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ノルンとイルアリアハートの二人が一階に下りるとそこにはバーバがいた。どうやらイルアリアハートが治療している間に来たようである。

「おうバーバ、飯くれや。ああそうか、金はもう払ってんだっけ?」

「おはよう、お二人さん。金はもう娘っこにもらってるよ。遠慮なく食ってきな。おーい!飯を二人分だ! 」

 厨房に声をかけている間に二人は席に着く。

「なぁバーバ、頼みがあるんだがいいか?」

「なんだ?俺は今日この壊れた酒場を直す為に交渉に行かなきゃならねぇんだ。あんま暇じゃねぇぞ。」

 確かにその通りである。

「あ~、じゃあ厨房にいつもいるあいつでもいいや。別に手間はかけさせねぇよ。」

「そこまで言うんならまあ、できそうなことならやるが……。」

 そういって入れてあった飲み物をすする。

「別にたいした事じゃねぇよ。今ちょっとイルの部屋にさ、昨日居ただろ?執事服を着たおっさんが。あのおっさんが何故か大怪我してたもんで治療して寝かしてんだ。もし起きてきたら飯でも食わせてやってくれねぇかと思ってな。」

「ああなんだ、そんなことかよ。そんくれぇなら別に構わないぜ。」

 バーバがそういうとイルアリアハートは明らかにほっとした表情をする。助けたのは自分なのだ、最後まで面倒を見るのが基本である。

「有難うございます。後で書置きでも部屋においておきます。取られて困るものも特にありませんし、一応知り合いの方ですからね。身元もしっかりとしてます。大丈夫でしょう。」

 その言葉に何ともいえない表情のノルンである。まさか自分があんなふうにしたとはもう言えない。

「あ、ああ。それじゃあ今日も草原に行くか。」

「はい。私が仲間に入れてもらってから初めてですね。少し怖いですが楽しみでもあります。」

 イルアリアハートはやる気に満ちているようだ。朝に弩の練習ができなかったことが悔やまれる。それも良い事をしたのだからしょうがないとは思っているが。

 そこで朝飯が運ばれてきた。それを食べながらイルアリアハートは質問をする。

「それで草原ではどういった感じで行くのですか。」

 当然の疑問である。現地に行く前に決めておくのはもはや当たり前である。ノルンにはそんな常識はないが。

「あ?そんなもん適当に行って見つけた魔物を狩るだけだよ。ああ、戦うのは俺一人でいいぞ。」

 何とも言えない発言である。

(それではいけません。私も役に立つという事を証明しなければ……。)

「……なぜノルンさんだけで戦うのですか?私達も一緒に戦います。」

 それは当然のことなのだがノルンはそれを否定する。

「そりゃそうだろ。ユラルルは魔物燃やしちまうし、イルはよくわからん。それに弩で穴あけられまくるのもベリベルが泣きそうだ。」

 その通りである。

「……、そういう理由ですか。少し私の我侭になりますがお願いがあります。弩の練習をしたいのでできれば戦線に加えてほしいのです。」

 真剣な瞳でノルンを見つめる。

「……、いいなその目。目的を持った奴がする目だ。わかったよ、練習ぐらい嫌って言うほどさせてやるよ。ほんとは迷宮に入ってからの方が効率がいいんだがな。」

 低い階層は敵もよえぇし。そういって朝食で出されたハムを口に入れる。

「っ、有難うございます。それではすぐに準備をして行きましょう。一刻も惜しいです。」

 ご飯を一気にかきこみ始めたイルアリアハートにノルンはため息を吐いた。

「そんな急いでもかわんねぇよ。大体ユラルルはまだ寝てるぞ。ゆっくり飯を食え、ただでさえちいせぇんだから。」

 何が、とは言わない。もちろん視線も向けない。それが致命的にならないように。

 しかし話を聞いていたバーバは見てしまったのだ。イルアリアハートの胸部を。

(~~!そういうことですか。確かに私は小さいです。小さいですが何もこんなときにこんな場面で言わなくても良いではないですか。)

 キッとバーバを睨みつけ、そしてノルンも睨みつけられる。いいとばっちりである。

 そうして勘違いをした微妙な空気の中、朝食は進んでいくのであった。



-----------pf



 ユラルルを起こし、朝の手入れをしてやり朝食を食べさせ、ギルドにベリベルを迎えに行く。

 時間はいつも通りだが何故かイルアリアハートにはノロノロと感じる。焦りからくる気持ちであるのは言うまでもない。

 ベリベルと合流した後、いつもの草原を4人は歩いていた。自己紹介はギルドの前で済ましている。

「それにしてもベリベルおめぇ、やる気満々だな。」

 もう何度目かの賞賛をノルンは送った。

「この前ノルンの旦那が言われたじゃないですかい。もしかしたら丘を下るかも知れねぇって。だからおでも、もうちょっと自分の身を守れるようにしようと思ったんすよ。」

 実際には考えるだけで、装備はもらっただけなのだが。

「いやいや謙遜はよせよ。その装備みりゃ誰でもわかるぜ?ただの護身用でそこまでのもん持ってくるわけねぇって。おめぇは体格が良いんだからやる気出せばすぐに何とかなるだろ。」

 ノルンの言うとおりべリべルの姿は完全に重戦士である。しかも装備が装備だけに回りに与える威圧感も半端無い。存在するだけで弱い魔物は寄ってこないだろう。鎧の中身は別として。

「そ、そんな!おでが戦うとか考えただけでも恐ろしいっす。あっ。」

 話している途中で何かに蹴躓いたのかバランスを崩して前に倒れる。誰もが、ああ倒れた。と思ったのだが、

ゴロゴロゴロゴロ

 膝を抱えるようにしたベリベルは丸くなりそのまま10mほど転がっていった。まさに鉄塊が転がっているが如くである。

「ああ、びっくりしやした。」

 そういって立ち上がり埃を払うベリベル。ノルンは腹を抱えて笑っている。

 それを見ていたイルアリアハートは内心気が気ではなかった。

(なんですかこれは。このベリベルさんという方は確か職人で戦闘能力は無いと聞いていました。足手まといの荷物持ちと言う話だったのにこれは……。)

 イルアリアハートの目から見ても恐ろしいほどの性能を感じさせる鎧を着込み、そしてその明らかに重量があるその鎧を着ているにもかかわらず疲れた様子も無くここまで行軍している。

 どう見ても即戦力である。

 今まで見てきた冒険者のなかでもここまでの者はそうお目にかかれない。イルアリアハートの内心では焦燥感が溢れんばかりに渦巻いていた。

(……、大きな体に力強い体格。神の采配を疑うわけではありませんが羨ましいです。)

 イルアリアハートが悶々としている間、ずっと周りの警戒をしていたユラルルが何かを見つけたのか声を上げる。

「あ、前からオーガが来るみたいだよ。」

 その声はやっといたよ~。とでも言いたげである。確かに最近は魔物の遭遇率が減ってきていた。この辺りの魔物を全て駆逐するような勢いなのであるからしょうがない事なのだが。

「ああ、やっとか。イル、実戦やりたいんだろ?俺が相手をしてる間にやって見ろ。」

 そういって何事も無くオーガに向かっていく。

「え?は、はい!」

 他の事を考えていたイルアリアハートは雑念を振り切り準備をする。

 腰に下げた矢筒を開き矢を取り出すと弩に番える。中央の梃子を引くと矢が装てんされた。

「俺も試したい事があるから気にせずやってくれ。ベリベルすまんが傷が多くなるぜ?」

 そういわれたベリベルが頭を振る。

「そんなこと気にしないでくだせぇ。普通は傷がそこ等じゅうにあるもんですぜ。」

「そうか。ユラルルはランスは使えんのか?火球は貫通しねぇからきかねぇと思うし。」

 ノルンは尋ねる。オーガに少々の魔術は効かない。その体皮に弾かれるのだ。なのでぎりぎり炎の矢、現実的には炎の槍でなければダメージを与えられない。

「うん、大丈夫だよ!まだ同時に2本しか出せないけど。」

 同時に複数本出せる事自体が凄い事に当の本人は気がついていない。メリルルから魔術を教わっていたユラルルは母親が基準だと思っている節がある。


 属性魔術はその理解度により行える事が増える。その区切りを階位と呼び、行使する魔術の質が変わるのだ。火炎魔術だと第1階位に炎、第2階位に火球、第3に炎の矢、第4に炎の槍である。メリルルが使った炎の龍は第6階位に当たる。


 そうして話し合っているうちにあと100mほどの所まで近づいてきたオーガにノルンは走り寄る。

「ベリベル、おめぇは二人を何があっても守れよ!」

 突然指名されたベリベルは驚きつつも威勢よく返事をした。

「へ?へい!」

 4人は勢い良く敵に向かって走りよった。


【火炎魔術:炎の槍】


 まず最初にオーガに直撃したのはユラルルの炎の槍であった。

「グガァァ!」

 狙い済ましたような軌道でオーガの肩と胸に当たる。それに少したじろいだが、オーガは構わずすぐそこまで走りよってきていたノルンに向けて棍棒を振り下ろす。炎の槍はオーガの体に少し穴を開ける程度で止まったようだ。

 それを後方に飛び上がってノルンは避けた。


【契約魔術:ネビィガノルン】


 契約者の求める事を具現化するように、ノルンの周囲に闇色のランスが現れる。その数は4本。

「はっは!制限がねぇっつうのはいいねぇ!」

 そういうとランスを全てオーガの体に叩き込む。体を侵食されるような痛みにオーガは絶叫を上げるが痛みよりも闘争本能が勝ったのか振り下ろした棍棒をノルンに向かって振り上げる。しかしそれはノルンの前に展開された闇の塊に遮られた。

 それは正方形の、一辺50cmほどの厚さのない存在だった。しかし剛力をもって為されたオーガの攻撃は、その空間に固定されたような盾に止められる。

 ノルンは優雅に着地した。

「イル!撃つならこのタイミングだ!」

 あまりに次元の高い戦闘に半ば呆然としていたイルアリアハートであったが、ノルンの呼び声に正気を取り戻したのかオーガに向けて矢を放つ。しかし矢はオーガの体皮に弾かれる。

「まだまだ撃て!矢が切れるまで撃つんだよ!なるべくなら目を狙え!」

 そう叫ぶとまたオーガに向かっていく。

 ユラルルは詠唱が終わったのか次弾を待機させていた。ノルンが動くのに合わせて要所要所で牽制に使っている。

 暫く耐えていたオーガだったが10本目の魔術の槍を受け、大地にその体を横たわらせた。



「なにしょぼくれてんだよ。」

 明らかに元気の無いイルアリアハートにノルンは声をかけた。

「しょぼくれてません。現状を再確認していただけです。」

 その声には朝のような元気は無い。自分がどれだけ役に立っていないか、完膚なきまでに理解させられたのである。その衝撃は並大抵の物ではないだろう。

「お前はお前の出来ることをやればいんだよ。神聖魔術も使えるんだ、さっきだって牽制っつう意味じゃ役に立ってたと思うぜ。」

 イルアリアハートはその言葉を聞いても気持ちは晴れなかった。確かに牽制として矢を放ってはいたが完全に無視されていたのである。牽制と言う意味ではユラルルの方が圧倒的に役に立っていただろう。

 相性の問題であり、数が多くなればその重要性はあがるのだが、今の時点ではそこまで考えが回らないのだ。

 そこへ、ユラルルがまた敵を見つけたのか話しかける。

「ノルン~。あっちになんかオーク?が沢山いるよ~。」

 ノルンは指を指された方向を向いて確かめた。

「ああ、ほんとだな。オークが草原にいるなんて珍しいじゃねぇか。魔物殺しすぎて分布が変わったのか?」

 そう首をかしげながら言う。

「ユラルル、第4階位より上のやつは使えんのか?」

「うん。ちょっと時間はかかるけど第5階位だったらすぐ使えるよ~。」

 そういって無邪気に微笑む。

 それに頷くとノルンは面倒くさそうに言った。

「じゃああれ全部焼いてくれ。どうせ大した素材も取れねぇんだし別にいいだろ?ベリベル。」

 未だいそいそとオーガの皮を丁寧に剥いでいたベリベルに話を振る。

「へ?いいんじゃねぇですか。もううちの職人はオークの皮なんて見向きもしやせんぜ。」

 ひどい扱いである。もはや必要ないと烙印を押されたオークさんが可哀相である。

「じゃあいいな。ユラルル一つでかいの見せてくれよ。」

 顎で促す。

「え? いいの? じゃあ頑張っちゃおうかな~。」

 そのまま杖を掲げると集中し始める。3分ほど経ったころどうやら終わったのか、短く詠唱をする。


【火炎魔術:炎の龍】


 そこにはいつか見た巨大な龍の姿があった。しかしその姿はメリルルの出した物よりも2周りほど大きい。全長は10m程の長い尾をもつ龍。例えるなら東洋の龍のような姿である。

「お願い。あそこのお豚さん焼いちゃって?」

 まるで生きている生物を相手にするようにユラルルがそう頼むと炎の龍はその巨体をくねらせ、少し先でこちらを窺うように戦闘準備をしていたオークの集団に襲い掛かる。

 響き渡る絶叫が聞こえなくなると炎の龍は帰ってきた。

「ありがと!もう帰っていいよ。」

 ユラルルがそう言うと体に吸い込まれるように消えていった。

「おめぇ、威力だけはすげーんだな。集中が遅すぎて実戦じゃ使いづらそうだが。」

「えへへ。わかる?お母様にもね、制御は甘いけど深さはすごいわよって褒められてたんだよ?」

 ベリベルなどは恐ろしすぎて見ないようにしている。いい判断だと言わざるを得ない。

 そして更に沈むイルアリアハートがそこに居た。



-----------pf



 そこは冒険者ギルドの会議室の一つ、ノルンを連れて来た一番小さな部屋である。そこに一組の男女が居た。

 女性の方はこのギルドの看板娘エリス。そして男性の方はそのエリスにご執心の冒険者バートンであった。

 エリスはバートンから渡された報告書を読んでいた。

(ふ~ん。この男仕事はできるのね。)

 エリスが読んでいるその報告書にはここ数日の間のノルンの行動が事細かに載っていた。

(へ~、バーバの宿屋にお風呂ができたんだ。それにウイッデンさんと直接契約のことは知ってたけどここ数日で稼ぐにしては物凄い金額ね。大体それぐらいって言うのは判ってたけど実際に合計金額を見ると驚きだわ。お金回りも良いと……。それでユラルルって子は……、あら、実の親子の可能性が高い?子持ちだったのね。でもこれを見る限りではつい最近知ったみたいね。それにメリルルって母親は貴族かしら。なるほどね~。イルアリアハートっていう子は初めて聞いたけど神官ね……、なかなか将来有望じゃない。やっぱり魅力ある男には女が群がる物よね。)

 更に読み進めていくエリスにバートンは話し掛けた。

「その子供、結局なんなんですか?ギルドからの秘密裏の依頼っていう話でしたけど……。」

 エリスはこの男個人に秘密裏にノルンの内偵を依頼していたのだ。もちろんギルドからの、というのは嘘である。

 問われたエリスは、読むのを途中で止められた苛立ちを表に出す事無く返事をする。

「え?ええ、それは言えません。でも、内偵をした貴方でしたら、少しは判るんじゃないですか?」

 そう言われた男は少し押し黙った。そしておもむろに口を開く。

「……そうですね、その男は危険です。明らかに人ではない動きをしますし、自分も何度死んだと思ったか。」

 そういって頭を振った。

「ええ、だから貴方に頼んだんです。この街にいる冒険者で、偵察で貴方の右に出るものは居ないと良く聞きます。」

 エリスは微笑みながら答えた。

 それを見たバートンは明らかに顔を赤らめ嬉しそうである。

 バートンは話を切り出すにはここしかないと思ったのか、意を決して言葉を発した。

「そ、それでエリスさん。この依頼が終わったら食事に一緒に行ってくれるという話でしたが……。」

 ああ、そんなこといったかも。と思いながら顔には出さない。

「ええ、そうでしたね。でもごめんなさい、その……、私にも心の準備という物があって……。それにギルドの方にも支障が出ますからその辺りも手続きをしないといけないんです。だから、貴方の次の依頼が終わったら改めてお食事に誘ってください。そのときまでに気持ちの整理も一緒にしておきます。」

 男は気がつかない。話を大きく見せる事ではぐらかされているという事に。

 バートンは勘違いをしたのか嬉しそうに頷いた。

「そ、そうですね。判りました、僕も楽しみにしています。」

 そうして他愛無い世間話を少ししてバートンは部屋を後にする。

(次の依頼は確か大森林の現状調査だったかしら。つまり当分帰ってこないわね。それに……、確か今大森林でオークキングが現れたらしいけど、生きて帰ってくるかしら。まあ大丈夫よね。)

 そうしてまた渡された書類に目を通すのであった。





オークがポークになりました。

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