第3話 夫の手作りお粥を食べました
今、私は体を起こして、リネットにお粥を食べさせてもらっている。
その様子をアルフレッドが窓側の壁に寄りかかり、腕を組んで見つめていた。
「熱いので冷ましてやれ」
「かしこまりました、ふーふー」
アルフレッドが気遣ってるー!
どうなってんのこれ!?
私は匙で差し出されたお粥を食べ、もぐもぐして飲み込んだ。
「にがい……」
「我慢しろ、様々な薬草入りだからな。滋養が付く」
私は口を尖らせ、次の一口も飲み込んだ。
うへえ、やっぱり苦い。
私は恨めし気に、アルフレッドを見つめた。
「でしたら、回復ポーションを使えばよろしいでしょう?
あちらの方が、手っ取り早いではないですか」
「お前は私の妻となった。回復ポーションは効果を発揮しない」
「え?」
どういうこと?
次のひと匙を、ふーふーしているリネットに目を向けたら、目をそらされた。
「それは、どういうことですかアルフレッド。
なぜ私には、ポーションが効かないの?」
私の質問で、アルフレッドの表情が変わる。
腕組みを解いて、ベッドに近づいてきた。
濃いブルーの瞳で、私をまじまじと見つめてくる。
なんなのさもうっ。
「イリス、お前は何も知らないのか?」
「なにがです?」
「イリスは、自分の父から何も聞かされていないのだな」
「ん?」
聞かされるも何も、気が付いたら研究室からこの世界に来て、いきなりウエディングドレスを着てたんですが?
何を聞くっていうのさ。
私はきつくアルフレッドを見つめた。
「ええそうですよ、聞かされてませんよっ。
だからあなたから、聞かせてもらえませんかっ」
そう問い質したら、アルフレッドが黙っちゃった。
私だってそっちが口聞くまで、睨み付けるからねっ。
無言の緊迫感の中で、そこに挟まれていたリネットが、どもりながら喋る。
「お、奥様っ。旦那様は、あなた様を大事にしておられるからこそ、距離を取っておられたのですよっ」
「なにそれ」
「それは――」
「リネット、余計な口を挟むな」
「でも旦那様っ」
「いいんだ、自分で話す」
アルフレッドは大きくため息をつき、私のベッドに腰かけた。
私からは、アルフレッドの端正な横顔が見える。
「イリス、古の魔獣『ロードオブキメラ』は知っているだろう」
「………………はい」
話が「古」から始まんの?
こう言うのは結果から話してよ、効率が悪いっ。
魔獣なんて知らないけど、知らんって言ったら、その説明からされそうで邪魔くさい。
「我がアシュワース家の始祖は、そのロードオブキメラを封印した勇者パーティー、139名のひとりだった」
「139!」多いなっ
「300年前のある日、勇者たちはロードオブキメラを封印することはできても、倒すことはできなかった。
その封印された場所が、この地なのだ」
「この地?」
「我がアシュワース家の屋敷は、封印されたロードオブキメラの上に建っている」
「は!?」
「アシュワース家は代々、封印を守ってきた『アース魔導剣士』の家系なのだ」
「魔導剣士……」
それってまんま『FFF』で言うところの、守護剣士がアース魔導(土属性魔法)を取得した上位クラスの職業だった。
「ロードオブキメラは封印される間際、我がアシュワース家に呪いをかけた。
それが『花嫁葬』。
妻が子を出産した際、必ず死ぬという呪いだった」
「んんー!?」
「アシュワース家に嫁ぎ妻となった者は、その時点で呪いが発動する。
一切の回復系魔法が、その身に効かなくなるのだ。
そして出産時、必ず産後の肥立ちが悪くなり衰弱して死んでいく」
「なっ」
私は自分の両手を見つめた。
てことは、私はもう呪いに掛かってんの!?
だから回復ポーションじゃなく、苦い薬膳粥を食べさせられたのか。
うわーっ、ぜんぜん自覚症状とかないんですけど!
「あの……私は本当に呪いが掛かっているのですか?」
「そうだ」
ここで初めて、アルフレッドがこちらを向いた。
いつものムスッとした顔じゃなく、私を見る目に憂いが陰る。
「アシュワース家の呪いは知っている者は知っている、公然の秘密といったものだ。
だからイリス、お前はてっきりそれを知った上で、嫁いできたと思っていた」
「知るわけないでしょう!
あの、では私の父(顔知らんけど)は、それを知ってて私をアシュワース家に嫁がせたんですか!?
ぐぬぬっ、そいつ相当クズじゃないですか!」
「クズか……まあそうなのだろうな。
だがアシュワース家の方が、それに輪をかけてクズなのだろう。
なにせ9男12女の末娘であるお前を、私は金で買ったのだから」
「9男12女!」私の兄妹おおすぎっ
私は目の前の男に、沸々と怒りが湧いてきた。
「死ぬと分かって女を金で買うなんて、最低のクズヤローですか!
そんなに、アシュワース家の存続が大事なの?
くううう、ふざけんな!
こんな鬼畜家系なんて、潰れちまえばいいんだわ!」
私は怒りで元気になった。
取り繕った言葉なんて知るか!
燃えるような瞳で、アルフレッドを睨み付ける。
私が呪い殺される前に、こいつを殺してやりたいっ。
アルフレッドは怒れる私を、黙って見つめるばかりだった。
何か言えよコノヤロー!
熟年夫婦のケンカかこの!
黙ってる夫にもっとムカついた。
リネットの持ってるお粥の小鍋をひっつかみ、ぶん殴ってやろうと思ったその時。
リネットが鍋を抱え込んで叫んだ。
「違うんです奥様!
アシュワース家を存続させないと、魔獣の封印が解けてしまうんですうっ。
そんな事になったら、国が無くなってしまいます。
だからっ、だから旦那様はどうしても、お嫁をもらわない訳にはいかないんですっ」
「なんっ」
「出しゃばるんじゃない、リネット!」
「ですが旦那様、言わないと伝わらないんですよ!
奥様、薬膳粥は苦いかもしれませんが、この粥にはアシュワース家代々の、当主様の思いが詰まってるんですう!」
「どういうこと!?」
「産後の肥立ちが悪く衰弱していく奥様に、せめて少しでも長く生きてもらいたい。
そう言う思いで、代々アシュワース家の当主様は、薬草を研究してきたんですっ。
回復魔法は効かないけれど、薬草だけは少し効くんです。
だから当主様方は、研究に研究を重ねて、その薬効を少しでも強くしようとしてきたんですっ。
この薬膳粥には、何十代もの当主様の願いがこもっているんですう!」
お粥を抱えておいおい泣くリネットを、私は呆然と見つめた。
さっきまでの怒りが、どこかへすっ飛んでいった。
じゃあなに?
そのロードなんたらを封印し続けるために、アシュワース家は妻が死ぬと分かっても娶ってきたの?
その死にゆく妻に、少しでも長く生きてもらいたいから、代々当主は薬草学を研究してきたと?
なんだそりゃ!




