大洋の海戦
ついにローマの海軍がヴェネティ族と全面対決をする。
ローマ発の大洋(太平洋)艦隊はヴェネティ族に勝つことができるだろうか。
海はどこまでも底がない濃い藍色をしていた。
沖合いに船で出ると藍色に色を添えているのは荒立つ白い波で、海に放り出されると、捕らわれて2度と助からないだろうと恐怖を見るものに感じさせていた。
目を凝らせばどこかに島が見える、と言われたポンペイオスによる海賊の一掃からローマの内海と呼ばれた地中海とは違う。
ブルータスは軍船を率いながら、自分でも今の光景を信じられない夢見心地の状態だった。
自分はそもそも船に乗ることが得意ではなかった。
地中海でさえも怖かったのだ。
それなのに夢に見た初の軍団司令官の仕事が艦隊を率いることになろうとは。
だが、カエサルは2人きりになったとき自分に言った。
「君ならできる。」
その目は父親と同じように厳しい、しかし瞳の奥に優しさを感じる目だった。
だから私は閣下の期待に答えなければ行けないんだ。
そう思うと力が入る。
「カエサル閣下の期待に答えて、我らの力を見せるぞ。」
太い首を見ると鍛えぬかれた身体が鎧の上からもわかる。ブルータスは痩身の総督と違い背は高くなく四角めの顔にがっしりとした体型のローマ男だった。
「司令官、大洋は我々の知っている海と勝手が違いすぎて、なかなか漕げません。」
「流れは私が見る。だが、最後は気合いだ。」
そう言って兵士と漕ぎ手の間に入り潮の流れを見ながら、直接指示を出した。
結局、ブルータスの気合いの指示は空回りして、本人もそれを認める。
認めるしかなかった。
素直で実直な心持ちの若き司令官は、潮目を見ることは近隣の漁師たちに手伝ってもらうことになる。ブルータスの実直さが近隣の漁師たちに認められていた。
漁師たちはヴェネティ族が好き放題にしていることを快く思ってもいない集団だった。彼らからしても波が大きく荒い外洋には不釣り合いな櫂で船を動かすガレー船ではヴェネティ族の優れた船乗りたちを負かすことは難しいと思いつつ、ローマ軍が十分な礼をしたこともあり、出来る限りの手伝いとこの辺りの海の特徴を教えてくれた。
こうして体裁を整えたローマ海軍はその勢いでヴェネティ族の本拠地近辺に止まるヴェネティ族の船に襲いかかる。
ヴェネティ族もローマ軍が海から来ることはわかっていたため、大量の軍船を準備していた。
両軍は大洋にて激突した。
激しいぶつかり合いでそもそも海戦を得意としないローマ軍は初めての外界に最初のうちは苦戦する。しかし波が少し弱くなったところで地中海と同じような櫂による船の操作ができることにより、劣勢だった流れが変わった。そして船乗りならば付けないような見た目の悪い船の走行にも邪魔になる長い釣竿に鎌を付けたような兵器で敵の帆船を攻撃することで、敵の機動性を奪うことにも成功した。
ブルータスは大声で各船に指示を出して船をなんとか統率した。そのかいもあってこの海戦は予想外のローマ軍の大勝に終わった。
カエサルは受けた情報を、まとめてみる。
船乗りであれば、船の性能と造形美を意識するが、あまり船への愛情や造詣を持たないローマ軍は目の前の海戦だけを意識して釣竿のような敵の帆を攻撃する武器を掲載していた。
敵は帆船だったが、海戦中、風邪がピタリと止んだ。
船乗りであり、戦闘のプロでもあるローマ軍の兵士が乗組員だったこと
を列挙した。
自分で報告を受けながらまとめてみて、カエサルはプブリヌスに笑いかけた。
「風が止むのはこちらに流れが来ている証拠だね。運も良かった。ローマの神々に感謝を捧げておこう。そして森と海の精霊たちにもね。」
「わかりました。ガリアの民が称えるドルイドたちに、勝利と森と水の精霊への感謝を伝えましょう。ローマはご自身の報告書で十分かもしれませんが、ヴェヌス神殿に捧げ物を送っておきましょう。」
「ああ、頼むよ。しかしブルータスもすごいな。初の海戦で大軍を率いて勝利した。今後は海軍は任せたいね。ブリタンニアに行く際もね。」いたずらっぽくいう。
「指示を受けたときのブルータス殿は泣きそうでしたがね。帰ってきたら労ってあげてください。」
「もちろんさ。」
「ふう、ブルータス殿は船は苦手と言ってたんですけどね。」
「知ってるさ。だが、食わず嫌いなだけかも知れないだろ?」
遠慮のない主人のドヤ顔がそこにはあった。そうだ。
結果を出してしまったからには仕方ない。しかも満点の結果だ。本人の好き嫌いに関わらずあの体格も性格も良い好青年は海軍のプロという扱いを受けるのだろう、と思うと可哀想な気持ちと可笑しい気持ちが込み上げてきた。
長い間、気持ちを抑えることを課してきたプブリヌスだったが我慢しきれずに笑ってしまった。
いつもの年であれば、子供たちが仕事の隙間を見て海に飛び込んで疲れた身体を洗い流していた、海のほとりは濁った水が流れ込んでいた。
水は血や壊された建物の汚れなどで、混じって人の身体だったであろうものも海に少しずつ流れていった。
近隣の人々は恐怖で河口にも海にも近寄らなくなっていた。
海から打ち付ける波はヴェネティ族の集めた船の残骸と水死して膨れ上がったヴェネティ族とその近隣のがリア人のもので、海岸沿いに何百も何千も浮き上がっていた。
秋が近い豊かな海で冬の蓄えをしたかった漁師たちも、自分の舟が壊されることを恐れて今年の漁を諦める。
海はかなり広い範囲で長い期間に渡って船と人だったものの残骸で汚れていた。
海から陸に上がり、ローマ軍の駐屯地を超えて都市に足を踏み入れると、そこには、ヴェネティ族の政治的な権力者で構成された評議会に名を連ねる者たちは全員殺され、晒されていた。可哀想に思えるが町には誰も残っていなかった。
打ち捨てられた町にはローマ軍の監視員が巡回する以外は、鳥や動物しかいなくなった。ヴェネティ族の全ての民は全員奴隷として売られた。泣き叫びうめき声を発しながら手や足を縛られてローマ軍の軍船に乗せられて奴隷商人のもとに売られていった。
老人も女も子供も関係なく。
この措置に今回第一の武勲をあげたブルータスが恐る恐る疑問を挺する。
「閣下、部族の殲滅する必要はないのではないでしょうか?」
「いいや、ブルータス。君は間違えている。」
珍しく強い口調でカエサルが言う。
「戦いを挑むことは許されることだ。だが、一度降伏したものが、再び反旗を翻すことは許さない。そんな者たちを私は人として扱わない。ガリアもゲルマニアも、ヒスバニアやトラキアもパルティアでも全てローマと文化的な違いはある。だが、その違いを超えて合意した内容を裏切ることは許されない。少なくともことカエサルとの間に結ばれたルールについては。裏切った者たちが、また降伏して次に裏切らない保証はないだろう。裏切り者は次も裏切る可能性を持っているのさ。裏切り者には相応の報いをくれてやろう。」
体格の良い好青年はその言葉に何も言い返せず、頷くしかなかった。
それからカエサルはローマ軍に降伏して、その後で隙を見て反旗を翻す。これがどのような罪に当たるかを知らしめるため、近隣の諸部族にヴェネティ族の卑劣さを喧伝させた。そして結果として殺された評議会の議員の数、奴隷にされた人々の数もあわせて伝えた。
兵士たちの中には2年前の出来事を思い出すものたちも多かった。
一部族を全員奴隷とすることもローマであればできると伝えたのだ。
どの部族からも何も文句は全くなかった。
そしてカエサルとローマ軍に対して反発する割合は大きく減った。
見せしめの効果は大きかった。
若きブルータスが勝利を収めた。
カエサルはそれからヴェネティ族を攻めた。
それからカエサルはきれいごとだけではない。
厳しい施政も見せた。




