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  ユラルルは機嫌良く宿屋への帰路についていた。職人達は可哀相であるが自分にできることはないのだ、深く考えても仕方がない。鼻歌混じりで歩いていく。

 ~♪~~♪

 そうして到着したユラルルは宿屋に入っていく。入ってすぐにバーバの方を見るとバーバは誰かと話しているようである。近づきながらユラルルは話しかけた。

「バーバさんただいま。鍵くださいっ」

 そう言ったユラルルにバーバが話しかける。

「おう嬢ちゃんお帰り。嬢ちゃんに客がきて、」

 バーバが言葉を紡いでいる間に、バーバの目の前にいた魔術師らしい冒険者の女性が振り向く。

「おおおお母様!!!」

 バーバの言葉は大声を上げたユラルルに遮られた。

「お、お母様がどうしてここに……?」

「貴女の事が心配になったのよ。どうなの? 元気にしてる? 立ち話もなんだし座りなさい」

 そういってメリルルの隣に渋々座るユラルル。明らかに顔面蒼白で挙動不審である。

「うふふ。大体のことはバーバさんに聞いたわ。思っていたよりも全然大丈夫そうじゃない」

 そういって微笑んでいるが、目が全く笑っていない。

「え? そうかな? えへへ」

 しかしユラルルは気がついていない。

「でも駄目ね。例え娘が頑張っていようと、私の大事な物を無断で持ち出したことは許せないわ」

 そういって人差し指を持ち上げると、小さく詠唱をする。


【火炎魔術:炎の矢】


 メリルルの指の周りに炎が渦巻き、すぐに矢を形取っていく。

「ご、ごめんなさい! だからお仕置きはやめて、」

 瞬時に椅子に座っていた状態から土下座したユラルルだったが、その目の前の床に炎の矢が突き刺さる。恐る恐る顔を上げたユラルルは、メリルルの周囲に浮かぶ膨大な量の炎の矢に戦慄した。数えるのも恐ろしい。

「ごめんなさい! ごめんなさ~い!」

 一瞬でもう駄目だと悟ったユラルルはダッシュで出口に向かおうとするが、弧を描くように飛んできた炎の矢に遮られる。そのまま酒場の方へ走っていった。

「あらあら逃げるなんて悪い子ね。お仕置きしなきゃね」

 そう言うと、空中に停滞していた炎の矢が一斉に発射された。逃げ回るユラルル、破壊される宿屋。

(おいおいおいおい、化け物かこの女。俺の店が……)

 口を大きく開けたバーバであるが、身の危険からか、とてもではないが制止できない。

 飛んでいった炎の矢の何本かがユラルルの体に直撃するが、当たった瞬間霧散する。

「あら。そういえば貴女、それも持って行ったわね。じゃあこれはどうかしら」

 そういって立ち上がると、両手を前にして集中していく。

「え? ちょ、お母様それは流石に洒落にならないんじゃ……」

「大丈夫よ、少々顔が焼け爛れたりしてもいい神父さん知ってるから」

「それは大丈夫じゃないよ~!」

 その言葉が言い終わると詠唱が終わったのか両手を頭上に掲げる。


【火炎魔術:炎の龍】


 その瞬間、膨大な熱量と巨大な長い尾を持った炎の龍がメリルルの前に現れる。その龍はとぐろを巻くようにメリルルの周囲に浮かんで、その鎌首をユラルルに向けている。

 宿屋の一階ということで普通の建物よりもかなり広く、高い天井のあるこの部屋でもその姿は窮屈に思えるほど大きかった。

「焼け爛れるとかその前に、消し炭になっちゃうよ!」

 酒場の机を盾にするように隠れているユラルルがそう叫ぶ。

「あら、それじゃあ私の質問にちゃんと答えてくれたら待ってあげる」

 それに一も二も無く頷くとユラルルは答えた。

「何でも聞いてください! だからそれだけはやめて~!」

 元から炎の矢を数本当てて終わらせるつもりだったメリルルは、その言葉に頷くとさっと手を振った。

「ありがと、またお願いね」

 メリルルがそう言うと、炎の龍はメリルルの中に入っていくように消えていった。

「それじゃあ色々と聞かせてもらいましょうか」

 そう言って、椅子に座りなおすメリルル。

 もう既にユラルルはメリルルの前に正座して座っている。

「それじゃあ聞きたいのだけれど……」

 その光景を見ながらバーバは思っていた。

(この破壊された酒場どうすりゃいんだよ。ノルンにでも修理代払ってもらうか……)

 もはや考えるだけで頭が痛い。目の前の女性に、ユラルルと同じような匂いを本能的に感じたバーバは、そう現実逃避した。



 -----------pf



 ユラルルが母親にいろいろな事を聞きだされている頃、買い物を終えたノルンとイルアリアハートは宿への帰路についていた。途中、南地区に行きつまみを買って来たため、その腕には紙袋を抱えている。

「いいですか、そういう無駄遣いはこれからは厳禁です。きちんとお金を貯めておかないと、いざと言うときに困ります」

 イルアリアハートは先ほどからノルンの駄目な所を、小一時間ずっと説教していた。ノルンは右から左にスルーしているが。

「聞いているのですか。そもそも今、どれぐらいギルドにお金を預けているのですか?」

 当然の疑問としてイルアリアハートは聞いた。

「あ? そういえばギルドに金預けてねぇな。前んときの貯金はもう引き下ろせねぇだろうし」

 それを聞いたイルアリアハートは今日何度目かのため息を吐く。

「わかりました。しばらくはお酒もつまみも控えてください。報酬などの件については私が担当します。……それで、前の時というのはどういうことですか?」

 疑問に思ったことを遠慮なく聞いていく。今日1日で遠慮など何処かに捨ててきたようだ。そいつは勘弁してくれよ、と頭を振ったノルンは続けて言う。

「ああ、そういや言ってなかったっけ? 俺は一度死んで、何でかこの体に生き返ったんだよ。だからギルドには再登録したんで、前のやつがどうなってんのかしらねぇ」

 今日は何度も驚かされて、もう慣れたと思っていたイルアリアハートだが、話の内容に眉を寄せる。

「生き返った……? どういうことなのですか?」

 あまりの驚きに深く考える事を放棄したのかそう短く問い直す。

「だからそのまんまだよ。迷宮で死んで、気がついたらこの体になってたんだよ」

 あまりに簡潔であまりな内容である。

(外見が子供なのは、もしかしてそれが原因なのですか。という事は、種族的には普通なヒューマンである可能性のほうが高いですね。……この事は絶対にユラルルさんには言えません。絶対に)

 などと少し黒い事を考えているイルアリアハートであった。

「お、ついたぞ。今日は何もないんだ、酒でも飲んでのんびりするか」

 先ほどまでのイルアリアハートの言葉などなんのその、ノルンはのんびりとそんなことを言った。

(とりあえず、この話はここまでですね。またの機会に聞くことにします。……ユラルルさんのいないところで)

「だから先ほど言ったばかりだと言うのに。昼間からお酒を飲むなどいけま、え、どうかしたのですか?」

 言葉を続けようとしたイルアリアハートは、入り口に入って突然止まったノルンにぶつかり怪訝そうに尋ねた。

「……すまん、急用ができた。これ頼むわ」

 そう言って手に持った紙袋をイルアリアハートに手渡す。そのまま外に出ようとしたノルンに、無情にも声がかかった。

「あら、どこにいくのヴォルグ。ちょっとこっちに来なさい?」

 なんとも有無を言わせない、強さのある言葉である。それに足止めされたノルンは振り返り、返事をする。その時点で捕捉されていると気づかないまま。

「……俺はヴォルグって名前じゃねぇよ。誰かと勘違いしてるんじゃねぇか」

 そう言ってその場を逃げようとしたノルンに、更に追い討ちがかかる。

「久しぶりに会ったって言うのにつれないじゃない。あんなに愛し合った仲なのに」

 それを聞いたノルンが、魂の底から湧き出るような声を絞り出す。

「あれは、お前が、無理やり、襲ったんだろうが!」

 訪れる静寂。

「……」

「……」

「……」

「あらあら。まさか本当にあのヴォルグなの。こんなに可愛い子が? ふふふっ」

「げっ」

 そこでやっとノルンは気がついたようだ。罠に嵌められたのだと。

 椅子に座っていたメリルルは、ツカツカとノルンに歩み寄っていくと、その体を抱きしめる。

「なにこれ可愛いわ~。ねぇ、どうしてこんな姿になっちゃったの? ねぇねぇ」

 そういってベタベタ触りまくったり頭をなでるメリルル。

「だーーーーっ、やめろ! ごら、どこ触ってんだよ!」

「うふふ、いいじゃない。17年も会ってないんだしそれぐらい。あら、ちゃんと男の子なのね。あ、そうだ。私ね、子供がもう一人ぐらい欲しいなーって思ってたのよね」

 そういってずるずると階段の方へノルンを引きずっていく。

「バーバさん、ヴォルグの部屋の鍵頂戴」

 カウンターの前までノルンを引きずって行ったメリルルが、そう催促する。

「あ、ああ。3階の突き当たりだ……」

 肉食獣を目の前にしたような圧力に、素直に鍵を渡すバーバ。

「ありがと。ほらヴォルグいくわよ。積もる話もあるでしょ?」

 行くわよと言いながらも、結局引きずっていくメリルル。

「おいてめぇ! 俺はノルンって言ってんだろ! お前らも見てねぇで助けろよ!」

「いいから、行くわよ。ヴォルグ」

「よくねぇ!」

 その光景を皆で見送った。何もできるはずもない。



 ------------pf



 ノルンが連れ去られた後、そこに居た者たちは先ほどの光景を見なかったことにしたのか、各々動き出した。

「バーバさん、少々お話したい事があります。いいですか?」

 そういってカウンターの席に座るイルアリアハート。その顔は何故か少し不機嫌そうである。

「あ、ああ。なんだ?」

 まだ立ち直っていないのか、それとも酒場の現状に思いを馳せていたのか、曖昧に返事をする。

「先ほどの女性の事について、まず聞きたいのですがいいですか?」

 階段をちらりと何か敵を見るような目で見ると尋ねた。

「ああ、俺もさっき会ったばかりだから何とも言えねぇんだけどな。俺よりもそこで放心してる嬢ちゃんに聞いたほうが早いんじゃねぇか?」

「ユラルルさんにですか?」

 そういって未だ地面に正座しているユラルルの方を見る。

 やっと恐怖から開放されたのか、ノロノロと起き上がると、イルアリアハートに抱きついてきた。

「イルちゃん怖かったよ~」

 一時的に鬼が何処かに行ったことに安堵したのか、かなりの力で抱きつく。

 しかし内心は違う事を考えていた。

(やっぱりノルンはお父さんかぁ~。えへへへへ。)

「わかりましたから、とりあえずそこに座ってください」

 いつもの調子でそう言われたユラルルは、仕方なく椅子に座る。そのままカウンターに突っ伏した。

「それでユラルルさん、先ほどの人は誰なのですか」

「私のお母様だよ~。うーっ、さっきの事思い出しちゃったよ……」

 そういわれてイルアリアハートは納得する。

(確かに物凄く似ていましたから、そうではないかと思っていました)

「ではノルンさんとはどういった関係なのですか」

 ほかの言葉より、若干強めに聞く。

「え? どういう関係って……ノルンと昔一緒に冒険してたんだって。そのときにその……私ができちゃったらしいよ。えへへ」

(……その可能性は真っ先に浮かびましたが、そうですか。やはり私が何とかするしかないようですね)

 何をとは思わない。あの男をどうにか更正しなければと、なぜかイルアリアハートは思っていた。そして後半の台詞はどうやらスルーするようだ。

「大体わかりました。それでこの惨状はどうしたんですか。まるで暴徒に襲われたかのような状況ですが」

 宿の一階を見渡して、そうため息を吐く。

「う~~。さっきね、お母様がその、魔術で壊したんだ……」

 先ほどの光景を思い出したのか、少し笑顔になりかけていた表情が曇る。

 その言葉を聞いて、イルアリアハートはバーバの方を向くと尋ねる。

「そうなのですか?」

 聞かれたバーバは顎に当てていた手を下げて返事をする。かなり悩んでいるようだ。いつか剥げるかもしれない。もう既につるつるだが。

「おう、嬢ちゃんの言うとおり、ありゃ相当ランクの高い魔術師だな。あんな芸当見たことねぇよ」

 イルアリアハートの求めていた返答とは少し違った物ではあったが、肯定は得られたようである。

「ではバーバさんには申し訳ないのですが、この修理費はユラルルさんのお母様にお願いします。どうやらこちらのパーティーメンバーの責任ではなさそうですし」

 原因という意味ではユラルルに責任がありそうだが、実際に壊したのはメリルルである。イルアリアハートの言う事は正しい。

「おぉ? まじかよ……。ノルンのこと当てにしてたんだがな……。そうか、まあそうだよな。娘っ子の言うとおりだ」

 そう言って無い髪の毛を掻き毟る。

「あ、バーバさん大丈夫だと思うよ? うちってお金持ちらしいし」

 実際に、超が付くほどのお金持ちであるのは間違いない。しかもメリルルは、そのお金を湯水のように扱えるのだ。

「ああ、実の娘の嬢ちゃんがそう言うなら、そうなんだろ。降りてきたら、ちと話してみるか」

 先ほどの光景を見ていたバーバとしては、とてもではないが強硬な姿勢はとれそうに無い。それがわかっているのか、かなり疲れた表情である。

「それでは話は変わりますが、バーバさんにお話があるのです。これからパーティーの資金の管理をする事になったので、そのお話と、食事などの際の料金などに関してなのですが」

 それを聞いて、バーバは気持ちを切り替えた。いつまでも悩んでいてもしょうがないのだ。ここは商売の話をしようじゃないか。例えそれが現実逃避だとしても。

「そんで何の相談だ? 値段を下げろっつう話は受け付けないぜ?」

「いえ、そういう話ではありません。ただ、食事などのお金を月ごとに先にお支払いしておきますので、食べなかった分は月末に返して頂ければという話です」

 てっきりメンバーが沢山泊まっているのだから割引をしろ、という話なのかと思っていたバーバは、拍子抜けしたような顔をしている。

「ああなんだ、そんな話か。そんくれぇ別にいいぜ。しかしそんなことして、なんか意味あんのか?」

「大有りです。今までノルンさんがズボラに管理していたお金を、きちんと整理して管理します。報酬に関しても、割合を決めて、分割して、各人の分をきちんと渡すつもりです。と言っても、当分はギルドに貯金させるつもりなので、ノルンさんやユラルルさんにはお金を使わせません」

 そうハッキリと言い切ったイルアリアハートに、横で聞いていたユラルルが抗議の声を上げる。

「えーーっ! ちょっとイルちゃんそれは横暴だよぉ~。私、色々欲しい物があるのに……」

 一体何にそんなにお金を使うつもりなのだろうか。

「……ちなみに用途を聞いてもいいですか?」

「え? それはその……、もうすぐ石鹸が切れそうだし……。それに可愛い服を職人さんが沢山作ってくれたからそれも欲しいし……。あ、あとね、部屋も改装したい!」

 ユラルルの言葉に呆れ果てるイルアリアハート。

「当分ユラルルさんにはお金は使わせません。その間に冒険者の常識を教える必要があるみたいですね」

「え~~~! ちょっとイルちゃん横暴だよ! それにちょっと怖いよ?」

「私の名前はイルアリアハートです。もう言っても無駄だと思いますが、きちんと覚えておいてください」

 どうやら火に油を注いだようである。

 そこからイルアリアハートによる、長い長い説教が始まった。


 説教が一段落着いたところで、階段から人が降りてくる。どうやらノルンとメリルルの話し合いも終わったようだ。

 やけに疲れたようなノルンと対照的に、何故かつやつやしたメリルル。一体上で何が起こったのだろうか。

「おうイル。それくれよ。それとバーバ、酒くれねぇか」

 そう言って、イルアリアハートに渡していた紙袋を受け取り、席に着く。

「おう。その前に奥さん。ちょっといいかい?」

「あらなにかしら?」

 ちゃっかりノルンの隣に座ったメリルルが聞き返す。その顔は先ほどのことを忘れて、何かあったかしら? とでも言うようである。

「いや、言いにくいんだが、後ろの惨状をどうにかしてもらいてぇんだ。多分修理っつうよりも改装したほうが安く付くんじゃねぇかと思うんだよ。修理費はやって見なきゃわかんねぇが、多分金貨2、3枚ぐらいじゃねぇか?」

 かなり丁寧に言葉を選びながらいった事が窺われる。

「あら、そういえばそうね。ねぇヴォルグ」

「だめだ」

 間髪いれず、ノルンはそう返す。どうやら名前については諦めたようだ。

「なによ、いいじゃない。どうせ金貨3枚ぐらい端金なのに」

 なんとも言えない貴族発言である。 

「それに、確かに私が壊したけど、原因はユラルルよ? 貴方のパーティーメンバーでしょ? 半分ぐらい出してくれても良いじゃない」

 恐ろしくこじつけである。

「あ? そうなのか?」

 ユラルルの方をみると、青い顔でこくこくと頷いている。ノルンからは見えない、メリルルからの圧力のせいである。

「あ~、確かにそうみたいだな。仕方ねぇ、半分ぐ」

「駄目です。待って下さい」

 そこにカウンターのメリルルから見て、一番奥に座っていたイルアリアハートが異議を唱えた。

「どう聞いてもこじつけです。私達が払う必要などありません。バーバさんにも聞きましたが、後ろの惨状は全てメリルルさんですか? 貴女の魔術による物らしいではないですか」

 突然話に入ってきたイルアリアハートに怪訝そうな目を向ける。

「ねぇ、あの子は?」

「ああ、うちのパーティーメンバーだ。そういや、金のことはイルに任せたんだったな。後は頼んだわ。それよりバーバ酒くれよ」

 任されたイルアリアハートは精一杯メリルルを睨みつける。

「へぇ~、ヴォルグにしては良い判断じゃない」

 ほんの少しの間、睨みあいは続いていたのだが、どうやらイルアリアハートを丸め込めそうに無いと思ったのか、メリルルは視線を外す。

「それにしても困ったわね。そこまで持ち合わせがあるわけじゃないのよね……」

 全く困ったようには見えない。

「でも、そろそろ来る頃かと思ってたけど、ちょうど良いタイミングじゃない」

 そう言って、視線を入り口の方へ向ける。

 そこには、仕立ての良い執事服を着た壮年の男性と、装飾のあまり無い動きやすそうなメイド服を着た女性が入ってきたところだった。

「ご無沙汰しておりました。メリルル様、ユラルル様。執事のジライです」

「……同じくアリスです」

 そして丁寧にお辞儀をした。



 ------------pf




 時は少し遡る。

 メリルルの実家では騒然としていた。


 朝、執事がメリルルの部屋を訪れるとそこには


「ちょっと旅に出てくるわ。暫くしたら帰ってくるから心配しなくてもいいわよ」


 という置き書きがあった。


 つい数日前に娘が一人家出同然で居なくなったばかりである。それに加えて今回の旅に出る発言。当主であるメリルルの旦那様は頭を抱えていた。

「ユラルルはメリルルが心配要らないからと、情報屋に居場所だけ探らせるようにしましたが、今回メリルルまで居なくなるなんて……」

 線の細く優しそうな現当主であるバッハハイゼンは、おろおろと忙しなく、同じ所をぐるぐると回っている。

「ああ心配だ、心配だ。メリルルは冒険者経験があるし、強いから大丈夫だと思うけど心配だ……。家事とか身の回りの世話係りが居ないと駄目なのに……」

 ああ心配だ……。と未だにぐるぐると回っている。

「そうだ、とりあえず、身の回りの世話役だけでも後を追わせて近況報告させよう。そうだ、そうしよう」

 この男はメリルルにベタ惚れなのである。普段触らせてすらもらえないというのに、未だその愛情は途切れる事を知らない。その彼、バッハハイゼンはメリルルお付のメイドと執事を呼び出した。

「君達を呼んだのは他でもない、メリルルの事についてだ。彼女がどこに行ったかもわからないのだが、お願いがある。メリルルを見つけて、今までどおりお世話して欲しいんだ。メリルルはああ見えて、生活能力が無いから心配で。ああ、襲われたりとかについては心配してないんだけど……。だから君達に探し出して、メリルルを助けてやって欲しい。メリルルのしたいことに、僕が口を挟んだりはしないから。あ、でも近況報告を手紙で送ってほしい。すまないんだが頼めるか?」

 メリルルに生活能力が無いのは周知の事実である。できないのか、しないのかは置いておいて。

 おろおろと忙しない口調で喋る当主を、神妙な面持ちで眺めていた二人の執事とメイドは、大仰に礼をしながら返答をする。

「お任せください旦那様。必ずメリルル様を助けると約束します」

「……右に同じ」

 そう言われたバッハハイゼンは安心したように破願する。

「君達にそう言われたら安心したよ。それじゃあ、すまないが頼む。あ、資金については気にしなくていい。僕がいくらでも捻出するから」

 そう言い切る御当主様。

 そう、何を隠そうこの男は魔術こそ、そこそこにしか使えないが、その内政手腕は天才と呼び声の高い男なのだ。メリルルの為ならば金貨の100枚や1000枚、惜しげもなく捻出するであろう。

「必ずや良き報告を持って帰ります」

 そう言うと、もう一度礼をする。

「頼んだよ。メリルルの顔が見れないのは残念だけど、彼女のやる事に口を出すのもどうかと思う。これが僕なりの精一杯なんだ」

 その言葉にもう一度礼をすると二人は部屋を出て行った。


どうやら読者様の思った展開ではなかったようです。そしてユラルルさんの上位置換のメリルルさんが登場しました。賛否両論だと思いますが作者は突っ走ります。


個人的にこの作品で一番可哀相な人の影がちらりと見えましたが…。

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