見えない価値
遺跡を離れ、三人は集落の外れに並ぶストーンヘンジのような石柱の輪の前に立っていた。
辺りには、食人族の集落の臭いとは違った、気分が悪くなりそうな独特の臭気が漂っている。
「……なんだいここは。こんなとこ御免だね。瘴気が溜まってるじゃないか。」
青紫色の毒々しい瘴気を纏った中央の一際大きな石柱を指差しながら、ジーナは露骨に顔をしかめ、大袈裟に距離を取った。
ジーナが指差した先には、地面から突き出すように立つ黒い石柱、サークルピラーがあった。
表面には古代文字と幾何学模様が刻まれ、青紫の瘴気の奥に、かすかに青白い靄が漂っている。
「あのピラーに触るだけだ。」
俺が言うと、ジーナは即座に首を振った。
「冗談じゃない。こういうのはろくなもんじゃないんだよ。古代遺跡だよ? 禁忌の塊さ。」
「ピラーを登録しないと、使えない。」
「……どういうこと、ゼロ?」
ニアが俺を見る。
「これはサークルピラーという罪人の地の転移装置だ。古代の失われた文明の名残りさ。これを使えば罪人の地の各地にあるサークルピラーに一瞬で転移できる。」
「ただし手で触れて登録したピラーにしか転移することはできない。なので、まずピラーを訪れて登録しないといけないんだ。」
俺は躊躇なく手をピラーに伸ばした。おっかなびっくりでニアも続く。
2人の手が淡く光り、手の甲に紋様が浮かび上がり、そして消える。
「これで処理場のピラーの登録完了だ。」
「なんで処理場なの?」
ニアが紋様が浮かび上がって消えた手の甲を、もう片方の手で摩る。
「ここの地下は処理場なのさ。さっきの洞窟を進めば分かるさ。」
俺は話途中でジーナにピラーを触って登録するよう促す。
ジーナの表情が一気に険しくなった。
「正気でそんなこと言ってるのかい?」
ジーナはしばらくサークルピラーを睨みつけ、舌打ちした。
「……理屈は分かったよ。でも、信用はできないね。」
「危険はないさ。」
「“危険はない”って言葉を信じて死んだ奴、何人も見てきたんでね。」
「俺たち2人はなんともないぞ。見えるだろ。」
数秒後、ジーナは深く息を吐き、毒々しい瘴気に包まれたピラーに歩み寄った。
「……全くもう、どうしちゃったんだろうね、私は。いつもは自分しか信じてないんだけどねぇ。」
そう言って、サークルピラーに手を触れる。
一瞬、赤い靄が揺らぎ、手の甲に文様が淡く光った。
「……何も起きないじゃないか?」
「登録完了さ。これと別のピラーを触って登録すればここと行き来できる。」
ジーナは手を離し、肩をすくめる。
「そりゃすごいけど、なんだかいまいち信用できないねぇ。それに登録ったって、紋様も消えちまって体に残らないのも拍子抜けだねぇ。」
サークルピラーを後にすると、ジーナは集落へ引き返した。
「おふたりさん、ちょっと待ってな。」
そう言って、食人族の集落の家々に入り、次々と物色を始める。
毛皮。
武器。
装飾品。
金になりそうなものが馬の背に、無造作に積み上げられていく。
中央の広場をはじめ、集落には、殺された食人族の死体が転がっていた。
男女の区別はない。
どこかで泣き声がした。
ふと目をやると、粗末なテントの隅で子供が泣きながら震えている。
注意深く周りを見渡すと、食人族であろう生き残り達がこちらを見ている。
鬼のような形相で睨みつけてくる老人。
視点の定まらない呆けたような妊婦。
俺は、足を止めた。
――地獄だ。確かに罪人の地は地獄だ。
だが、ジーナは気にも留めない。
「使えるもんは使う。それがここの掟。それだけさ。」
淡々と、そう言いながら、荷物を集める。
ニアは何も言わず、視線を伏せた。
⸻
荷を積んだ馬を引き、三人はセペルムへ向かって歩き出す。
しばらく歩くと景色が一変した。
灼熱の砂漠。磔にされた最初の砂漠とは違う。ここの砂は赤みががっているし、広さも段違いに広く見える。
片側には、果てしなく続く赤い障壁と巨大な柱。行手を遮るかのようにそそり立っている。
反対側には、万里の長城を何倍にも引き伸ばしたような、途方もない城壁。かなり先まで続いているようだ。
「地平線まで続いてるみたい。なんて大きさなの。こんなの見たことないわ。あの赤い障壁は何なのかしら?」
ニアは驚きを隠せないようだ。
「赤い障壁は触れたら死ぬ。罪人の地は周りを全部赤い障壁で囲んだ鳥かごみたいなもんさ。私らはカゴの中の鳥さ。」
「‥‥‥」
ニアはこの世界に連れてこられた現実を、あらためて噛み締めるように、黙って下を向いた。
「こっちのでかい城壁は失われた街だよ。」
ジーナが続けて言う。
「古代の大都市さ。中に入るのは禁忌とされてるんでね。私も中がどうなってるのか全く知らないんだ。中に入ると呪われるらしいしね。さっきのピラーとやらも同じさ。古代の遺物は全てタブーなのさ。」
俺はジーナの話でサークルピラーが認知されてないことを一瞬で理解した。この世界では、古代遺跡に関することはタブーなのだ。だからピラーで転移できることも知らないのだ。便利なのにもったいないことだ。
俺は横目でジーナを見る。
金髪のストレートロングが風に揺れ、白い肌は砂漠の光を反射していた。
体格はニアよりわずかに大きいが、無駄な肉はなく、引き締まっている。
青いビキニ風の踊り子のような衣装がかなりセクシーだ。だが本人は気にする様子もない。
本当にこんな格好で戦う人いるんだな。
俺は心の中で苦笑しながら、ジーナを再び見る。
歩き方、周囲への目配り、無意識に取る位置取り。
能力を封じる指輪をつけているはずなのに、隙がない。
「相当強いな。」
思わず口にすると、ジーナは肩をすくめた。
「はは、指輪で力は消えてもさ。長年の経験と度胸までは、消えないもんさ。」
それ以上は語らない。
だが、それで十分だった。
「で?」
ジーナが俺をまじまじと見る。
「なんでそんなに急いでセペルムに行くんだい?」
「効率のいいレベル上げがあるからね。」
「……効率?」
その一言に、ジーナが食いついた。
俺は、例え話としてすぐそこに見える失われた街の話を挙げる。
「例えばそこの失われた街。街には人間じゃないものがたくさんいる。ほとんどがワールドボスクラスでとてつもなく強い。
だか、数多くいる下っ端モンスターのスケルトンとワイトはそこまで強くないのに経験値は意外と多いんだ。」
「ほう」
「ボス連中に気づかれないようにそいつらだけ狩って回れば、経験値が意外と早く溜まる。それに失われた街の宝箱は当たりが多い。貴重な資材や装備が手に入る。」
ジーナの目が輝く。
「……最高じゃないか。ゼロ。今から3人で行冒険旅行と洒落込まないかい?」
「無理だね。」
俺は即答する。
「俺もニアも、レベルが低すぎる。武器も石製だ。2人でかかってもスケルトン一体すら倒せないだろう。」
ジーナは不満そうに口を尖らせたが、やがて肩をすくめた。
「……まぁ、仕方ないねぇ。今度のお楽しみに取っとくとするか。」
⸻
やがて、セペルムの街が見えてきた。
喧騒の街とゲームでは呼ばれていた。
通勤時の駅の混雑を思いだす人混み。
人種も年齢も格好もばらばらな人々。
繁盛する店。露店も多い。頭の上に籠を乗せて売り歩く行商人もいる。
その一方で――
首枷を付けられ、連れて行かれる奴隷たち。
一様に下を向き生気がない。
着ている服は俺たちと同じボロ布だ。
ジーナは顔をしかめた。
「よくよく見たら、あんたたちの服、みっともないね。まるで奴隷だよ。」
「あとで私が代わりの服を用意してあげるよ。」
そう言って、街の大通りを進んで行く。
角を曲がり路地に入り、しばらく行くとジーナの家があった。二階建ての日干しレンガの家、家の前には馬屋ある。そこまで広くない庭には、こじんまりとした噴水があり、水がもくもくと湧き出している。庭ではニワトリが餌を啄んでいる。
「みんな、帰ったよ。客人を連れてきた。」
「おかえりなさいませ。」
噴水の前で洗濯をしていた家事奴隷らしい2人の女が仰々しくお辞儀をする。
「おかえりなさい。今回も大収穫ですね。」
家の奥から、戦闘奴隷とおぼしき筋肉質の女数人も現れる。
ジーナは彼女たちに馬の世話と荷下ろしを任せ、俺たちを家に案内する。
ジーナは腰のベルトを外し装備を解くと、テーブルに無造作に置き、俺たちを奥の部屋へ案内する。
そこは装備品や武器の宝庫だった。
ジーナは無造作に青い革鎧を手に取り、ニアに手渡す。
「ニアとか言ったね?この鎧はもう使ってない。よかったらもらっておくれよ。そっちで着て来な。下着類はそこにたくさんあるから、私ので良きゃ自由に使いな。」
ニアは礼を言い、そそくさと隣の部屋に消える。
「さてと、ゼロ。あんたの望む装備はここにはない。ここには女ものしかないからね。鎧じゃなくて普通の服で良きゃ、いくつかあると思うから、それでいいかい?」
「もちろん。ありがとう、ジーナ。」
「じゃあ、2階から取ってくるよ。ここで欲しい武器でも探しながら待ってな。もっとも手放せないのもあるから、そん時は諦めて他の武器にしてくれよ。」
そう言い残すとジーナはのれんのようなカーテンで仕切られた奥の部屋に消えていく。
俺はジーナの武器を見渡した。短剣が多い。しかもほとんど2本セットになっている。鉄製、鋼製、あれは強化鋼製かな?ゲーム内で出てきた武器ばかりだ。槍、大斧、大ハンマー、メイス、片手斧、片手剣、両手剣、刀、鞭、一通り揃っている。壁に掛けて飾られている武器は伝説武器だろうか?
武器を眺めて色々考えていると、ニアが前屈みになり体を小さくして恥ずかしそうに出てくる。
「ゼロ、恥ずかしいから、あんまり見ないで。」
革鎧だがカスタムしてあるらしく、意外と露出が多く、ニア頰を赤くし、少し恥ずかしそうだった。
ジーナが洋服を片手に戻り、俺に手渡す。さっきニアが着替えた部屋で着替える。
俺は胸元が紐で縛れるようになっている中世のシャツのような白い服と青い半長ズボン。皮のサンダルを貰った。
その後、ジーナから武器を貰う。これでやっと石装備から解放された。
ニアには鉄の片手剣。刀身がシャムシールのように湾曲している。
俺には鉄の刀。ゲームでも使い慣れた刀が、俺には一番しっくりくる。
ジーナは俺たちが欲しがった武器を惜しがるでもなくくれた。それもそうだ。
このゲームの鉄製はほぼ初期装備。だから威力は低く、食人族相手でも何とか戦える程度。それでも石装備よりは随分とましだ。
2人でジーナに感謝の意を伝え、武器を手に持ちジーナと共にリビングらしい広い部屋に向かう。
ニアはお気に入りの剣を手に入れたようで、とてもうれしそうだ。
ジーナは机の上に置かれたワインを開け、ガラス製の3つのグラスに注ぐ。
「レシピに乾杯」
「出会いに乾杯」
ジーナはニヤリと笑うと一気にワインを煽った。
それから3人でワインボトルを二本開ける。
ジーナはとても上機嫌だった。
発光棒を量産すれば儲かる――
だが、材料の話になり、ジーナは首を傾げる。
「ヒカリゴケ?どこにあるんだい、そんなもん。せっかくレシピを手に入れても材料がなきゃ、どうにもならないねぇ。」
ジーナはワインを一気に飲み干しながらため息をつく。
「セペルム近くの湖だ」
俺はゲームでよく行った湖を頭の中に思い浮かべながら言った。
「……は?あんたは本当に、なんでも知ってるんだねぇ。」
ジーナは不敵な笑みを浮かべながらグラスにワインを満たす。
それからしばらく宴会続き、俺たちはご馳走をたらふく食べ、ワインもかなり飲んだ。やぎて宴会はお開きになり、俺はそのままリビングの長いソファーで寝ることになった。ニアは客間のベッドを使わせてもらうことになり、家事奴隷らしい女性と別の部屋に消えていった。
アルコールの力と、部屋の中で眠れる安心感、ソファーの心地よさで、俺は一気に眠りに落ちた。
翌日、朝食をご馳走になり、ジーナと俺、ニアの3人で湖へ向かう。ジーナとニアは鎧ではなく、普段着用の服を着ている。
すぐ湖に到着したが、俺の指定するポイントまでは、なんだかんだで結構歩いた。ゲームでは疲れる感覚はない。
が、この世界では移動するだけでも疲れるんだな、そんなことを思いながら、ポイントに到着する。
早速やる気満々のジーナが一番に湖に飛び込み、潜って探すが、もちろん何も見つからない。
「どこにも光るコケなんか生えてりゃしないよ。今度こそガセネタかい?」
イライラするジーナと心配そうに俺を見つめるニアに俺が場所を指定する。
「ここだ。とにかくここの真下の湖底を鎌で無差別に刈ってくれ。見えなくても。」
「バカバカしい。」
一度はそう言ったジーナだが、透明だったコケは、刈り取られた瞬間、青く光った。
「……見えなかっただけかい、それにしても、あんた、凄いねぇ。ゼロ、あんたと離れられなくなりそうだよ。」
ジーナは湖から上がりたての濡れた服のまま、俺に抱きついてきた。
「わかった、わかった。じゃあ3人で大量採取といこうか。」
一時間後、3人それぞれ持ってきた大きなカゴいっぱいに採取し、ジーナの家へ戻る。
⸻
その夜。
暗闇の中、馬をトップスピードで走らせながら、馬上のメガネをかけた少女は、何度も後ろを振り返っていた。
早く逃げなきゃ。
でも、どこへ?
考えた末、選んだのは――セペルム。
「人が多いところなら……見つかりにくいはず。」
その少女の装備はやけに整っている。
武器も伝説級の武器のようだ。青白く光っている。
メガネをかけた少女の心は焦りに満ちていた。
早くカンストしなきゃ。大変なことになる。
少しでも遠くに逃げなきゃ。後悔することになる。
遠くに、セペルム街の光が見える。
それは希望か、それとも――。




