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ノルンとユラルルが朝の準備を終え一階に下りてくるとそこには既にイルアリアハートが座っていた。気まずさを残したノルンとは対照的にユラルルは気にしたそぶりも無く近づいていく。
「おはよ~イルちゃん!」
そう言ってイルアリアハートを後ろから抱きしめるユラルル。
「……おはようです、それは分かったので離れて下さい。お願いですから。」
抵抗できそうに無いと悟ったのかそう懇願する。
「バーバさんもおはよー!」
イルアリアハートを抱きしめたまま言う。どうやら離す気はないようだ。
「バーバ、飯頼むわ。」
そういってカウンターに銀貨を2枚置く。昨日の夜にまたしても同じパターンで言いくるめられたノルンはパーティー全員の食事代を出す事になってしまったようだ。バーバも可哀相な男を見るようにお金を受け取っていく。受け取りながらバーバは尋ねる。
「飯を3人前だ!」「へーい!」
「……そんで今日はどうするんだ?いつも通り草原に行くのか?」
聞く必要はないのだが一応聞いておこうと何気ない感じでバーバは言った。
「いや、別に決めてねぇ。ただまあ、ランクもあげてぇし草原かなぁ。」
バーバとノルンが世間話をしている頃、抱きしめられたイルアリアハートにユラルルが何やら囁いていた。
(ねぇイルちゃん。沈んでるイルちゃんに魔法の言葉を教えてあげようか?)
そうなのだ。イルアリアハートは朝から不機嫌だった。昨日の夜の事を引きずって余り眠れず悶々としていたのだ。そのイルアリアハートは少し不機嫌な感じで囁き返した。
(魔法の言葉とはなんですか。それよりも離してください。苦しいです。)
もう既に名前のことについては諦めたようである。ユラルルはノルンと違って取り合ってすらくれない。
(ふふふーっ。あのね?これ聞いたらきっとイルちゃんの機嫌も直っちゃうよ?ほんとだよ?)
意味ありげにそう嘯く。
(なんなのです。言いたい事があるならハッキリ言ってください。もったいぶらなくていいです。)
イルアリアハートはユラルルが昨日の夜の事について何か言ってくるのではないかと少し身構えながら囁いた。
(あのね、実はね。……私とノルンって親子なんだ。)
「え!!!?」
座っていたイルアリアハートは勢い立ち上がり座っていた椅子を弾き飛ばす。
一斉に何があったんだと視線が集まるが「な、なんでもありません。」と取り繕うと椅子を元に戻して座りなおす。訝しげな視線が外されバーバとノルンは雑談に戻った。そこで朝食が運ばれてくる。3人は礼を言うとそのまま食事を取り始めるのだが女性二人はひそひそと会議を続けた。
(詳しくお願いします。どういうことなのですか。)
もはや自分からユラルルにくっつかんばかりに顔を近づける。
(ほら、やっぱり元気でた。魔法の言葉って言ったでしょ?ね?)
(そんなことはどうでもいいのです。先ほどの質問に答えてください。)
先を促すイルアリアハート。その表情には先ほどまでの暗い感じは無い。
(やっぱり気になる?気になるでしょー。そんなに睨まなくても教えてあげるからね?でも言ったとおりだよ。ノルンが私のお父さんなんだ。って言っても本人はまだ否定してるんだけどね。)
(……、見た目どおりの年齢ではないと思っていましたがまさかユラルルさんみたいな大きな子供がいるとは……。ということはかなりのご高齢なのですね。……もしかして昨日のあれはただ単に父親にじゃれていただけだと、ユラルルさんはそういうのですか?)
話の内容を大体理解したイルアリアハートはそうあってほしいという願望と共に推測を口にした。
(あ、よくわかったね。そうなんだよー、ノルン優しいから甘えやすいんだー。)
ふふふーっ。っと嬉しそうに笑う。それを見ながらイルアリアハートは何故か安心しながら思った。でもあれは単に親に甘えるにしては度が過ぎているような……、と。
そこでイルアリアハートの耳にノルン達の会話が聞こえる。
「そろそろ武器が損耗してきたし武器屋で修理してもらいてぇんだがこの街でいい武器屋しらねぇか?」
ノルンはその技量から殆ど武器を合わせる事無く切り捨てる。その為普通の冒険者よりも武具の損耗が殆ど無い。が、さすがに武器は自分で手入れしているとはいえ定期的に職人に見せた方がいいのは事実である。
「ああ、それなら西地区の北側にあるオクテマ武器加工店がいんじぇねぇか?ちいとばかし奥まった所にあるから分かりにくいがこの街じゃあそこが一番有名だぞ。地図書いてやろうか?」
「ああ頼む。」
バーバは紙に武器屋までの道のりを書きながらノルンに話しかける。
「でもお前んとこの荷物もち、確か職人なんだろ?武器の手入れぐれぇできるんじゃねぇか?」
言われてああ、とノルンは気がついた。
「そういやそうだな。ベリベルに見てもらうか。」
そういう結論に落ち着こうとしている所にイルアリアハートが割り込んだ。
「いえ、武器屋に行きましょう。丁度買いたいものがあったんです。ノルンさんも一緒に来てください。相談したい事もありますし。」
言外に面倒見てくれるって言いましたよね。と聞こえてくるのはノルンだけではないはずである。余りにも普通に話しかけてくるイルアリアハートに面食らいながらノルンは返事をする。
「ああ、じゃあそうすっか。今日は狩りは休みだな。そうすっとなんだ、各自持ち物の整備と補充、買出しに休養ってことでいいか?」
そういってユラルルに尋ねる。
「そっかーそうだよね。じゃあ私もいっしょ、」
「そういえばギルドへの報告にいくのではなかったですか?それにベリベルさんという方が毎日ギルドの前で待っているんですよね?そちらの方へ行くのも必要だと思います。」
そうイルアリアハートが言うとユラルルのほうを見た。言葉を遮られたユラルルは口を挟もうとするが更にイルアリアハートの追い討ちがかかる。
「では私とノルンさんが武器屋に。ユラルルさんはベリベルさんに今日はもういいというのと、ギルドへの依頼達成報告をするという事で分かれるというのはどうでしょう。」
昨日の夜にお酒を飲みながら話していた現状をイルアリアハートはしっかりと把握していた。その上でそういう提案をする。
「えーーーーっ!私も武器屋に行きたいよ~。それにギルドへの報告に私一人とか絶対にいや。」
あの威圧感には耐えられないとばかりに体を震わせる。
「ベリベルについて行って貰えばいいだろ。ああそうだ、お前のローブちょっと整備してきてもらえよ。悪魔族の皮はメンテナンスしないとやばい物なんだぜ。」
ノルンの言うとおりユラルルの着ているローブはかなり危険な物である。長く着る為には定期的な整備は欠かせない。
「うーーーっ、でもノルンも一緒に来てくれても良いじゃない。」
「お前もいい年なんだからそんくれぇ自分でできるだろ。おんぶに抱っこじゃやってけねぇぞ?」
ノルンの言う事も最もである。最近べったりなユラルルをこの機会に少し自立させようと言葉を選ぶ。
「まあわかんねぇ事があったら聞きゃいいんだ。簡単だろ?」
暫く膨れていたがどうやら自分の意見が通らないと分かったのかユラルルは立ち上がると大きな声でノルンに喋りかけた。
「もーーーっ!ノルンの馬鹿!わからずや!とうへんぼく!鈍感!」
そうひとしきり罵ると朝食を半分以上残したまま階段を上がっていった。それにやれやれとノルンは肩を窄めた。
(どうやらうまく行ったようです。これで邪魔者は消えました。)
なにか黒い思惑が渦巻いているようである。
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ユラルルは暫く部屋でむくれていたがベリベルを待たせすぎるのに引け目を感じたのかノロノロとギルドに行く事にした。帽子をかぶると杖だけ持って一階に下りてみるとそこに二人の姿は無い。バーバに鍵を預けるとそのままギルドに歩いていった。
ぷんぷんと擬音が聞こえそうなユラルルにバーバは話しかけることは無かった。
(もうっ、別に一緒にいたって良いじゃない。女の子の気持ちが分からないんだから。)
未だに怒ったままのユラルルはギルドの前にとうとう差し掛かってしまった。一気にへこむユラルルのその目に、ギルドの前にある何か大きな物体が目に入る。
(あれ?いつもベリベルさんのいる所に変な置物がある。)
ベリベルがいつも立っている場所には漆黒の塊が鎮座していた。それに恐る恐る近づいたユラルルは吃驚する。どうやら人であるらしいその物体は鎧を着た人であるようだった。その背中に背負った背嚢から辛うじてそれがベリベルかもしれないという事に気がついたユラルルは喋りかけた。
「もしかして……、ベリベルさん?」
恐らくそうであるだろうとは思っていても余りにも違う威圧感に恐る恐る尋ねる。
「へ?あ、お嬢さんおはよう御座います。ってどうしたんですかい、お一人で。もしかして今日はお休みですかい?」
いつもの調子で聞いてくるベリベルにようやくユラルルは安心したのかいつも通りの調子で返事をする。
「うん、なんだかやる気満々なベリベルさんには悪いんだけど今日はお休みなんだって。それを伝えに来たんだよー。」
その言葉にあからさまにほっとするベリベル。
「いやいや、こんなの見かけだけでさぁ。わざわざありがてぇっす。そんじゃあ今日は各自で自由行動ですかい?」
ベリベルはこんな装備に身を包んでいるが自分が戦うなど怖くて出来そうにない。例え延ばされただけだとは言え安堵に溜息を吐いた。
「うん。それでね、ノルンに依頼の達成の処理と、それとローブをちょっと見てもらえって言われたの。」
そういってローブの裾を摘む。少し足が覗くがそれを視界から外すように首を振りながらベリベルは答える。
「……あああ、それじゃうちに来てくだせぇ!依頼の受理に親方の受領印もいりやすし、そのついでにおでがローブ見ますぜ。」
「そう?じゃあお願いしよっかな。」
そういいながら今度はウイッデンの店のほうへ歩いていく。それを見ながらベリベルは思った。
(お嬢さんあんまり無防備な姿は勘弁してくだせぇ。ただでさえ美人なんだから……。)
そうして巨大な大男を従えたユラルルはウイッデンの所に行くのであった。
ユラルルとベリベルがウイッデンの店に入るとそこは冒険者で溢れていた。若い冒険者からそれなりに歳を取った熟練を醸し出す冒険者までかなりの数がいる。その視線が店に入ってきたユラルルとその後ろにいるベリベルに降り注ぐ。明らかに凄い物を見たような目線である。それもそのはず、見た感じお嬢様のようなユラルルとそれに付き従う巨大な全身鎧を着た騎士のような大男。傍目にはお嬢様と護衛騎士である。しかもかなりの上流階級の。
その視線に気づく事無く店員に挨拶すると店の奥に入っていく二人。周りの冒険者は思った。奥の部屋にフリーパスとかどれだけだよ、と。
奥の部屋に着いたユラルルはベリベルの出した椅子に座っている。下っ端を顎で使うのには慣れたものである。
「親方から受領書もらってくるんでちいとばかし待っててくだせぇ。」
「うん、ありがとー。」
そういって工房の方へ歩いていくベリベルと椅子に座ったまま足をぷらぷらさせているユラルル。そのユラルルに近くにいた職人が話しかけた。
「お、お嬢さんじゃねぇか。今ひとりかい?」
「うん。ちょっとベリベルさん待ってるの。」
そういってにっこりと微笑む。
「お、おう。」
職人は基本的に引きこもりである。偏見かもしれないが工房に篭り自分の納得の行く作品を作り上げる事を至上とした彼らは総じて女性耐性が無い。どうやら彼もそうであるらしかった。意を決した彼がユラルルに話しかける。
「お嬢さん、もし時間があるなら俺の作った鎧の試着をしてくれないか?」
そういっていつもの3倍ぐらいのスピードで動くとすぐに皮製のボディーアーマーを持ってくる。しかもご丁寧にスカートタイプのレッグアーマーもセットで。
「え?確かに暇だけど……。うーん、別にいいよ?着替える所ってあるのかな?」
それにガッツポーズを決めた職人はいそいそと更衣室に案内する。
「こちらです。ささ、こいつです。」
そういって自分の作った装備を渡す。ちなみにこの装備、ユラルルのサイズに何故か調整されていた。
「う、うん。じゃあちょっと待ってね。」
そういって中に入って行くユラルル。後に残されたのは何故か感極まったような職人が残されていた。
ユラルルが更衣室に入った後、職人の後ろから別の職人が現れる。
「おい、なに抜け駆けしてんだ。俺も混ぜろ。」
そういって現れた職人の腕には何故か魔術師用の服があった。可愛い装飾がされたあまり実用的ではなさそうな物である。
「いいとも!同士よ!」
そうしてまた一人と職人が腕に何か抱えてやってくる。こいつらは暇なのであろうか。いやそんなことは全く無い。
そして更衣室の扉が開く。出てきたユラルルは驚いた。何故か職人さんの人数が増えているのだ。しかし本来の目的どおり装備を渡してくれた職人に話しかける。
「どうかな……?変じゃないかな?」
そう言ってその場で一回転する。スカートがひらひらと翻る姿に職人たちは心の中で喝采をあげた。
((うおおおおっ!職人やってて良かった!))
彼らはユラルルを詳しく見る。皮鎧で強調された胸元や肌が露出した細い腕、ひらひらと舞うスカートがユラルルの美貌に絶妙にマッチしていた。何よりいつも帽子で隠されている顔が見れるのがいい。
そこへウイッデンから受領印を受け取ったベリベルが帰ってくる。全身鎧はもう脱いだようでいつものラフな格好である。現れたベリベルはその異様な光景に驚き声も出ない。
「あ、ベリベルさんお帰り。雑用任せるみたいなことしてごめんね?」
可愛く首をかしげる姿を見ながらベリベルは今のこの状況を理解した。
(……ああ、そういうことっすか……。)
同僚の職人から親方にちくんじゃねぇぞという視線を浴びながらベリベルは慎重に言葉を選ぶ。
「べ、別に気にしなくていいっすよ。そ、そんじゃあお、おではお嬢さんのローブの調整してますんでもうちょっと待っててくだせぇ。ちょうど着替えもあるみたいですし。」
「あ、そうだね。じゃあはい、これ。そんなに急いでないからゆっくりやってきてね。」
そういって自分の着ていたローブと帽子を渡す。職人たちの心はこのとき重なっていた。
((ナイスベリベル!当分帰ってこなくていいぞ!))
そして最初の職人が話しかける。
「そんでどうでしたか?俺の作った鎧、何処か変なところありますか?」
そう言ってユラルルの注意を引いている間にベリベルは残りの職人に連れ去られていく。恐ろしく連携の取れた動きである。
「え?ん~、このスカートちょっと重くて動きにくいかも。腰周りを浮かせれるようにしたらもっといいかも。あとはちょっと胸元がきついかも。」
そう少し恥ずかしそうに言う。ちなみに胸元が少しきついのはわざとである。
「そうですか。有難うごぜぇます。ちょっとなおしてみますわ。」
と言い切るや否や別の職人が話しかける。
「それじゃあその間こっちの試着をお願いしてもらっていいですか?」
そういって2番目に来た職人が可愛らしい服を手渡す。可愛らしいのは見た目だけでその素材はかなり高級である。
「え?いいけど……。それじゃあちょっと着替えてくるね。覗いちゃ駄目だよ?」
そう可愛らしく付け加える。職人たちは紳士協定を結んでいる為そんなことはしない。そう、彼らはこのむさい工房によく出入りするユラルルのファンクラブの会員である。そんなことは決してしないのである。
次々に自作の装備を持ってくる職人達。まだユラルルのファッションショーは始まったばかりである。
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