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五分で読める AI短編小説集

透明な終点

作者: アイキカイ
掲載日:2026/03/27

 終点の駅には、いつも誰もいなかった。

 電車が滑り込むと、決まって僕ひとりだけが降りる。改札は無人で、風の音だけがやけに大きい。時刻表はあるのに、次の電車の時間はどこにも書かれていない。

 それでも僕は、毎日ここに来ていた。

 理由は、たったひとつだ。

「……今日も来たんだね」

 ホームの端、古びたベンチに、彼女は座っている。

 白いワンピース。風に揺れる長い髪。初めて見たときから、少しも変わっていない。

「うん。約束だから」

 僕がそう言うと、彼女は少しだけ困ったように笑う。

「そんな約束、したっけ」

「したよ。忘れたの?」

「……忘れてるのは、きっと君のほう」

 そう言って、彼女は空を見上げる。

 この駅には屋根がない。空がやけに近くて、夕方になると、まるで世界が終わるみたいな色に染まる。

 最初にここへ来た日のことを、僕はよく覚えている。

 気づいたら電車に乗っていて、気づいたらここに着いていた。そして彼女がいた。

「ここは終点なんだよ」

 彼女はそう言った。

「でも、終わりじゃない」

 その言葉の意味を、僕はずっと考えていた。


「ねえ」

 彼女がぽつりと呟く。

「君、なんで毎日来るの?」

「……会いたいから」

「それだけ?」

「それだけ」

 嘘ではない。でも、それだけでもない。

 僕は、何かを思い出しかけている気がしていた。この場所に来るたびに、少しずつ。

 電車の揺れ。ブレーキの音。誰かの声。

 ——泣いている声。

「ねえ」

 今度は僕が口を開く。

「ここって、本当に終点なのかな」

 彼女は少しだけ考えてから、首を傾げた。

「終点だよ。でもね」

「でも?」

「降りる人によって、意味が違うの」

 意味が違う。

 その言葉が、胸の奥に引っかかる。

 そのときだった。

 遠くから、電車の音が聞こえた。

 いつもと違う時間。いつもと違う響き。

「……あれ?」

 僕が振り向くと、彼女は静かに立ち上がっていた。

「来たみたいだね」

「え? でも、この時間に電車なんて——」

「君の電車だよ」

 彼女は、やさしく言った。

「そろそろ、行かなきゃ」

 何かが、はっきりと繋がる。

 白い光。強い衝撃。遠ざかる意識。

 ——そうだ。

 僕は、事故に遭ったんだ。

 帰り道、踏切で。

「……じゃあ、ここは」

「うん」

 彼女は微笑む。

「途中駅」

 電車がホームに滑り込む。

 ドアが開く。中には誰もいない。

 それでも、不思議と怖くはなかった。

「君は、どうするの?」

 僕は聞いた。

「一緒に来ないの?」

 彼女は、ゆっくり首を振る。

「私は、ここにいるよ」

「どうして」

「誰かが迷ったとき、ちゃんと降りられるように」

 そう言って、少しだけ寂しそうに笑う。

 ああ、と僕は思う。

 この人はずっと、ここで誰かを待っている。

 僕みたいな、どこへ行けばいいかわからない誰かを。

「……ありがとう」

 自然と、言葉が出た。

「何が?」

「待っててくれて」

 彼女は一瞬だけ目を丸くして、それから、いつものように柔らかく笑った。

「どういたしまして」

 ドアが閉まる。

 電車が動き出す。

 彼女の姿が、ゆっくりと遠ざかっていく。

 最後に、彼女は手を振った。

 その瞬間、ふと思う。

 ——あの人は、誰だったんだろう。

 でも、その答えは、もう必要なかった。


 電車は、光の中へと進んでいく。


 終点の、その先へ。

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