第2話 あれから3週間が経ちました
――あれから3週間が経った。
私は未だに、現実世界へ戻れない。
最初のころは「私どうなるんだろ?」と気持ちが塞ぎこみ、引きこもり掛かったけれど、部屋にでっかい蜘蛛が出たので外へ出た。
そして今は――
「おはようございます、リネットさん」
「奥様おはようございます」
「お弁当は出来ているかしら?」
「はいこちらに」
「いつもありがと」
「お部屋まで、お持ちいたしますのに」
「いいのいいの、どうせ図書室へ行く途中に厨房があるのだもの。こっちの方が効率的だわ」
私はメイドのリネットさんからバスケットを受け取ると、厨房から裏庭へ出て、別館にある図書室へと向かった。
相変わらず旦那のアルフレッドは、私を無視しているけれど、別に気にしない。
勝手に無視してればいい。
むしろ清々するっての。
私は束縛されない時間を、自分のために使う事にした。
ここアシュワース家に嫁いで来てからは、私は「奥様」と持てはやされて、何にもする事がない。
ただフカフカな椅子に座っていればよくて、服を着るのとか、お風呂に入るのとかも全部人任せ。
初めは面白かったけれど、直ぐにうんざりする。
退屈で、脳みそが蕩けそうになるんですよ!
やりかけのAI開発は、やりたくてもできないしなあ。
どうしたもんかねと、死んだ魚のような目をしていたんだけど、ふと思って始めたのが「魔法」の調査だった。
この世界には魔法がある。
それなら私にだって使えるかもって思った。
そして足繫く、別館の図書室へ通い始めて一週間。
私はとある発見をした。
「うんうん、AIの世界構築には、コスト削減アルゴリズムが働いてる。
目立つ所のレンダリングは高精細だけど、参照頻度の低い領域はローポリ化してら。
あからさまに、手抜き生成してんだよねえ」
これが実に面白い。
まず魔法大系がテキトーだった。
魔法のスクリプトが、丸ごとゲームプログラムだった。
それは私の大好きな「FFF」ファイナル・ファン太・ファンタジーという、RPGのゲームエンジンをそのまま移植してやがった。
研究室で息抜きに、FFFを並列処理でぶん回してたから、AIはそこからサンプリングしたんだろう。
それでも初めは分かんなかったんだよ。
魔法大辞典なんか開いても、それらしく「データのテクスチャ」を変えて取り繕ってあったから。
でもね、そんなメジャーな魔導書じゃなくて、戸棚の片隅にひっそりとしまわれている小冊子。
それなんかを開いて見ると、ページが全部まっさらなんだよ。
何にも書いてないの。
そして私がそれを「観測」したとき、初めて白紙のページがうにょうにょ動いて、プログラムのソースコードが浮き上がるの。
それが恥ずかしがるように魔導文字のテクスチャを被って、素知らぬ顔で「初めから書かれていましたが、なにか?」って顔しているんだよ。
白紙から魔道文字のページへ切り替わる途中、指で触れると「&」や「! =」がアリンコみたいに吃驚してた。
ソースコードに触れることができたんだよ。
「くくくっ、やばあ、これはやばあっ」
私はそこから試行錯誤してコードをいじり、魔導文字のテクスチャを剥いで、日本語に切り替えて見たの。
そしたら、そこにはカタカナで「FFF」の呪文がフツーに並んでたってわけ。
そこからはもう、楽しくてしょうがなかった。
ここが何処だとか誰の妻だとか、そんなこと頭の何処かにポ~ンと投げちゃった。
この「FFF」――じゃなかった、この世界の魔法調査にのめり込んだ。
そうなるともう、昼とか夜とか関係ない。
別館のカビくさい図書室が、私の部屋となった。
生活の中心は全てそことなり、メイドのリネットさんが直接お弁当を届けてくれる。
「奥様、失礼いたします」
「ほ~ら、これとこれを組み合わせたら、こう」
「あの奥様?」
「あ、リネットさんこんばんわ」
「いえ、今は朝です」
「あっそう? ほら『->』ちゃんはどこかな?」
「奥様、昨晩の御夕食は、召し上がらなかったんですか?」
「ごめんなさい、食べるの忘れちゃった。後で食べます。
『[]』くん、お友達の『->』ちゃんを捜してきてね、うんそうそう」
「奥様、ちゃんと寝ていますか」
「こら『<』くんを、みんなで上書きしないの」
「奥様、誰と話していらっしゃるのですか?」
「ほら前にも言ったでしょ、魔法の妖精たちだよ。
あ、『+』くんたちストップっ、それ以上増えないでね」
「奥様、本当に妖精が見えるのですか?」
「うんそうそう。
『==』さんは『!=』さんと仲良くしてね、フリーズしないでね」
「あの……夕食は下げて、朝食のバスケットはここに置いておきますので、ちゃんと食べてくださいね」
「ありがとリネットさん。あ、『->』ちゃん見つけたー♪」
こんな感じで、私の毎日は充実していた。
寝るのも忘れて調査したものだから、私には何日経ったかなんて分かんない。10日くらい?
気づいたら図書室ではなく、元々あてがわれていた部屋のベッドに寝ていた。
「あれ?」
そして枕元には夫のアルフレッド・アシュワースが、座ってじっと私を見つめていた。
おもむろに、私の手を取り脈を測る。
「脈は安定してきているようだ。食欲はあるかイリス」
「え?」
「少し待っていろ」
アルフレッドは私の返事も待たず、すくりと立って部屋を出ていった。
入れ替わりに、メイドのリネットが入ってくる。
「ああ良かった奥様、お目覚めになって」
「リネットさん?」
私が体を起こそうとすると、慌てて寝かしつけようとする。
「まだ無理をなさらず」
「私なんでここにいるの?」
「図書室で、本に埋もれて倒れていたんです」
「え、そうなの?」
「良かった、3日間も目を覚まさなかったんですよっ」
「そんなに!?」
う~ん、またやっちゃったのかなあ。
大学の研究室でも連日徹夜とかやって、気を失ってたから。
VR世界でも倒れるなんて、思わなかった。
あれ? これやっぱ、本当に生身の体なのか?
今さらだけれど、この世界は本当にVRなんだろうか?
だってVRヘッド被ってる実感ないし、この世界でご飯食べて、寝て、それと本とか直接触れられるって言うのがさ、これもうVR越えちゃってるよね?
この世界は、AIが生成した世界以上の何か――と私は今そう思ってる。
まあそこ気になるところだけれど、もう一つ気になることがあった。
それはアルフレッドのこと。
「ねえリネットさん、あの人なにをやっていたの?」
「え?」
「ほら、目が覚めたらさ、あの人が枕元にいて、じっと私の事見つめていたの。
私吃驚しちゃった。あの人なにを考えているのかしら?」
「なにって奥様。アルフレッド様はこの3日間、付きっきりで奥様の看病をしていたのですよ」
「は?」
「それはもう献身的に」
「嘘でしょ?」
ぐううううううう~っ。
興奮したらお腹が鳴ってしまった。
さすがに3日間も食べていないと、私だってお腹が減る。
私は恥じらいを浮かべて、リネットにおねだりした。
「ごめんなさいリネットさん。
なにか軽いものでいいので、ご飯ください」
「それでしたら今、アルフレッド様が薬膳粥を作っていると思います」
「なんで!」
「私どもでは薬草学には精通しておらず、アルフレッド様にしか作れない特製のお粥です」
「えっ、え? 薬草学? だからなんであの人がっ」
「なんでと申されましても、奥様に少しでも早く元気になって頂きたいと」
「噓よっ、なんであの人が、私のために作っているわけ!?
だってあの人、私のことなんて、これっぽっちも愛してないんだよ!?」
「あの……それには理由が」
「リネットさん、何か知っているの?」
「いえ、その、私の口からは……」
リネットが動揺し目を泳がせていると、夫のアルフレッドがノックもせずに入ってきた。
両手でワゴンを押している。
ワゴンには小さな鍋が乗っていて、フタを開けると、ほかほかの湯気がっ。
本当に作ってきた! 一体なんなの!?




