表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
才能なしと追い出されましたが、辺境で魔導書工房を始めます。──なぜか王国最高位の魔術師が、毎日うちの工房に来るのですが?  作者: 森凛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/3

第二話 ー 五日目の受け取り

 五日目の朝、私は最後の工程に入っていた。


 表紙の封入だ。


 完成した本を両手で持ち、魔力をゆっくりと均等に流し込んでいく。なぜなら、急ぐと魔力が偏り、本の端から劣化が始まってしまうからだ。


 指の間で、かすかな光が走った。それは魔力が皮紙に馴染んだ証だ。


 私の宿り系魔法の唯一できることは、魔力を飛ばすことも、形にすることも、放つことでもなく、ただ物に染み込ませることだけ。


 学院ではずっと、それを欠陥と言われ続けてきた。


 でも、今はもうそう思わない。


 今回は依頼内容に合わせて魔導書を三層刻みにした。一層ずつ異なる周波数の魔法を重ね、互いが干渉し合うことで封印の強度が増す仕組みだ。手間はかかるが、それだけ持ちがいい。


 術式封印用、と言っていた。上位の術式なら、これで十分なはずだ。


 本を作業台に置いて、私は次の羊皮紙の選定に戻った。


 ◇


 正午の鐘が鳴り終わったとき、また扉が叩かれた。


 五日前と同じ、均等な間隔だった。


「どうぞ」


 ライナルト・クロイツは、今日も黒い外套を着ていた。前回と同じ服か、同じ仕立ての別の服か、判断がつかなかったが、胸元にある金のメダリオンだけが、はっきりと光っていた。


「受け取りに来た」


「こちらです」


 私は作業台に置いた本を差し出した。


 彼は受け取った本を、すぐに仕舞わなかった。


 手で表面をなぞったあと、ページをゆっくり開いては閉じるのを数回繰り返して、そしてまた表紙に戻った。


(本の見方を知っている人だ)


 量産品を受け取る客は大抵、すぐに荷物の中に入れる。見ても使えるかどうかわからないからだ。

 

でも彼は、丁寧に確かめていた。


「……三層か」


 私は少し驚いた。見ただけでわかるとは思っていなかった。


「はい。術式封印なら、その方が長持ちします」


「依頼より上等だ」


「素材がよかったので」


 嘘ではない。五日前の朝に引いた羊皮紙の質が、今月で一番よかった。いい素材に当たると、仕上がりが変わる。それだけのことだ。


 ◇


 彼はまだ本を見ていた。ページを一枚ずつ、指の腹で確かめるように。


「一つ、聞いてもいいか」


(また、その聞き方だ)


「……どうぞ」


「この本、どのくらい持つ」


「使い方によります。通常の術式封印なら百回は使えます。放出型の術師が使えば、五十回前後です」


 彼は少し黙った。


「放出型の中でも、強度が高い場合は」


「……五十を下回るかもしれません。魔力の密度が高いほど、本への負荷が増えます」


 彼は、ゆっくりと本を閉じた。


「量産品だと、十回で燃える」


 言い方が淡々としていたので、一瞬、意味がわからなかった。


「燃える、というのは」


「文字通りだ。魔力が強すぎて、本が耐えられない」


 私は少し考えた。


 金のメダリオン。放出型。王国に七人しかいない大魔術師。封印を使うたびに本が燃えるなら、その都度また新しい本が要る。


「……それで、辺境の工房まで」


「ああ」


 短い答えだった。でも今回は、それで十分だった。


 ◇


 彼はまだ本を見ていた。ページを一枚ずつ、指の腹で確かめるように。


 ――これだけ確かめるなら、本の質がわかる人だ。そう思った瞬間、次の言葉が出た。


「もう一冊、頼めるか」


「はい。用途は同じですか」


「同じだ。ただ、次は少し試したいことがある」


「試したいこと、というのは」


「この本に、どのくらい魔力を込められるか確かめたい。限界になる前に、教えてほしい」


(つまり、私の本で、自分の魔力の上限を測りたい、ということだ)


 断る理由は、特になかった。


 職人の中には、自分の作品が壊れることを嫌う人もいる。でも私は、壊れた本から学べることの方が多いと思っているから、抵抗感もなかった。


「わかりました。その代わり、壊れたときは残骸を持ってきてください。改善の参考にします」


 彼は少し黙って、それから言った。


「……それでいい」


 今度は言葉が、少しだけ違った気がした。承諾というより、何かを確かめた、みたいな言い方だった。


 ◇


 帰り支度をしながら、彼が棚の上段を見ていた。


 その目線の先は、古い本が何冊か並んでいる三段目の奥の方だ。


「何かありましたか」


「……いや」と言いながら、彼の視線はまだそこに留まっている。


「古い本を集めていて。お客様の依頼品ではありません」


「古い、というのは」


「百年以上前のものが多いです。状態が悪くて、修復しながら置いてあります」


 彼はそれを聞いて、また少し黙った。何か言おうとして、やめた、みたいな間があった。


「そうか」


 それだけ言って、扉へ向かった。


「また来る」


「お待ちしています」


 ◇


 扉が閉まった後、私は棚の上段を一度だけ見た。


 あの本たちに、誰かが興味を持ったのは初めてだった。村人は近づかないし、たまに来る行商人は値段を聞いてくるだけだ。


(なぜ、見ていたんだろう)


 答えは出なかった。


 でも次の依頼の羊皮紙を選びながら、私はなんとなく、五日後を数えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ