ガルバの判断
圧倒的な兵力で攻めるガリア側。カエサルはこの後どうしていくのか?
ガリア軍は、疲弊した兵士たちを引かせて新しい兵士たちを戦場に送り込んでくる。
「ちっ、キリがねえ。」
そう最前線で戦う、去年からの勝利で自信を深めていたローマ兵は、文句を言った。
「また新手だ、気合いを入れろ。」
百人隊長の激励が聞こえる。
「もう限界だぜ!」
そう言いながら盾を掲げて敵の攻撃を防いだ。
もう剣を振るう力もねえ。
盾で防ぐだけが精一杯だ。
兵士はそれでも必死に盾を掲げてガリア軍に攻めいる隙を与えなかった。
自分が倒れたら前線は崩壊する。それだけは防がなければ。
「まだ戦える。やってやろうじゃねえか。」
兵士たちは仲間達のために盾を掲げて耐える。そして少しだけ剣で反撃をした。
ガリア軍をうまく打ち破ってはいるが、そろそろ腕をあげることさえも辛くなってきている。
「カエサル、我が軍の士気はもう限界に近づきつつあります。要塞に撤退しましょう。」
そういってきたのは軍団長の一人だった。
「焦るな。」
カエサルは言った。
「しかし、本当にこのままの調子では我が軍は瓦解してしまいます。」
「ガリア側は今夜か明日にも撤退をはじめるだろう。」
「バカな。やつらの大軍はローマ軍をじわじわと攻めあげて崩壊直前まで来ているんですよ?」
「私を信じろ。もうすでにやつらの背中は抑えている。」
「しかし!」
「明日の夜まで。」強く言った言葉を最後に優しく言う。
「待とう。敵は耐えきれずに四散するはずだ。そして撤退しだしたら十分な休息をして追撃だ。」
冗談だろ?
そう思った軍団長は、カエサルの真剣な目を見て、ゴクンと唾を飲み込んだ。
その横から前向きな声が上がった。
「わかりました。もう少しです。頑張りましょう。」
そう言ったのは先程まで戦いの中で指揮をとっていたプブルだった。
若き軍団長はカエサル軍の中でもベテランの軍団長達からも認められてきて、カエサルの軍団の中でも頭角を表しつつあった。
さらにカエサルと同じ年のラビエヌスもため息をついて同調する。
「どうやら総司令官どのの仕掛けには、もう少しの時間が必要みたいですな。我々はそのために時間稼ぎをする必要がある、ということですね。」
「ああ、前進する必要はない。戦場で時間を稼いでくれ。」
「ガリア軍を倒すのではなく、時間を稼ぐのであれば頑張れそうです。」と他の者たちも応じはじめた。結局カエサルの言葉通り、敵が撤退しだしたらすぐに追いかけることで一致した。
「ローマ軍に当初の頃のような強さは感じられねえ。もう限界が近いだろう。」
そう報告を受けたガルバは、静かにうなずき、さらに新しい兵力を集中的にローマ軍にぶつける。
消耗戦も限界に近いはずだ。
一度崩壊したら要塞まで奪取してやる。
ヴェルチンは、その様子を見ながら、違和感を覚えていた。
一昨日急使が来てから、ガルバは攻めの圧力を強めている。何か急がなければいけない理由ができたのだろう。食糧不足かローマの援軍か、どちらにせよ、ガリアの総力をあげればローマ軍など撃退できるはずだ。そうオーベルニュの若者は考えていた。
何があってもガリア軍がローマ軍を撃退するのは時間の問題だ、と思った。
それはガルバもガリア軍の将軍達も同じだった。
だが、それからもローマ軍は1日を持ちこたえた。ガリア軍の圧力が強くなったがローマ側の前線は維持され続けた。
その夜になってローマ軍の哨戒をしていた兵士が、夜の襲撃を警戒していたが、そこでガリア軍が撤退していくのを目にした。
哨戒していたローマの兵士も隊長達も唖然とするが、すぐに軍団長のところまで話は届き、各軍団はガリア軍の策ではないか、より詳細な状況の把握のために追加で哨戒兵を出して状況を確認させ、その間にも兵士たちには休息をとらせる。
1時間あまりが経過して、ガリア軍が敗走のような撤退をしているのを確認すると、カエサルの指示でさらに十分な休憩を取って軍備を整え、行糧まで準備をしてガリア軍の追撃を開始しだした。
ばき
ばき
森の奥を松明の川が流れている。
闇の中で兵士達が不満を漏らしていたが、いつの間にか静かに兵士達の歩く重みですでに砕け木片がさらに細かくなっていく。
オーベルニュの若者は悔しさを滲ませながら、重い荷物を持ち、振るうはずの長剣を鞘にしまってガルバに従い森を駆けていた。
どうしてこうなったのか。
連合軍が結集していることを逆手に取ってローマ軍に従うへドゥイ族の者達が北ガリアの部族の畑や集落を襲ったのだ。兵士達が出払っているところを狙われた。
もう少し押せばローマ軍を撃破できたものなのに。
オーベルニュの若者はそう思っていた。後2、3日粘ればローマ軍は粘りきれずに敗退していたはずだ。
だが、自分達の故郷を攻められたことを聞いた連合軍の士気は下がっていった。
大軍を擁しても思った以上に手強いローマ軍を前に消耗戦を強いられて、各部族は、やる気を失いつつあった。
そこへ、へドゥイ族による領土荒らしの報告が入った。
しかもその情報は数日前で、連合軍の取りまとめであったガルバは情報を掴みながら連合軍のことを優先して握りつぶしていたことまで判明する。それらが連合軍全体に暴露されたのだ。
ガルバは最初、些事である、ローマを駆逐することができればへドゥイ族も撤収する。
そう言ったが、他の部族の者たちは同じ捉え方はしなかった。
一部ではガルバはローマ軍と結託して各部族を売ろうとしている、などの噂まででてきた。そのためどれだけ叱咤激励をしても、彼らの信頼とやる気は取り戻せなかった。
やる気がないやつらは殴ってでも言い聞かせろ!
後少しでローマを撃破できるんだぜ。
会議の片隅に参加を許されたヴェルチンは腹立たしさを抱えながら各部族の代表を観察していた。
会議の場ではガルバが情報を握りつぶしたことを謝罪する。だが、各部族の代表はそれを受け入れつつも、継続して戦うことを拒否して、自領に戻り、それぞれがローマ軍を迎え撃つことが提示され、多くの部族代表がその案に賛成の意を示した。
ヴェルチンはガルバが怒りを堪えきれずに、やる気を失った部族の長を殴り飛ばし、気合いの抜けた兵士を殴り規律を取り戻すことを期待したが、部族を越えてガルバが他の部族の若者を殴ることはなかった。
こうして北ガリア連合軍は個々の部族に戻り、ローマ軍を自領で迎え撃つことに決定した。
ガリア側の対処が決まった。戦いは大きな変化をむかえようとしていた。




