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1話


人というのはどんな人間であれ、退屈に耐えられない生き物だという事を再認識されられている。

本を読もうが、人から面白い話を聞こうが、ゲームをしようが。

心は変化を求めている。


「けふっ、けふっ、っあ゙~」


テーブル上の本を閉じる。

朦朧とする頭、咳をするたびに軋む体。

生まれた時から続いていて、もはや慣れの領域にすら入っている。

回復については諦めの境地ではあるが、気分を紛らわせるような何かが欲しい。

本を読む楽しみはあっても、ベットの上での生活にはいい加減飽きている。


「……けふっ、今回も外れか」


ある程度予想はしていたが、案の定今回の本にも大した情報は書かれていなかった。

未だ体を蝕み、原因すら分からず、これまで色々な薬を試しても治らなかった。

冒険者や行商人に頼んで本を集めてもらってはいたが、大きな商会ではないので、集めるのにも限界がある。


「アナン様、食事の時間ですよ~」

「ナンシー、けふっ、けふっ、……ありがとう」

「あぁもう、無理に話さなくていいですよう。本読んでたんですねぇ」

「うん、けふっ、……今回も新しい情報は得られなかったかな」

「そうですかぁ、まぁ気長にやっていきましょう」


のんびりと部屋に入ってくるのは、この離れで唯一のメイドであるナンシー。

のほほんとした話し方でよく注意を受けるのでこちらの離れに来たのだとケラケラ話していた。

こちらとしてはありがたいことだ。


「はい、フルーツジュースです」

「うん、ありがと」


体を起こし、受け取ったグラスを口に運ぶ。

今日は桃の日の様だ。

甘い香りを楽しみ、ゆっくり飲み込んでいく。

この冷えた果汁がゆっくりと体を巡る感覚が何よりの癒しなんだ。

朦朧としていた頭がやっとすっきりしてきた。


「食事は軽めの物を用意してますが、起きれます?」

「うん、けふっ、……起きて食べようかな、けふっ」

「お、起きれるってことは大分気分いいみたいですね」

「咳は止まらないけどね」


普段はベットの上のテーブルで食事をするが、さっきのフルーツジュースで大分気分が良くなった。

ベットから出てテーブルに向かう。

ほとんど寝たきりのせいか体力がなく、歩くと体の節々が痛むが、気にせず席に着く。


「今日は健診の日だっけ」

「そうですねぇ、メイワーズさんももう来くるころですね」


メイワーズさんは教会の神父さんだ。

イートパイ辺境地にある教会で神父をしている。

今日は月1回ある健診の日で、わざわざ来ていただき診察してもらう事になっている。


「美味しい」

「さっきアルバートさんが買ってきてた桃ですね。なんか沢山買えたそうですよ。まだまだ冷蔵庫にあるんで、食べたくなったら言ってくださいねぇ」

「うん、アルバートにも後でお礼言わないとね」

「きっと喜びますよぉ」


アルバートは離れ唯一の執事で、主に食事や買い出しを担当してくれている。

辺境伯家である我が家は、自分を除いては基本屋敷の方にいる。

離れには基本アルバートとナンシーが常駐してくれていて、他の人が来ることは殆どない。

決して嫌われているわけではない。

何の病気なのかも分かっていない現状で感染のリスクを考えると、離れに隔離という対応をしないといけない状況だった。

本来ならアルバートもナンシーも常駐するのはリスクがあるので、心配していたのだが、父から「あの二人に関しては心配の必要はない」と言われているので、多分大丈夫なんだろう。

ナンシーと話しながら食事をしていると、アルバートが部屋に入ってくる。


「アナン様、メイワーズさんが診察に来られましたが、お連れしても大丈夫ですか?」

「うん、お通しして。アルバート、桃美味しかったよ」

「それは良かった、ではお連れ致します」


アルバートは元々執事長をしているほどの人物だったが、なぜか僕の執事担当として立候補してくれたらしい。

今は確か30歳だったはずで、まだまだバリバリ現役なので屋敷に戻らなくてもいいのかと聞いたことがあったが、「気にしなくていいですよ。それに私以上の適任がいませんので」と笑顔で言っていたので気にしないことにした。


「こんにちは、アナン様。今日は気分がいいようですね」

「こんにちは、メイワーズさん。アルバートが作ってくれたジュースのおかげだよ」

「それは良かった。早速健診を始めますが、よろしいですか?」

「はい、お願いします」


持ってきていたカバンから聴診器などを取り出し準備をしている。

イートパイには協会が1つだけなので、住民は基本的にその教会を利用しているようだ。

物腰の柔らかいこの人は、人の悩み相談なども受け付けており、大層慕われていると聞いたことがある。

僕も毎週健康状態を確認してもらっている。


「ふむ、今日は熱の方は微熱、咳は変わらず出る、体の痛みは?」

「歩くたびに節々が」

「ふむ、頭痛に関しては以前からフルーツジュースで楽になっていたようですが、変わりないですか?」

「そうですね、大分助かってます」


とはいえ、もう何年と繰り返した会話だ。

有効な対応策が分からないのだから、こうやって現状把握をしてデータ集めて、楽な方法を探していくしかない。

健診が終わるといつも世間話に花を咲かせる。

教会からの巡回のルートをここが最後になっているらしく、時間が許す限り町のことなどを話して行ってくれる。

僕はそれをいつも楽しみにしていた。


「さて、健診も終わりです。いつも通り薬をアルバートさんに渡しておきますので、食後に飲んでくださいね」

「はい、ありがとうございます」

「そういえば先週王都の方に用事で行っていたのですが、アナン様から依頼されていた本などは見つかりませんでした」

「そうですか……」


たしか教会に用事があるとのことで、一旦王都に返るとのことだった。

いつも王都などに行く際は珍しい本などがあれば探してほしいと伝えていたのだ。

自分の病について何かヒントでもあればと思い、本や薬などを探してほしいと依頼していたのだが、もう何年も依頼していたこともあり、目新しい本が余りない状況になっている。

しかも本も薬も結構お高いんだよな。

気軽に購入できるものでもないので、しっかり確認して探してもらう事にはなっているのだが、中々参考になるような本もないような状態だ。


「さてアナン様、今日は折角なので鑑定をしてみませんか?」

「鑑定ですか?」

「はい。成人の儀はご存じでしょう?あの時に個人のスキルなどの確認を行うのですが、その時に使う道具と使用許可を今回いただきましてので、晴れてイートパイでも成人の儀が行えます」

「それは有難いですね」


イートパイはヴェステル辺境伯家が収める、王都の北方に位置する辺境地だ。

行き来するには基本馬車で、おまけに数日かかるほどの距離がある。

機材や資格の問題でイートパイでは成人の儀を行う事が出来なかった。

いや、成人の儀自体は行うことが可能ではあったが、鑑定に関しては南に位置する王都にわざわざいく必要があった。

おまけに往復に必要な馬車代も馬鹿にならないし、道中には魔物に襲われる危険性もあり、さらには鑑定にもお金が必要なことから、イートパイで鑑定を行う人は結構少ないと聞いたことがある。

僕も15歳の時に成人の儀は簡易的に行ってもらったが、鑑定は行ってもらっていなかった。

ただでさえしんどいのに馬車で何日もは無理と判断した。


「とはいえあまり詳しい情報までは見れないと伺ったことがありますけど」

「そうですね。基本的な身体の情報、後は犯罪歴なんかですね」

「僕の情報を調べても大した物は出てこないと思いますけど」


身体の情報に関しては、病気の名称が出てくれば治療への糸口になるかもしれないが、そういった情報は出てこないと聞いたことがある。

それに、犯罪歴についてずっと寝たきりな状態なので犯しようもない。


「そんなことはありませんよ、アナン様。アナン様がスキルを所有していれば、それの確認ができます」

「ナンシーさんの言う通りです。ひょっとしたらアナン様にもスキルがあるかもしれませんし、それ次第で治療の糸口になるやもしれません。なにより、スキルを使うのは楽しいですよ」


きっと、僕が退屈しているのも分かっているのだろうな。

だからこそ、こうして鑑定の機材なんかも用意してくれていたんだろう。

僕に断る理由はないので、鑑定を行うことを了承した。


「まぁ機材と言ってもそこまで準備のいる物もないのですが。えっと、ナンシーさん。このコップを洗ってきてもらえます」

「かしこまりました」

「さて、その間にアナン様はこちらの紙にサインを」


そう言ってこちらに渡す紙にはいくつか鑑定するにあたっての注意事項が書かれていた。

もっとも、こちらに対する注意事項ではなく、どちらかというとメイワーズさんがこの鑑定で知ってしまった情報に対する管理についての宣誓のようなものだった。

メイワーズさんのサインは既に書かれてある。


「恥ずかしい話、教会で鑑定を行う上で色々と問題が起こっておりまして。特に個人情報の扱いについて、脅迫賄賂癒着等々出るわ出るわで対応が大変でして。そこで今ではこういった宣誓書を書く必要が出てきちゃいまいましてね」

「思い切りましたね。協会としては不祥事を隠したいものだと思ってました」

「本来なら隠したかったんでしょうけどね。ただ想定以上に闇が深かったようでして。対策として用意されたんですよ。これなら条約を破ったらすぐばれますしね」

「でもそもそもこの紙を使わなければいいんじゃ?」

「この紙を使わなかったら鑑定できなくなりました」


そこまで腐っていたのか教会。

色々と闇の深い話を聞いたような気がする、うん忘れよう。

ナンシーがコップを洗って持ってくる。

アルバートさんもついてきたようだ。

メイワーズさんはカバンから金色の菜箸のような棒を4本取り出し四角に並べる。

そして真ん中にコップを置き、水筒に入れていた水を入れている。


「それは聖水ですか?」

「流石アルバート様、その通り聖水です」

「なぜ水筒に」

「持ち運びに便利なんですよね」


扱いが雑ではなかろうか。

相変わらずメイワーズさんはマイペースの様だ。


「私が知っているのと大分違いますけど、それで分かるんですかぁ?」

「ナンシーさんが知ってらっしゃるのは女神教の鑑定方法だと思います。あちらは女神に祈りを捧げることで神聖術の使用が可能ですが、私が行っているのは精霊教の方法です。あちらは様式にこだわりがありますが、こちらはフォーマットさえ守ればある程度は自由なので」

「へぇ~」


確か王都では女神教と精霊教の二大派閥なのだとか。

覇権争いがあり、強引な信徒の勧誘なども多いと聞いたことがあったな。

だからこそ、強引な勧誘をしないメイワーズさんはそれだけで住民からは好かれているようだ。


「さて、ナンシーさんとアルバートさんはご存じとは思いますが、説明させていただきます。これから私が精霊に祈りを捧げます。そしてアナン様の情報をこの紙に移すことになりますが、こちらで見た事については守秘義務として、私が他者に開示することは致しません。ナンシーさんとアルバートさんも同様です。よろしいですね」


二人とも頷いてくれる。


「よろしい。これで私たちはこの件について情報を話すことは出来なくなりました。とはいえお二方は領主様に伝える必要があると思いますので、その時はアナン様に許可を頂いてください」

『分かりました』


話せなくなるというのは物理的に話せなくなるという事だろうか。

あまり二人に制約みたいなのを課すのは嫌なんだが。


「それでは始めましょうか」


そう言ってコップに祈りを捧げ始める。

するとコップの聖水が少しずつ揺れ始める。


「おぉー、足で蹴ったりしてませんよね」

「屈んで覗き込まない」


聖水の表面がどんどん光りだしている。

少しずつ湯気が出てくる。


「あら、鑑定ってお湯沸かす機能があったんですねぇ」

「今度教えていただきましょう」


聖水から出る湯気がテーブルを覆い、下へ零れ落ち、あたりに充満していく。

祈りとコップの光と湯気が相まってどこか神々しい。


「なんか占いみたいですね」

「まぁ、似たようなものかもしれませんね」

「この煙、夏なんかはホラーに向いてそうですねぇ」

「元は聖水なんですから霊も出ないでしょう。納涼には向いてそうです」


……うん、だめだ。全く集中できない。

ナンシーもアルバートも天然なんだろうか。

二人でわちゃわちゃ話してる間も祈り続けるメイワーズさんは凄いな。

そうこうしているうちに、儀式もいよいよ大詰めになってきている。

なんか聖水が凄く光り輝いてるし、コップからの湯気が凄いし。


「……ふぅ、こんな感じですね。では、『精霊さん、これから鑑定を行います。私メイワーズは噓偽り無く、正しく情報を扱うことを誓います』。さて、宣誓も終わりましたし、見ていきましょう。コッブを覗いてみましょうか」

「コップですか?」


言われた通りにコップを覗き込むと、コップの底を移すことなく、その先には光り輝く草原が写っていた。

心地よい風に揺れる美しい花々。

ある程度本を読んできた自分でさえ見た事のない花も存在していた。


「あ、テントウムシですねぇ」

「あちらに咲いてる花は以前王都で違法栽培されていた花ですね」

「……」


何だろう、ゴリゴリ情緒が削られていく。

雄大で美しい景色を見ていながらどうして王都の闇を知らなきゃいけないんだ。

それでもてきぱき進めていくメイワーズさん、スルースキルすごいです。

メイワーズさんが『写してください』と言うと、それまで写っていた雄大な草原がスッと消え、表面が真っ白に変わり、そこに文字が浮かんでいく。

そこには『肉体:C→D』と映っていた。

メイワーズさんは「……ふむ、なるほど」と呟くと、こちらを見て説明を始めてくれた。


「まず最初は肉体情報ですね。肉体強度であったり、運動能力であったり、潜在能力等、色々な要素を総合的に見て評価されている情報になります。ただ、アナン様の場合、CからDになっていますね。これは元々の肉体能力はCであるのに、ある要因によってDになっていると考えられます」

「僕の場合は病でCからDへ下がっているって事ですか」

「そこなんですが、本来病でランクが下がることは珍しいのですよ。例えば、10歳の子供が風邪をひき、熱が出て運動能力が落ちるという事はあるでしょう。ただ、動きづらさを感じても、実際に10歳から5歳程度まで運動能力が下がることはあり得ないことなんです。以前王都で流行り病がでた際、熱が出て動くのがしんどいという患者さんはいましたが、ランクが下がったりはしていませんでした」

「だとすると、僕の場合はどういうことになるんです?」

「病でない可能性も考える必要があるという事になります」


とんでもない話を聞いた気がする。

病でない可能性って、もう呪いとかの方になるのでは。


「さて、続きを見ていきましょうか」


重い空気の中、メイワーズさんが続きを促すと、今度はコップの文字が『精神:B』と出てくる。

精神ってなんだ。


「精神はアナン様の心に関する強度ですかね。まぁこれも肉体と同様で総合評価になるので分かりにくいんですが、例えばストレスに対する耐性であったり、知識等も含まれてきますね。後は物事に対して意欲的に取り組めるかといった好奇心であったりモチベーション等の要素もこれに該当してきます」

「これって全部を総合的にみて評価されているんですよね。例えば知識欲が極端に高くてもストレスに対して極端に弱かったりしても、平均値として評価されるんですか?」

「そうですねぇ、例えば知識欲がAで、ストレス耐性がCだった時に総合でBと評価されるという事になるのではないかという話ですね。確かに理論的に考えればそうなります。ですがそうは基本的になりません。この場合順番が重要になってくるのですが、知識欲がAの状態であったとしても、ストレス耐性がCの状態で生活が続いた場合、ストレスが他にも影響してきてほぼ確実に他の評価もCになっていきます。逆もあって、ストレス耐性がCの状態で、何もやる気が出ない鬱のような状態の時に、何かに強い関心を持つきっかけがあり知識欲がAになった場合、他の要素も徐々にAになっていきます。人というのはある程度バランスを保つようになっているんです。なので、アナン様は現在総合的にBの状態なのだと思っておいてください」


思っていたよりもこの評価に関しては複雑らしい。

というよりも大雑把な評価と考えた方がいいのか。

後BがいいのかDが悪いのか、良く分からないな。

するとメイワーズさんは次を促し、コップには『魔力:B→D』と表示された。


「おやおや、これは」


メイワーズさんはナンシーとアルバートに顔を向けるが、二人とも特に反応しない。

どうしたのだろう、まるで何かを確認したかのような反応だったが。


「さて、魔力に関してですが、基本的にこの評価は魔力を扱う上での素養のようなものになります。例えば私のような神父が扱う神聖術、魔術師が行う魔術、確か王都には魔法剣を扱う剣士もいるようですが、その方も魔力を扱っています。因みに私は元々Cで現在はAになっています」

「ほう」

「それはそれは」


アルバートもナンシーも驚いているようで、興味深そうにメイワーズさんを見ている。

となると魔力を扱う素養があると。

で、肉体の時と同じようにこれも何らかの要因で下がっていると。

というかBからDって下がり方が極端になってないか。

というか僕は魔力を扱う素養的なものが元々Bもあったのか。

今の話を聞くとBってなかなかの高さだと思うんだが。

魔力なんて扱ったことないぞ僕。


「魔力を扱う素養が本来BであるものがDになっている。これは明らかに」

「メイワーズさん、これはアナン様はゆくゆくは魔術師になるのも夢ではないってことですかぁ?」

「っ、え、えぇ。これは素晴らしい事です。アナン様は魔力を扱う素質に恵まれています。早く回復して練習していけば、その素質はきっと素晴らしく花開くはずです」


そう言って次を促している。

気のせい、じゃないよなぁ。

明らかに魔力の話から逸らされている。

ナンシーは何か知っているのかもしれない。

となるとアルバートもだろうが、聞いていい話かも分からない。

一応後で話を聞いてみるか。

次に表示されるのは『犯罪歴:なし』の表示でこれは予想で来ていたので次に移る。

コップに移るのは『スキル:』の表示。

予想通りではあったが僕にスキルはないようだ。

良かった、宝の持ち腐れになる事はないようだ。


「ふむ」


メイワーズさんも顎に手をやり首をかしげている。

わざわざ鑑定の儀の資格まで取りに行ってもらって、何かしら僕の力になれたらと思ってくれていたのだろう。

その気持ちだけで有難いことだ。


「メイワーズさん、面白い経験でした。ありがとう」

「しっ、待ってください」


メイワーズさんがコップを睨みつけている。

コップは変わらず文字が映し出されており、少し表面が揺れている。

ふと見まわすとナンシーとアルバートも険しい顔つきになっている。


「『精霊さん、私は最初に噓偽り無く情報を扱うと宣誓しました。であるならば、彼の不利益なるような行動は致しません。ですので、黒く塗りつぶしたその文字をみせてくれませんか。これは恐らく、彼の今後にも左右することなのです。何卒宜しくお願い致します』」


メイワーズさんは何かコップに喋りかけている。

恐らく精霊に対して懇願しているようだ。

そんな深刻そうな顔をするってことは何かまずい事があるのだろうか?

スキル欄が空欄になってるのも、スキルを持っていないんだから当たり前だと思うんだが。

そのままコップを眺めていると、聖水の表面に動きがあった。

少し揺れていた表面がグルグルと渦を巻き、その後ポコポコと突沸する。

今までにない反応だった。

そして、またゆっくりと静かに動きかなくなっていく。


「っ、アナン様、申し訳ございません。手順がひと手間必要だったようです」

「えっと、そもそもこの結果は何かおかしいのですか?スキル欄が空欄なのは別に何も問題ないと思うのですが」

「そうですね。本来であればそうなんですが。今回は少し事情が違うようでして、アナン様に協力していただく必要がある様です」

「協力ですか、出来る事であれば」

「なに、簡単ですよ。一度目を瞑っていただいて、その後私が話しますので、それを意識してみてください」


目を瞑ってメイワーズさんの言うとおりにすればいいのなら簡単だ。

ゆっくり目を閉じる。

不思議と、暗い空間の中で、聖水の湯気だけが、その場に残っている。


「さて、まずはリラックスしてください。前提ですが、アナン様には既にスキルがあります」

「っ」


すこし、息が乱れたと思う。

少しの緊張とほんの僅かな期待。


「ただ、それが何かを見る事が出来ない状態になっています」


本当、自分のことながら奇妙な話だ。

肉体や魔力の評価では本来有り得ないマイナスの状態になっていたり、自分が本当はスキルを持っていて、でもそれを確認することが出来ない状態だったり。

自分の事なのに知らない事ばかりだ。


「なので、それをあなた自身が何なのか気づかないといけない。恐らくそれはあなたの根幹にかかわる事です。欲であったり、願いであったり、怒りであったり、悲しみであったり。そういったあなたの深い部分に根差してあるものである可能性が高いのです。なので、これからいくつか簡単な質問をしますので、考えてみてください」


目を瞑っているのに相変わらず聖水の煙が黙々とあたりを包む。

ふと、背後に何者かの気配がした。

何者かが安心させるかのように、ゆっくり肩に触れてきた。

それて体を包むように周囲の煙が一気に収束する。


「『アナン様、一番好きな時間は何ですか』」


一番好きな時間、それは分かりやすい。

自分の関わりのある人たちとの交流、この時間が一番楽しいと感じる。

本を読んでる時間も、食事を楽しむ時間も好きではあるが、ナンシーやアルバートとの世間話や、メイワーズさんからの住民の話、いつか自分もと何度憧れただろうか。


「『アナン様にとっての苦しみは』」


どれだけ憧れようが、心のどこかは冷めたままだ。

無理に決まっているだろうと、ひねくれた自分がいるのもまた事実で。

そんなひねくれた感情を持つことが、今まで世話してくれている人たちに申し訳なくて。

無駄なことに憧れる時間が楽しくもあり、それでも癒されない渇きとなっている。


「『アナン様にとっての望みとは』」


せめて、今まで世話になってきた人たちに、何か返せれば。

もはや願いはそんな大雑把で中途半端なものでしかなく。

昔憧れた物語の主人公、自由に生きたい場所に行って、いろんな人を助ける、そんな冒険譚。

今更そんなものに憧れなどするものかよ。

もう大切なものを、大切に出来るように。

狭い世界しか知らない自分は、もう身の回りの幸せだけを大切に。


「アナン様、もう大丈夫です。目を開けてください」


こんな事で良かったのだろうか。

向き合ってみても大したことのない自分を再認識するだけ。

こんな事、今まで何度もしてきたことだ。

それでも変化はあったのだろう。

聖水の色が変わっていた。


真っ黒の表面に白い文字でただ一言、


『スキル:ドッペルゲンガー』


聞いたこともない自分だけのスキル。


「おめでとうございます、アナン様。あなたはようやく見つけられた。我々は祝福いたします」


そんな優し気なメイワーズさんの言葉も、どこか遠い出来事の様で、只々その白い文字から目を離せなかった。

※ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

 もし楽しんでいただけたのでしたら、下にある☆でのポイント評価や『いいね』を押していただければ、励みになります!


2話は6/13の18:00に投稿いたします。

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