暫くは浅い階層でやると言う事になったのだ。

 迷宮に不慣れなユラルルとベリベルを迷宮に慣れさせる事と、イルアリアハートの練習を兼ねた案なのだが浅い階層ではぶっちゃけ敵がいない。

 そのためずんずんと奥に奥にと進んでいくのであった。





「地図によるとこの先に階段があるようです。もちろん進むんですよね。」

「当たり前だろ、こんな状況じゃあ練習にもならん。5階からはコボルトだっけ?が出てくるから少しは練習になるだろ。」


 一階から四階に出てくる魔物は基本的にクリムゾンアントの集団の他は、野犬のようなものに15cmぐらいの芋虫、たまに出てくる冒険者の成れの果て、グール。

 これぐらいである。

 基本的に低い階層ではソロの初心者冒険者でも何とかいける程度の魔物しか出てこない。クリムゾンアントの群れがきついと言えばきついが冷静に対処すればそこまで問題ではない。

 その程度の魔物なのである。


「お、噂をすれば。ほらベリベル、もうそろそろ慣れてきただろ、行って来い。」

「へい!」


 そういうとベリベルは荷物を置いてコボルトに向かって行った。

 ユラルルとイルアリアハートは動かない。ベリベルだけである。

 

 ベリベルに気がついたコボルトは近づいてくる巨体に完全にびびっていた。何しろ威圧感のある鎧に包まれたベリベルは存在そのものが弱い魔物にとって脅威なのである。それを責めるのは可哀相だろう。

 3匹いたコボルトは各々武器を構えてベリベルを取り囲み攻撃するが、その分厚い鎧に阻まれて全くダメージを与えられない。


「おい!ちゃんと篭手で受けろ!相手の攻撃をしっかりと見ろ!おめぇならできる!」


 ノルンの叱咤が飛ぶが何も無理な事を行っているわけではない。

 職人として生きてきたベリベルは手先が器用で細かい動きが得意なのである。攻撃の見極めさえできればそれを受け流すことやとめる事、弾くことさえ可能である、はずである。


「ひぃ~!」


 まあ、可能であるからと言ってできるわけではないのだが。


「……。イル、やっていいぞ。」


 ノルンの言葉と共に無言で準備をしたイルアリアハートの矢が確実に一匹ずつコボルトを沈めていく。ベリベルが抑えている為安心して撃てているのが大きいのだろう。


(こいつは意外に使えるのかもな。精度はわるくない。)


 イルアリアハートの射撃を見ながらノルンは思う。後は経験をつませるだけだろう、と。

 そんなことを考えていると最後のコボルトがその頭に矢を受けて沈む。


「……終わりました。なんというか、物凄く楽ですね。」

「だろうな、あんなに硬い戦士がいりゃそうだろうよ。」


 以前組んでいたパーティーではこんなにも安定して安全に狩が出来たことのないイルアリアハートは微妙な顔である。


「ふんふ~ん♪」


 動かなくなった魔物に鼻歌混じりで近づくとユラルルはコボルトの体を燃やしていく。

 その体内に納める魔石を剥ぎ取るのが面倒くさいからなのだが、余りにもったいない魔術の使い道である。普通は魔力切れを防ぐ為に温存するものであるのだが、そんなものは気にしたようには見えない。


(突っ込みたいです。でも突っ込んだら負けな気がします。)


 イルアリアハートは魔術を乱発するユラルルに何か言いたげではあるが何とか耐えていた。規格外の魔術師に自分の常識を当てはめるのは馬鹿らしいことなのである。


「ほらいくぞ。次はどっちに行けばいいんだ?」


 そんな光景を無視してノルンはイルアリアハートに道順を聞いた。



-----------pf



 鳴り響く剣戟の中には3人組の冒険者とオークの群れ。

 今まさに交戦中であった。


「チビ!しゃがめ!」


 チビと呼ばれた筋骨隆々とした大きな盾を持った男が瞬時にしゃがむ。

 その頭上を一条の光りの如き速さで矢が通過する。

 それはチビの目の前にいたオークの首に刺さるかと思われたがオークはその左腕に持った盾で矢を弾いた。


「くっそ!おい、徐々に後退しろ!隙を見て逃げるぞ!」


 男達の目の前には2体のオークがいた。

 2mほどの身長に太った体。しかしその体は脂肪ではなく筋肉でできているのか弛んだ様子はない。そしてその装備は金属でできた先の尖った盾を持ち右手には棘の付いた鉄球を持つフレイル、ブレストプレートを着て、頭にはスカルキャップを被っている。

 その後ろには両手斧を構えた同じような防具に身を包んだオークがいた。

 どうやらこの冒険者たちは迷宮で出会う低級の魔物であるオークに苦戦しているようだった。


「グオオオオオッ!」


 盾を持ったオークの後ろから両手斧をチビに向け振り下ろす。

 甲高い音と共にチビの盾に弾かれるがチビはその衝撃からか大きく上体をそらされた。

 そこに目の前のオークがフレイルを下から掬い上げるように振り上げた。


「……っ!」


 もはや避けられないと悟ったのかチビは身を硬くする。

 チビの鎧の胸にフレイルの鉄球が直撃し、チビは大きく弾き飛ばされた。


【土流魔術:土壁】


 最後尾にいた魔術師が魔術を練り上げ、発動させる。

 第2階位魔術、土壁は追撃を仕掛けようとしたオークの目の前に2m程の土の壁を作る。


「おい、逃げるぞ!チビ、大丈夫か!?」

「……大丈夫だ。」


 リーダー格の弓使いの声に戦士は返事をする。それに安堵したのか後ろを向くと全速力で走り出した。

 しかし少し走ってすぐに立ち止まった。


「あれ、冒険者さんだー。こんにちわ?」


 能天気そうな声が響く。先に逃げはじめていた魔術師も弓使いの男の前で止まっている。

 その後ろからチビが走って来た。


「おいベリベル、今度はあれが相手だ。行って来い。」

「へい!」


 能天気な声を上げた少女らしき人物の前にいた大男が荷物を外すと男達を追い越していった。

 その目の前にあった土壁は魔力が切れたのかぼろぼろと崩れている所だった。

 

「おい、あれやっていいんだろ?お前ら逃げてるみたいだし。」


 少女の隣にいる子供が男達に声をかける。リーダーである弓使いは混乱しながらも頷いた。


(これは、もしかして助かったのか……?)

「ああ、俺達じゃ手に負えない。倒してくれるんだったら頼む!」

「よし、イル。牽制で撃ちまくれ。」


 子供の声に反応して後ろから現れた少女が前に出てきた。

 どうやら最後尾にいたであろう少女が手に持った弩で矢を放つ。

 その軌道を辿っていった男達は、通り過ぎていった大男を捉えた。


 男達は見てしまった。

 自分達が捌ききれない攻撃をいとも簡単に受け、弾き、流す大男の姿を。

 そして的確に射られていくオーク。その体の関節を狙ったかのような射撃。

 しかし、火力が足りないのか矢を弾きながら盾を持ったオークが大男をすり抜けこちらに走ってくる。


「ユラルル、焼いていいぞ。」

「はーい。」


【火炎魔術:炎の槍】


 いとも簡単に詠唱が終わると少女の手には2m程の炎の槍ができた。

 それは迫り来るオークに避けえぬ速度で放たれる。

 オークのブレストプレートを突き貫け一撃でその体を焼き焦がした。

 

 その間にもう一匹のオークは完全に動きを封じられていた。

 右ひざに刺さった矢と足首に刺さった矢で動けないのだ。後は止めを刺されるのを待つばかりであるように見える。

 最後の力を振り絞ったのか大きく上段から両手斧を振り下ろすがベリベルは動じない。

 それどころか肩のショルダーシールドで攻撃を弾いた。

 両手斧を上にかち上げられたオークの首にイルアリアハートの必殺の矢が突き刺さる。

 そのまま仰向けにオークは沈んでいった。



---------pf



「おめぇら大分マシになってきたな。暫くはここら辺で経験をつんだ方がいいか?」

「え~!私はもっと奥に行きたいよ~。」

「おめぇはもっと連携を覚えろ。個人技過ぎるんだよ。」

「だって、魔術ですぐに死んじゃうんだもん。連携とりようがないよ~。」

「お前は第2階位までしか使用禁止な。ああ、全部単発で。」

「えーーーー!ノルン横暴だよ!?」

「いいから禁止だ。ほら、さっさと燃やせ。」


 ノルンの言葉にしぶしぶと魔術を発動させると死んだオークを燃やしていく。辺りには焼けた肉のにおいが立ち込める。

 そこでやっと気がついたのかノルンは呆けている男たちに目を向けた。


「おまえさんらももういいだろ、今回は運が良かったな。」


 ノルンの言葉でいち早く現実に戻ってきた弓使いが返事をする。


「すまない、助かった。俺はロイスだ。そんでこいつがチビ、でそっちの魔術師がヴァルカスだ。あんたらの名前を聞いてもいいか?大した事はできないが帰ったら何かお礼がしたい。」

「あ?別にいらねぇよ。ああ名前だったな、……ノルンだ。」

「いや、もしかしたら追いつかれていたかもしれないんだ。ノルン君、礼はさせてくれ。できれば泊まっている宿屋も教えてもらえると嬉しい。」


 ロイスは冒険者にしては礼儀正しく丁寧にノルンに言う。ノルンの見た目が子供であるにもかかわらずそこに侮るような感情はない。


「……東地区にあるバーバの所だ。もしくんだったら何か酒のつまみをもってこいよ。」


 ノルンはそういって背中を向けると手をひらひらとさせた。


「魔石回収したならそろそろ帰るぞ。」


 ノルンの言葉にベリベルが近づいてくる。


「ノルンの旦那、鎧とかはどうしやすか?見たところ普通の鉄みたいっすけど。」

「ああ。重いだけだろそのまま放置でいいよ。」

「へい。」


(あの大男が子供にぺこぺことしている!なんなんだ……。)


 ロイス達はその光景に驚きを隠せない。しかし先ほどの言葉を思い出しノルン達に話しかける。


「ノルン君、できれば相談があるんだが。」

「あ?なんだ?」


 言葉は悪いが、やはり迫力は皆無である。


「今から帰るのだったらできれば一緒に帰らせてほしい。見てのとおりうちの戦士が負傷しているんだ、頼めないだろうか?」


 言われてノルンはチビと紹介された戦士を見やる。

 名前のわりに190cmぐらいの身長に肉厚と言うわけではないががっしりとした体格、とてもじゃないがチビとは呼べそうにない。

 言われたとおりチビの鎧は前面が砕けておりその衝撃で骨の何本かはヒビでも入っているのではないかと思われる。

 それを見たノルンは適当に答えた。


「……別に後ろから邪魔にならないように付いてくるんなら止めはしねぇよ。」


 普段なら断るであろう言葉に一応の肯定を返す。かなり珍しい事である。恐らくではあるがロイスの紳士的な態度が良かったのではないだろうか。


「有難う、恩に着る。この借りはいつか返すよ。」


 そういってにっこりと微笑む。よく見るとロイスと言う男は黒い髪を短く切り、前髪を少し垂れさせた優男風の男であった。あまり冒険者には見えない。


「おい、イル!そこのチビっつう奴を応急処置でいいから見てやれよ。」


 なにが良かったのかノルンはイルアリアハートを呼びつけると治療を指示する。イルアリアハートが駆け寄ってきてチビに手を当てた。


「動かないでくださいね。少しだけじっとしていてください。」


【神聖魔術:癒し】

  

 チビの体が暖かな光りに包まれる。


「……お前、神官か。」


 チビの言葉にイルアリアハートは頷く。そのまま2分ほど無言で治療すると離れていった。


「ノルン君のパーティーは凄いな。神官までいるのか、しかも戦力とは……。」

「終わったみたいだし帰るか。おい!帰るぞ!」


 どうやらルイスの言葉は聞き流されたようである。

 ノルンの言葉で帰っていく4人のその更に後ろに男達が続いた。

 そんな中、先に進むノルン達の一人をじっと見つめる視線。 


(可憐だ……。)


 それは誰の心境だったのだろうか。 

焼かれたオークさんに群がるぶんぶん五月蝿いアレ。

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