ライン川にかかる幻の橋
ゲルマニアへの侵攻のためカエサルはライン川に橋を架けることを計画する。
「やっべえ。やっべえや。やっべえ。」
そう言って騒いでいる奴隷を、右足で蹴って黙らせた。
「うるせえ。」
太い足で蹴られた奴隷はそこで倒れて丸くなっていた。
「どうなっと、朝っぱらからよ。」
疑問を他の奴隷たちに投げかける。
奴隷たちは青ざめた表情で何も言わず、小屋の外の川のあるほうを指さす。
ローマ軍がライン川を渡るために、橋を作りだした、と言う報告を受けて数日が経過していた。
初めはライン川沿いで何かの作業を始めた、というくらいだった。
だが、2日が経過してどうも橋をかけようとしているようだ、となる。
そのころ、スエビ族の先遣隊をまとめるボンナは並外れて大きな身体を起こして、脇に剣を持って急いで部屋を出た。
ローマ人たちが作っている橋らしきものを見て笑って言った。
「あんな橋があるものか。それにどんな技術を持ってもこのあたりで橋を架けることなど不可能よ。」
「ですがやつらの技術は我らの遥か上を行ってます。」
視察のベテランが言った。隊長はその身体を強く突いていう。
着き飛ばされたベテランは血を流して倒れ昏倒した。それをなんとか周りの視察メンバーが支える。隊長は倒れたベテランのことを見向きもせず、全体を見て言った。
「馬鹿め。敵を恐れすぎよ。どうせどこかで音を上げるにちがいねえ。」
視察を行う者たち以外の者たちは皆、大きな体格の隊長の意見に賛同を示した。
それから半月ほども経過しただろうか。隊長のもとに橋の追加の報告がきたところだった。最初期に視察を行っていたベテランは身体を壊し療養。他の者たちも消えていったために、新しい視察チームを作って半月、隊長の下には大きな報告はあがっていなかった。
それが今日になってライン川に橋がかかっている、という。
「嘘に違いない。」そう言いつつ焦りを感じた隊長は部下たち、奴隷たちを連れて川に向かった。
隊長が走って川の全体が見えるところにいくと、そこにはローマ軍が作ったと思う橋がライン川にかかっていた。
ライン川はこのあたりでは非常に川幅も広く、優に400mはあった。集落の家が10個以上置いても十分におつりが来るほどの広さである。
ローマ軍がライン川に橋をかけようとしている、とベテランから報告を受けた時、隊長はそのベテランを殴って昏倒させた。
それから日が経ってみるとローマ軍は実際に橋を完成させてしまっていた。
偵察していた者たちが悪い。
そう思いつつも、上への報告は隊長の役目だ。上に報告して自分の意見が通るのだろうか?
自分がしてきたように、上から馬鹿にされて終わる可能性が高い。
だが、実際に橋を見た以上、報告をしなくては、スエビ族全体の危機につながってします。
そう考えなおした隊長は震える手を抑えながら指示をだす。
「俺は上に報告するわ。お前らはローマ軍がどう動くか見張ってろ。敵が橋をわたって侵攻してくるようだと、俺を追ってこい。」
言葉を切り、すぐに馬に乗って報告に向かって行った。
残された部下や奴隷たちは、お互いに顔を見あう。そして、敵を監視するためローマ軍の作った橋をより見やすい位置に移動しはじめた。
部下たちは隊長の言うとおり隠れてローマ軍の動きをみようとしたたが奴隷たちは橋に向かって直線的に向かって行った。
ライン川に橋をかけるという偉業を実現したカエサルは橋を眺めながら、工兵部隊の隊長と笑顔で話をしていた。
「さすが我らの工兵だな。この橋を見てゲルマン人もガリア人も慌てふためいているに違いない。」
「はい、そうでしょう。実現できると思いましたが、いざできると感慨深いものがありますな。」
「そうだな、工兵部隊の役割はここまでだ。ライン川に橋をかけるという偉業を褒め称えよう。この後は私が直接軍団を指揮してスエビ族、場合によってはウビィ族とも話し合いをすることになるだろう。近隣を制圧したら、この橋を通ってガリアに戻ってくる。」
「我らはここで橋の整備と近隣の整備をして休みを取らせていただきます。」
「ああ、皆に完成祝いででカエサルから祝いの食事と酒を振舞おう。部隊は休ませておいてくれ。そして戻ってきたら橋を落としてもらう。」
「ええ?」工兵隊長は目が飛び出そうなほど驚く。
「橋を落とすんだ。」
「ここまで時間をかけたのにですかい?」
「ローマ軍は橋を自由にかけて自由に捨てることができる、とアピールするんだ。」
「ここまで作ったのに・・・。」
「また新しい橋をかければいいさ。冬季の雪が振ったら脆弱さなところもあると懸念していたのは君だろう?重要なのはガリア人もゲルマン人もかけれなかったライン川にローマ人が橋をかけたこと。そしてローマ人はいつでもどこでもそれができることをガリア人とゲルマン人に知らしめてやれば彼らはローマ人を小さいやつらと馬鹿にしなくなるだろう。」
「そうですが…わかりました。そのこころづもりでいます。」
「頼むよ。」
そんな会話が裏でなされているところで、カエサルの下にはさらなる報告が入った。
スエビ族によって捕まっていた奴隷たちが橋を渡って大量にローマに投降してきたことを聞かされた。
「全員まとめてスエビ族との争いが一区切り迎えるまで監視しろ。食事はしっかりと与えて、何を彼らがするかを見張っておけ。」と指示を出した。
一定の投降者が来ることは考えていたが、思った以上に橋をかけるデモンストレーションはスエビ族にかかわる者たちに衝撃を与えたようだ。
橋を渡って逃げてきた奴隷たちを保護すると、完成した橋を使ってすぐにカエサルはゲルマニアに兵を動かした。
するとそれにあわせたように近隣の小部族から恭順の連絡が入った。
カエサルはライン川の渡河がうまく行ったことを確認して、敵対するスエビ族そしてゲルマニア最大の人口を誇る中立的なウビィ族にも使いを出した。
ウビィ族からはカエサルと仲良くしたいとの連絡を長老の一人が持ってきた。
すぐにカエサルはウビィ族と互いに不可侵であることなどを決定する話をした。ウビィ族側もカエサルと敵対することはメリットがないとしてローマとの交流を進めることになった。
こうしてカエサルが抑えておきたいのはスエビ族だけになった 。
だが、調査隊を派遣するが、想定していた場所にスエビ族はおらず、さらなる調査に時間を費やす。
夏が終わるころにはスエビ族は完全に森林の奥地に撤退してカエサルと事を構えなかったことが判明する。
カエサル自身はスエビ族の族長と会うなりして彼らの求めるものなどを知っておきたかったのだが実現できなかった。
ゲルマニアで実施しておきたいことをやりきったカエサルは夏が完全に終わる前にゲルマニアからひきあげる。その際、作成した橋も壊した。
このカエサルの行動を聞いてゲルマニア側は恐怖を感じることになる。
「ローマ軍はライン川をいつでもどこでも渡る橋を作ることができるらしい。」
ライン川を橋をかけることができない激流の大河だと信じていたゲルマン人たちはライン川を越えられる技術力を持ったローマに恐怖した。今まで信じていなかったローマ人の技術力の話。ガリア人が要塞を作っても城壁をつくっても、それを巨大な塔を動かして打ち壊し乗り越えてきたというローマの技術力をここにきて信じるようになったのだ。
カエサルのローマ軍の技術力を誇示する方法は大成功となる。
スエビ族は実際は今の住み慣れた土地を捨ててライン川から遠く離れたゲルマニアの山深く移動していった。
ゲルマニアを恐怖に陥れたカエサルの侵攻はいったん終わった。
ゲルマニア最強を自他ともに認めていたスエビ族を移動させ、話のわかるウビィ族と交渉をすることを実現したカエサルはガリアの周りをかためつつあった。




