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才能なしと追い出されましたが、辺境で魔導書工房を始めます。──なぜか王国最高位の魔術師が、毎日うちの工房に来るのですが?  作者: 森凛


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第三話 ー 焦げた本の地図

 注文を受けてから、四日が経っていた。


 今回は素材から変えることにした。前回より密度の高い羊皮紙を、早速行商人から取り寄せた。割高だったが、試す価値はある。インクも銅鉱の配合を増やして、魔力の受け止めを強くした。理論上、前回より二割ほど耐久性が上がるはずだ。


(実際にどうなるかは、使ってみないとわからないけど...)


 指でページを開く。まだ文字は入れていない。空白のページに、何が刻まれるかはこれからだ。


 ◇


 その日の午後、また扉が叩かれた。


 均等な間隔だが、いつもより少し重い音がした。


「どうぞ」


 返事した瞬間、ライナルトがお店のドアから入ってきた。その手には布に包まれた四角い物を持っている。


「……持ってきた」


 渡された包みを解くと、中から焦げた本が出てきた。


 表紙の端が黒ずんでいる。中を開くと、中央付近のページが三分の一ほど変色していた。でも表紙は原型をとどめていて、綴じ糸も切れていなかった。


(完全には壊れなかったが、これは相当強い魔法を受けたようだ)


 私は本を受け取って、作業台に広げた。


 ◇


 まず、ページを一枚ずつ確認してみたら、焦げ方に規則性があることに気づいた。


 外側のページは無事だけど、内側に向かうにつれて変色が深くなり、中央の三層目で最も強く反応している。最初に限界を迎えたのは、一番奥の層だ。


「三層目のインクが先に飛んだようです」


「……それが問題か」


「問題というより、手がかりです。三層目は魔力の細かい制御を担う層で、そこが飽和すると熱として逃げます。だから焦げました」


 彼は少し黙った。


「なら、三層目を厚くすればいいか」


「逆です。薄くして、余裕を持たせます。制御に余裕があれば、熱になる前に分散できます」


(こういう話が、しやすい人だ)


 彼は言い訳をしないし、余計な相槌もない。理解が速くて話しやすい。


「次の物は今作っています。素材も変えました」


「いつ頃できる」


「明後日にはできると思います」


 彼はうなずいた。少し間を置いてから、言った。


「急かしているわけではない」


「...わかりました」


 ◇


 彼の来る頻度を考えると、実は急ぎの用途があるのかもしれない、とは思っていた。でも聞かなかった。職人がお客様の事情を深追いする必要はない。必要なのは、向こうから話してくれるのを待つことだ。


 しばらく沈黙が続いた。私は焦げた本のページを記録しながら、彼が室内を見回すのを視界の端で感じた。


 彼は作業台の上に置かれている二冊目の、まだ白紙の本を見つめていた。


「それが次の魔導書か」


「はい。まだ文字は入れていませんが」


 彼は少しの間、白紙のページを見ていた。


「……空白の方が、重そうだ」


 私は顔を上げた。


 重い、というのは物理的な意味ではないはずだ。本の重さは、羊皮紙の枚数と表紙の素材で決まる。文字の有無は関係ない。


「そうかもしれません。何も入っていない本は、何でも入る余地があるので」と答えたら、彼は何か考えはじめたようで、返事は返ってこなかった。


 ◇


 しばらくして、気づいたら彼がまた棚の上段を見ていた。


 先週と同じ場所だったので、私から声をかけることにした。


「気になるものがありますか」


「……端の一冊」


 指した先は、棚の一番奥の本だった。茶色く変色した表紙に、金箔の模様が少しだけ残っている。


 私は脚立を使って目当ての本を下ろし、彼に渡した。


 彼は両手で受け取り、急がずにそっと表面をなぞった。指の動きが、さっきの焦げた本を確かめるときと同じだった。


「……これは、製本師の本ではない」


 私は少し驚いた。見ただけでわかるとは思っていなかった。


「はい、これは百二十年ほど前に術師の方が作ったものです。内容はほとんど読めませんが、製本の技法が今と違うのが特徴です」


「どう違うのか」


「インクの成分が現在のものと異なります。ただ、何を使ったのか、まだわかっていなくて」


(できる限りで集めた素材で試してみたが、まったく分からなかった...)


 彼はしばらく、ページをめくっていた。急がず、一枚ずつ。


「……術師が、本を作ったか」


「はい。製本師でない人が、なぜここまで精緻に作れたのか」


 彼はページから目を上げなかった。でも少し間があって、ぽつりと言った。


「魔法の使い方を、本に記したかったのかもしれない」


 私は少し考えた。


「使い方、というのは」


「自分にしかできない使い方を、誰かに渡したかった」


 それだけ言って、彼はそっと本を閉じて、元の場所に丁寧に戻した。


 ◇


「明後日また来る」


「はい、お待ちしています」


 彼が別れを告げたあと、扉が閉まった。


 私は作業台に戻って、白紙の本を手に取った。


(自分にしかできない使い方を、誰かに渡したかった...)


 さっき彼が言った言葉が、まだ頭に残っていた。


 術師が百二十年前に本を作った理由を、なぜそう言い切れたのだろう。推測にしては、迷いがなかった。


 まるで、自分のことを話しているみたいな言い方だった。


 ——でもそれは、考えすぎかもしれない。


 私はインクを取って、最初の文字を刻み始めた。


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