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8mmフィルムと君と嘘

作者: 小虎

 写真でもなく、ビデオでもなく、僕らの高校時代を記録していたのは8mmフィルムだった。

 シャラシャラと回る独特の音。光の粒がスクリーンに浮かび上がるたびに、現実より少し夢に近い景色が現れる。今思えば、あれが僕らの時代のおとだったのかもしれない。


 僕がそのカメラを手に入れたのは、文化祭が終わった直後だった。特に理由があったわけではない。中古屋で安く売られていたそれを、ただ「面白そう」という気持ちだけで買ったのだ。

 最初の被写体は、なぜか君になった。部室の窓辺に腰かけ、退屈そうに空を眺めていた横顔。レンズを向けると、君はわずかに眉をひそめ、「なんで撮るの」と言った。

 でも、そのあとに浮かんだ笑顔が、フィルムに思いのほか鮮やかに焼きついた。僕はその一瞬にすっかり虜になってしまった。


 ――人を撮ることは、結局のところ自分の心を撮ることなんだ。

 その真実に気づくのは、ずっと後のことだった。



 君と僕は名前を呼び捨てにするほど親しかった。だけど、恋人にはならなかった。いや、正確には「なれなかった」のだと思う。

 僕はいつも壊れることを恐れていた。関係が変わってしまうことが怖くて、踏み込めないまま、カメラのファインダー越しに君を眺め続けた。安全な距離から。


 ある日、君は何気ない口調で言った。

 「あおいって、本当のことを言わないよね」

 僕は即座にごまかした。

 「何を言ってるんだよ、僕はいつでも正直だろ」

 君は少し寂しそうに笑った。その意味を深く考えもせず、僕はただやり過ごした。

 今になって分かる。あの笑みは、君のついた小さな「嘘」だった。

 本当は、僕が何を隠しているのか、ずっと知りたかったのだろう。



 フィルムは不思議だ。デジタル映像のように鮮明ではなく、時にぶれたり、焼けたり、半分消えたりする。だが、その曖昧さこそが記憶に近い。完璧ではないからこそ、本物のように感じられる。

 久しぶりにそのフィルムを映写機にかけてみた。夜の部屋を真っ暗にし、白い壁に映し出す。シャラシャラと回る音とともに、若い君が現れる。太陽に目を細め、手を振る。ひらひらと揺れるスカート、透きとおるような笑顔。

 その光景を見た瞬間、胸の奥に痛みが走った。――僕がついていた「嘘」が何だったのか、やっと思い出したからだ。


 それは、ただ一つ。

 「君が好きだ」という言葉を、絶対に口にしないという嘘。



 十年前、僕らは別々の街へ進んだ。君は仕事を選び、僕は学問を選んだ。それきり、ほとんど連絡を取らなくなった。

 SNSで時折見かける君は、新しい街で新しい友人に囲まれ、誰かと笑っていた。隣にいるのは、僕ではない誰か。

 それでいいと思った。僕はまだ「正直になれない自分」を抱えたままで、どんな顔をして君に会えばいいのか分からなかったから。


 だけど今、スクリーンの中で揺れる笑顔を前にして、心の底から思う。どうして、あのときたった一言を言えなかったのだろう、と。

 「君が好きだ」――それだけで良かったのに。

 黙り続けた僕の嘘は、時が経つほど重くのしかかり、僕を蝕んでいる。



 最後のフィルムには、君の後ろ姿が映っている。公園のベンチで、長い髪を風に揺らしていた。振り返ろうとした、その瞬間。映像はぷつりと切れた。

 そこから先の君を、僕は知らない。あのとき「好きだ」と言っていたら、君は振り返って笑ってくれただろうか。


 映写機は止まり、部屋に静寂が広がる。スクリーンには、焼け焦げたような白い光が残るだけ。僕はそれを見つめながら、心の中で呟いた。

 ――君が好きだった。

 そして、それを隠し続けた僕の嘘を、どうか許してほしい。


 シャラシャラと回る音はもうない。けれど僕の胸の奥では、まだあのフィルムが回り続けている。君と僕が過ごした、嘘のない時間だけが、永遠に。

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