赤い魔女の店番と使命を帯びた男
手慰み、第数弾でございます。
今回は、こちらが冒険者側です。
お楽しみいただければ、幸いでございます。
それは、偶然の出会いだった。
思い詰めてやって来た、赤い魔女の店が偶々休店日で、その店番が扉を開いたのだ。
偶然だったが、運命に近い。
男は店番が口を開く前に、思わず口走っていた。
「結婚してください」
「お断りします」
店の暗がりにも負けない美貌の人物に見ほれ、男がつい求婚してしまったが、店番は躊躇いなくきっぱりと返した。
遅ればせながら、店の奥から尋常でない気配も湧きだしていたが、それに構わず店番は首を傾げ、声を詰まらせた男に言った。
「ご用件は、それだけですか? それでしたら、お引き取り願えますでしょうか? 本日当店は、休店日となっておりまして、取り置き商品の取り扱いと、火急の御用件以外は、受け付けておりません」
勢いでの求婚を、あっさりと切られた衝撃で呆然としていた男は、さっさと追い返しにかかる店番の言葉で我に返った。
「違いますっ。つい、本当につい、言ってしまっただけでっ。いえ、本音では、婚姻関係のような間柄になりたいとは思いますがっ」
「ですから、それはお断りいたします」
「だからっ。本題は、火急の案件なんですうっっ」
大柄な男は、男にしては小柄だが、女にしては長身のその人物に、情けない声を上げながら縋りつこうとしたが、店番はすっと後ろに身を引いた。
危うく店の中で転がりそうになったが、足を踏みとどめて堪える。
「分かりました。どうぞ」
店番が言った途端、店内に明かりが灯った。
他の店では見たことがないような品が、陳列棚に並べられているのが見える。
珍しい気持ちで眺めながら、男は店番の後をついて歩き、カウンター席に向かった。
カウンター内には、もう一人の店番がいた。
こちらは一見して男と分かる、長身の赤みがかった黄色い髪の男だ。
こちらを見る目は尋常ではなく、客は先程の店の奥からの殺意に似た気配が、この男からのものだったと気づいた。
緊張する客と、不快そうな端正な顔のもう一人の店番に構わず、中性的な美貌の人物は短く同僚に告げる。
「客だ」
「……」
客を睨みながら立ち上がった店番は、無言で扉の方へと向かう。
そんな同僚に構わず、代わりにカウンター内に入った店番は客に席を勧め、改めて声をかけた。
「どのようなものを、お求めでしょうか?」
「……」
緊張が解けた客は、改めて店番の容姿に見ほれていた。
明るい光に照らされた顔は完璧に整い、眼窩の黒い瞳には、体ごと吸い込まれても構わないと、そう思わせる何かがある。
腰までありそうな癖のない薄色の金髪を、ゆるく編んで後ろに流しているから女に見えるが、体の線が見えにくい平民の服装と平坦な声音と同じくらい、変わらない表情のせいで、性別不明になってしまっている。
客の求婚を躊躇いなく断ったという事は、男だろうとは思うのだが……。
「お客様?」
そんなことを考えていた客は、平坦な呼びかけで我に返った。
慌てて返事をして、答える。
「あ、はい。実は、好いていない人との関係を、円滑に進める薬を、探しているんですが」
「ああ、精力増幅薬、ですね」
遠回しに切り出したのだが、真っすぐに答えられてしまった。
「は、はあ……」
「その類の薬には、二つの種類があるのですが、服用者の情報を分かる範囲、若しくは言える範囲で教えていただけますか?」
平坦な声の申し出に、客は首を傾げた。
「種類ごとに、何か違うんですか?」
「量にもよりますが、効き方と後遺症が違います」
それは、聞いたことがない話だった。
不思議に思って話をよくよく尋ねる。
「えっと、それは、用途によって、使い分けた方がいい、という事ですか?」
「はい。ですから、服用される方の用途もいただければ」
平坦に頷く店番に、客は大きく唸ってから、再び問う。
「参考までに、どういう違いがあるのか、教えてもらえますか?」
「はい。まずは、一般に媚薬と言われる薬なのですが……」
平坦に話し出され、客はその躊躇いのなさに驚き、ついつい慄いてしまったが、次の言葉で耳を疑った。
「これは、心の中で好意を抱く人を、相手に反映できる薬、です」
「は?」
「主に、御貴族の方がお求めになる薬で、政略結婚の相手がお好みではないが、後継ぎ問題を考慮して、婚姻相手との情を深めたい場合に用いられます」
「……」
「服用期間は、少量ずつで一年ほど。それ以上の服用は、服用者に鬱を発症させてしまうようですので、お勧めしておりません」
鬱の原因は、相手を好意を持った者の代わりにしているという事実に、服用者が耐えられなくなることが発端らしい。
「もう片方は、一般的に総称で、促進剤と言われておりますが、これは様々な力を増幅させる薬で、服用者がどの力を増幅させたいと願うかで、量も服用期限も違います」
服用するごとに、全く別な意欲を増幅させることも可能だ。
「ですが、これも、少量ずつが妥当です。服用しているうちに、依存傾向がみられるようになりますし、薬が切れた時の反動で、無気力になってしまうようなのです」
「……」
「まあ、その匙加減をするのが、店主なのですが」
平坦にそこまで説明した店番は、頭を抱え込んでしまった客を見た。
「お客様?」
「……促進剤は、却下で」
「はい」
では、媚薬の方かと頷いた店番に、客は血走った目を向けた。
「でも、媚薬も、不味いっ」
「そうですか」
「だ、だって、鬱になったら、旅が続けられないじゃないかっ」
「そうですか」
突然挙動が荒れた客にも、店番は平坦に頷く。
「では、購入自体、必要ないという事ですね?」
「なあっ」
「はい」
再び追い出しにかかる店番の顔を、客は真剣に覗き込んだ。
「ここって、魔女の店なんだよな? オレの仲間が、この町住で、この店の常連だったらしいんだ」
「そうですか。私は、存じ上げませんが」
「魔女なら、都合のいい魔法道具、持ってるんじゃないのかっ?」
「便利商品なら、陳列してありますが」
平坦に答える店番に、男はそれを振り払うように首を振った。
「違うっっ。あんな子供だましな商品は、オレの役には立たないんだっ」
「そうですか? お客様方には、便利だと好評らしいんですが」
全く取り付く島がない店番に構わず、男は自分の身の上を語りだしてしまったのだった。
男が冒険者になったのは、ごく最近だ。
質素な村に王都からの使者が来て、男が今代の勇者だと伝えてきたのが始まりだった。
ただ、田畑を耕して作物を育てて生計を立てていた男は、剣など持ったことがなかったが、断ることはできなかった。
勇者を産んだ地として村には報奨金が出て、家族たちの暮らしも裕福になったのだ。
すぐに王都へと連れてこられた男は、村の幼馴染から届く便りで、自分が期待に応えるごとに、村の待遇は良くなっているのは分かったが、実際に家族と顔を合わせる機会はなくなった。
王都を拠点にして、数々の土地に赴き、魔獣や魔人を相手にしていたある日、王城からお呼びがかかった。
それが、魔獣や魔人を作り出す存在の封印のために旅立つようにという、事実上の王命、だった。
断ることも、逃げることもできない。
王命という事もあるが、昔から故郷を人質に取られている身では、抗うことはできない。
それなのに、更なる試練が持ち込まれた。
それが、旅の一行に加わることになった、国の王女の存在だった。
明らかに、勇者を逃がさないための、ハニートラップだと判断し、勇者となった男は苦悩した。
一介の男で、勇者と名を知れた男は、この時でもすでに女に引く手あまたな状態だった。
だが、王女は守備範囲外だったのだ。
勇者の好みは、一見派手でも、慎み深く地味でも男を立てて、さりげない気遣いのできる女だ。
なのにこの国の第一王女は、まだ十代半ばだった。
二十代の半ばに差し掛かった男との年の差は、十歳近くあり、世間知らずで初心な人だった。
勇者に憧れているらしいと、国王陛下もおっしゃっていた。
正直、手を出すのは怖い。
だが、男としては、女を泣かせるのは本意ではなかった。
旅先で王女が渾身の色気で迫ってくるかもしれないのに、それに応えられずに悲しませるのは、嫌だった。
かといって、薬を使って王女を受け入れても、宿に娼婦を呼んで逃げ回っても、行き着く先は故郷と共倒れ、となりかねない。
鬱になるにしても、気力がなくなるにしても、役立たずになってしまっては、使い捨てられる未来しか、男は思い浮かばなかったのだ。
「……で、解決したのか? お前の心配事は?」
呆れたように問いかけたのは、戦士だ。
勇者一行に選ばれた戦士は筋肉隆々で、どちらかというと剣よりも拳で幾多の魔獣を撲滅してきた、らしい。
若干、惚け気味に帰宅した勇者が、夢うつつで話し出した内容に、同じように待っていた賢者ともに呆れ果てての問いかけだ。
一行は王城が用意した宿泊場に、一部屋ずつあてがわれて過ごしていた。
出発日は、三日後に迫った今日、思い詰めた勇者が、行先を告げずに出かけて行ったときは慌てたが、戻ってきた時も慌てた。
娼婦宿にでも行っていたのかと疑いそうになるほど、足元がふらついていたのだ。
慌てて問いただしたら、単に魔女の店で買い物をしただけ、らしい。
買い物だけにしては、浮足立っていたが、あの店主を知る戦士と賢者は、さもありなんと思っただけだ。
赤い魔女の美貌は、王都の神殿の神官すらも、虜にしている。
納得した二人に、勇者は店番との会話を話し出したのだった。
赤い魔女の店は、基本赤い髪の美しい、年齢不詳の魔女がカウンター内で会計するだけで、店番なんか見たことがない。
いるとしても、いろんな柄の大きめの猫が四匹、看板猫のようにいるだけのはずだ。
そんな不思議な存在に、勇者は疑心暗鬼が過ぎる悩みを、ぶちまけてしまったようだ。
「……我らは、取り越し苦労をしていたのか」
賢者がぽつりと呟くのに、小さく頷いた戦士が、勇者に呆れた問いを投げたのだ。
勇者はにやりと笑い、小さな小瓶を取り出した。
「すべての欲を、闘志に還元できる呪い、だっ」
「?」
「呪い? 薬を買わなかったのか?」
「怖くて手が出なかった」
呪いの方が、恐ろしいだろうに。
全く聞いたことがない呪いを、嬉々として掲げる勇者に、二人は若干恐怖を覚えたのだった。
三日後、勇者一行は、澱みの元を封じる旅に出発した。
旅先で、魔獣や魔人の被害で苦しむ村を救いながら、ひたすら進む一行の話は、度々王都にも届けられていた。
聖女である王女を守りながらの行軍は、目覚ましいものがあるという。
「特に、勇者のがむしゃらな魔獣への攻撃は、羨望の眼差しを一心に受けているようです」
「ふうん」
神聖な衣装に身を包んだ、中肉で長身の男の言い分に、赤い魔女は気のない相槌を打ちつつ、前に置かれたカップを手に取る。
「勇者には、故郷で待つ家族と初恋の幼馴染がいるそうです。この旅が終わったら、故郷に戻られるでしょう」
「王女も連れて?」
「?」
同じようにカップを手に取り、上品に中身を飲んでいた男が、不思議そうに顔を上げた。
「あの方は王配を見つけて、この国の女王となる役目がございますので、平民に嫁ぐことは、ありませんが……?」
「? そうなのか? 店番の控えには、王女の懸想を避けるための呪いを、作成したってあったけど?」
「ああ、成程。巷の小説を読んでしまっていたんですね。意外に、俗物になっていたようですな、勇者も」
神官は呑気に笑った。
赤い魔女は、店番の呪い作成控えを読みながら、少し唸る。
「呑気に笑っている事態じゃなかったぞ。場合によってはその勇者、王女に手を付けていたかもしれない」
「はは。そうなった時は、今回の事が解決した直後に、王女の護衛に消されますよ。御心配には、及びません」
「……」
「村にはきちんと、殉職したと伝えた上で、それ相応の手当ても用意する予定ですので、疑われることもないでしょう」
呆れたようにこちらを見つめる魔女の視線を感じつつ、神官は再びカップに口をつける。
再び顔を上げた男は、すぐそばに座る看板猫の一匹を、横目で一瞥した。
「ところで、この猫……」
見ないようにしていたのだが、気づかぬふりをするのは無理があると、神官は苦笑した。
「随分、大きくなりましたね」
四匹いる猫の一匹で、赤みがかった縞模様の黄色い猫だ。
この間来た時は、こんなに大きくなかった。
せいぜい、人間の膝に乗るくらいの大きさの、少し大きな猫、だったはずだ。
それが今は、カウンター席の向かいで椅子に座る神官と同じ高さの位置に、その猫の頭があった。
じっとりと神官を睨むその猫を見ながら、魔女は気のない返事をした。
「害のある客は、この子を見て逃げ出してくれるから、そのままにしてるんだ」
「というと、これも魔法ですか?」
「いや、この子の意思。主に求婚する、不届き奴がまた来たら、食い殺してやろうと思ってるって」
神官は目を丸くした。
「おやおや」
「そうだ、この機会に、確認しておいてもいいかな? うちの店番がこの間、この国の勇者と王女に、入店し頭に求婚されたらしいんだけど、そっちの世界の流行か何かなのか?」
「いいえ? ただ、お二人とも、惚れやすい方々ですから、あわよくば、だったのかもしれませんね」
勇者だけではなく、王女もその類だった。
店番は、扉を開けた途端に求婚されたが、即答で断ったのだった。
「……それぞれ、好みじゃないけども、旅の同行者にならざるを得なかったから、うちに薬を買い付けに来たらしいね、留守だったけど」
勇者を名乗る男には、全ての欲を闘志に還元する呪いを、王女を名乗る女には、自分に邪心を抱くものを自然に避ける呪いを、店番はそれぞれ作成したらしい。
結果、国も平和になり、勇者も村に帰郷でき、王女は好いた男と契るだろう。
赤い魔女は、この世界に続く扉を、閉めなくてもよさそうだと安堵すると同時に、そろそろ鍵の修繕費を回収しようと、今更ながらに思い始めていた。
店番に留守を頼み続けるうちは、そこにいる黄色い猫の心配性が、加速の一途をたどるだろうから。
我が家に生後間もなくやってきて、我が家で世を去った猫六匹のうち、四匹の子がモデルとなって、魔女の元におります。
全員が、この世の何処かで生まれ変わって、知らない生き様をしながら、幸せになっていることを願っております。
虹の橋で待たれても、投稿者が同じところに行ける保障が、全くないので。




