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戦場で笑う女

閃光と爆音が、視界と聴覚を塗り潰した。


衝撃に背中を叩きつけられ、息が詰まる。

熱――いや、焼けるような痛みが腕を走った。


「――っ!」


気づけば、俺は地面に倒れ込み、腕でニアを抱きかかえるように庇っていた。

砂とブラスター・グールの破片が降り注ぎ、川辺の静けさは完全に消し飛んでいる。


遅れて、焼け焦げた臭いが鼻を突いた。


「……ゼロ……?」


かすれた声。

ニアの声だ。


「大丈夫か?」


短く言って、俺は周囲を確認する。

ブラスター・グールの残骸は、文字通り四散していた。

肉片と破片、そして砕けた硬質核の欠片。


――直撃していたら、死んでいた。


「……腕……」


ニアが、俺の腕を見る。

布は焼け、皮膚が赤くただれていた。


「大したことない。」


そう言ったが、痛みは正直だった。

ヒリヒリと、じわじわ来る。


ニアは唇を噛む。


「……私のせいだ。」


「違うさ。」


即座に否定する。


「俺の判断が一瞬遅れただけだ。まだ生きてる。それで十分だよ。」


その言葉に、ニアは何も返さなかった。

ただ、視線を逸らさず、俺の腕を見つめ続けている。


「……ニア、急いでここから立ち去ろう。」


俺は立ち上がりながら言った。


「爆発音がでかすぎる。

 他のモンスターや追放者が寄ってくるかもしれない。」


ニアは周囲を見回し、小さく頷いた。


「……分かった、ゼロ。」



少し離れた、崖沿いの窪地。

外からは見えにくく、風も弱い。


「ニア、ここで一度休もう。」


ニアを座らせ、俺は皮袋を探る。

幸運にも、採取していたアロエがあった。


「これを塗る。火傷に効くからな。」


「……詳しいな。」


「転生前の世界ではうちの家に植えてたんだ。」


そう言いながら、俺は腕にアロエをネバネバした汁を塗り込む。


ひんやりとした感触が、痛みを和らげた。


ニアはそれを、じっと見ていた。


「……本当に、何でも知ってるんだね。」


「ふふ、そんなことないさ。万能じゃない。

 さっきも死にかけたしな。」


それは事実だった。


一瞬の判断ミス。

知識があっても、身体が追いつかなければ終わりだ。


窪地に腰を下ろし、しばらく休む。

時間が経つにつれ、火傷の痛みも少しずつ落ち着いてきた。


「ゼロ、……助けてくれて、ありがとう」


ニアが、ぽつりと言った。


「ニアが十字架から助けてくれたから、俺はまだ生きている。ニアを助けるのは当然だろ?」


「当然、か」


少しだけ、彼女は笑った。



その夜は、窪地で過ごした。


昨日と違い、警戒のため焚き火は起こさなかった。


代わりにニアが明るいうちに集めてきてくれた、たくさんの草の中に体を潜り込ませ、寒さをやり過ごす。


アロエの汁を度々つけてはいるが、火傷がズキンズキンと痛む。


火傷部分は皮膚がない、このままだと、感染症になるかもしれないな。


悪い方に考えてしまう思考を切り替えるように、あらためてこのゲームに似た世界のことを考える。


ステータスってどうやって見るんだ?


そもそも、レベルの概念はあるのか?


レベルが上がった音もしない、ステータスの開き方も分からない、ニアもその辺のことは何も言ってなかった。


まぁ、これまで散々このゲームをやり込んだ経験から考えるに、せいぜいレベル5前後くらいだろう。


草の青臭い匂いが心地よかった。


ふとニアを見ると、今日の出来事がよほど堪えたのか、採集がよほど疲れたのか、軽い寝息を立てて寝ている。


俺も寝るか。


目を閉じ、草の匂いと肌触りに身を任せる。


ズキズキする腕の感覚もなくなっていく‥‥。



翌朝。


皮袋の中の乾燥肉で簡単に朝食を済ませた後、川の流れを辿りながら、俺たちは再び歩き出した。


「ニア、おそらくこの先に、厄介な場所がある。」


「……何?どうした、ゼロ?」


「“コソ泥の食卓”って呼ばれてる、食人族の集落だ。」


ニアの表情が険しくなる。


「……食人族だって?」


短く、だが理解の早い反応だった。


「他に道はないの?」


「今の低いレベルで安全にセペルム方面に進むなら、集落を通り過ぎるルートが一番危険が少ない。それに最短コースなんだ。危険なのは、そこだけさ。」


ニアは少し考えてから覚悟を決めて言った。


「ゼロ、私はおまえを信じるよ。そのルートで行こう。」



集落に近づくにつれ、異臭が漂い始めた。


腐肉と血の臭い。


食人族の集落に相応しい生々しい臭いだ。


標識なのか、警告なのか、串刺しにされた頭蓋骨や木に骨をたくさん紐で結びぶら下げた、まるで大きな風鈴のようなものが道々に散見される。


ゲーム通りだな、俺はニヤリとする。


このままできるだけ気づかれずに集落に接近し、気づかれたら脇目も振らず、全力で一気にセペルム方面に走り抜ければいい。


今までの経験では、よほど運が悪くなければ弓矢が直撃することもないだろう。


いよいよ集落が見えてきた。お決まりの骨で飾り立てられた巨大で異様なモニュメントが見える。


だが――


「……静かすぎないか。」


ニアが低く呟く。


確か集落の入り口には見張りが4人いるはずだが、誰もいない。


それに近くに村人が見えてもおかしくない。


なのに、誰も見えない。


俺たちは姿勢を低くし、民家や遮蔽物の影に隠れながら、足音を立てずに、細心の注意を払って慎重に進む。


やがて風に乗って怒鳴り声や叫び声が聞こえてくる。これは只事ではない。


突然集落の中央にある広場の方に向かって視界が開けた。


そこには、死体が転がっていた。


一体や二体ではない。

十体以上の食人族が、地面に伏している。


切り裂かれた喉。

急所だけを正確に抉られた痕。


「……これは……」


「――あははっ!」


楽しげな声。


露出の多い青い服。


女か?


だが――動きが尋常ではなかった。


女の両手の短剣が閃く。


まさに蝶のように舞い、蜂のように刺す。


槍を構えた食人族の数人が四方八方から女めがけて一斉に突進する。


槍が迫ってきた刹那、女は軽々と槍を交わしながら真上に高く跳び、回転し、着地と同時に全員の喉を掻き切った。


大斧を振り回す巨躯の食人族には、連続したバック転からの建物の壁を使った三角跳び。


空中で、首が落ちる。


血が噴き上がった。


女は笑っていた。


「楽しいねぇ!」


無双してる‥‥


その言葉が、ぴったりだった。


最後の2人が同時に崩れ落ち、集落は沈黙する。


女は2本の短剣を振って血を払うと、腰の鞘に納め、こちらを見た。


「おや」


軽い調子で言う。


「素人さん。こんな危険な場所に来たらいけないよ」


冷たい視線が、俺とニアを射抜く。


「ここは、まだあんたたちには、早い場所だ。」


――これが、ジーナとの出会いだった。



嵐のような時間が終わり、ジーナはまだまだ楽しみたかったとでも言いたげな様子で肩を回しながら近づいてくる。


値踏みするような視線が、俺の腕で止まった。


「……あんた、火傷してるね。」


「あぁ、でも大丈夫だ。」


そう答えるとほぼ同時に、ジーナは黄緑色の液体が入った小さな瓶を放ってよこした。


「これを飲みなよ。」


反射的に受け取る。


「上級アロエ薬さ。ケチらず使うのが生存率を上げるコツだよ。」


躊躇はなかった。


蓋を開け、青臭い少し苦味のある黄緑の液体を飲み込んだ瞬間、体の奥に熱が走る。


痛みが、すっと引いていく。


「??……凄い効き目だ。」


「そうだろ?」


ジーナは笑う。


「こちとら紙装甲だからさ。高級回復薬は必需品なのさ。」


軽い口調だが、経験者の重みがあった。


「で?」


視線が俺に向く。


「あんたたちは、何しにここへ来たんだい?」


敵意はなさそうだ。だが、油断もしてない。


「俺たちはセペルムへ向かう途中だ。」


「ほう、セペルム?」


ジーナの眉が、わずかに上がった。


「へぇ……、そのレベルで歩いて行ける所じゃないよ。ここも無傷で通るつもりだったのかい?随分と無謀じゃないか。」


そう言って、くるりと踵を返す。


「私はね、セペルムから来たんだけどさ‥‥」


その言葉に、ニアの顔がパッと明るくなり目を見開いた。


「セペルムの街の人間なの?」


「ま、そうなるね。」


軽い調子で言いながら、ジーナは倒れた食人族の死体を足で転がす。


「で、あんたたちは?」


視線が、今度はニアに向く。


「追放者されたんだろ。その石装備、そのくたびれた顔。最近だね?」


ニアは一瞬だけ黙り、答えた。


「……まだ3日だ、ここに来て。」


「ようこそ、新入りさん。地獄の罪人の地へようこそ。」


ジーナは笑った。


「私も追放者さ。」


そして、思い出したように言う。


「そうだ。私がこの集落に来た理由、まだ言ってなかったね。知りたいかい?」


「レアアイテムの発光棒のレシピだろ?」


俺が言うと、ジーナはぴたりと止まった。


「……なんでそれを?」


「邪魔しないから、オレたちも一緒に行っていいか?」


「いや、そうじゃなくて。」


彼女は片手をそっと短剣の柄に添えながら、じっと俺を見る。


「ここにあるって、どうして知ってるんだい?」


「まぁ、知ってるんだよ‥‥。」


「……その情報、買ったのかい?」


「まぁ、そんなところさ。」


オレの返答にジーナは、豪快に笑った。


「そいつはいいや。じゃあ、あんた達も一緒に行こうじゃないか。」


そう言って、集落の奥――石造りの遺跡へと歩き出す。




「こっちに来な。ガセかどうか、確かめようじゃないか。」


遺跡の中は、静まり返っていた。


壁には古代文字。


床の中央には、溝が幾何学模様に入った大きな円形の石。


だが――


「……何もないじゃないか。」


ジーナが舌打ちする。


「くそっ。あの情報屋、ガセ掴ませやがったのかい。」


俺は、円形の石に近づく。


「これは……起動式だ。」


「は?」


「起動させるにはある条件が必要だ。」


ニアとジーナが、同時に俺を見る。


「生体反応。正確には――人間の血が結構な量必要だ。」


ジーナは目を細めた。


「……あんた本気かい?」


ジーナの問いに答えず、俺は近くに転がっていた食人族の死体へ向かう。


「おい」


ジーナが止める。


「何する気だい」


俺は、腕を掴み、何人か引きずって戻る。


「見てれば分かるさ。」


死体を円形の溝の上に置く。それを繰り返す。


血が、溝に沿って流れ出し、幾何学模様の溝が赤く彩られていく。


――次の瞬間。


ごごご……という重低音。


円形の石が、ゆっくりと沈み始めた。


「……っ!」


石床が割れ、下へ続く階段が現れる。


淡い光が、下から漏れてきた。


「……かぁっ、マジなのかい。これは。」


ジーナは、完全に呆然としている。


「なんでこんなこと知ってんだい、あんた。」


俺は苦笑いして答える。


「俺にもよく分からないんだ。」



三人で、地下へ降りる。


そこは小さな祭壇のような空間だった。


石台の上に、淡く光る碑文。


「……これだよ。」


ジーナが駆け寄る。


手をかざした瞬間、光が弾ける。


【発光棒のレシピを習得しました】


「……よしっ!」


心底嬉しそうに、拳を握る。


「これで松明いらずだ。

 しかも消えない、熱くない。最高だよ。」


そして、俺を見る。


「ほんと、何者なんだい。あんた」


「俺自身もまだよく分かってないんだ。」


俺は答える。


「名前はゼロだ。」


「ゼロ、ねぇ。」


ジーナは、にやりと笑った。


「気に入ったよ、ゼロ。」


祭壇の奥には、さらに続く洞窟があった。


「……この先も行けそうだね。行って見るかい、ゼロ?」


ジーナが、一歩踏み出そうとする。


「行かないほうがいい。」


俺は、即座に止めた。


「この先は、弓矢がないと無理だ。」


「は?」


「罠がある。準備をしてこないと帰れなくなる。」


ジーナは、半信半疑の顔をした。


だが、数秒後、肩をすくめる。


「……ま、いいか。」


そして、笑う。


「じゃあさ、ゼロ」


親指で、外を指した。


「次は一緒に来ようじゃないか。そのお嬢ちゃんも連れて、3人でちゃんと準備してさ。」


そのまま、馬の方へ歩き出す。


「セペルムまで案内してあげるよ。」


俺たちの方を振り返り、ジーナが言った。


「レシピのお礼と――興味込みでね。」


俺とニアは、顔を見合わせる。


「……いいのか。」


「もちろんさ。」


ジーナは、楽しそうに笑った。


「こんな面白い奴、放っておけるわけないやね。」


こうして。


騒がしくて、危険で、やたら強い女――

ジーナが、仲間に加わった。


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