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ノルンとイルアリアハートは朝食を食べると連れ立って西地区の方向へ歩いていた。地図を見ながら歩くノルンにイルアリアハートが話しかける。
「そういえばユラルルさんは冒険者になって10日程度という話は聞きましたがノルンさんは冒険者になってどれぐらいなのですか?」
ノルンの横に並んだイルアリアハートが尋ねる。
「あ?俺はもうさんじゅ……、いや大体2年ぐらいだ。」
35年と答えそうになったノルンはそう訂正する。
「……、2年ですか。それは嘘ですよね。たった2年でそれだけ強くなれれば今頃冒険者は全員化け物の集団です。」
ノルンのことを化け物といっている事にノルンは気がつかない。
「あー、ユラルルにいわねぇなら話してやるけど……。」
「言いません。」
間髪いれずにそう答える。
基本的に腹芸など考えないノルンはまあ話してもいいかと達観的に考えた。
「俺は今年で51なんだよ。冒険者になったのは16ん時だからもう35年冒険者やってる事になる。」
それを言われたイルアリアハートは事前に情報があったにもかかわらずかなり驚いている。
(ユラルルさんの言っていた事は本当だったのですか。しかし認めていないといっていました。どういうことですか。)
「……うすうすそうではないかとは思っていましたがやはりそうだったんですね。色々と納得しました。それではユラルルさんが娘さんというのも本当なんですか?」
それを聞いたノルンはイルアリアハートの方を向いて驚く。
「何でてめぇがそれを知ってんだよ。ああ、今朝の内緒話はそれか。」
「そうです。ユラルルさんが言ってました。それでどうなのですか。」
聞かれたノルンは少し黙る。そしてゆっくりと口を開いた。
「……そうかも知れねぇしそうじゃないかも知れねぇ。わかんねぇんだ。おれ自身どうしていいか分からん。」
「……、だからユラルルさんにあんなにも甘いのですか?」
それは二人と出会ってからイルアリアハートが感じていた事である。明らかにおかしい位ノルンはユラルルに甘いのだ。
「やっぱそう思うか?だよなぁ。しかしどうすりゃいいのかわかんねぇんだ。冒険者になってもう何十年も一人で生きてきたんだ。今更子供だっていわれてもピンとこねぇ。どうすりゃいいと思うよ。」
聞いておいて何を言っているんだろうとノルンは思う。こんな娘っこに聞くこと自体がどうかしてる。
「そうですね、まずは依存をやめさせるべきです。そしてきちんと金銭管理させるべきだと思います。今のままでは冒険者としてやっていけません。昨日は新参者という事で黙ってみていましたがノルンさんはユラルルさんに甘すぎます。冒険者でしたら自分のことはきちんと自分でやるべきです。」
1年以上冒険者としてやってきたイルアリアハートはそこそこ常識が身についている。その常識に照らせ合わせると今の状況は異常なのだ。それに報酬の事についても何も話し合っていない。パーティーに無理を言って入らせてもらった身としては言いづらいがこれはきちんと決めておかねばならないことである。
「そういやそうだな。冒険の知識の事ばっかり考えてたからそういうの教えてねぇわ。おれも金の管理は苦手なんだがおめぇはそういうの得意か?イル。」
イルアリアハートは納得した。自分のできないことは教えられない。この男は壊滅的に金銭感覚が崩れているのだ。
「得意というほどではないですが常識的なことは出来ると思います。……参考までに聞きますが月にどれぐらい稼がれるのですか?」
「あ?そんなんしらねぇよ。昔ソロだったころは月に金貨500枚ぐらいじゃねぇの。全部装備に使ってたけど。」
イルアリアハートは眩暈がした。駆け出しの冒険者は1日銀貨2枚稼げればいいほうである。普通の一般家庭が銀貨1枚で1日食べていける。つまり一月30日で銀貨30枚。普通の人の月収が銀貨50枚程度であるのにこの男はその1000倍。理不尽な現実に涙が出そうである。
ちなみにCランク冒険者であった頃、イルアリアハートは月に金貨1枚稼げればいいほうであった。しかも大体が諸経費で消えていく。現実とはかくも無残な物である。しかもそれを全部装備につぎ込むとかこの男の金銭感覚は本当に駄目だとイルアリアハートは確信した。
「もしかして貴方は駄目男なのですか?」
口をついて出てきた言葉を誰が責められようか。
「あ?駄目男ってなんだよ。まあ、細かいことは苦手なのは確かだが。」
苦手どころではない。宿に泊まるとき金貨を出してこれで当分の間頼む。といってさっさと宿に入っていくこの男は苦手どころではないのだ。
「分かりました。分かりすぎるほどにわかりました。貴方に任せていたら貯まるものも貯まらなくなります。もしよければ私がお金の管理をしますがどうですか?」
入ってきたばかりのものがいきなりパーティーの財布の紐を握る事に抵抗があるのかイルアリアハートは控えめに言った。
「ああ、出来るって言うんなら任せる。昔の仲間が言うには俺に金を持たせても意味が無いらしいからな。ただまぁ、酒を自由に飲めるぐらいは渡してくれよ?」
酒代だけで月に金貨1枚ぐらい使いそうな男である。ただ一つ良い点があるとすればこの男は酒が飲めれば味など気にしないという点である。
普通は通らない要望がいとも簡単に通った事に驚きを通り越して心配になったイルアリアハートだが自分がしっかりせねばと逆にやる気を出していた。
「わかりました。では帰ってからその辺りの事を詰めましょう。目的地にも着いたみたいですし。」
そういうイルアリアハートとノルンの前には目的地のオクテマ武器加工店があった。
オクテマ武器加工店に入った二人に威勢の良い声がかかる。
「へいらっしゃい!」
武器とか防具を売る店の掛け声はどこも一緒だな、と思いながら店内を見渡す。そこには冒険者が自分にあった武器がないか真剣に見ていた。バーバの言うとおりどうやら結構有名な店であるようだ。
話しかけようとする店員を手で制して退場させるとイルアリアハートは広い販売スペースの一角にある弓などが置いてあるブースに行く。その後ろをノルンが付いていく。
そしてそこにつくとイルアリアハートはノルンに話しかけた。
「昨日ノルンさんに言われた事を自分なりに考えてみました。その結果弓か弩、もっと言うなら弩があっているのではないかという結論に達したのですが、どうですか。」
聞かれたノルンは顎に手を当てながら答える。
「あ~、確かにお前は見たまんま非力そうだもんな。前衛がもつような武器は駄目だろうな。それにしても弩か……。イル、おめぇはこういうの扱った事があんのか?」
微妙に渋い顔をするノルン。
「いえ、ありません。」
「この弩って言うもんは結構力使うんだよ。戦闘にでもなったら何百発と相手に打ち込まなきゃならんからな。いくら梃子使うからってお前の体格じゃ無理っぽいんだよな。」
イルアリアハートは言われている意味がわからなかった。
(何百発も打つ?恐らく、一回の接敵でそれだけ使うのですか?)
イルアリアハートの思っている弓使いと微妙に違っている。弓使い、(職業が弓使いというだけで弩も使う。)というのは敵の急所を狙い打つタイプの職業である。敵の目であるとか関節であるとかそういうところを狙うのである。そこに玉数はあまり関係ない。
「参考までに聞きたいのですがノルンさんの思っている弓使いとはどういうものですか。」
あまりにも認識が違うので尋ねてみた。
「あ?昔の仲間にセバスっつう弓騎士がいてな、そいつは常時千本以上の各種属性付きの矢を持ってる奴でな。敵を見かけると高速で連射するんだこれが。しかも全部狙った所に飛んでいくんだからこえぇ奴だよ。」
絶対に敵にはしたくねぇよな。とノルンが言っているのを聞いてイルアリアハートは納得した。
(この人の常識は全く当てにならないです。神官のナーユさんの話でも思いましたが確信しました。この人も化け物のように強いですがその仲間だった人たちも化け物です。その化け物レベルを求められる身にもなって欲しいです。)
しかしイルアリアハートは諦めていなかった。もとよりそれを望んでいるからここにいるのだから。
「ではノルンさんは私にはどんな戦術が有効だと思いますか?」
物凄い期待を籠めた瞳でノルンを見つめる。この男ならば的確なアドバイスが出来るに違いない、そういう思いを籠めて。
しかし無情にもそれは裏切られる。
「そんなんいきなり聞かれてもわかんねぇよ。大体お前が戦ってるとこすら見てねぇんだぞ?身体能力もなんもわからんのに分かる訳ねぇだろ。」
尤もである。
「……やはり駄目男ですね。」
「あ?なんかいったか?」
小声で呟いた声はどうやらノルンの耳には届かなかったようである。
「いえ、何も言っていません。ノルンさんの言いたい事はわかりました。ですが今回は暫定的に弩を購入します。」
そう言って手近にある弩を手にとっていく。彼女の求める物を象徴するように大きく威力のありそうなものばかり見ているようだ。
「おめぇにはそこらへんを扱うのは無理だよ。そうだな……、これなんていんじゃねぇか?」
そう言ってノルンから手渡された弩は小さめの物で彼女の思惑とは違った物だった。
「……何故これなのですか?」
「そりゃそうだろ、一度も扱った事がねぇんだろ?最初は誰でも初心者からはじめるもんだ。それにこの弩は引き手にギミックがついてるだろ?あんま力が要らない構造なんだよ。まあその分連射が難しそうだし飛距離も短そうだけどな。」
この男はこの男なりにイルアリアハートのことを考えてくれているようであった。
「……、ノルンさんも最初は私みたいに初心者だったのですか?」
「そりゃそうだろ、冒険者になった頃は剣もまともに振れなかったぜ。」
その言葉を聞くとイルアリアハートは渡された弩を持って入り口脇のカウンターの方へ歩いていく。
「おい、もういいのか?別にそれにしろっつうわけじゃねぇぞ。」
「いいんです。これにします。決めました。」
そういって店員に購入の意図を伝える。
「別にいいんならいい。金はいいのか?」
それを聞いてイルアリアハートは溜息をついた。
「自分のものぐらい自分で買います。それがユラルルさんを甘やかす原因だと気がついてください。」
怒ったように言うイルアリアハートにたじろいだノルンはあいまいにお、おう。とだけ返事をした。
無事武器を購入した二人は宿屋に帰っていくのである。
イルアリアハートは胸に抱いた弩を大切そうに抱えて。
ちなみに両手剣の修理はもちろん忘れていた。後日ベリベルが研ぎなおす事になるのだが別の話。
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ウイッデンの防具加工店ではベリベルがユラルルのローブと帽子のメンテナンスをほぼ終えていた。
(ふぅ~、まさかこのローブがこんなにも危ない物だとは思ってなかったっす。)
ベリベルの感想は正しい。むしろそのメンテナンスを行える事自体が凄いと言わざるを得ない。
ユラルルの着ていたローブは悪魔族の皮でできている。悪魔族と言えば、神にも匹敵するほどの力を持つ者からその辺りの魔物にも劣る者まで様々だがユラルルの着ているローブは悪魔族の中でも上位の存在の皮である。
悪魔族の上位ともなれば並大抵の事では死なない。例え体が消滅しても時間はかかるものの復活する事ができるのである。その悪魔族の、本当の意味で上位存在の皮で作られたそのローブはローブ自体が生きているのである。今もまた復活するときを虎視眈々と狙っている。それを封じ込める為の刻印がローブ全体に縫い付けられた刺繍である。その上に封印の刻印魔術を何層にも重ねて張っているのである。
なぜそんな危険な物を装備品に使っているかというと単純にその性能が桁違いだと言う事である。魔術的な攻撃は無効化し、物理的な攻撃にはある特定属性の物しか効かない。文字通り突き抜けた性能なのである。その為そのメンテナンスも必ず必要である。刺繍に綻びがないか、刻印魔術は切れていないか、その確認を怠ると使用者は逆に食べられてしまうだろう。
そのメンテナンスをベリベルは終わらせていた。
(全て確認は終えやした。大丈夫っすね。)
神経を磨り減らす作業を終え、貴重な体験をさせてもらったベリベルはユラルルの下へ戻った。
戻ったベリベルが見たのは未だ続くファッションショーである。今現在着ている防具は胸、肩、肘、膝のみを守る軽装甲タイプの鎧である。どこから持ってきたのかズボンまである。それを見ている職人の数は最初よりも増えているのではないだろうか。
ベリベルが部屋に入ってきたのを見つけたユラルルはそちらに走り寄るとベリベルに話しかける。
「ベリベルさんありがと!これって代金とかいるの?」
そう可愛らしく聞かれたベリベルが勢い良く首を振る。
「いえいえいえ、いつもお世話になってるお嬢さんから金なんて頂けねぇっす!」
そう言ったのは何もお世話になっているからだけではない。周りからの視線が半端無いのだ。
「え?そうなんだ。えへへ、ありがと!」
だがそんな考えも吹き飛んでしまったベリベルである。
「それじゃあ着替えてくるね。みんなもありがと。楽しかったよ~。」
そう言ってベリベルからローブを受け取ると更衣室に入っていった。嬉しそうな職人達。
そこへウイッデンがベリベルの後ろから現れる。固まる職人達。
「おうおめぇら、工房にいねぇからどこで油売ってんのかと思ったらこんな所でたむろしやがって。根性叩きなおしてやる必要があるみてぇだな。」
ウイッデンのこめかみには青筋が浮き上がっている。
「てめぇらそこに並べ!持ってるもん持ってだ!」
その怒声でそこにいた職人全員が一列に並ぶ。全員ベリベルの方を向いている。
((てめぇがちくったのか!))
その視線にベリベルは顔を青ざめさせて首を高速で振る。
「おう、ベリベル。てめぇはここで何してたんだ。」
列に並ばないベリベルにウイッデンが話しかける。もちろん青筋を浮かべて。
「そ、その!お、おではお嬢さんのローブのメンテ、ナンスをやって今受け渡したとこっす!!」
直立不動でそう叫ぶ。
ウイッデンも長い間工房でローブに何かしているベリベルを見ていたのでこれは聞いてみただけである。
そこへ着替えを終えたのかユラルルが出てきた。
「さっきの大きな声どうしたの?あ、ウイッデンさんこんにちわ。」
ユラルルの姿と手に持った防具を見て、そして出てきた場所を確認するとウイッデンは納得した。
「おう、お嬢ちゃんには関係のねぇ話だ。今日は迷惑をかけてすまなかったな。」
そう言ってユラルルから防具を受け取る。
「え?迷惑なんてかかってないですよ?楽しかったし。」
そう言い終わると周りを見る。そこには一列に整列した職人達。なんとなく状況を察したユラルルは何ともいえない顔である。
「まあなんだ、また明日からもよろしく頼む。」
そう言うとユラルルの背中を押して部屋の外に連れて行く。
「ちょっと今から立て込むからすまねぇな。じゃあまたこいよ。」
そして無情にも扉は閉まる。ユラルルの目には絶望に満ちた職人達の姿が最後に映った。
閉まった扉を見ながら考えても仕方がない、とユラルルは帰る事にしたのだった。
店から聞こえる怒声と叫び声が聞こえないように。
そして宿屋に帰ってきたユラルルは地獄を見る。




