3州の属州総督として
ガリアでの戦闘が落ち着き、属州総督として行政面での活動が求められたカエサルだった。
瘦身の総督は笑顔で礼を言ってくる親子に手を振った。
ここは、イリリア属州の州都サロナエ。重厚な石造りの部屋で今まで裁判が行われてきており、多くの人々の注目を浴びながら総督はその結論を出すところだった。
「判決を申しつける。まず自明なこととしてローマの属州統治は統治法によって厳しく決められている。これは、属州をローマ本国と同じように自由で開かれた社会で人々が生活をするために定められているからである。」ここまでの言葉で外野から総督の言葉に歓声があがる。
「総督閣下は、人々の味方だ!」
「ローマの公平さを知らしめた!」
そういった声があがる。
褒められることが得意な総督は威厳を持った顔を崩さず、少しだけ口角をあげて、声をあげた属州民に手を挙げて答えた。
さらに総督は観衆を味方につけて言葉も饒舌になりながら話を続けた。
「属州統治にかかるユリウス法に照らし合わせると、利率は被告の取りすぎであることが明白である。よってイリリア属州総督ユリウス・カエサルの名において命じる。超過した利率分の返済金を全て返却すること。」
地域の商人たちから歓声があがった。それとは別にローマからきていた騎士階級の男は憮然とした顔で立ち上がり、痩身の総督をにらんで踵を返した。
「さらに」
大きな声で総督は言葉をつなげる。
「被告は、原告から借り受けていた金の返済のために12%の利子分も払うものとする。」
一瞬静まった会議場は歓声の渦に巻き込まれた。
怒り心頭の騎士階級の男は、追加された言葉にショックを受けて、周りの者に抱きかかえされながら退場した。
ユリウス・カエサルは、勇気、公平さ、ユーモア、全てを兼ね備えた総督だ。
イリリア属州の民の間にそのような情報が風のように早く伝わっていった。
事の発端は、イリリア属州で最近増えている借金の過剰な利率に対して、地域の商人たちが連なって意義申立てをしてきたものだった。今までの属州総督は騎士階級に丸め込まれて多少の賄賂を受け取っていたのだったが、今回の痩身の総督は違った。
金利はローマの法律で決められている12%を大きく超える40%であったためカエサルは被告である商人を法に照らし合わせて、厳重な処分にしたところである。
カエサルに言わせれば不当な利益を受けているものは許せなかった。
法の民ローマ人が法を率先して破ってどうする、と考えていた。
それとは別で政治家カエサルはこのことを大きく利用して、カエサルの公平性を属州に広めることに仕えるとも計算だてていたのだ。
歓声をあげる住民たちに答えながらも苛立ちを覚えたカエサルは、プブリヌスに言った。
「属州の民を貧困に追い詰めるような暴利をむさぼる商人が多いな。それもローマから来た者たちだ。中には徴税役人もいる。属州の富を奪っていったら先細りになるとどうして皆考えないのだろうか?」
「皆、自分が利益を上げることにしか注意をはらっていないからですよ。」
「そうだな。以前にヒスパニアでやったような税率の見える化をここでも行う。」
「良い案だと思います。」
結局カエサルはイリリアを含む3つの属州の税の見える化を実施した。属州の税がどの程度か今まで徴税役人の言いなりだったのが、自分はどの程度払えばよいのか、がわかるようにしたのだ。それによって不正な税の回収が減り、カエサルは正しい総督として、多くの民から感謝のための礼として寄付がなされて懐は大きく潤った。
もちろん借金王のカエサルのこと、多少潤ったところで、今や軍団を自前で準備しているため湯水のごとく金は減っていく。それでもイリリア属州と同じように残りの2州にも同じルールをもっていったため、徴税役人からは嫌われたが地域の人気はうなぎ上りだった。そしてカエサル自身の懐も大きく潤ってきた。
この冬、民たちは冬を越して春を迎えることができるとしてローマ総督のガイウス・ユリウス・カエサルに感謝を伝え、さらに地域の有力者はこぞってカエサルの下に向かい、または豪華な宴を催し、総督を招待した。
もちろん人に褒められたり宴をこよなく愛する総督は積極的に参加して、その場で知性と教養、人格を多くの人にしってもらうことでさらに高い評価を得ていった。
そして動きも早かった。
サロナエにいたと思ったらマルセイユやムティナにいつの間にか来て、周りを視察している。神出鬼没のカエサルを行政官たちは脅威に感じていた。
全てが最新の法によって管理されるとしたカエサルの属州統治は特に若い行政官たちから支持された。
こうしてカエサルは秋から冬にかけて3つの属州の統治、道路、教育そして商業の活性化、農地の拡大に力を注ぎ、属州の民からの信頼を勝ち得るに至った。
こうして、カエサルの迅速な動きは兵を動かすのと同じように行政面でもいかんなく発揮された。
冬になるまでに属州の民から信頼に足る総督というイメージを植え付けることに成功していた。
休むことなく働いたカエサルだったがこうして平和裏に年をこすことができた。
年が明けて新しい執政官スピンテルとネポスは共にローマを良くしたいという確固たる信念を持っており、カエサルと政治や経済、国防、文化で議論することも多かった。元老院の小さな変化も嫌う門閥派からこの2人は受け入れられておらず、カエサルの支援がなかったら執政官にはなれなかった。だがカエサル、新時代派の支援によって執政官になることができたのだ。
端から見てもカエサルの勢力増加は明らかに見えた。それでもカエサルは2人を支援したが細かなことまで指示したりはしなかった。
「君たちの思う通りにローマを導いてくれ。」
自信満々にそう言ったカエサルを見て、2人はカエサルの懐の深さに感謝の意を示し、ローマをより良くするために働くことを誓った。
その2人が執政官になり、新時代派の勢いは止まらないように見えていた。
カエサルもローマは当面放置しても安心だと考え、ガリア攻略に全力をあげようと考えていた冬のある日のこと、カエサルの知るなかで最高の戦士であり密偵であり、ずっと仲間だった男がガリアの情勢を伝えるためにムティナにいる属州総督の館に訪れてきた。
カエサルは新しい年を迎えて、執政官2人も新時代派となり盤石の体制に見えた。
そんななかで、ザハが最新の情報を持ってカエサルの下を訪れてきた。




