ローマを世界の中枢に
晩餐会は続く。バルブスはカエサルに相談ができるだろうか。
ガリア戦記の最新刊が最高だとの話を受けて皆の気持ちは盛り上がる。宴はどんどん美味しい品々が並んで華やかになっていった。
「頭が真っ白だ。」
「刺激に満ちた日々だろう?」
茶目っ気たっぷりに大柄な男がバルブスの横に座り、葡萄酒の杯を仲間に渡して肩を優しく撫でる。
その手を受け入れて、難題を抱えて相談に来ていたヒスパニア人はずっとカエサルの側にいる大男に聞いた。
「私は間違えていないよな?」
質問されて大男は笑って答えた。
「もちろんそうさ。バルブス。君こそ全うな人間だよ。」
「本当にそうか分からなくなるんだよな。」
そうため息をついた。
晩餐の前にカエサルにガリア戦記の最新刊の感想を述べた時に、バルブスは何とか自分の思うローマのカエサル家の課題を相談した。
じっとバルプスの話を聞いていたカエサルは全てを聞くと
「バルブス、良く考えてくれた。ローマの邸宅と人員については君に任せよう。」
つい、はい、と答えてしまい打合せはすぐに終わってしまった。
人員や費用や改築など細かな相談事が全部自分に投げられた。食い下がろうかと思ったとき、カエサルから特段の相談が飛んできた。
「こちらも相談だ。私はローマのフォロ、ロマーノ全体を改修したいのさ。」
そういって主導権がカエサルにわたる。
そして愛すべき主君は、饒舌に話を続ける。
「ローマが王政だったとき、2代目の王タルクニウスがフォロ・ロマーノを政治の中心と決めてから500年。関わる人々も大きく増えたがこの辺りは多少の手入れ程度で終わってきた。だがローマの規模は100倍を優に超える規模になっている。過去に考えられていた器をこえてローマは成長しつづけている。私は政治、経済、文化の中心地として今のローマ、そしてこれからのローマに相応しい装いにしたい。そのために土地の買い取り、設計、建築に関わることをやって欲しいんだ。」
それでも頭の回転の早いバルブスは素早く質問する。
「何か、カエサルも建築物を建てるのでしょうか?」
ポンペイオスが妻ユリアへの永遠の愛を表現しローマに劇場を作り寄贈しようとしていることは有名だった。カエサルも同じくローマに寄贈する建築物を考えているのでは、と思った。
「そうだね。最初の一歩は建築物の建設だよ。だがそれは手始めに過ぎない。私はローマの街を造り変えたいんだ。」
談笑しながら聞いていた皆が、痩身の総督に言葉を聞くために静かになっていった。
「来た。」と
カエサルの身内たちは皆思った。
この主君は優れている。
もしかせずとも、我々の生きる時代の誰よりも。
それは疑いようがない。
執政官というローマ一の権力を持ち行政官として優秀さを見せつけた。
キングメーカーとして新しい執政官を指名できるほどに権力を持った。
そして当代の英雄ポンペイオスと肩を並べるほどの武勲も手に入れつつある。
唯一の弱点だった金においても問題を解消しつつあった。
誰もがカエサルの優秀さを否定しなくなった。
だが、カエサルはそれだけではなかった。
はるか先の何かを見ている。
そして時々とんでもないことをぶちあげるのだ。
ローマの街を造り変えたい?
皆、疑問を持ちながらカエサルの次の言葉を待つ。
「さて、みんながいつも以上に私の次の言葉を気にしてくれているので、少し考えていることを説明しよう。」
それは途方もない構想だった。
それを皆聞いて顔を見合わせ合う。
そして思い出したかのように息を再びしだした。
「バルブス、最初の段階としてフォロ、ロマーノ北側の土地を買い上げてくれ。ルクレイア、情報部からも人を出して新生ローマを作るための設計を開始ししてくれ。」
バルブスがはいと言うのと同じタイミングで若い成りたての情報部の長官は長い髪を後ろに回して言った。
「主君、カエサル様、すでに設計士としてボローニャのタニス、エフェソスのブルグンドなど新進気鋭の若き才能のある設計士に調査を開始させております。」
バルブスの顔が赤くなった。
この新人で若い女はカエサルの求めるものをしっかり理解して動いている。それに引き換え私は単に愚痴を言いに来たように見えてしまう。
帰ったら早晩私も動かねば。
「バルブス、自分の足りないところを補うため、人を頼るのもやり方だ。ローマの裏情報はルクレイアに相談して情報部から得ればよい。」
「わかりました。」
若い女に頭を下げることにバルブスは抵抗感を覚えた。しかもカエサルの下で働くようになって自分はすでに何年も経過している。
だが、カエサルの言ったとおりでもある。
若いから、女性だからとその能力を見くびるのは、ヒスパニア人だからとローマから来た過去の総督や貴族と同じである。
私は彼らとは別だ。
そう思うと気が楽になった。
「ぜひ、相談させていただきます。ルクレイア殿、よろしくお願いします。」
カエサルからの信頼も厚い誇り高いヒスパニア人が、なり立ての情報部の長官を軽んじることもなく受け入れて、周りの皆もうなずいた。
ここからカエサルのローマ改造計画が少しずつ動き始めた。
バルブスの悩みはふきとび、カエサルの新しい構想は動き始めた。




