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これは、夢じゃない

助けなければ、ニアは死ぬ。


そう思った瞬間、体が勝手に動いていた。


俺は砂を蹴り、槍を構えた男に夢中で体当たりする。

想定も技術もない、ただの衝突だった。


だが、槍は長すぎた。

密着されれば、突くことも薙ぐこともできない。


男はバランスを崩し、砂の上に倒れる。


俺も一緒に転がり、視界が天地逆になる。

土が口に入り、息が詰まった。


もつれたまま転がった相手は、槍を放し、俺に馬乗りになり両手で首を絞めてくる。


殺される。


必死に手を伸ばした先、指先に硬い感触があった。

拳大の石。


考える前に、それを掴んでいた。


鬼のような形相で俺の首を絞めるその男の側頭部に、俺は石を思い切り叩きつけた。


鈍い音。


一度では終わらなかった。

終わらせ方が、分からなかった。


「やめろ……!」


自分の声なのか、相手の声なのかも分からない。


石が側頭部に当たるたび音が変わっていく。

感触が、柔らかくなっていく。


涙が出ていた。

視界が滲んで、何も見えなくなる。


俺は相手に馬乗りになり、殴り続けた。


――殺したくない。

――でも、止まれない。


どれくらい殴り続けたのか分からない。


突然、後ろから腕を掴まれた。


「もういい! やめろ!」


ニアの声だった。


強く引き剥がされ、俺は砂の上に倒れ込む。

石が手から落ち、転がった。


息が荒く、喉が痛い。

胸が上下するたび、空気が引っかかる。


視線を上げると、ニアが短剣を持った男の死体の前に立っていた。

彼女の足元には、血が広がっている。


俺が殴り続けていた男の頭部は、もはや形を留めていなかった。


理解が追いつかない。


「……無理だ」


絞り出すように言った。


「頭が、おかしくなる……」


ニアは何も言わず、俺をじっと見ていた。

その目は、怯えでも嫌悪でもない。


現実を見ている目だった。


しばらくして、俺は乾いた笑いを漏らした。


「……ゲームだろ、これ」


自分でも、何を言っているのか分からなかった。


「どう考えても、そうじゃないと説明つかない。

 殺しても、死体が残って……こんなの……」


ニアが眉をひそめる。


「……ゲーム?」


「そうだよ。だから、さっきのも――」


言いかけて、言葉が詰まる。


ニアは本気で、困惑していた。


「何を言ってるんだ?」


冗談でも比喩でもない。

心底、理解できないという顔だった。


「死ねば、終わりだ」


その言葉が、胸に落ちてくる。


俺たちは黙って、死体から使えそうなものだけを回収した。

水と乾いた肉、それから短剣。

それ以上は、見ないようにした。


「……川が近い」


ニアが言う。


「まずは水を確保する。

 それから、どう生き延びるか考える」


歩き続けるうち、俺の視線は自然と、腰の短剣を見つめていた。


持ってみる。石器だが軽い。

現実感がないほど、簡単に握れる。


「どうせ」


自分でも驚くほど、冷静な声が出た。


「どうせゲームなら死んだら生き返るに決まってる……」


一瞬躊躇ったが、心を決める。


短剣を勢いよく自らの首に突き立てようとした次の瞬間、ニアが持っていた片手斧で短剣を弾き飛ばした。


石のぶつかる音がして、短剣が土に突き刺さる。


「気でも狂ったのか!」


彼女は俺の胸ぐらを掴み、叫んだ。


「死んだら終わりだ! 生き返る? 何を言ってる!」


その必死な顔を見て、ようやく分かった。


これは、夢じゃない。


夢だと、思いたかった。

そうでなければ、説明がつかなかった。


でも――。


今、俺は確かに、生きている。


そして、さっき、人を殺した。


砂漠の風が、血の匂いを運んでくる。


逃げ場は、もうなかった。

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