第7話 エンターテイメント
からくりデス・ゲーム憲章
第4条(代理戦闘・選抜制度)
国家および組織は、代理プレイヤーを選出することができる。
そのために以下の措置が認められる。
・適性試験
・強制選抜
大極東民主主義共和国、首都・東京圏第三区。
午前十一時の喧騒の中、世界は高解像度のモニター越しに「新鮮な死」を待ち望んでいた。
駅前のスポーツバーでは、昼前だというのにカウンターが埋まっていた。客たちの視線は、壁一面に設置された4Kモニターに釘付けだ。画面には、かつての平和の象徴であったはずのビル群が、今は巨大な墓標のように立ち並ぶ廃墟が映し出されている。
「……ッ、くるぞ。木村の狙撃ポイントだ」
ジョッキを握り締めた中年の男が、期待に声を震わせた。
スコープの円窓が、拡声器を掲げた二人の少年少女を捉える。彼らの震える声は、バーの高性能スピーカーによって臨場感たっぷりに再現された。
『……話し合おう! 武器を置こう!』
「出たよ、お花畑の『和平派』。あれ、去年のシーズンでもいたよな。死亡フラグ立てすぎなんだよ」
「でも永瀬さくら、顔が良いから『いいね』伸びてるぜ。ほら」
男がスマートフォンの画面を仲間に見せる。公式アプリの【永瀬さくら】の個別ページには、リアルタイムで『いいね』のカウンターが猛烈な勢いで回っていた。六万、七万、八万――。彼女が平和を叫べば叫ぶほど、その「最期の輝き」に相場がついていく。
――パァンッ。
スピーカーから、真空を切り裂くような乾いた銃声が響く。
画面の中で、少年の体が糸の切れた人形のように弾けた。一瞬の静止の後、バーの店内には「おおっ」という感嘆のどよめきと、小規模な拍手が湧き起こった。
「決まった! やっぱ木村は裏切らねえな! 偏差射撃の神だわ」
「投げ銭送っとこ。今の『黄金の弾丸』、一発一万円だっけ?」
男が画面をタップする。画面端で煌びやかなエフェクトが弾け、王将・木村太一のポイント加算を告げた。
同じ時刻。郊外の閑静な住宅街。
清潔なリビングでは、母親が最新型のタブレットで中継を流しながら、鼻歌混じりにアイロンをかけていた。傍らでは、ランドセルを放り出した息子が、おやつを片手に画面を覗き込んでいる。
「ねえママ、さっきの女の子、お花が咲いたみたいに飛んだね」
子供の純粋な声。母親は手を止めず、穏やかな微笑みを返した。
「そうね。彼女は立派に『役割』を果たしたのよ。自分の命を国家の適性試験に捧げるなんて、誇らしいことなのよ」
「僕もあんなふうに、いっぱい『いいね』もらえる人になれるかな」
「ええ、勉強と訓練を頑張ればね。盤上に選ばれるのは、エリートの証なんだから」
テレビショッピングの合間に流れる「木村太一・メモリアルアクリルスタンド(受注生産)」のCMを見ながら、母親は幸せそうに目を細めた。画面の中の死は、この家庭において「道徳」であり「希望」だった。
オフィス街の洗練されたカフェ。
二人のOLが、ラテアートの写真を撮った直後にタブレットを開く。
「ねえ、見た? 切り抜き動画の『拡声器絶叫MIX』。もう三百万再生だよ」
「あー、それね。BGMの付け方が神だよね。ちょっと切なくなるエモい感じ。……でも、この子見てよ。天城盤」
一人が画面をスワイプし、歩兵の役職を冠した少年の顔写真を拡大した。
「最弱の歩兵なのに、昨日から一度も被弾してないの。しかも、銃を奪って逆襲したんだって。この『死んでる目』、たまんなくない? 推せる……」
「嘘、下剋上じゃん。運営が仕組んだ異物なんじゃないかって、掲示板でもスレ立ってるよ」
彼女たちは「推し」の生存確率を賭けサイトでチェックしながら、楽しげに笑い合う。
『天城盤・生存(倍率 145.0)』
『神楽坂澪・生存(倍率 12.5)』
文字情報の下に流れるコメント欄は、熱狂的な狂気に満ちていた。
『天城、次の一手で死ぬ方に1万ポイント。歩兵は所詮、歩兵だろ』
『いや、こいつは「成る」まで生き残る。俺の相場師としての勘だ』
『早く夜になれ。夜戦のほうが、絶望の表情が綺麗に撮れる』
欲望と、好奇心と、無関心。
それらが幾重にも折り重なり、廃墟の空を覆う巨大な「神の視線」を形成していた。
盤や澪が必死に泥を啜り、友の死を噛み締めているその瞬間。
画面の外では、彼らの絶望が「一分間の娯楽」として消費され、データへと変換されていく。
「いいね」のカウンターが止まらない。
誰かが死ぬたびに、誰かの人生が「除駒」されるたびに。
世界は平和だった。これ以上ないほどに、清潔で、残酷で、退屈なほどに平和だった。
画面の中。返り血を浴びた盤が、不意に空を見上げたような気がした。
その淀んだ瞳が、何百万人の視聴者と、確かに視線が合ったかのように見えたのは――。
果たして、ただの演出だったのだろうか。
その時、盤の唇が、音もなく動いた。
音声は拾われていなかったが、読唇術に長けた一部の視聴者だけが、その一言に戦慄した。
(――楽しんでいろ。次はお前らの番だ)
歩兵が、カメラの向こう側を「射抜いた」瞬間だった。




