第7話 麗音先輩の秘密
それからの練習は、まさに地獄だった。
麗音先輩は俺の演奏にことあるごとに難癖をつけ、俺も負けじと反論する。お互い一歩も譲らないから、アンサンブルは一向にまとまらない。先生もため息ばかりだ。
「光太郎くんのヴァイオリンは、音が硬いし何より荒い。もっと柔らかで繊細な表現ができないのかな?」
「麗音先輩のチェロは、主張が強すぎます。もっと後輩である俺のヴァイオリンに寄り添ってくれてもいいんじゃないですか?」
そんな調子で、毎日が口論の繰り返しだった。
俺は理人くんとの演奏で、相手の音に耳を傾け、自分の音を重ねることの大切さを学んだつもりだった。でも、麗音先輩を前にすると、なぜか反発心ばかりが募り、素直になれなかった。きっと、彼の高慢な態度にイライラしていたからだろう。
ある日の放課後、俺は麗音先輩との練習が嫌でうろうろと廊下を歩いていた。ふと音楽室の方から小さなメロディが聞こえてくるのに気づいた。それは、どこかで聞き覚えのある、可愛らしい旋律だった。
耳を澄ますと、それは女児に人気のアニメの主題歌だ。まさか、と思いながら俺がそっと音楽室の扉の隙間から中を覗くと、そこには麗音先輩がいた。
麗音先輩は女児向けアニメのキャラクターの人形を正面に置いて、普段の涼やかな表情とはかけ離れた、とろけるような笑顔でチェロを弾いていた。その無邪気で可愛らしい姿に、俺は衝撃を受ける。しかも、チェロの音色に合わせて、小さな声で歌を口ずさんでいる。
やば!可愛い!!
俺は思わず、心の中で叫んだ。麗音先輩がこんな可愛らしい曲を、こんなにも楽しそうに弾いているなんて!!
普段の彼の高慢な態度からは想像もできない光景だった。
「そこで見てるの誰!?」
突然、麗音先輩が顔を上げて俺の方を睨みつけた。俺はギョッとして飛び退く。どうやら、麗音先輩は俺の視線に気づいたらしい。先輩の顔はみるみるうちに真っ赤に染まっていた。
俺は教室の扉を開けてニヤニヤしながら麗音先輩に近づいた。先輩の弱みを握ったことに、密かな優越感を覚えた。
「今見たこと、誰にも言うなよ!!」
麗音先輩は狼狽し、その瞳は涙目だ。
「へえ? 麗音先輩って、こんな可愛らしいアニメがお好きなんですね?」
いつもの高慢な態度はどこへやら、まるで可愛らしい小動物のよう。
「ば、馬鹿にするな! べ、別に好きなんじゃなくて………い、妹が聞いてたのをたまたま耳にしただけでっ…!!」
必死に言い繕う麗音先輩に、俺はさらに畳みかける。
「あれ、先輩に妹さんいましたっけ?全国1位になった時のインタビュー記事で一人っ子だって見ましたけど?それに、ずいぶん楽しそうに弾いていらっしゃいましたけど?」
「うるさい! 黙れ!誰にも言うなよ!!」
麗音先輩は真っ赤な顔で俺を睨む。だが、その目はどこか可愛らしい。俺はたまらず笑いそうになったが、なんとかこらえた。意外な一面を知ったことで、俺の中で麗音先輩への印象がガラリと変わった。高慢だと思っていた態度は、もしかしたら勝手に周りが抱いているチェリスト麗音先輩のイメージを壊さないためなのかもしれない。
そう考えると、彼の一挙手一投足が、なんだか愛らしく見えてきた。




