前編(望まぬ未来)
「わたくしを捨てないで下さいませ。わたくはどうしても貴方と結婚したいのです。アルトス様。愛しております」
アルトス第二王子は驚いた。
フォデリーヌ・バルセル公爵令嬢。
祖母であるキアラ前王妃が紹介して婚約した令嬢だ。
公爵令嬢だけの事はあって、とても美しくて品があって、アルトスは、自分にはもったいない位の良い縁だと、そう思っていた。
アルトスは金髪碧眼だが、それ程、美男というわけではない。
フォデリーヌは同じく金髪碧眼でとても美しかった。
初めてフォデリーヌを紹介された時は胸が高鳴った。
あまりにも美しい令嬢だからだ。
「フォデリーヌ・バルセルです。よろしくお願い致しますわ」
バルセル公爵は、
「妻を亡くしてから、娘だけが私の生き甲斐なのです。アルトス第二王子殿下がわが家に婿に来て下さるとは本当に有難い」
と言ってくれた。
アルトスにとっても有難すぎて涙が出る。
「これから、よろしく頼むよ」
フォデリーヌとアルトスは共に16歳。
王立学園に通っている。
フォデリーヌと婚約者になってから、とても気になることがあった。
「わたくしを捨てないで下さいませ。わたくはどうしても貴方と結婚したいのです。アルトス様。愛しております」
フォデリーヌは繰り返しそう言ってくるのだ。
こんな有難い縁、自分のような者にはもったいない位なのに。
だから、フォデリーヌに向かって、
「私は有難いと思っている。私のような身には有り余る位、光栄な婚約だ。だから、捨てるなんてあり得ない。私も君を愛しているよ」
アルトス第二王子は孤独な王子だった。
父である国王がメイドに手をつけて産んだ子で、母はアルトスを産んだ後、具合が悪くなり、亡くなってしまった。
国王も病にかかり、ルイードとアルトス以外の子を望めなくなった。
一つ年上のルイード王太子と違いアルトス第二王子は誰も味方がいない。
リシア王妃が王宮では権力を握り、我が物顔で振舞っていた。
その息子、ルイードは生まれた時から王太子になることが決まっていた。
国王はリシア王妃に頭が上がらない。
アルトスをルイード王太子の傍に置くようにと命じたのはリシア王妃だ。
「命があるだけでも有難く思うが良い。ルイードに仕えよ。主君としてな」
今まで乳母の傍で育てられていたが、5歳になった途端、ルイード王太子の傍にいるように命じられた。
ルイード王太子はアルトスを傍に置き、奴隷のようにこき使う。
「お前は私の馬だ」
そう言って、幼い頃から部屋の中をルイード王太子を乗せて四つん這いで歩かされる。
ぐるぐるとルイード王太子が飽きるまで。
仕方が無いと思っていた。
幼心でも解る。自分には味方がいない。
乳母も冷たかった。皆、リシア王妃を恐れているのだ。
リシア王妃やルイード王太子に逆らったら殺される。
自分は奴隷なのだ。ご主人様の言う事を聞かなくてはと、10歳の頃までそう思っていた。
光が差したのは、外国で暮らしていたキアラ前王妃が帰って来た時からである。
「この子はわたくしが育てます。大事な孫がこのような扱い。許しません」
そう言って、ルイード王太子から引き離し、離宮に連れて行ってくれた。
リシア王妃を恐れないのはキアラ前王妃位だ。
キアラ前王妃の実家はバルセル公爵家。名門である。
リシア王妃の実家、同じく名門のミデル公爵家と対立していた。
キアラ前王妃は、アルトスに王族としての必要な教育を受けさせてくれた。
家庭教師をつけて、厳しく教育をされたのだ。
だから、アルトスは自分に自信を持てるようになった。
そして、キアラ前王妃は、アルトスが16歳になって王立学園に行く歳になると、一人の令嬢を紹介してきた。
それが、フォデリーヌである。
キアラ前王妃は自分の実家であるバルセル公爵家に婿に行くようにと手配してくれたのだ。
有難かった。
バルセル公爵に将来なれるのだ。
フォデリーヌはとても美しくて優れた令嬢だ。
だから、この縁を無くすことなんてあり得ない。
それにこんなメイドの子である自分をフォデリーヌは愛してくれているのだ。
本当に嬉しくて嬉しくてフォデリーヌを一生大事にしていこうとアルトスはそう思えた。
まさか、フォデリーヌが必死に自分に縋りついてくる理由があったなんて思わなかった。
一つ年上のルイード王太子も学園に通っている。彼の婚約者は隣国の王女なので、学園には通っていない。
ルイード王太子はアルトスと一緒にいるフォデリーヌに向かって、
「私の愛人にならないか?アルトスなんぞより、100倍もいいぞ」
フォデリーヌは頭を下げて、
「わたくしは婿を取る身でございます。ですから、王太子殿下の愛人になるなんて出来ませんわ」
ルイード王太子はとても美男だ。アルトスと違って。
そして、幼い頃に奴隷のように扱われた記憶があるので、どうしても身が震えてしまう。
言い返せないのだ。
自分の婚約者が愛人扱い?バルセル公爵家の令嬢なんだぞ。
言い返したい。
でも、怖くて言い返せない。
フォデリーヌが手を握り締めてくれた。
「大丈夫ですわ。わたくしがついております。愛しいアルトス様」
そう言ってくれてとても嬉しかった。
フォデリーヌに対する愛しさが増した。
しかし、とある日、ルイード王太子に王宮で呼ばれた。
部屋に来いと。
怖い。怖くて怖くて。
でも、呼ばれたのだ。行かなくてはならない。
今までキアラ前王妃が、ガンとして呼び出しを断ってくれていた。
今回も断ればいい。
お祖母様の名前を使って。
でも、フォデリーヌに関する話だという。
アルトスはルイード王太子に会いに行くことにした。
さんざん、幼い頃に馬になった記憶がよみがえる部屋。
椅子に座って、ルイード王太子はふんぞりかえっていた。
人払いをしているのか誰もいない。
ルイード王太子はアルトスに向かって、
「知っているか?フォデリーヌがお前に執着する理由を」
「な、なんなんです。私を愛しているからでしょう?」
「違うな。誰が冴えないお前なんぞ愛するものか。フォデリーヌが愛しているのはお前の血筋だ」
「私の血筋?」
「国王の血を引く前に、お前はバルセル公爵家の血を引いている。私達のお祖母様。キアラ前王妃はバルセル公爵家の出身だ。意味が解るか?」
「それは勿論、知っております。お祖母様のお陰で私はバルセル公爵家の婿に‥‥‥」
「フォデリーヌを譲れ」
「どういうことです?」
「フォデリーヌはバルセル公爵家の血を引いていない。王家の影に調べさせた。フォデリーヌはバルセル公爵夫人が浮気をして出来た子だ」
公爵家の血を引いていない???
フォデリーヌが自分を婿にするのに、真剣だったのは、血を取り入れたいが為?
お祖母様も知っていた?バルセル公爵も???
血を偽る事は重罪に当たる。
公爵家の血を引いていない者を跡継ぎにするには、王国審査法に基づく厳正な審査があるのだ。
それ程、貴族は血を重んじる。
ルイード王太子は、アルトスに向かって、
「フォデリーヌを私の愛人にする。あれ程の美女だ。お前にはもったいない。今まで血筋を偽って来た事を公にすれば、バルセル公爵家は終わりだ。お前だってフォデリーヌを破滅させたくはないだろう?」
フォデリーヌは自分を愛していた訳ではなかった。
婚約を結んで半年、共に交流を深めてきた。
一緒に勉強し、バルセル公爵家にも頻繁に顔を出して、公爵とも交流を深めてきたのだ。
フォデリーヌはとても優しくて、自分の為にたまに、お弁当まで作ってくれた。
公爵令嬢がお弁当をだぞ。
普通は作らないだろう。
それなのに、そこに愛は無かったのだ。
涙がこぼれる。
フォデリーヌを破滅させたくない。
「お祖母様が結んだ縁です。お祖母様に相談します」
「お祖母様だって、反対しないだろうよ」
キアラ前王妃に相談した。
キアラ前王妃は、
「そう。あの子がそう言ったの?」
「ええ、そう言いました。私はフォデリーヌを。バルセル公爵家を破滅させたくない」
「解りました。ルイードを呼んで頂戴。わたくしから返事を致します」
ルイード王太子が呼ばれた。
キアラ前王妃の離宮の部屋に。
キアラ前王妃に向かって、ルイード王太子は、
「フォデリーヌをお前の愛人に?バルセル公爵家の跡継ぎはどうなるのです?」
ルイード王太子は笑って、
「私とフォデリーヌの子の一人を跡継ぎにすればいい話だ。血筋的にも問題はないだろう」
「隣国の王女をお前は正妃にするのです。それなのに今から愛人?」
「いいじゃありませんか。フォデリーヌは美しい。子は沢山いた方がいいでしょう」
メイドが紅茶とクッキーを持って来た。
キアラ前王妃は、
「解りました。フォデリーヌには悪いけれども、血筋の問題がばれて破滅するよりはマシでしょう。お前の好きなクッキーを用意させたわ」
ルイード王太子は嬉しそうに、
「お祖母様のクッキーは、美味しいですからね。私は大好物で」
クッキーを手に取り美味そうに食べ、紅茶を飲んだ。
そして、喉をかきむしり、苦しみだした。
アルトスは驚いた。
紅茶に毒?それともクッキーに???
キアラ前王妃は、立ち上がって。
「お前だってわたくしの可愛い孫。生まれた時はどんなに嬉しかったか。どんなに嬉しかったか‥‥‥」
ルイード王太子は血を吐きながら、
「お祖母様っ‥‥‥お祖母様っ‥‥‥」
床に倒れて絶命した。
アルトスは唖然として、
「殺さなくても‥‥‥兄上はこの王国の王太子、国王になるお方‥‥‥」
「責任はわたくしが取ります。お前は取らなくていいのよ」
毅然とそう言って、キアラ前王妃は、使用人達に、
「王太子殿下が急死なされました。病を持っていたのでしょう。皆に報告を」
そう命じた。
リシア王妃は嘆き悲しんだ。
自分の可愛がっていた一人息子が亡くなったのだ。
キアラ前王妃に食ってかかった。
「貴方が殺したのね。貴方がっ‥‥‥」
「病を持っていたのではなくて?急に苦しみだして倒れたの」
国王であるアルフォンスが、
「母上。貴方が出したクッキーと紅茶を食した後、息子は亡くなった」
「そうね。わたくしが‥‥‥でも、貴方は知っていて?リシアがやったことを。調べさせたわ。アルトスの母を毒を盛って殺し、貴方の子種を無くす毒まで盛って、子を出来ないようにした」
リシア王妃は真っ青になった。
「何を証拠に言うの???」
「王宮の医師に偽の死亡診断書を書かせたでしょう。あの男は金で言う事を聞くわ」
アルフォンス国王はため息をついて、
「私はリシアの事を愛している。だから知っていて全てを許した。だが、ここは国王として、命じる。母上、リシア。お前達には病で亡くなって貰う。離宮の隔離部屋に」
近衛兵達に連れて行かれながら、
「愛しているのよ。陛下っ。国王陛下っ」
キアラ前王妃は平然と、
「解りました。アルフォンス。王国の行く末を、アルトスを頼みましたよ」
アルフォンス国王は、
「アルトス。お前が王太子になる。忙しくなるぞ」
自分が王太子???自分が???
これから先、どうなるのか???
フォデリーヌとは婚約解消になった。
アルトスが王太子になったからだ。隣国の王女と改めて婚約が結ばれた。
フォデリーヌはアルトスの従弟でキアラ前王妃の孫の一人と改めて婚約が結ばれた。
二人は王立学園の廊下で顔を合わせた。
アルトスはフォデリーヌに、
「改めて、婚約おめでとう」
「有難うございます。王太子殿下もご婚約おめでとうございます」
「フォデリーヌ。君は私の事を‥‥‥」
「愛しておりませんでしたわ。あくまでもこちらの都合。結婚しなくてはならなかった。それだけです。それは今の婚約者も同じですわ」
「私は君の事を愛していたよ」
「そうですか?失礼致します」
毅然と歩いて行くフォデリーヌ。
でも、信じたい。
二人で王国の未来を話し合った。
公爵家の領地経営をああしたいこうしたいと、たった半年だったけれども。
フォデリーヌに愛がなかったとは信じられない。
私は好きだった。愛していたよ。
リシア王妃は、毒杯を賜った。
最後まで抵抗して、泣き叫び、毒を飲ませるのが大変だったと。
キアラ前王妃は毅然とした態度で毒杯を飲み、死に望んだという。
アルトスは隣国の王女と後に結婚した。
彼女は当初は不満そうだった。それはそうだろう。亡くなった兄ルイードは美男だった。
自分は冴えない男で、母はメイドだった女性だ。
しかし、そんな彼女との間に来年には子も産まれる。
愛はないが、互いに義務だ。義務でこれから先も手を携えて生きていくだろう。
どれだけの犠牲の上で私はここまで来たのだろう。
自分の傍で微笑む妻を見て思う。
この妻と生まれてくる子は絶対に守って見せる。
そう決意を新たにするアルトスであった。




