ペンと武器
ガリアでの戦いが一段落して、カエサルはガリアの情勢をしっかりと整理し自身で体験することもできた。今後の全体的な方向性をまとめる時がきた。
旅の間、落ち着いて時間を使うことができたカエサルは、文章の一部をプブリヌスにメモをさせたりしながらガリアで行われた2つの戦いのことをまとめにかかっていた。
「内容はまとまったよ、話に付き合ってくれてありがとう。プブリヌス。これをサロナエに着いたら整理して、報告風にまとめてローマで展開したいね。」
「素晴らしく血沸き肉躍る内容になりましたね。多くの若者がカエサル様の下で働きたいと言ってくるでしょう。ですが写筆するにも結構な時間、お金がかかってしまいますが、どのくらいの数を準備したいでしょうか。」
「今、ローマの人口100万ともいわれるだろう。1人が10人に伝え、10人が10人に伝えていくとローマの話題を呼ぶためにも100部は準備したい。」
「100部。写筆するにしても結構時間がかかってしまいそうです。」
カエサル自身、今までの自分の考えをまとめたものを書にしたことはあったが、情報伝達、宣伝のためとはいえこのような大がかりなことをしたことはなかった。だがローマ市民の支持こそが自分の最も大きな力になっていると理解していたカエサルは過去にない宣伝戦を考えていた。
「もちろん、全部そろえるには時間がかかってしまうね。こういうのはどうだろう、急いで10部ほどできたら、特に娯楽に飢えている我々の仲間でもある騎士階級や護民官に配る。」
「元老院議員ではなくて、ですか?」
「ああ、元老院議員はどこかで見るだろう。それよりも庶民にも広めてくれそうな騎士階級や護民官に読んでもらって広めてもらうのが大事だろう。そうだ、キケロには広報的な役割もしてもらいたい。彼には手紙で、内容を送るから報告書をぜひ読んでほしい、と書いておこう。」
「なるほど。キケロ様ならすぐに報告書を読みに行くでしょう。1部無駄に作成する必要が省けましたね。」
主従はにやりと笑いあった。
「そうだ、他にも効果的に宣伝しれくれそうな人には手紙を送るようにしよう。」
「それは良い考えですね。もし私からもこの人には手紙を書いたほうが良い、と思える人がいればお伝えいたします。」
「よろしく頼む。最初の10部で少し話題になっている間に写筆を増やして、さらに多くの場所に流していくんだ。ある程度人気が出たら、書を販売しても欲しがる者たちが出てくるだろう。」
「なるほど、それは面白い仕掛けですね。」
「話題になれば、元老院が内容を読まずに私の評価を下そうとしても庶民が納得しないだろう。」
「そこまでうまく行くといいですな。」とプブリヌスは笑って言った。
この主人はどこまで現実を見ているのか、夢想しているのか、時々わからなくなるのだ。もちろんうまくいくといいんだが。プブリヌスの少し落ち着いた心配する感じの顔を見てカエサルは笑っていう。
「うまく行くさ。みんな娯楽に飢えているんだ。思い出してみなよ。ポンペイオスが海賊掃討作戦を行った時を。皆、何も情報がないのにどんどん広がっていっただろう。今度はしっかりとした書物があってローマ軍が快勝するんだ。皆、興奮して読むに決まっているだろう。」
「ええ、もちろん。行くと思いますがちょいちょいあなたは楽観主義にはしりますからね。」とプブリヌスが釘を指すのを忘れなかった。
「それでも上手くいかなかったら次のことを考えればいいだけだよ。」
皆が主人の意見を受けて笑う。いつも問題が起きても、その都度対応をして窮地を脱してきたユリウス・カエサルなのだ。
こうして着々と「業績に関する覚書」の第一冊目の準備は整ってきていた。
その間にもカエサルは情報部の者たちの情報を受けて苦い顔をしたり笑ったりしていた。ガリアの細かな地理や文化の話をし、興味深くメモをとったり、各部族の雰囲気や行動、ガリアの宗教的指導者たちの動きについて考え事に耽ったりした。
そうこうしているうちにピアチェンツァに到着する。
ピアチェンツァは緩やかな川の流れる街で、素敵な風景と雰囲気が人気だった。エミリア街道の最終地点にあるため、交易も発展し街道の花との通り名を持つ都市だった。
だが、今ピアチェンツァに入っていったカエサルたちはビチウたちと別れてピアチェンツァを治める領主の館を訪れた。急な訪問、商人姿での元執政官でローマの実力者の一人であるユリウス・カエサルの突然の訪問に領主は慌てたが、快く受け入れてもらえる。ここでマルセイユ周りで来ているはずの兵士たちの合流を待っている間に情報部に西はマルセイユ、東はサロナエまでの交易の状態までを調べるように指示をする。
ある日、ダインとジジ、アオスタの街を調べて遅れていたザハが追いついた夜にカエサルは主要な仲間たちだけを集めた。
皆が、どうしたんだろう、と言う顔をしているのを見ながらカエサルは
「このメンバーには今後の方針を伝えておく。私の大きな目的を離すのは君たちだけだ。」
そう言って切り出した。
「ガリアは広大だ。すでにまとめた「カエサルの業績に関する覚書」も1冊目はまとまったがあれで終わりはしないだろう。反抗はないかもしれないが、数年かかると思っていてほしい。」
皆が疑問と不安をもたげた状態でカエサルを見た。
「今年2つの大きな戦いに勝利したが、ガリア民族もゲルマン民族もこれで終わったとは思っていないだろう。私は今年の視察でガリアを統治するのは誰で、その体制はどうするのか、どこを国境とするのか、を考えていた。」
一息吸ってから、話をしだした。
「ガリアはガリア民族の代表が統治するのが本来望ましい。だがゲルマン人の侵攻もあり、常に根無し草のようにふわふわしている政治体制ではゲルマン人の侵攻を防げないと感じた。だからガリア全土をザハと情報部の皆で調査した。大きくわけて3つの地方からなるガリアをローマの統治下に入れることに決めた。」
「ガリアは広大でこの先までは遥か彼方になります。カエサル。」そう言ったのはガリアやゲルマンを実際に見て回ったザハだった。
「もちろんそれは理解している。一部にゲルマン人が入植している部分があることもね。だが、ゲルマン人がこれ以上侵攻してくるとガリアはゲルマン人の支配下に置かれるだけだ。」
その言葉には仲間たちが頷く。
「そのゲルマン人はそもそもの生活、文化がローマとは大きくかけ離れている。ガリアは多くの地域でローマと文化的に似通っているところもある。ローマの安全と安定、文化的類似性を考慮するとガリアをローマの支配下におくべきだと考える。」
「そのようなことができるでしょうか?」
「先日の戦いでゲルマン人たちを駆逐したことで、ローマの力を示すことができた。だが、ガリア人の多くはローマ人に居座ってほしいと考えていないだろう。早晩、冬営中のローマ軍を叩き出す算段を立ててくるだろう。ガリア民族に、ローマには勝てない、と思わせることが大切だ。そのためにも服従する者たちには安心、安全を保障し、反抗してくる者たちには厳しく当たるつもりだ。ただ反抗して降伏した者たちは快く引き受けるつもりだけどね。」
カエサルの言葉を受けて、ジジが質問をした。
「それは、戦闘で勝って敵を許す、ことを繰り返すということですか?」
「ああ、そうだ。」
「確かにガリア人にもゲルマン人にも勝ってきていますが、今後も勝ち続けられる保証はありませんよ?」
「この私が指揮するんだ。負けるわけがない。」
カエサルの強気な言葉を聞いて仲間たちは溜息をつきつつ、ぜひその勢いが続くことを祈っています、と笑って言った。
1,ローマでの支持基盤の維持のために、書籍を出すこと
2,ガリアをローマに統合すること
2つの目的に向かって動き始めたカエサルは次に何を行うのだろうか。




