19
ウイッデンの防具加工店を後にしたノルンはその足で冒険者ギルドへと向かった。時間も時間である、ギルドの中は仕事帰りの冒険者で溢れている。それを横目で眺めながらノルンはエリスを探した。
受付で冒険者らしき男性と何か話しているエリスを見つけたノルンは、見つからないように冒険者の陰に隠れると依頼掲示板の方へ行く。
もうすぐノルン達もEランクである。迷宮に入れるランクの為、何か違う依頼を受けようと探しに来たのである。
(ふ~ん、基本的に魔石の欠片以外は良いものがないな。ここら辺から一応護衛依頼があるがする気にもならん。)
ランクEからは迷宮に入れるため、迷宮内部の魔物の素材の収集や魔物が持つ魔石、変動する迷宮内部のマッピングなど仕事は様々である。その中でもEランクから受けれるようになる迷宮関連以外の依頼と言えば護衛である。商人が街と街を移動する間の護衛から、村と村を行き来する商人からの長期の護衛依頼。そういったものを受けれるようになる。
その中で、一際目立つものは迷宮での荷物持ちや神官の募集である。
荷物持ちはそのまま冒険者達の手に入れた素材や魔石などを持つ役目である。
神官の募集は少しでも生存率を上げるための手段だろう。しかし長く張り出されているのか依頼の紙はどれも古ぼけている。高額で募集しても絶対数のいない神官はどれも何処かのパーティーに囲われているのだ。
(イルもこういうのがあんだから無理にうちに来なくてもいいのにな。しかしまぁ、何かしらの目的はありそうだが。)
ノルンはイルアリアハートの真剣そうな瞳からその目的の大部分を予想していた。
(神官の目的っていや、どうせ神託だろ。んで、冒険者をやってるってことは何かの素材がほしいか、迷宮に潜らなきゃならない理由があるんだろうな。)
ノルンは後者だと思っている。お金がほしいようには見えない。そして素材だけなら別にそこらのパーティーに入り込めば良い。神官であれば大体のパーティーは喜んで迎えてくれる。ならば、強い仲間を求めて迷宮の奥深くに行きたいのだろう、そう思ったのだ。
(まあなんにせよ、今のままじゃ近いうちに死ぬだろうな。迷宮はそんなに甘い所じゃねぇし。)
などととりとめのない事を考えていると後ろから羽交い絞めにされる。
「お姉さん悲しいなぁ。私から隠れるように掲示板の方へ逃げるなんて。」
もちろん抱きついてきたのはエリスである。
「……いや、そんなつもりはねぇ。ただ単に忙しそうだから遠慮しただけだ。」
体を硬直させて棒読みで答える。
「あら、それじゃあもう大丈夫よ?一緒にこっちに来ましょうね~。」
そういうと羽交い絞めのまま階段の方へノルンの体を誘導していく。
「おい、こっちはカウンターじゃねぇぞ。なんでわざわざこっちに来る必要があんだよ。」
正論であるがこの女にそんなものは通じない。
「いいじゃない。色々と話したいこともあるし。」
「色々ってなんだよ!」
反論しながらもどんどんと押しやられていく。
「細かいことはいいでしょ?ほらぁ、いきますよ~。」
幼い子供をあやすようにして連れて行く。
周りで見ていた冒険者は口々にこういっていた。
「おい、誰かあいつの事調べさせろ。」
「いや、そんな生ぬるいこと言ってる場合じゃない。暗殺するべきだ。」
「ここにいる全員で金を出し合えば一流の暗殺者でも雇える。」
「いいなそれ、俺も出すぜ。」
「俺も俺も。」
「俺も俺も俺も。」
「おれ……、ここで手を上げたら全部俺が出すみたいな流れにならないよな……?」
「いや、ここは皆で協力するべきだ。」
『とにかくあいつは死刑だ。』
もっと建設的な意見はないのだろうか。
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エリスに連れて行かれたノルンは、以前と同じ部屋に以前と同じように座らされていた。
「……それで、なんでこっちに連れてきたんだよ。」
明らかに怯えが入っているのかノルンの表情は硬い。
「そんなに緊張しないで、ね?」
(う~ん、その表情たまらないわ。すぐにでも襲っちゃいたいけどここは我慢ね。)
心の中でぎりぎり踏みとどまったエリスは話し始めた。
「ノルン君に、とってもいい話を持ってきたのよ?褒めてほしいぐらい。」
そういって腕を組む。豊満な肉体が強調されて魅惑的である。彼女にご執心な冒険者が見ればどうなるか分からない程度には。
「いいから早く言え。言わないんなら帰る。」
一秒でもそこに居たくないのか言ったそばから帰ろうとする。
「ベリベルさんのことなんだけど。」
エリスのその言葉に席を立とうとしたノルンはもう一度席に着きなおした。
「はぁ、大体言いたい事がわかった。その見返りはなんだ?」
ため息混じりのノルンをニコニコと笑顔で見てくるエリスが返事を返す。
「一応内容を説明するわね。貴方のお仲間のベリベルさんだけど、冒険者登録していないでしょ?だから一緒に迷宮に入れるように手配してあげようと思うの。職人が迷宮についていく事自体、別に珍しい事でもないしね。」
そう、ベリベルは冒険者ではない。行動を共にしているだけで立場は依然職人のままである。
「で?ここまでこっちの事を調べておいてお膳立てするんだ。なんか要求があんだろ。」
それに対してあくまでもエリスは笑顔である。
「ふふっ。別にノルン君が思っているようなことじゃないわよ?国に所属しろとか王宮に仕えろとか、そんなこと私がさせるわけないじゃない。」
それを聞いたノルンは意味の分からないような顔をする。ついで背筋がゾクゾクした。
「は、はぁ?じゃあなんだよ、もしかして個人的な依頼か?」
逃げ出したい。逃げ出したくてしょうがないが、一応ベリベルの為であると思い最後まで聞くことにした。
「個人的な依頼と言えば依頼ね。ノルン君が泊まってる宿、お風呂があるらしいんだけど宿泊客以外は入れないらしいじゃない?だ・か・ら、店主さんに私が入っても良いように話しを付けてほしいの。だめ?」
ノルンはなんともいえない顔である。理性的に見れば良い話である。ベリベルが迷宮に入れるようにするためにはギルドに掛け合い必要な書類を揃え、王都に送り、そこで受領されて初めて許可される。それをすっ飛ばしてくれると言うのだから自分達にとって有益である。しかもその対価がお風呂に入りたいだけと言うのだから。
そこでふと疑問に思ったノルンがエリスに質問する。
「おい、話の内容は分かった。でもおめぇ、どうやって入らせるんだよ。許可は王都にいかねぇと無理だから幾ら飛ばしても10日はかかるんじゃねぇか?」
尤もな話である。エリスがこのことを知ったのはつい数時間前である。物理的に無理な話であるのだ。
しかしノルンの当たり前な質問にエリスは満面の笑みである。
「だから、褒めてほしいって言ったじゃない。少し、ううん、物凄くずるをしちゃったの。」
そういって胸元から一枚のカードを取り出した。
「はい、これあげる。」
そういってエリスが差し出したのは一枚のギルドカード。
ノルンはそれを見ながら悪い予感しかしない。
「はいっておまえ、これ……。」
受け取ったノルンはギルドカードを見てみた。
そこにはノイという冒険者の名前に、ランクがE、そして冒険者の情報が列記されていた。
「いや、これをどうしろって言うんだ。もしかしてベリベルに使わせるのか?」
「そうよ?王都に許可もらうまでの間の仮だけどね。」
なぜか自信満々なエリス。
「穴がありすぎだろ。王都から許可証が来たときどうすんだよ。即効ばれるぞ。」
ノルンの指摘は誰でも思いつく内容である。しかしそれをエリスが分からないわけがない。
「ふふっ、それは冗談よ。もしもの時の為にあげただけ。本命はこっちよ。」
今度は布のワッペンを取り出す。それをノルンに渡した。
「それはギルド職員用の臨時の迷宮通行用の許可証。私が依頼したって事にしておけば問題ないわよ?私は許可されてる人間だし。」
ノルンは悩んでいた。それはエリスの見返りが殆ど無い事への疑いである。何故こんなことをするのか理解できないからだ。
(うふふ。まずは外堀からよね。お風呂はどうでもいいけど宿に出入りできるのは大きいわ。)
ノルンには理解できない思惑なのであるから致し方ないことなのであるが。
ノルンは暫く考えていたが、思考が一回転してどうでも良くなったのか受け入れる。
「分かった。ほんとに見返りは風呂の件だけでいいんだな?」
「そうだよ?私はノルン君のファンなんだから、それぐらい安いものだわ。」
いつの間にファンになったのであろうか。どちらかと言うと獲物ではないだろうか。
そうしてお互いに確認しあったところで、やっと思い出したのか、本来の依頼遂行の処理をしてもらうのであった。
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ノルンがウイッデンの所に行っている頃、ユラルルとイルアリアハートは宿に帰ってきていた。
二人が宿に入ると意外な人物の出迎えにあう。
「お帰りなさいませ。ユラルル様。イルアリアハート様。」
そこには完璧に執事にしか見えない男が執事の格好をして、執事のような言葉を発していた。
もちろんジライである。
テーブルなどの残骸が綺麗に片付けられた酒場には何故か真新しいテーブルが一つ、しかも純白のテーブルクロスがひかれ、その真ん中には綺麗な花が挿されていた。
完全に呆気にとられた二人が呆然としている間にも話は進む。
「お疲れでしょう。どうぞこちらにおかけください。」
そういって差し出された手に無意識に手を重ねるユラルル。そのままテーブルに着かされそうになって何かを思い出したのか手を振り払う。
「ご、ごめんなさい!……その、ジライの行為は嬉しいんだけど、私ももう冒険者だから、その、こういう扱いはちょっと……。」
言われたジライは丁寧に頭を下げる。
「ユラルル様のお気持ちを汲めず申し訳ありません。では、お部屋でお召し物を着替えてからこちらでゆっくりされると言うのはいかがでしょう。」
全く分かっていなかった。
「だからね、せっかく冒険者になったのにこういうことされると台無しだよ。これじゃ家にいるときと変わらないじゃない。」
ユラルルなりに現状を理解して楽しんでいたのか、ジライの行為は全否定されてしまったようだ。
「だから、そういうのは一切いりません!イルちゃんもいこっ。」
そう言ってイルの手を引いてカウンターに行く。そこで鍵をもらうと階段を上がっていった。
そこにはジライが一人残されていた。
何か言いたげなイルアリアハートを連れてユラルルが階段を昇って言った後、スルーされたジライにバーバが声をかけた。
「だから言ったじゃねぇか、そんなことしても無駄だって。」
なにが無駄なのか、この二人の間では分かっているようである。
「そうですね。分かっていたとしても少し寂しいものがありますね。」
ジライがこういった行動をしたのには訳がある。ジライはほぼ完璧な執事である。その完璧な執事が子供の頃からお世話していたユラルルの心の機微が分からないわけがない。あくまでも命令によって実行したに過ぎないのだ。
それはメリルルによる指示だった。
『あの子が周りに頼りきりで何もしないようだったら連れて帰りなさい。方法は任せるわ。大丈夫だと思ったら帰ってきなさい。』
である。
この命令どおりジライは実行したわけだがどうやらその作戦はうまく行かなかったようである。
「それで、先ほど話した内容はお受けして頂けますか?」
ジライがバーバの方を向いて話しかける。その目には有無を言わせぬ迫力があった。
「ああ、別にうちはいいぞ。従業員が足りてなかった所だ、売り上げも臨時収入もあるし助かるってもんよ。」
二人はどうやら新しく雇う従業員の話をしているようだ。それをジライが申し込んだらしい。
(本当ならばもうお屋敷に帰るべきなのでしょうが、申し訳ありません旦那様。暫くは残りたいと思います。)
ジライは階段の方に向き直った。その視線は、ユラルルではなく、イルアリアハートを追っていたのだった。
暫くして二人が降りてくる。どうやら着替えを終えて私服に着替えたようだ。
ユラルルはカウンターに行くとバーバに話し掛けた。
「バーバさん、水桶ちょうだい。」
すこしまだ膨らんでいるのが微笑ましい。
ユラルルが水桶をもらっている間にイルアリアハートはテーブルを片付けていたジライに声をかけた。
「ジライさん、体の方はもう大丈夫なのですか?」
それに対して作業をやめたジライは向き直り腰を曲げる。
「イルアリアハート様、もう体の方は大丈夫です。改めて御礼申し上げます。」
そう言った後に腰を戻し背筋を伸ばすと更に続けた。
「それと、先ほど言い忘れておりましたが、本日よりここで給仕兼フロア係りを勤めさせて頂きます。よろしくお願いします。」
そしてもう一度深く礼をする。
どうやらこの男はここに居座るようなのである。
「……はい。よろしくお願いします。」
そう言ってイルアリアハートは微笑む。しかしユラルルは納得がいかないようだ。
「え~!ジライ残っちゃうの?それはなんか嫌。あ、別にジライの事が嫌いとかそういうのじゃないよ?なんだかその、恥ずかしくない?ね?」
言いたい事はわかるがそこまで言わなくても良いんじゃないだろうか。
「分かっております。ユラルル様のことを特別扱いなどはいたしませんのでご安心ください。」
そういうと片付けていたテーブルを手際よく復活させるとイルアリアハートに手を差し伸べる。
「ではイルアリアハート様、こちらになります。」
そういって手を取るとイルアリアハートを席に座らせる。
やはり元は貴族、そういった作法は体が覚えているものなのだろうか。
「え?え?」
イルアリアハートは何が起こっているのか分からないまま椅子に座っておろおろしている。
「お飲み物をご用意いたします。少々お待ちください。」
そのまま厨房へ歩いていく。昼の間に買い揃えてた執事に隙はない。
そのままカウンターで準備をし始める。
「ちょ、ちょっと~!イルちゃんだけ特別扱いなの?おかしくない?ねぇ、おかしいよ~。」
ついさっき特別扱いしないでほしいといった手前、私にも!といえないのかユラルルは抗議をあげる。
イルアリアハートはおろおろしたままである。
「先ほどユラルル様が自分を特別扱いしてほしくないとの事でしたので。ユラルル様のものもご用意いたしましょうか?」
何ともいやらしい言い方である。
「ふんっ!いいもん、いらないからね!」
そういうとぷんぷん怒ったまま階段を上がっていった。もちろん水桶を持って。
それを見送るとイルアリアハートが盛大にため息を吐いた。
「はぁ~、ジライさん。何故こんなことをしたのですか?これは貴方の本意ではないですよね。」
イルアリアハートの目から見ても明らかにジライの行動はおかしい。気がついていないのはユラルルだけである。
「さて、何のことでしょう。そんなことは置いておき、どうぞこちらをお召上がりください。」
イルアリアハートの前に白磁のティーカップが出される。そこから立ち上る香りが心地よい。
「騙されません。ユラルルさんは大事な仲間の一人です。その、……こういうことをされると困ります。」
助けた人にされた事もあるのだろう、イルアリアハートの心境は複雑である。
「別に深く考える必要はありません。ただ、貴方にもらったこの命、恩を返すために用いてもいいのではないでしょうか。」
イルアリアハートの斜め後ろに控えた執事がそう呟くように言う。
それを聞いたイルアリアハートは更に複雑な表情である。
「だ、騙されませんといったはずです。と、とにかく体ももういいようでしたらそれでいいです。」
そう言い切ると、出された紅茶をこくこくと上品に、一気に飲むと席を立ち逃げるように階段をのぼって行った。
それを見ながら空気の読める男、バーバは思っていた。
(まだまだ娘っこにはわかんねぇ話だよな。まあ、俺は勝手に働いてくれる従業員ができて、勝手に酒場の改装もしてくれるらしいし、しかも安い。良い事ずくめで何もいうこた無いけどな。)
まさしくその通りであった。
迷宮への道のりは長い……




