第7話 けものの森
「けものの森」
それは架空の世界で、可愛いけものたちと交流しながら、自由気ままなスローライフを楽しむ育成シミュレーションゲームのこと。
決まったストーリーや終わりがなくて、プレイヤーは自分の好きなように日々を過ごし、楽しむことができる癒しゲームだった。
なんで知っているかっていうと、AI開発の合間に、「FFF」と同じく研究室のモニターで遊んでいたから。
まったくAIのヤツ。
FFFだけじゃなく、けものの森からも、VR空間生成のためにゲームエンジンを引っ張ってきていたなんて。
手抜き生成もいいところだと思う。
「いや……そうじゃない……使えるものは何でも使うってのは悪くない。うん……」
「イリスっ」
「良かった奥様、お目覚めにっ」
気づいたら、また私ベッドに寝かされていた。
どうやら熱が上がって気を失ったみたい。
「頭いたい……」
「急激に熱が上がったんだ」
アルフレッドはそう言いながら、私のデコから何か剥がして、また何かデコにくっつけた。
「あ、きもちー」
「薬草のペーストを、布地に塗り込んだものだ。これを貼ると、患部の熱を素早く吸収してくれる」
「ひょえピタくんかあ……」
薬草のペーストはひんやり気持ちいいけれど、すぐに温くなってしまう。
するとアルフレッドが、また新しいものに取り替えてくれた。
アルフレッドは私が気を失っている間に、こまめに取り替えてくれていたみたい。
「草くさい……」
「それぐらい我慢しろ」
「ありがとアルフレッド」
私はぼんやりする頭で、デバッグツールを起動させようと右手に集中する。
なんとか起動できたけれど、もうそれだけでへとへとになった。
体がだるい。関節痛い。腕を上げるのがやっとで、目がかすむ。
ぼけた頭でも分かった。これはヤバい。
こんな状態じゃソースコードをいじれない。
また一段と、花嫁葬の呪いが強くなっていた。
まぶたの裏に、あのカゲロウのように揺らぐ女の顔が浮かぶ。
あいつはこの屋敷中に偏在しているから、私の行動をいちいち見ていたのだろうなあ。
嫌なヤツ。
あの女の匙加減で、呪いの効果が強くなるのか。
これじゃ本当に、出産とか関係なく死んでしまう。
でも……
「即死じゃない……」
「イリス?」
「恨みの対象が私じゃないから、私を即死させない。
だって花嫁が苦しむ姿をアシュワース家の夫に見せて、夫を苦しませるための呪いだから。
これはそういう類のもの。
うふっ……うふふふ、あははっ」
「イリスしっかりしろっ」
「奥様、お気を確かにっ」
「大丈夫……熱でおかしくなったんじゃないから。
面白いから笑っただけ。
アイツあんなにドヤ顔してたけど、私を即死させる力なんてないんだわ。ふふふふっ」
「イリスもういい、喋るなっ」
「奥様っ」
「何か話してないと、また気を失いそうになるの」
目が充血しているのか、熱くって開けていられない。
勝手に涙が出てくる。
「ねえ聞いて……この呪いは、ロードなんとかって言うラスボス本体からの攻撃じゃないわ。
もし本体だったら、もっと攻撃にバラエティがあるはず。
なのにバカの一つ覚えで、熱を上げるだけなんて……理由はそれしかできないから。
呪いは本体から切り離された、スタンドアローンだわ。はあ、はあ、はあ……」
頭がズキズキする。
アルフレッドが、薬草の湿布を取り替えてくれる。
ああ、気持ちいい。
「はあ、はあ……それが分かっただけでもラッキー。
今の私に、ラスボスを相手にする余裕なんてないもの。
でもザコキャラだったら、やりようがある」
目を閉じたままだから、アルフレッドがいるであろう方へ、デバッグツールを起動させた右手を伸ばす。
大きな彼の両手が、私の手をしっかりと包んでくれた。
「アルフレッドお願いがあるの……
強烈な薬草のジュースを作ってくれない?
どんなに疲れていても、かっと目が覚めるやつ」
「そんなものは」
「あの薬草園にもあるのでしょう? 魔薬(麻薬)の原料になる草が」
「イリス死ぬ気かっ」
「逆よアルフ……私は呪いに勝つためにお願いしているの」
「イリス……」
「お願いアルフ、どっちみちこのままだと私は助からない」
「本当に勝つ方法があるのか」
「あるわ」
私の手が強く握られた。
その手から、アルフレッドの葛藤が伝わってくる。
「……30ミル(分)だイリス。
それ以上強い持続効果を持たせると、魔薬に慣れていないお前の体はショック死する」
「それでいいわ……30ミルあれば充分」
「60ミルで戻ってくる。
リネット、薬草のペーストは2ミルごとに取り替えてくれ。
私が戻るまでイリスを頼む」
部屋を出るアルフレッドの背中を見つめながら、リネットが怯えた声をだす。
「奥様、本当に魔薬なんてのを飲むおつもりですか?」
「大丈夫よ……エナドリで慣れているから」
「えなどり?」




