3話
スキルの鑑定を行い、初めて自分のスキルを使った後、僕はいつの間にか眠っていたようだ。
恐らく初めてスキルを使い魔力を使用したことが原因ではないかと言われた。
朝起きて驚きだったのは、それまで感じる事のなかった自分の魔力について、はっきりと感じることが出来るという事で、ナンシーに教わりながら魔力の扱い方について学んでいる最中だった。
「けふっ、難しいね」
「最初はそうですよねぇ。私も魔力の扱いは苦労しました」
昨日瞑想をした後手から魔力が垂れ流しになっている状態だったようだ。
スキルを使うことで垂れ流していた魔力がドッペルに変換されたとのことなんだが、現在も魔力が垂れ流しの状態らしい。
それを体内に維持するのが魔力操作の初歩という事らしい。
「まぁアナン様は魔力を見ることも感じることも出来ています。コツさえつかめばすぐ上手くなりますよ」
「うん、ありがとう」
僕の様に魔力があっても見ることも感じることも出来ずに、鑑定を行うまで全く魔力について意識することなく生活していた人もいたらしい。
そんな人が魔力を扱うために苦労するのが魔力を見る事や感じる事らしい。
ただ魔力を扱うことが出来なくともスキルを扱う上で問題ではないとのことで、スキルを使う上で自然と魔力がスキルを使うものと学習し体内にとどまるらしい。
だから大人になっても魔力の制御が出来ていない人もいるらしい。
じゃあ何でこんな風に練習しているかというと、
「お、やってるやってる。どうかな、ようやく慣れてきたかい」
「けふっ、まぁね、けど結構難しいね」
「今まで使ってなかったんだから仕方ないよ。でも是非魔力操作は出来るようになててほしい。そうなれば面白くなってくるよ」
「さっきも言ってたけど、面白いって何さ」
「それは出来た時のお楽しみだよ、まぁ朝からナンシーに教えてもらってるからそう時間はかからないはずだよ」
自分のスキルで出来るようになる事が増えてもっと面白くなると伝えられたんだよね。
一応区別のために彼の事はドナン(ナンシー案採用)と呼ぶことにした。
何が面白いのかは分からないが、ナンシーが何故か乗り気でウキウキと教えてくれるから断ることもせず、魔力操作を朝から練習している。
「分かったよ。それで、そっちは何してたの?」
「アルバートに頼んで部屋の確認をしてた。後は町の事とかも聞いてたかな。料理の手伝いをしながらね」
「あれ、君料理できたの。いいなぁ」
「出来ないよ。教えてもらってたの。僕は基本的に主の記憶しか持っていない状態なの。部屋についてもこの部屋ぐらいしか殆ど知らないんだからさ」
なるほど、ドナンの記憶は僕と一緒って事か。
現在僕が知らない場所は当然ドッペルは知らない。
ただ、朝からアルバートから色々教えてもらってたって事は、ドッペルは独自に記憶が出来るという事になるのか。
「じゃあ初めての料理だね。楽しみだ」
「あくまで手伝いだよ。包丁の使い方も知らなかったんだからさ」
「嬉しいよ」
話しているとアルバートが食事を持ってくる。
今日の昼食はサンドイッチだった。
皆でつまみながら話が出来るようにと机とイスを用意してくれる。
普段アルバートとナンシーが一緒に食べることは少ないが、折角の機会という事で親睦を深めるという意味も込めて一緒に食べることになった。
ドナンもサンドイッチを口に運びながら、話始める。
「さてと、僕たちには相互理解が必要だと思うんだ。僕がどういった存在なのか分からないとナンシーやアルバートもどう接すればいいか分からなそうだしね。後は僕の性能であったり、今後の目標なんかも話し合っておく必要があると思っている」
「そうですねぇ、私は基本的にアナン様と同じように接するようにしようと思ってますよ」
「私も基本ナンシーと同じですが、ドナン様がどういったスタンスなのかは教えてもらいたいです」
「スキル名がドッペルゲンガーでしたが、魔物にも似たようなのがいましたね。あれらは本人に化けて襲うような習性がありましたが、ドナン様は本人を襲うような性質があったりするんですかぁ?」
そういえば確か以前読んだ大陸の魔物全集に載っていた魔物も同じ名前だった。
あれは霧の深い森やダンジョンなんかで他人に化けて惑わしたりする魔物だったはずだ。
本人に化けて襲うなんて話もあったが、このスキルにもそんな習性があるんだろうか。
そう考えると危機感がなかったかもしれない。
アルバートとナンシーがいる前で使うと決めたのは結果として良かったのかもな。
「あー、そういった習性はないかな。僕はあくまで主のスキルだ。主を襲うことはない。影だとでも思ってくれればいいよ」
両手を上げながらこちらに対して敵意はありませんよと話す。
とはいえそういった心配は最初からなかった。
スキルの影響だと思うがドナンがこちらに悪意を抱いているのかどうかは分かる。
「じゃあ性能面について聞いてもいいですか」
「うん、ドッペルゲンガーの性能についてだね。主な特徴は2つあってね、一つは同一存在の生成だね」
「同一存在ですか」
「僕は基本的に主の記憶を有しているし、主に出来ることは基本出来る。そんなもう一人の自分を生み出すスキルとでも理解しててよ」
「ふむ……二つ目は」
「もう一つは同一存在のデータの保存だね。例えば、今日アルバートが教えてくれた包丁の使い方を覚えた僕を保存って感じ」
「データの保存ですか……」
「主がスキルの使用を停止して僕を消したり、誰かに攻撃されて僕が消えたとしても、再度召喚した場合にそれまで経験したことは引き継がれている状態で召喚されるって事」
なるほど、あまり意識しないが外では危険もあるわけだから、危険にさらされて万が一消えてしまった場合の事も考える必要があるわけか。
そうなると経験を引き継げるのは助かるな。
再召喚の時に、一からやり直すような手間が増えることはないわけだ。
「基本的にドッペルゲンガーはこの二つが主な性能だね。主が気を付ける必要があるのは召喚の際の魔力だね。これが足りないと召喚が失敗する。あと同一存在の召喚は一人まで。もう一人召喚しようとしても失敗するね。召喚さえされれば後は主が魔力を使用する必要はないし、他にデメリットはないよ。複雑じゃないでしょ」
にっこりと笑いながら説明する。
確かに聞く限りではそこまで気を付ける必要のあるスキルでもなさそうだ。
魔力を使用し続ける必要が無いのも助かる。
ただ、そうなってくると気になる事が一つある。
朝から行っている魔力操作の練習は必要なのかという事だ。
「魔力操作の練習が必要な理由は?」
「それなんだけどさ。昨日みたいに瞑想してみてよ」
「瞑想を?」
「そうそう。あ、でも今度は深く沈む必要はない。昨日瞑想したときにスキルの使い方を聞いて、自分の名前を見たでしょ。あれをもう一度見ることを意識してみて」
深く沈む必要がないというのは分からないが、昨日あの空間で見た自分の名前を意識すればいいんだろうか。
詳しくは分からないが、とにかくあの空間を意識しながら目を瞑る。
(名前、名前……)
あの時感じた手を引かれるような感覚は感じない。
だが、ゆっくりと現実から精神に向かっているような感覚があった。
目を瞑っているのだから当然周囲は真っ暗な訳だが、周囲の状況が分かる。
歩いているわけでもなく、ただゆったりと流れている自分。
進む方向があっているか分からないが、暗い空間をゆっくりと進んでいく。
地面に足はついていないが、昨日の様に足元に煙が漂っているのは分かる。
流れていた感覚から次第に自分の意志でゆっくりと内側に向かっているような感覚に変わる。
何かが手に触れたような感覚があった。
手元を見ると、真っ白い紙を掴んでいることに気づく。
周囲を見ても誰もいない。
すると先ほどの流れとは逆の方向に引かれていく。
流れが強く、全く逆らう事も出来づ、紙を見ることも出来ないまま、次第に光が強い方向に進んでいき、最後は叩きつけれら多様な衝撃がした。
「いっ!……?」
「お帰り、見えたかい?」
最初に聞こえたのはドナンの言葉。
背中から叩きつけられたような衝撃だった。
驚いて目を開けるとナンシーとアルバートが驚いたようにこちらを見ていた。
精神から現実に激しく戻ったからか、どうもまだ意識がはっきりしていない。
とにかく簡単にでも説明しないと。
「なんか暗い空間を漂っていたらいつの間にか白い紙を握っててね。だけど握っていることを意識したとたん急に押し流されたよ。紙を確認する暇もなかった」
「へぇ、そんな流されるような感じなんだ。まぁそれは置いておいて、早速紙の方を確認してみよう」
「え、もう一回瞑想するの?」
「いや、それ、もう手に持ってるじゃん」
そこでようやく自分が紙を握りしめていることに気づく。
しっかりと離さないように握りしめられた紙はあの白い紙だ。
不思議だが現実でも見ることが出来るようだ。
改めて紙に何が書かれているかを見てみる。
・
・アナン
・ナンシー
昨日見たときは自分の名前しか書かれていなかったはず。
「ナンシーが増えてる……」
「え、私ですか!」
「さっきから魔力操作の練習をしていたからだね。魔力がナンシーを記録したんだと思うよ」
「そのドッペルの私は本物の私と同じことが出来るんですか?」
「うん、そのナンシーは本物の記憶と技能を記録しているからね。同じことが出来るよ」
「つまり、魔力操作が上手くなれば、今後召喚できる人が増えるって事か……」
このドッペルゲンガー、考えていた以上に汎用性のあるスキルなのかもしれない。
てっきり僕だけを召喚するようなスキルなんだと思っていた。
人手が増えるだけでも十分有用ではあったが、他人の技能やスキルまで一緒となると反則過ぎる。
「まって、これって君でも同じことが言える?」
「お、気づいたね。そうだよ」
「じゃあ君がどんどん外に出て人と関われば、それだけ召喚できる人も増えるって事か」
「そういう事。これがどういう事か、分かるだろ?」
条件を満たせば召喚できる人がどんどん増える。
その中に僕を治せるようなスキルを持った人がいれば、わざわざ僕が行かなくても召喚出来れば解決するって事か。
「さて、じゃあ今後の目標を決めよう。主の体をどうやって治すのか、そのために必要なことをナンシーとアルバートにも考えてもらいたい」
話はどんどん進んでいく。
普段はサンドイッチであれおかわりはしないんだが。
あっという間に時間が過ぎ去っており、夜暗くなるまで夢中で話し合っていた。
******
本当に、メイワーズさんには感謝しないといけない。
こんなに明日が楽しみに感じたことはなかった。
これも鑑定をしてもらったからこそだ。
明日、ドナンからメイワーズさんへ挨拶に行ってもらう事になるが、きっと驚くだろう。
その顔を見れないのは残念ではあるが、それでも楽しみだ。
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