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神様は愛し子を餌付けしたい  作者:
最終章 愛し子と共に
34/36

愛し子と共に(3/5)

「どうしてこの世界の服は、どうにもつまらぬものばかりなのだ!?」と嘆く神様を全力で宥めすかしながら服を一揃い購入し、モールをはしごして散々歩き回り手に入れたあの頃よりは少し小ぶりの、けれど揺れる音の涼やかな耳飾りを早速揃いで着けて。

 花のような笑顔を綻ばせる神様の美しさに尊すぎると目眩を覚え、同じ物が己の耳を飾っている嬉しさと(いや、この世界で俺みたいな大男がこんなしゃらしゃらした耳飾りを着けるのは、さすがにダメだろ!!)という恥ずかしさで新太の魂が半分くらい抜けた頃、二人はようやく帰途につく。


 この国の暑さは、常夏の国で生まれ育ったムシュカにもどうやら厳しいものらしい。確かに全方位から押しつぶされるような暑さに加え、吹けば吹くほど不快感の増す湿った熱風の波状攻撃など、あの国には無縁だったな……と遠くなった日々を思い出しながら、二人はクーラーの効いた部屋ですっかり伸びていた。

 敷物も敷かない床に寝転がるのは、あの頃を身体が覚えているからだろうか。タイルの床ならもっと気持ちいいんだけどなと残念に思いつつもフローリングをゴロゴロ転がっていれば、不意に「……ヴィナよ」と服の裾を引っ張られた。


 ……気のせいだろうか、その声色は随分と、固い。


「ん? どうしました神様。あ、スコーン用のクロテッドクリームとアイスティーのお替わりは冷蔵庫に」

「それは後で頂こう、そうではなくてだな……お主、あれはもしや」

「……枕カバーですね。多分、神様とお揃いの」

「そこはお揃いであってはならぬであろう!!」


(少しは動揺を覚えぬのか!? まったく、変なところで剛気なままだな、お主は!)


 当たり前のように寝具の存在を認めてしまった新太に、ムシュカはがっくりとその場に崩れ落ちる。

 あの頃の記憶は定かでは無いのだが、壊れゆく中で毎夜行われた懺悔のひとときに、呪いの寝具についてはかなり詳細な話を新太に伝えた筈だ。なのにどうしてこの男はこうも平然としていられるのか。

 そもそも寝具は一体どこから現れた? と思考を回し始めて、はたとムシュカの手が止まった。


 ――脳裏を掠めたのは、老師が呪いの解呪方法を報告しに来たあの日の会話。

 唯一騎士団預かりとなっていた野盗が、パニニによる聞き取りの際にムシュカへの伝言を言付けていて……世迷い言をと一蹴するには妙な符号を感じた彼から、参考までにと聞かされていた話が、ムシュカの中で再生される。


『あの野盗なのですが、実は妙なことを口走ってましてな。殿下の言いつけ通り、あれは意中の人にちゃんと渡したと伝えて欲しいと』

『……あれ、とは?』

『そこは話す気がなさそうでしたな。殿下に話せばすぐ分かるの一辺倒で……更に、もう二度とあんな世界はごめんだ、これからは心を入れ替えて真面目に働くとも。殿下、あの野盗に何か密命でも託していたのですか?』

『いや、それはない。絶対にない。だが……ううむ、さっぱり分からぬな……?』


 何が分からぬだ大馬鹿ものめと、ムシュカは過去の自分を全力で張り倒していた。

 言いつけ云々はともかくとしても「意中の人」「渡した」「あんな世界」――よくよく考えればおかしいどころか、心当たりしか無いではないか。


(大体いくらこちらが強く願ったからと言って、ああも都合良く毎夜毎夜夢にやってくるなど、冷静に考えればおかしな話だ。それこそ……お主が望んででもいない限り……!)


「もしやと思うのだが」と前置きして、けれどその心は完全に確信を得て、ムシュカは新太に揃いの枕カバーの出所を尋ねる。

 果たしてその返答は予想通りで。


「あー、あれは電車の中で貰ったんです。寝具店を経営しているって親切なおじさんから、栄養ドリンクと一緒に」

「おじさん」

「はい。俺、あの頃激務も大変だったんですけど、何より不眠症で死にかけてたんです。で、おじさんが試供品だっていう願いの叶う枕カバーをくれて……いやぁびっくりするほどよく眠れたし、推しは出来るし、しかも神様からいただくご飯は絶品だしでもうその日から手放せ無くなっちゃって」

「お主、それは見事なまでに枕カバーに呪われているでは無いか!!」


 今度こそ悲嘆を含んだムシュカの叫びが、部屋を震わせた。



 ◇◇◇



「何と言うことだ……私だけならいざ知らず、ヴィナにまで呪いをかけるとは……お主は何ともないのか? 夢に取り込まれてしまったりはしないのか!? ああ、全くあの野盗は何てことをしてくれたのだ! ……はっ、今からでも織物に願えば、あのうつけ者を成敗しに行くくらいは」

「落ち着いて下さい殿下、俺は無事ですし、ちゃんと願いは全部叶ってますから大丈夫です!」


 途端に色を無くしたムシュカがこめかみに血管を浮きだたせ、真顔でがしっとブランケットを握りしめたものだから、新太は慌てて起き上がり神様をぎゅっと抱き締める。

 ……あ、今「んぎゅ」ってヤバい呻き声が神様の口から漏れた。どうにもこの筋肉の御し方は難しくてかなわない。


「えほっ、えほっ……文字通り抱き潰されるかと思った……頭は冷えたが肝も冷えたぞ……」

「申し訳ありません……で、でもっ、俺本当に大丈夫なんで! 枕カバーに頼んだ願い事は3つとも叶ってますから!」

「待て、お主よりによって願いを3つもかけたのか!? 知らぬとは言え何と豪胆な」

「あ、最後の一つは呪いのことを聞いてからでしたけど」

「…………お主はもう少し、脳みそに筋肉以外の何かを詰め込んだ方がよいと思うぞ、ヴィナよ」


 呆れ果てた様子のヴィナの膝に寝転んで、新太はとつとつと話す。

 枕カバーをくれた男性には何度もお礼をせねばと考えたもの、名刺は見つからず、織物にも手がかりは無く、更に何度終電に乗ってもついぞ出会うことが無かったそうだ。

 ――恐らくは新太に織物を渡した後、そのまま元の世界へと戻っていったのだろう。野盗の心を入れ替えさせるほどの悲惨な世界というのも、当時の新太を鑑みれば一目瞭然だ。


 そして、肝心な願い事。

「叶ったと思っていたら全然叶っていなかった……などという実例もあるのだぞ、お主の目の前に、な!」と実感たっぷりに説教した上で3つの願いを聞き出したムシュカは、またまたその場に突っ伏すこととなる。

 ……ただし今度は、あまりの愛おしさに悶絶しながらだが。


「ええと、最初は『まともなご飯が食べたい』でした」

「…………なんという現実的かつ切実な願いよ……それでは魚団子麺を出した私を神認定するのも、無理からぬ話であるな」

「なので、その日のうちに願いは叶っちゃって。その後は毎回『神様の美味しいご飯が食べられますように』ってお祈りしてから寝てました!」

「うむ、お主はきっとどれだけ生まれ変わっても、未来永劫食いしん坊のままだな」


 自分を失っていくムシュカを何とか助けたくてかけた二つ目の願いは「神様を元気にしようツアー会場を、夢の中に作って」だったという。

 街の再現範囲からコース設定まで、恐ろしく具体的な願いにちょっと引き気味のムシュカに「AIあるあるなんです、こういう要望は細かく伝えないと誤解されちゃうんで」と新太は分かりやすく説明し……たものの、異世界にやってきて数時間の神様には些か難しすぎたようだ。


「う、うむ。まあとにかくお主の願いは間違いなく叶えられたことだけは理解したぞ!」

「すみません、説明が下手で……それで」


 三つ目は、と最後の願いを口にしかけた新太は、一瞬言葉に詰まり……不意に目を逸らす。

 ――愛しい人の目を真っ直ぐ見据えて愛を語れる日は、まだまだ自分には遠いようだ。


「……そっ、その、えっちいことをしてるときに…………ずっと神様といたいですって」

「ヴィナ」

「おはようからおやすみまで、そして夢の中でも……朝は一緒に軽くトーストとコーヒーですませて、朝のお茶を飲んで、お昼は食べに行って、ついでにカフェにも行って、夜は一緒に家でご飯を食べて、甘いお茶でも飲みながらいちゃいちゃして」

「具体的にも程があるし、そもそも食べることばかりでは無いか」

「ぐっ……ともかく! 神様と現実世界で一緒に過ごしたい、そう願ったんです。そしたら……起きたら隣に神様が寝ていて、これは夢かと手が勝手に頬に」


 痛かったですよね、とすまなさそうに頬に添えられる手をそっと包み込んで、ムシュカは「……本当に愛されておるな、私は」と感極まった様子で呟く。

 そして、途端に目を白黒させ「あ、えっと、そのっ」と挙動不審になる愛し子の姿を愛でながら、改めてあの頃を思い起こすのだ。


 ――分かっている、つもりだった。

 堂々と愛を囁き、力尽くも辞さぬとばかりに正室に指名し、共に過ごす中でヴィナから向けられた感情もまた自分と同じであることは明らかだったから……例え言葉として聞くことが叶わずとも、いつまで経っても関係が進展せずとも、自分達は相思相愛であると信じて疑わなかった。……いいや、そう思い込んでいたのだ。


 けれど、振り返れば己の直截な愛情表現は、不安の裏返しでしか無くて。

 だからこそ余計に、失ったときの絶望は深く――そして、ついにはかける願いを誤ったのだろう。


「何にせよ、お主の願いは全て叶ったという訳か。世界を渡り、新しい命を生き……お主は私が過去に立ちすくんでいた間に、随分と成長したのだな」

「そ、そうでしょうか……神様がいなければ俺、社畜としてすり切れて今頃電車に飛び込んでいたかも知れないのに」

「なに、私の助けがあったとは言え運命を切り開いたのはお主自身だ。……自信を持つが良い、お主は私の愛するヴィナなのだから」


 そう、新たな世界で「推し」なる概念を身に付けた愛し子は、その気持ちを素直に伝える力を得た。

 生来の食いしん坊と、推し神様の尊さ故に獲得した恐ろしく具体的な妄想力――かつてのヴィナと今の新太が持つ二つの特質は、この織物にかける願いを呪いに変えさせない原動力となるのみならず、己を苦境から救い出してくれた神様の絶望すら打ち砕いたのだ。


 ――だからもう、私が彼の愛を見失うことは無い。

 真っ直ぐに打ち込まれた愛し子の温もりは、きっとこの身が潰えるその日まで、私を満たし続けるから。


「最後は二人が、それぞれの寝具に同じ願いをかけた。だからこそ、世界を越えて共に同じ空の下に立つという奇跡が起こったのやもしれぬな」


 新太の無事を確信したムシュカの口から、安堵が漏れる。

 もしかしたらこの寝具は、最初から全てを見通していたのかも知れない。

 野盗が何の因果かこの世界に飛ばされ、枕カバーをヴィナに渡すという役目を負わされたのも、まるでムシュカが願いのかけ方を間違うことを察していたかのようにすら感じられて。


「……実に不思議な織物よな。願いが叶うにしては少々苛烈だが」

「呪いと断じるには……ちょっと美しすぎますね」


 二人が見つめる先では、東雲を模したブランケットと枕カバーが静かに佇んでいる。

 ――気のせいか、今日は夜明けを映す桃色の差し色がひときわ鮮やかなように見えた。

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