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2話

「わたしは、余計なことをしてしまったのやもしれません」

「……」


先ほどアナン様の鑑定をしていたメイワーズさんは、どこか気落ちしたようにしてそのような言葉を発した。

夕食の支度があるので申し訳ないが、果物の皮を剝きながら話を聞いている。

正直あの鑑定の時は冷や冷やしていたが、多少アナン様に疑問を持たれた程度で、そこまで問題になるようなこともなかった。

『ドッペルゲンガー』についてはある程度想像は出来るが、それについても特に問題視はしていない。

使いようによっては問題のあるスキルであっても、使うのはアナン様なのだから。

これがナンシーが使うとなっては色々と終わっているかもしれないが、問題のある使い方もしないでしょう。


「メイワーズさんは何か気がかりでも」

「先ほどの鑑定の際のアナン様の反応が、特にスキルを確認するときの反応がどうも気になりまして」


確かにそれは気になった。

あの顔はとてもスキルを喜ぶような反応ではなかった。

そもそも最初からスキルがないと考えていた様にすら見えた。

まぁ、彼の境遇から自己評価の低さは仕方ないかもしれませんが、今後の課題ですね。


「アナン様から家族への説明については了承を得ていますが、まぁ説明しても特に問題はないでしょう。教会としてはどうなんです?」

「どうなんです、とは?」

「ドッペルゲンガーというスキルについてです。教会への報告はしなくてもいいのですか?」

「あぁ、それについては問題ありませんよ。スキルに関する偏見はありませんし。それにあの場で精霊様にも確認いただいております。精霊様が問題としていないのであれば、我々としても問題ありません」


鑑定のやり方の時も感じたが、本当に問題ないのだろうか。

こうして聞くと都合のいい屁理屈の様に聞こえなくもないが。


「まぁ、女神教と比べて緩いと感じられるのでしょうが、精霊様はそういった気質の方が多いんです。それぞれの教会での仕組みが少し違うんですよね。精霊教はまず精霊に気に入られる必要があります。気に入られなければどれだけ教会での階級が高かろうが、精霊術は使えないんです。結構付き合いが大変なんですよ」

「そういえば以前聞いたことがあるのですが、女神教も精霊教もお互いを排除しようとは考えていないとか。確かお互いに世界にとって必要な要素であることから競争することはあっても、排除する動きはないのだと」

「随分と古い話ですね。えぇ、そのとおりです。それぞれ世界の一部として成り立っているので、どちらかを排除することは世界のバランスを崩すことになると、そう伝えられています。よくご存じでしたね。基本教会内での教えでしかなく、今でもその考え方が根付いているとはいえ、余り有名な話でもないと思っていたのですが」

「えぇ、まぁ知り合いに教えていただきまして」


それはもうとっても長生きな方に教えてもらいました。

数多の宗教が戦争によって消えって言った中で、2つの派閥は寧ろ異彩を放っていたので印象的だった。

さて、話がそれてしまったが、アナン様の件だ。

特に教会でも問題にしないのであれば、何が気になっているのであろうか。


「何か気がかりでも?」

「正直なところ、私は彼のスキルは回復系統、もしくは健康を得るスキルが現れると思っておりました。もう10年以上の付き合いにもなりますし、彼と話す中で外への憧れを感じていましたしね」

「ふむ」

「しかし今回明らかになったスキルは『ドッペルゲンガー』です。スキルはその人の心に根付いた物になりやすい。私はドッペルゲンガーが確認されたことよりも、健康に関するスキルが出てこなかったことの方が気にかかるんです」

「もう10年以上になりますからね」

「出来る事なら健康に関するスキルが出て欲しかった。神父失格ですがね」

「いえ、メイワーズさんはアナン様の医者であり、話友達でありますので問題ないかと」

「……ありがとうございます」


アナン様の葛藤も分からなくもない。

希望を持ち続けることに疲れたのかもしれない。

決して諦めたわけではないだろうが、無気力にもなっているのだろう。

だからこその『ドッペルゲンガー』。

便利なもう一人の自分、そして貴重な話し相手。

どんな広がりになっていくのか。


「取り合えず、一度アナン様がスキルを使っているのを見てみる必要がありますね」

「そうですね。アルバート様、何かありましたらご連絡ください。すぐに駆けつけられるようにしておきます」

「ご配慮くださりありがとうございます。取り合えず数日はアナン様の様子を見守っておきます」


そうしてメイワーズさんは帰っていかれた。

しかし時代も変わるものだ。

昔は黒髪は差別対象で、教会では魔族だと言って忌み嫌っていたというのに。

魔族との和平が成立している今でも、そういった偏見をもった者もいるのだろうが、教会の人間がそういった偏見を持たないというのは好ましい事だ。


「ふむ」


さて、雑炊も果物も用意できた。

アナン様に食事にするか確認してこようか。


「あれぇ、メイワーズさんはもう帰ったんですかぁ」

「あぁ、ナンシー。雑炊ができました。アナン様に食事にするか聞いて来てもらえますか」

「はぁい、分かりました」



***



あの後、メイワーズさんは帰っていた。

自分はどこかぼんやりとしてはいたが、何とか受け答えで来ていたと思う。

あの瞑想の後、集中しすぎたのか頭の疲労が凄く、その上スキルも明らかになり、どこか現実味がなかったため、ぼんやりしていたのだと思う。


「アナン様、夕飯の時間ですよぉ、食べれそうです?」

「けふっ、うん、食べるよ」

「そぉですか、ではアルバートさんに伝えておきますね」

「うん、けふっ、けふっ、お願い。後、ナンシーとアルバートに今日のスキルの事で色々相談したいから、後で来てもらっても大丈夫かな」

「大丈夫ですよ、伝えておきますぅ。あと咳が出てきましたねぇ、お薬の方も用意しておきますねぇ」


のんびりとお辞儀をして退出していくナンシー。

今思えば先ほどの鑑定の時、ナンシーとアルバートに対して違和感を感じた時があった。

特に魔力についての話をしている時、明らかに話を逸らす素振りがあった。

僕はナンシーとアルバートを信頼している。

あの時感じた違和感について、どういう事情があるのかは分からないが、僕を案じての物だったのだろうことは分かる。

だから追及するつもりはない。

問題は最後の『スキル:ドッペルゲンガー』についてだ。

これについては流石に、ほったらかしにするわけにはいかない。

使ってみたいという気持ちは当然ある。

ただ、瞑想の時に行ったいわゆる自己分析で見つめなおしたのはどうしようもない自分だ。

干上がった希望、冷めた視線、小さい自分を再認識して見えるようになったという『ドッペルゲンガー』というスキル。

何かあった時に二人には居て欲しいと思った。


「さぁアナン様、どうぞ、雑炊と桃ですよぉ」


ナンシーののほほんとした雰囲気にはいつも助けられている。

沈んだ思考はいつだって彼女の明るさに惹かれていつも間にか元の位置に戻っている。


「うん、あったかい」

「まだ寒いですからねぇ。そういえば旦那様からお手紙来てますよー」


まぁうん、そりゃ気になっているだろう。

家族には話しても問題ないとメイワーズさんとナンシーとアルバートには伝えてある。

肉体と魔力とスキルついては完全初耳だったし、特に隠すようなことでもないからだ。

こうして心配して手紙をくれる人たちに、隠す必要は全くなかった。

手紙は3つあった。


『メイワーズ氏に話は聞いた。スキルについてはナンシーとアルバートに師事して身に着けていけばいい。肉体情報と魔力の件についても把握した。あまり無理はするな 父』


『アナン、話は聞いたわよ。スキルだなんてすごいじゃない。使えるようになったら私にも見せて頂戴ね。ナンシーとアルバートはとても頼りになるわ。何かあったら頼りなさいね。色々考える事があるかもしれないけど、私たちはいつだって味方なんだから。あと、アルバートにデザートを今度作ってほしいと頼んでおいて 母』


『アナン、元気かい。今日久しぶりに帰ったら手紙を出すって聞いたからね。書いてみました。聞いたよ、スキルが分かったんだってね。良かったじゃないか。どんどん使って慣れていくといいよ。君は考えすぎるところがあるから、とにかく使って慣れるのも一つの手だよ。あとライナー兄さんとメイリンにも伝えておくよ カイロス』


父と母は分かるがカイロス兄さんから手紙が来るなんて珍しいな。

僕たちはライナー兄さん、カイロス兄さん、僕、メイリンの順番で4人兄弟だ。

ライナー兄さんとメイリンは王都の学院に通っていて、基本長期休暇がないと帰ってこれない。

カイロス兄さんは騎士を目指して勉強中とのことだったが、冒険者登録をして特訓に駆り出されているんだとか。

割とフットワークが軽く、カイロス兄さんを通じて他の兄弟ともやり取りをしている。


「アナン様ー、アルバートさんを連れてきましたよ」

「スキルの相談をしたいのだとか」

「うん、使ってみようと思うんだけど、スキルの事について殆ど知らなくてね。教えてもらおうと思って。二人ともスキルは持っているんだっけ?」

「はい」

「持ってますよぉ。何でも聞いてくださいねぇ」

「うん、まずは使い方から知りたいんだけど」

「そうですね。まず基本的なところから始めていきましょう」


スキルを行う上での基本。

まずスキルの事をしっかりと理解しましょう、らしい。

当たり前だが初めてのスキルは、使い方もどういった仕様のスキルなのかも分からない。

だからそれを理解しなくてはいけないみたいだが、そこで使われる方法が、メイワーズさんとの鑑定の時に行った瞑想らしい。

目を瞑り、心を落ち着け、スキルと向き合うことで色々と分かるようになるとのこと。

言われただけだとさっぱり理解できないが、個人差があるとのことで、取り合えずアルバートの教えてもらった方法を試してみることにする。


「まず最初は基本的な情報を探っていきましょう。特に使う上でキーとなる動きであったり条件、あとスキルを使う上で必要なものは何か。使用するうえで注意しなければならないことはないか。取り合えず最低限の事を知っていきましょう」

「うん、分かった」


早速目を閉じ、ゆっくりと息を吸う。

『!?』

驚いたことに、変化はすぐに現れた。

まるで手を引かれるように、暗い空間に引っ張られていく。

自分の立ち位置すら不安定なままで、ただ深く落ちていることは何となく分かった。

たどり着いた場所で、自分のほかにもう一人イスに座ってこちらを見ている人物がいた。

向かいにもう一つイスがあり、自然と僕も椅子に座る。

対面した人物を観察していくが、顔も手も足もこの暗い空間に漂う煙の様に靄がかかっていて、判断が出来ない。

煙はこの人物の周りを充満しているようだが、不思議と自分の方には全く寄り付くことが無い。

相手側の床は煙で覆われているが、こちら側の床は真っ白い床が見えている。

この人物がスキルという事だろうか。

とにかく僕は聞いてみるしかない。


『あなたは?』

『  』


何か答えてくれたようだが、その音を理解することが出来ない。


『えっと、僕のスキルってことになるのかな?』

『 』


少し考えるそぶりを見せたが、頷いてくれたようなので、この人が自分のスキルそのものという事だろう。


『すまない、言葉が理解できないみたいだ。取り合えず質問していくから、それに頷くなどして答えてくれるかい』

『    』


困ったことにこちらが言葉を理解することが出来ない状況みたいだ。

人型で話せもするようだから、会話をして理解していこうと思っていたのだが。


『スキルの使い方と、スキルを使う上で注意することを聞こうと思ってたんだけど』

『  』


流石に身振り手振りでは限界がある。

どうしたものかと考えていると、こちらに手を差し出してくる。

こちらが握り返すと、驚いたことに頭の中に情報がスッと入ってくる。


『ドッペル』:該当人物とほぼ同一存在の召喚が可能。同一存在は同時に1体までの召喚が可能

条件:影に触れていること

召喚する際に魔力を必要とする


本当に必要最低限を教えてくれているようだ。

自分と同一の存在を召喚出来て、その召喚には魔力が必要と。

自分の魔力量は鑑定の際にD判定だったはず。

召喚が可能なのか?


『僕の魔力ってD判定だったはずだけど、ドッペルを召喚することは可能?』

『  』


質問をすると、急に繋いでいた手から何かが流れ込んできているような気がした。

白かった床がじわじわと薄黒い煙で覆われていく。

こくんと頷いてくれた。


『今のは?』

『 』


グッと親指を立てている。


『えっと、今のでドッペルを使用出来るってことかな?』

『    』


またもこくんと頷いてくれた。

どうやら今ので召喚は可能らしい。

よかった、最初で躓いたらどうしようかと思った。

するとまた頭に情報が浮かぶ。


・アナン


自分自身の召喚が可能で、1体のみではあるが召喚が出来るって認識でよさそうだ。

どのようなことが出来るのかを聞こうとしたタイミングで、


「ーーン様、アナン様」


ぼんやりと、誰かに呼ばれているような気がする。

これは、ナンシーの声か。

肩を揺さぶられているのだろう。

そう実感するとともに、自分の意識が急激に引き上げられていく。

慌てて見下ろすと、ドッペルゲンガーはこちらに向かって手を振っていた。


「アナン様っ、大丈夫ですかっ!」


アルバートの声、こんなに焦ってる声、初めて聴いた。

目を開くと心配そうにこちらを覗き込む二人が見えた。


「ナンシー、アルバート」

「大丈夫ですか、どこか痛みなどはありませんか?」

「痛み?」


ぼんやりとした頭が徐々にクリアになっていく。

同時にあたりの状況にも気づいていく。

あの時見た黒い煙、あれが体から出てイスの下を覆っていた。


「痛みはないよ。この黒い煙は?」

「目を瞑って少ししたらこんな感じにアナン様から出てきました」

「アナン様の魔力ですよね、これ。スキルについては何か掴めました?」

「これが魔力なんだ。スキルについては何となく理解できたよ。僕を一人分召喚できるみたい」


気づけば自分の手から煙はゆっくり出ているようだ。

全く魔力を使っている感覚がないが、みんなこんな感じなんだろうか?

取り合えずスキルを一度使ってみよう。


「取り合えず一度使ってみるよ」


二人は頷いて、僕の後ろの位置に移動した。

背後から見守ってくれるようだ。

瞑想の中で理解したスキルの使い方を試す。

手を自分の影に触れる。


『ドッペル、アナン』


スペルと対象名を口にすることで、後は自動的に流れていくような感覚がした。

自分の魔力が影に集まり、それが形作っていく。

手順に沿って自分の魔力が流れる感覚。

それが自分と瓜二つの形になるのに大した時間はかからなかった。

片膝をついて状態から立ち上がり、ゆっくりこちらに歩いてくる。

そしてこちらに笑顔で手を差し出してくる。


「やぁ、はじめまして。僕はアナン。よろしくお願いするね」

「おぉ、そっくりですね」

「完全に一緒ですね、見分けがつかないです」


仕草、笑顔、話し方まで全て僕と一緒で、自分が自分に挨拶をするような状況はとても奇妙で不思議な感覚だった。

余りにも同じだったからナンシーとアルバートも驚いているようだ。

何はともあれ、こうしてフレンドリーに挨拶をしてくれたのだから、僕も返さないといけない。


「よろしく、アナン。自分と握手なんて不思議な感覚だよ。よろしくね」

「うん、よろしく。ナンシーとアルバートも、これからお世話になります」

「ええ、こちらこそよろしくお願いします」

「はいぃ、よろしくです。これは新たな後輩が出来たと考えていいのでしょうか。あ、何か聞きたいことがあれば何でも聞いてくださいねぇ」

「うん、よろしく」


もうナンシーとアルバートと打ち解けている。

自分の同一存在なんだから当たり前なんだろうけど。

こうして第一回目のスキル発動はうまくいったようだ。

自分の記憶や知識も持っているのだろうし、自分と同じように話が出来る。

後、何となくこのドッペルと繋がりを感じて、大切なことが分かる。


このドッペルは、僕と違って体が弱いわけではない。


予想と違うのはその一点。

僕よりもよっぽどましな自分。

外に自由に出る事が出来て、様々な体験の中で成長していく、もう一人の自分。


「良かった」


その事実は決して悪いものではない。

病弱な自分がもう一人増えた程度なら何の意味もないと考えていた。

でもこのドッペルゲンガーは決して僕と同一というわけではないようだ。

であれば出来ることも増えてくる。


「けふっ」


咳き込むたびに軋む体。

そんなことどうでもいいとばかりに、これから出来る事に、心からわくわくしている。

こちらの心境を知っているのか、目の前の彼は笑顔で、どこか満足しているようだった。


※ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

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3話は6/20の18:00に投稿いたします。

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