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革新期のユリウス・カエサル  作者: くにひろお
北伊三州総督ユリウス・カエサル
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アリアとザハ

カエサルの下を発つことを決めたザハはどのような思いを持っているのだろうか。

剣を教えてくれた

文字を教えてくれた

そして、生きる意味を教えてくれた


ザハにとってカエサルは主であり全てだった。

その主への裏切りではないか

そんな思いが込み上げた。


「煮え切らない男だね。」

そう言ったのはアリア。カエサルの奴隷だった女だ。

しかしザハには返す言葉もなかった。



エフェソスで会った時に笑いながら話す主君の顔を思い出した。

「ザハか。良い名前だ。ガイウス・ユリウス・カエサルだ、よろしく。」

圧倒的な自信。

後から理解したことだが、貴族だからとか年上だからとか関係はなかった。カエサルはカエサルだからこそ自信を持っていた。


自分が剣に才能を見せた時、最初はカエサルに勝てなかったが、次第に追い付き追い越した時、カエサルは悔しがったが、自分を貶すことはしなかった。自分を褒め称えてくれた。


旅をして言葉と文字を教えてくれた時は、楽しそうに話をしてくれる。時に冗談を交え、知識のない自分に分かる言葉で。

そして、一般的なローマのマナーを教えてくれたのはカエサルとジジやダインだった。

皆が自分を本当の弟のように扱ってくれた。

気がつけば格闘でダインをいなし、早さでカエサルもジジをも超えて皆を唸らせていた。

それでも、カエサルから出た言葉は、

「すごいぞ、ザハ!」

どうして良いかわからない自分に、笑顔をくれた。


それから

それから



エセイオス、先代の情報部のボスになった男に自分を預ける前に、今後の展望を教えてくれた。自分がなぜエセイオスと共に行動するかを。


自分はカエサルのために、エセイオスと共にさまざまな仕事をした。そして、時々カエサルのもとに帰っていく。

彼はいつも情報に餓えていて、自分達の話をずっと真剣に聞いてくれた。

ザハは、苦しい旅も苦にならなかった。得た情報を心待ちにしてくれているんだから。



エセイオスが一度言ったことがある。

「俺たちは情報の価値を一番知っている人に仕えている。これは幸せなことなんだぜ。」

組織が大きくなって行って、他の貴族や商人に仕えていたもの達も同じことを言った。

今の首領であるインゴドも同じだった。


俺たちの集めた情報を最もうまく使ってくれる人だ、と。


「あんたさっきからうじうじしていないでどうすんのよ?」

背の高い美人で、強い意思を持つ少女は、突然主の変更を言い渡されたのか憮然としていた。

「申し訳ない。私が無理を言ってカエサルから君をもらったんだ。」

「そんなのわかってるわ。」

「世界を自由に操るカエサルと比べると」

「ぐちぐちうるさいわね。カエサルから聞いてるわ。あんたが情報部一の男で、最高の剣士だということは。カエサルにも勝つんだってね。そして、世界を旅した男。なのに自信を持てないだなんて残念ね。」

アリアがため息をつくのを聞いて、ザハは身体が熱なくなった。

「カエサルと比べると!」

「そこがすごいわね。あんたこの海と台地の覇者ローマの最高権力者と自分を比べているんだよ?驚きだね。他の男なら比べもしないわ。」そう言って活発な少女は言葉と裏腹に優しく笑ってみせる。


そうかもしれない。

いつも近くにいたからあまり意識しなかった。

カエサルは兄であったのだ。

だが、地中海を内海にしたこの巨大な国家の権力者として君臨している男なのだ。


美しい少女を見て笑う。

「気付かせてくれてありがとう。」

「あんた今までそんなことも気付いてなかったの?」

心の底から笑顔が込み上げてきた。

「ああ、どうもそうだったようだ。」

カエサルの背中を見て、追いかけ、その役にたちたかったから。

だが、男はスッキリしたようだった。

これからは私は私らしく生きるつもりだ。

「はいはい、それで、私はあなたをご主人様として下働き?」からかうように質問する少女の眼が自分を値踏みしていた。

ザハは、その瞳を見ながらカエサルを真似るように勇気を振り絞って言った。

「いや、アリア、君は美しい。」

そこまで言って、息を吸い上げて、続きを期待する相手に言葉を続ける。

「奴隷でいるよりも自由でいて欲しい。私の権限で今日から君は奴隷ではなくなる。自由だ。」

「はい?」

「その上で聞いて欲しい。私は君が好きだ、一緒に新しい生活をはじめてくれないか?」そう言って手を差し出した。

少女はため息をついて、男の手を取る。

「こんなところで放り出されても困るわ。あんたはカエサルのところを出るんでしよ?どうするのよ?私は森で狩りをして生きたくはないわ。」

「もちろん考えてあるさ。ローマにいく。今までに働いた金を元に仕事をするさ。」

「どんな仕事?」

「君を十分に養っていける仕事だ。」

「私は結構わがままよ。ローマの貴族のご令嬢みたいに家に籠ってはいられないわ。」

「私も籠っているのは苦手なんだ。」

「そこは気が会うわね。」と笑う。

「ローマに行き資金を準備しよう。少しの間世界の首都ローマに住みその後はシラクサに行き、エジプトのアレキサンドリアに行くのはどうかな?帰りにはエフェソスにも寄りたいんだ。」

アリアが目を丸くして男を見る。

「それじゃあ足りないかい?」

首を左右に振って否定した。

「それから世界を回りながら合間に交易で生計を立てるんだ。」

「楽しそうじゃない。そんな壮大な夢があるなら早く言いなさいよ。」

「付いてきてくれるかい?」

「私には合ってるわね。」

「私を好きになってくれるかい?」

「旅の間に私を口説き落としてみなさい。」

「わかりました。レディ、アリア。」

そう言って頭を優雅に下げた。


「良いんですかい?ザハが行ってしまって。アリアまで連れて行って。」

「今まで全く欲を見せなかった末の弟が、自分の意思を示したんだ。見送って後押しもしたくなるだろう。」

横にいるダインとジジも頷いた。それでもやはり寂しそうではある。

「しかし、情報部としても痛いでしょう。ザハに抜けられるとなると。インゴドから文句がきますよ。」

「そうだろうね。しかし、ザハにばかり頼っていても組織としては頼りない。インゴドの腕の見せ所でもあるよ。」

「そうですか。そこまで考えているなら私からは何もありません。」

ダインは泣いていた。

「いや、ザハが一人立ちをするんだな、と思って。俺もカエサルから独り立ちするか聞かれた時に実は少し迷ったんだ。でも俺はカエサルの従者でいたい、どこまで行くのかを見てみたいと思ったんだ。ザハも同じ気持ちもありながら自分の道を選んだ。なんか嬉しいような寂しいような心がざわざわするんだよなあ。」

「分かるよ。」そう言ってジジがダインの肩にそっと手をやった。

「ザハとアリアがうまくいくことを祈ろう。ザハがいなくなったら何もできなくなった、なんて笑われないようにね。」

「そうですね。」

「確かに。いつか戻ってきたくなったら、いつでも受け入れる準備をしておかなくては。」

「お転婆娘の相手はザハには荷が重くないかなあ。」

それぞれが感想を述べながら、ザハの幸せを祈った。


過去にない気持ちをこめて、アリアをカエサルからもらったザハ。

初めての気持ちを大切にし自身の道を歩みだした。

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