暴走少女と年上の婚約者〜熊と兎と、女王様?
よくあるゆるふわ設定です。
ご都合主義でも温かい目で読んで下さると嬉しいです。
「まぁ!貴方がわたくしの未来のだんな様なの!?おじさんはお呼びじゃなくてよ!」
「あはは。手厳しいな。よろしくね、未来のお嫁さん」
「わたくしは、おじさんのお嫁さんなんかになりませんわ!絶対に!」
「では、少し違う形にしましょうか。私達は――」
◇◇◇
「あぁ…!またシーリス様にあんな態度をとってしまったわ…。この口はなんでこんなにも勝手に喋ってしまうの」
「イベンヌお嬢様、そのように頭をテーブルに…あの…されますと…お怪我をされます」
メイドはおずおずと声をかける。
なんと言っていいか分からなかったのよね。わかるわ。
侯爵令嬢がテーブルに頭を打ちつける事なんて中々ないものね。
――でも!
「一緒に行きたかったのよ。私はお仕事の邪魔なんてしないのに。仲の良いところをお友達に見せたかったのに」
毎年恒例の侯爵家の狩猟祭、それに参加したいと伝えたのだ。
うちの領地では鷹狩りが流行っている。最近は貴族女性も狩猟に参加するというお話を聞いているのだ。
「ごめんね、大事な商談もあるし万が一の危険もあるから連れては行けないかな?」
シーリス様のブラウンの瞳が細められ、艶のある亜麻色の髪が揺れる。また困った様な笑顔をさせてしまった。いつもこうなってしまう。
8歳上の彼に釣り合う様になりたいのに、いつまでも子供扱いされてしまうのだ。もうデビュタントも終えたのに、彼には子供に見えているのかしら。
――あの笑顔の壁を崩したいわ。彼の本音が知りたい。
でもどうすればいいかしら?挑発して悔しがらせる?そんなのいつもやっている事だわ。
悔しがった顔を見たことはないけれど。私だけいつも空回ってしまう。
(なら、いつもしない事をするしかないわ)
高望みはしない。とりあえず、私に喜怒哀楽を見せてもらいましょう。
お父様の執務室の前。今はきっとお仕事中ね。
――バーーン!って効果音付きで開けてやりましたわ、私の護衛が。
「お父様、お願いがあります!今度の狩猟祭なのですけれど私も参加しますわ」
「うわ!?イベンヌ!?」
どう?このお父様のお顔。間抜けになっているわ。
シーリス様もこんな顔にさせたいのよ。
腕を組み、少し大きく脚を広げ格好良く見せる。
「お嬢様、少しお顔が残念な事に…」
なんですって残念?護衛に注意されてしまったわ。けれど私はお母様に似て美人ですもの。残念って何よ。
珍しい黒髪で碧眼でどこを見ても美人だわ。
「イベンヌ…用があるならノックをしなさい。5歳のころから言っているだろう」
「今のは驚かせたかったので。大丈夫ですわ」
「いや、私の都合がだね…」
お父様が頭を下に向け、眉間を押さえながら言った。
「あら…お父様。頭頂部が…」
「今は忙しいから、早く済ませよう。何だったかな、狩猟祭?いいんじゃないか。許可しよう。明日から鷹狩りの準備を始めるから一緒に訓練してみればいい。最近は乗馬も狩猟も好きな女性が多いからなぁ」
ふふふふ。最近お父様が気にしている事なんてお見通しですわ。部屋の扉を開けさせた護衛に後ろ手でグッと親指を上げる。
明日からが本番ね!私は手段も選んで、目的も達成するわ。
狙いは狩猟祭。彼がエスコートしてくれないなら、彼以外に連れて行ってもらえばいいのよ。
当日に驚けばいいわ。
「ああ!そうだわ。絵師を呼んで鷹と一緒に描いてもらいましょう!」
シーリス様が鷹と一緒にいる所を描いてもらうのよ。記念に部屋に飾りたいわ。
画家を連れては行けないけれど…そうね、隠れて描いてもらいましょう。やっぱり自然な所を描いてほしいもの。
――私は彼の笑顔と、少し眉を下げて困った顔しか見たことない。
私は自分の目の前に居る彼しか知らないわ。いつもの優しい笑顔の彼だけ。
「うわぁ。お嬢様って口だけではなかったんですね。少し見直しました」
お父様の言葉通り、朝から乗馬で身体を動かしていたら護衛が拍手を贈ってきた。実は褒めてないわよね、それ。
まぁいいわ。本番が楽しみよ。
◇◇◇
狩猟祭当日になった。
大々的に開催することから、侯爵家の近隣の貴族たちや騎士たち、貴婦人たちが多く集まった。
貴婦人用のテントもあり、パートナーを応援しながら待つ人と参加する女性とに分かれる。
勿論、私は参加する方ですわ!チラホラと若い女性も混じっているし大丈夫!
そして。
これが私の秘策よ!いつもは控えめな衣装が多い中、『セクシーな衣装』でシーリス様を振り向かせ、メロメロのデロデロにしてやりますわ!
「イベンヌ!なんて格好を…!!」
私を見て、駆け寄ってくるシーリス様。
ふふふ。メイド達と仕立て屋の協力もあり、今日の私は正にえぇと…例えるなら愛の…ご主人様?違うわね…そう女王様よ!
ふふん。ご覧なさい、周りの視線を集めているわ。
黒とグレーを基調としたズボンスタイル。
私の大きめの胸とお尻を最大限に強調して作ってあるの。
周りのふんわりと各所をスカートやレースや裾で隠した貴族女性とは一味違うわ!
下品になり過ぎないように仕立て屋とちゃんと相談したのよ。新たな魅力に気づいてもらうんですからね。
「とにかくこっちに!」
シーリス様に抱きかかえられて、木陰に連れて行かれた。珍しく慌てた様子に、いつもの余裕は感じられない。
「君はなんて格好をしてるんだ!というか何故参加を?俺は連れて行かないと伝えておいたよね?」
「お父様にお許しをもらったんです。なのでシーリス様には口出しできませんわ」
「侯爵…。何故こんな場所にイベンヌを。格好の獲物じゃないか」
髪をかき上げ、ため息をつく彼の姿はやはり大人の魅力に溢れている。
私は、チラリと後ろを振り返り画家が居るか確認した。
よし!ちゃんと居るわ。
「今日はもう帰りなさい。いい子だから。その格好でこんな男だらけの場所に居ては駄目だ」
「帰りませんけれど?お父様がお許しになったんですから、貴方がどうこう出来ませんと言ったでしょう?」
私は侯爵家の一人娘。シーリス様は婿入り予定なのだ。
それにしても。いい子ですって?まだ子ども扱いするのかしら。
「いつまでも、私を貴方の物だとは思わないことですわね!すぐに違う男性に取られちゃうわよ!」
――自分の事で変な風に煽ってしまったわ…。これは恥ずかしい。
「とにかく。私はもう大人の女性です。さっきだって、周りの男性陣からの熱い視線を独り占めしましたもの。シーリス様以外の方だって私にかかればこんなものですわ。シーリス様には関係……」
『関係ないかもしれないけれど』と続けるつもりだった私は、傷ついたような彼の表情を見て口を閉ざした。
「それが…君の答えなんだね。そうか。うん、わかった」
「え?ちょっ…」
「君はもう大人だ。自分で結婚相手を選ぶ権利がある。私が口を出すことじゃなかったな。でも、その格好では危ないからこれを」
彼が、笑顔で自分の上着を私に掛けてくれる。それはいつも通りのシーリス様で。
どうして今、彼が傷ついたの?何で?
でも、彼が拒絶してるのがわかって声を掛けられなかった。
「お父様!シーリス様が変なの!」
他の方とお話していたお父様を無理やり連れていき、私はさっきの彼の様子を伝えた。
「あぁ、だから彼は婚約の辞退をしたのか……。というか、人の話を無理やり遮るのは失礼だとあれほど――。とはいえ今は仕方ないか。……昔、お前がシーリスと結婚を嫌がっただろう?」
お見合いの場面の事?
「それは、初めの頃はそうだったけれど、でも今は……!」
「あぁ、お前の気持ちはわかっている。が、聞きなさい。あの時、彼はイベンヌが大人になって『自分以外の男を選ぶなら身を引く』って私に伝えていたんだ。というか、お前ともそう約束していたと聞いたぞ?」
「!……あの時!?そんなのすっかり忘れていたわ!」
「お前はそうだろうな。というか、イベンヌなんてこんなにわかりやすい子なのに。シーリスも変に拗らせて……はぁ」
お父様はまた、溜息をつきながらセットされた髪に手を…。あぁ、また毛髪にダメージを負ってしまったわ。
――それじゃあ、さっきは私が他の結婚相手を探しに来たと思ったの?だから彼はあんなに傷ついた顔をしたの?
「お父様。私が思っているより、彼は面倒な性格みたいです。なんて分かりにくい」
でも……。10年前から色々と悩んでいた私が馬鹿みたいだわ。自分から身を引くですって?そんな理由で私が大人しく振られるとでも?
「もう我慢ならないわ!行ってきます!すぐに見つけて捕獲してきますわ……!えぇ、獲物に逃げられるのは嫌いですもの。きっちり仕留めてやりますわ」
「程々にしてやれよ…。お前が思っているより男心は繊細なんだぞ……」
「はい!」
いや、わかってないな……。なんて声が聞こえた気がするけれど、私は馬に跨がって彼を探しに駆け出していた。
森の中。
獲物と間違われて撃たれたら大変なので、深入りはしない。彼だってそうだろう、と当たりをつけて探し回る。
だって彼は大人だったのではなく、臆病だったのだ。
思えば、彼はずっと大人で私なんかと釣り合わないと思っていた。
でも、さっきの話からすると彼もまた同じだったのかもしれない。
「これは、イベンヌ嬢!今日もとても美しいですね」
「ええ、ありがとう。ちょっと先を急いでいるので…」
断りを入れて、通り過ぎようとするが。数人の男性に囲まれてしまった。
(何よ、本当に邪魔ね。今は忙しいのに!)
「さっき耳にした所、婚約者を選び直すとか?私にもチャンスをいただけないでしょうか。きっとご満足させてみせます」
そう言いながら、私の強調した胸元を見ているのがバレバレよ。却下よ却下、無いわ!
「えぇ、結婚相手は私が自分で選んで捕まえますわ。私が満足する?貴方達で?面白いお話をありがとう」
「な!流石に今の発言は……!…そんな格好でこんな場所に男漁りに来るから、捨てられたんでしょう?我々はそんな事は気にしないと――」
――ダン!――ダン!
彼らの足元から3m程離れた地面に弓矢が2本刺さる。
もう。隠れて見ているなら手を出しちゃ駄目じゃない。
「あまり騒ぎますと他の方が集まってきますわ。勿論、侯爵家の者も。他の場所でお探しください?」
――名誉が守られているうちに逃げたした方がよろしいわ。
辺りを見回した彼らは、そのまま黙って違う方向へ走り出した。引き際だけは見事ね。
去っていく彼らを見ながら、後ろに居る彼に話しかける。
「私、ずっと勘違いしてました。私が落としたい相手は私では敵わない大きくて強い獲物だと。――まさか、臆病な兎ちゃんだとは思いませんでしたわ」
後ろで茂みが揺れる。ようやく出てきてくれるようだ。
「まったく、君は昔から無茶苦茶だねイベンヌ。漸く君と離れようと思ったのに心配ばかりかける」
「知りませんでした?私、貴方に心配されるのが好きだったのよ。わざと無茶をした事もあるわ。心配性な兎さん、ねぇ、それでも私の気持ちは知っていたでしょう?」
目の前に現れた彼の瞳が揺れる。馬上から見下ろす彼は新鮮だわ。いつも見上げていたから。
「すまない。やっぱり俺は臆病で、大人になって綺麗になっていく君に相応しくない思っていた。だから、今回はいいタイミングだと……」
「もう!黙って!」
そのまま彼に向かって、馬から飛び降りた。すかさず抱きとめてくれる、やっぱり逞しい男性。
「今日の狩猟祭は私が優勝なの!一番の大物を仕留めたのだから!貴方は兎ちゃんをいい加減止めて下さい!」
そう言って彼に口付けた。
臆病な兎ちゃんは嫌がってないみたいだから。
彼もまた、更に深く口付けてくれた。
◇◇◇
「見てくださいませ!実はあの場面を画家に描かせたんですの!他の色々な場面もありますわ!」
「もう止めてくれ、イベンヌ……。」
最初のキスの絵でダウンしてしまったわ。
顔を赤くして両手で隠す、シーリス様。
時に強くて逞しい熊さんで、時に可愛らしい兎ちゃん。
全部私のものよ!だって私が捕獲したのだもの!
「そして、そして、こっちの絵が―――」
「イベンヌ……もう君には絶対に敵わないよ……」
うふふ、画家にはボーナスをあげなくてはいけないわね。