目の前、そして遠くでの争い
北ガリア連合軍との争いで、戦いの準備ができたカエサルは遠くローマの動きを気にしていた。
要塞、そう北ガリアの連合軍言われたローマ軍の陣地は堅固だった。
それをつくりあげたローマの土木建築の力に北ガリアの連合軍は驚きを隠せないでいた。
それでも多くのガリアの部族は
「戦闘をすると弱いから、あのような小手先の技術で勝ちに来るのがローマ人だ。」
「要塞を背後にしさえしなければ負けない。」
「しかし、あのような要塞を簡単に作り上げるローマの技術力は侮れない。」
そういった意見が出ていた。
その後、ローマ側も積極的に打って出ることもせず、とはいえ大人しくもしていなかった。
小隊ごとに出てきてはガリア側の兵士たちと戦い、少しして去っていった。
互いに踏み込まず、そのため大きな被害が出ることもなかった。
「ローマ軍は強い、と言うやつがいましたがさほどでもない。」そう言ったのはガルバの直属の部下だった。
それはローマ側も同じであった。
「ガリア最強と言われた連合軍ですが、戦えない相手ではないですね。」
そう言った報告が総司令官に届いてきていた。
そんな報告を聞きながら、カエサルが今、最も気にしていたローマに変化があったことの報告が届く。
報告してきたのは情報部の古参メンバーで、太っちょ、のあだ名を持つ商人風の男だった。隠密ではなく都市部で商人のように振る舞い、様々な場所に顔を出せる男だった。
執政官によりローマを追放されたキケロが早速ローマに帰還したという。
「さすがキケロ。ローマに帰るために近くにまで来ていたに違いない。」
笑って言葉を続ける。
「キケロに手紙を書こう。少し時間をおいてから伝えてくれ、ローマ復帰おめでとう、と。」
太っちょは、主に質問をした。
「よろしいのですか?強欲で保守派の代表であるキケロはカエサルと政治では対立しているはずですが。」
「キケロがローマに戻るのを反対するくらいなら、執政官たちに言って許可しないように言ったさ。」
確かに今の執政官2人はカエサルの息がかかっている。止めようと思えばいくらでも止めれたはずであった。
「もちろん、彼があることないことローマで動くのは邪魔な面もあるが、キケロを恐れてローマに帰さないというほうが嫌だったんだよ。」
「しかし、これで門閥派は勢いをつけて来るに違いありません。」
「彼らが何をしてきても、次の策は考えておくさ。」
「そこまで考えているならいいですわ。」と主の余裕をみて安心したように、太っちょも言った。
そう言ってカエサルは笑ってみせた。
「それよりも、ポンペイオスとクラッススの反応はどうだったかい?」
「クラッススは早速キケロに祝いを送り新しい屋敷と奴隷たちを格安で買わないかと持ちかけています。」
「さすがはクラッスス。相手が悪魔にもローマの街を売ってくるに違いない。」と言って気持ち良さそうに笑う。
「ですが、ポンペイオスは特に動いていません。」
「そうか、マーニュスなれば動く必要もなし、か家庭で平穏に過ごしているのか、かな。」
仲間は誰もキケロのローマ復帰を気にしていないようだ。
カエサルは仕方ないな、という風に軽く首を二三度振って苦笑いを浮かべた。
「まあ、キケロは反新時代派としてローマ内で活動するだろう。門閥派の動きを注意してくれ。」
「クラッスス、ポンペイオスに何か言わなくて良いのですか?」
「ああ、頼んでも期待する効果は生まれないからね。それよりもクロディウスはどうしている?」
少し眉をひそめる感じでカエサルは聞いた。
「やつは若者たちを扇動して新時代派のローマでの実行役を勝手に名乗り門閥派よりの人々に危害を加えています。」
「そうか、止めろと伝えても止まらないだろうな。」
「ええ、今までの成功を自身の実力と市民の支持だと勘違いして増長しているように思えます。不要な法案を出して可決もしてしまいました。」
「良い方向に向かえばよかったのだがな。」
「難しいですね。どんどん自分勝手、横暴に振る舞っているようにも感じます。」
「そこまで悪い男ではなかったと思ったよ。一つ思うのは、クロディウスを悪い方向導いている何者か、がいないかということだ。」
「と言うのは?」
「あいつが多少の成功で増長したのなら私の人を見る目に問題があった。しかし、不在を良いことにやつを操ろうとした人間がいないとも限らないだろう?」
「なるほど、確かにやつはあなたの説得で新時代派よりの行動をするようになりましたからね。」太っちょは思い出しながらいう。
カエサルが属州総督としてローマを離れる際、門閥派をけん制してくれる新時代派に理解を示して、かつ門閥派を敵に回してもひるまないという人材を探していた。そこで見つけたのがカエサルとも以前の事件で関わりのあったクロディウスだ。彼をカエサルが説得して門閥派に対抗できるようサポートしたのだ。
最初のうち、クロディウスの活躍はめまぐるしかった。キケロをローマから追い出し、門閥派の力を力で抑え込んでいたのだ。
「そんな人を騙したような言い方はやめてくれ。あいつ自身が望んでいたことでもあるだろう。」
「そうですね。」
「それが今や自分が時代の変革者の如く振る舞っている。国家とは義憤や温情だけで運営されるべきものではないんだよ。あいつが承認させた小麦の無料配給制度の無制限の拡大はローマを破滅させかねない。」
そう情報部の古参メンバーに自分の悩みを言うと横に習っていたジジが太っちょの気持ちを代弁するように笑って言った。
「なるほど。しかし、ローマの国家予算ほどの借金を持つあなたに金勘定を語られるとはクロディウスも浮かばれませんよ。」
からかうように言ったジジを見てカエサルも笑った。
「そうかもな。その発言は面白い。なるほど、という一面があるな。しかし、国家と個人の金勘定は別ものだよ。」
そう言ってやり取りを楽しんだカエサルは、もう一つ、と言ってジジと情報部の古参メンバーに別々に指示を出した。
2人は笑いをやめて、主の命令を果たすべく真面目な顔をして部屋を出ていった。
ローマの情報を仕入れ、指示を出したカエサルは目の前にある北ガリア軍との戦争についに本腰をいれて動き出す。




