カエサルの計画
ガリアの安定化とブリタンニアの視察について、カエサルはさまざまな方法を検討していた。
「今年は冬ではないからアルプス越えも楽だし、旅の間の食事も春の食材があってありがたい。」
そう言いながらアルプスを越えて冷えた手と身体をスープで暖めながらダインが言う。
「確かに、身体も冷えきらないからね。」
まだ春を感じさせないアルプスの山々。山頂から中腹にかけて雪があり、足元も人々の往来で溶けて歩きやすくはなっているが、土と雪が混ざり泥と化して水鳥の羽と皮でこさえたブーツは汚れきっていた。
「先日ガルバがアルプスにいる部族を押しやったからガリアとローマをつなぐ交易路の整理もやっていきたいね。交易が盛んになれば互いに豊かになれるだろうしね。」
「分かります。」頷きながらジジが相づちをうった。
「しかし、莫大な金と時間がかかりますよ。」とはプブリヌス。借金王カエサルの財布を握る男は、せっかく減りつつあった主の財布が再び悪化するのを懸念していた。」
「心配しなくとも、景気が良くなれば、どこかで利益は上がるさ。」と自信を持って笑う。
プブリヌスはそれを見てひきつった笑いをした。
自分がカエサル家の財布を預かってから一度たりとも収支がプラスになったことはないのに、何故この主人はここまで楽観視していられるのだろうか。
他の面では尊敬すべき主人だが、財布についてだけは放っておけなかった。
そんなプブリヌスの悩みを知らずかもう一人の大柄な側仕えの男は、同じく苦しそうな顔で言いにくそうに質問をする。
「カエサル、本当にブリタンニアに行くんですか?」
「もちろん。噂の妖精のいる島との噂もある。ガリア人も渡っていると言うし楽しみだな。」
「ガリアやゲルマニアの森にも妖精がいると噂はありましたがいませんでした。ブリタンニアにもいるとは限りません。」
主君の好奇心に逆らえない大男なりに大洋を渡ることに抵抗を示した。
「船が無事に大洋を渡れるとは限りません。まだ水も冷たい。ブリタンニアに渡る海は大洋であり、果てしない海です。我々の知る内なる海とは違います。」
侍従であるダインの気持ちは分かっていた。
カエサルは若いころから常に一緒にいるこの大きな男が、船があまり得意ではないことを知っていた。若い頃は笑って頑張っていたが、今は無理をさせ過ぎても良くないか。確かにダインのいうとおり、ブリタンニアに渡る海は地中海とは違う。このままでは旅を一緒にするのは難しくなるだろう。そう思ったカエサルはダインに言った。
「もちろん、私は平気だが、気になるようならダイン、君はこちら側に残るといい。」
そう言われるとダインも言い返す。
「いえいえ、ちょっとした心配をしただけですよ。カエサルを守り身の回りの世話をする全体のまとめ役として私は必要でしょう。」
慌てるダインを見てカエサルも素直に笑った。この辺りは昔と変わっていないな、と。
ずっと共にしている2人から不満、疑問の声を拾いながらカエサルは無視しながらも彼らの気持ちは大切にすべきと思った。
私は暴君ではないからな、と頭の中に言い聞かせる。
金の面については、来年からはクラッススがシリアに行ってしまうし、それなりの対策は必要だと思った。
ブリタンニアについても、ローマの近海と同じようには行かないだろう。十分な準備は必要だと思った。
だが、優先すべき課題は、今のガリアを、落ち着かせることも大きな課題である。
ガリアを落ち着かせるということは、ゲルマニアからの侵入やブリタンニアからの援助を妨げることでもあった。それぞれの問題を重ねてみて、同時に解消できないか、広い視点で見てみることにした。問題を解消するために脳は冷静にやるべきことを整理し出して行った。
まずは反乱を起こしたガリア人を徹底的に抑えてこれ以上の同調者を出させない。そこには手を打ってある。2人の司令官の活躍を待つ状態である。
次に、カエサルの財布状況とガリア人を繋ぎとめる方法だが、ガリアでの通商許可を検討し始めている。ガリア人がローマに反発するのは心理的なもの、経済的なものの2つがある。その経済的なものでメリットをより出すようにすればガリア人の反発もおさまるだろう。そのために売れるものはマルセイユ商人が独占している交易の権利であると見ていた。マルセイユ商人と調整をするのか、考えどころでもあった。そして時間的に余裕があるのがブリタンニア訪問だった。今年行きたいが思った以上に大きな島であり、ガリア人もまだ落ち着いていないため、時期尚早かもしれない。船と船乗りの準備などだけはしておこうと考えた。
完璧だ。
思い描く形は完璧だった。
疑問を投げ掛けてくれた側支えたちに感謝を示す。
後は一つひとつを実現していくことが大事だ。
こうして仲間との話で課題の幾つかを整理しつつ、痩身の総司令官はアルプス越えをしていった。
その間も情報部に指示してブリタンニアの情報をさらに集めてみると、シチリア島よりも遥かに大きく多様な部族が住み着いている。場合によっては数年かけての拠点作りになる可能性もある、と新たに考えた。
だが、実際には簡単にブリタンニアに行くことはできなかった。
方策を決定したカエサルは、ガリア人の一部族、ヴェネティ族による叛意が詳細まで明らかになっていたため、その対策を検討することになった。




