2部族虐殺事件
ゲルマンの2部族ウシペテ族とテングエリ族から攻撃を受けたカエサルはどのように立ち向かっていくのだろうか。
ライン川の手前でとどまっていたウシベテ族とテングエリ族は流れの緩やかな支流沿いに仮の家をたてて、長い移動の合間の一時的な居住地で昼食の準備をしていた。
戦士たちである男たちも、ローマとの交渉中であることを知り、話がうまくまとまることを祈りながら道中で集めた野草やウサギ等の動物の肉を入れてスープを味わっていた。
「長老様たちがうまく手配してくれるそうだ。」
「スエビ族のおっかないやつらに追われなくて済むのね。」
そう笑顔で話す家族がいた。
子供たちが遊びながら手伝いをするのをみて、やっと安住の地が見つかった、と思い、作り終わったスープを家族が持って食事をしようとしたその時、
ガリア側から急にざわめき、叫び声が聞こえる。
男たちが警戒をしようとしたところで、兜と鎧をみにつけ、短めの剣を持った小柄だが体格の良い男たちの集団が強襲をかけてきた。
完全武装の兵士たちが剣を持って襲い掛かってくる。
「敵襲だ。逃げろ。」
声があがるが、どこへ逃げればいいかもわからない。
ライン川の対岸にあるローマ軍とは話し合いが行われていたはずだ。
スエビ族が襲いかかってきたのか?
だが、彼らは半裸の部族でもあった。必要最低限の布を身体にまとい鍛え抜かれた裸体を曝しながら槍や剣、盾を持って絶叫をあげながら戦う。
襲い掛かってきた者たちは、そのスエビ族とは違う。
組織だって、武器、防具をまとい、秩序だっていた。
あれこそがローマ軍なのでは?
だが、多くの者はそこまで思考を巡らせることもできず、悲鳴をあげることもほとんどできなかった。
ウシベテ族とテングエリ族の人々は、戦士たちも家族を守る女たちも、家族の手伝いをしていた子供たちもほとんどが混乱をしたその場で切り殺された。
2つの部族で、森のふちにあった人々の移動のための拠点はまだ刺されたり、斬られたりして後わずかの命を繋いで、ぜぇぜぇという声、家族が殺されて自分だけが難を逃れた者のすすり泣くような声、そして食事の準備で残された焼かれた火がちらほらとだけ残って、生きて動くものは見当たらなくなった。
2つの部族で10万近くはいたと言われる部族は運よく逃げ去ることができた者たちを除いて、後は運が良いかわからないがすぐに降伏して奴隷として捕まった者たちを除き誰も生き延びることができなかった。
少し前にさかのぼる。
「手違いだっただと?」
カエサルの下にウシベテ族とテングエリ族の長老たちが頭を下げて謝罪に訪れた。
最長老がいうには、自分たちの伝達ミスでローマの騎馬隊を襲いかかったことについては間違いで謝罪したいとのことだった。
カエサルに憐みを求める顔で厚顔無恥にも話をしてきたその皺皺の顔を見てカエサルは眼を閉じた。
それから、周りにいた兵士たちに言って、長老たちを閉じ込めておくように指示する。
「カエサル様、我らの願いをなにとぞ。」
そういってカエサルにすがろうとする長老の一人をダインが押さえつけて近寄らせない。
「お前たちは我々と交渉をしていながら、我らの兵に襲い掛かったのだ。その申し開きが間違いだった、では済まされない。」それだけいうと、カエサルは他の兵士たちに指示を出して、長老たち全員を取り押さえる。長老たちはローマ軍の指揮所の一角に連れていかれた。
「カエサル、すでにわが軍の一部はウシペテ族の側まで来ております。もはや止めることは不可能です。」
指揮官の一人がカエサルと長老たちの話を聞いていて、自軍の状況を伝えた。
カエサルはまっすぐに前を見て答えた。
「予定どおり、ウシペテ族、テングエリ族を討つ。先ほどの長老たちの話は我々を惑わそうとした捨て身の諫言と考えよ。」
偉大な司令官にそう言われて指揮官は安心して頷いた。
「かしこまりました。必ずや、ウシペテ族、テングエリ族たちに先制して我らの騎兵隊を襲ったことを後悔させてやりましょう。」
カエサルは何も言わず、頷いて攻め込むように指示を出した。
不幸はどこで起きてしまったのだろうか。
ウシペテ族、テングエリ族の一部がローマの騎馬隊を襲ったことが問題の最初だった。それさえなければもしかしたら2部族は全滅させられるようなことはなかったかもしれない。
そして、2部族が長老たちをカエサルの下に向かわず、すぐに戦いを選択していれば勝てないまでもローマ軍を少しは苦しめることはできただろう。
だが、結果はローマ軍がウシペテ族とテングエリ族の隙をつく機会を与えただけだった。2つの部族はローマ軍に強襲されて壊滅させられた。ローマ軍は再びゲルマン部族に快勝したという事実のみが残ることになった。
一方で、この顛末はローマにも成されていた。カエサルが元老院に細かな状況報告をしていたこともあるが、今回の件に関していえばあまりにも元老院は状況を正確に把握していた。門閥派のカトーなどはカエサルを人でなしであり、ローマの尊厳を貶める者として大きく非難した。さらに司令官の資格なしとしてカエサルの属州総督の役割を取り消す案まで提出する。だが執政官、クラッススとポンペイオスの働きによりその案は握りつぶされた。圧倒的な権力を新時代派が持っていたため、これ以降、門閥派は新時代派を切り崩すことを目指すようになった。
ローマの派閥争いがあるなかで、それから数年に渡っても結果として生き残った長老たち含めてウシペテ族、テングエリ族の生存者の中でカエサルに対して法の下で訴えを起こすものは全く発生しなかった。
カエサルは、悔恨するような風もなく、ただ自分の記述する戦記にも事実を記載した。
後悔したり謝罪するようなことはカエサルの流儀ではなかった。文の間には残念なことであったということとカエサル自身、これは戦いではなく殺戮であったことを認める記述をした。
交渉中であったウシペテ族、テングエリ族を結果として殺戮をするに至ったカエサルは、自分の百人隊長以上の将校を集めて状況を説明した。
「同士諸君、今回のウシペテ族、テングエリ族の掃討作戦をやりとげてくれてありがとう。」
最初にそう言った。それから周りを見て、皆がカエサルの言葉を待っているのを確認してから口を開く。
「ウシペテ族、テングエリ族とは当初、交渉を行っていた。内容は2部族がライン川を渡ってガリアに居住地を構えたいというものだった。私はその願いを拒否し、ゲルマニアの最大勢力であるウビィ族に話をつけてゲルマニア内に住める場所を確保してあげよう、と言う話をしていた。だが、そこで我らの情報を集める騎馬部隊が2部族に襲われるという事件が起こった。」
多くのものはここまでの経緯をしっていた。カエサルの言葉で改めて確認をする。
そこから総司令官は、力強く言った。
「何者であれ、交渉の途中または交渉が終わった後に決めごとをないがしろにすることは許さない。これこそユリウス・カエサルのやり方であり、ローマ軍のやり方である。」
その言葉で多くの者たちは、その通りだ、とカエサルの指示を表明する。
「われわれは、卑劣な者たちを許さない。」
そうだ、とまた多くの者が同調する。皆の空気が一団と高くなってきた。
「そして、われわれは軍をそろえて卑劣な真似をしたウシペテ族、テングエリ族を襲撃した。」
そこまでこそが経過であり、結果だった。ローマの将兵にとって間違えた行動はどこにもなかった。
「だが、その後に分かったことだが、ウシペテ族、テングエリ族もまとまった意思をもっていたわけではなかった。動き出したあとに、彼らの長老たちが謝罪に訪れてきた。だが私は彼らの言葉を受け入れなかった。なぜなら、私の指揮を信頼してくれている仲間たちを危険にさらしたくなかったからだ。」
そういうと将校たちは拍手と総司令官への感謝の言葉をなげかける。
そのあと続けたカエサルの言葉はかき消されてしまった。
「だから長老たちを私は捕まえているし、ウシペテ族、テングエリ族を掃討した。」
その言葉を納得を持って迎え入れた将校たちにカエサルはさらなる提案を行う。
「彼らの中には女子供たちもいた。彼らがこのような大移動をしなければならなかったのはゲルマニアにあるスエビ族という非常に戦闘に長けて人数も多い者たちが近隣の部族を支配下に抑えようとしていたからである。この悲劇の原因は彼らスエビ族にある。さらにこの部族を放置しておくといずれ彼らはライン川を渡ってガリアにも攻め込んでくるであろう。だから私たちはローマの力を見せつけてガリアに侵攻する気が起きないようにしてやる必要がある。」
皆が納得した。スエビ族と戦うのか、と言う気持ちになる。
だがカエサルの意見は違った。
「まず、我らの実力の一つを近隣にみせつけてやろう。」
皆が思った。だがどうやって見せつけるのか?
「そのためにライン川に橋をかける。」
ローマの工兵部隊でさえ驚いた。なぜならこのあたりのライン川は非常に川の流れも早く、川は深く幅も広い。今までライン川に橋をかけようとして成し遂げられたことはなかったと地元のガリア人からも聞いていたのだ。
「やり方は私自身も参加しようと思う。今までにない取組だが、ローマの力を後世まで語り継がせるほどに見せるのに良い方法になるだろう。」
痩身の指令官は笑顔でそう言った。
ウシペテ族とテングエリ族を壊滅させたカエサルは、さらなる目的のためにライン川のほとりに立った。




