ガリアをつなぐ道
アオスタの街に無事入ることができたカエサルたちは、ゆっくりと旅の疲れを癒した。
数日、アオスタで休息を取ったカエサルたちは、髭面の門番長とも仲良くなっていた。
はじめ、固い意思を持っていた門番長だったが、カエサルとのやりとりを通して次第に柔和になり、数日で自分なりの不満や意見を旅人であるカエサルたちに愚痴るようになっていた。
「さすが人ったらしですね。」と皮肉るダインの言葉を耳にして
「私にそれは褒め言葉だよ。」と笑って言った。
「あんなしがない髭面の門番長をたぶらかしたっていいことないじゃない。」と辛らつなのはアリアだった。
「損得で人と仲良くなるつもりはないさ。人と仲良くなった後で、その人と損得の話ができればいいだけだ。」と人好きのする痩身の総督は身分を明かすこともなく商人として通し続けた。
数日のやりとりでアオスタの街の雰囲気や状況も見えてきたカエサルたちはビチウとも話をしてアオスタを後にすることに決めた。
「門番長がだらしないと検問の役にも立たないということを学ばせてもらったわ。総督もそのあたりの線引きが曖昧だから堕落してしまうのかもしれない。」
そう辛辣な意見を口にしたのはアリアだった。嫌味を込めて言ったのだが、カエサルは気にした風もなく、
「そうだね、一部にそういった者がいるのも事実だね。そしてそれを修正できないのであれば統治者の問題になるだろう。アオスタの街の通行税の問題は問題点を明確にして来年には解決しておくとしよう。ところで、ゲルマニアでは交通料を取ることはしないのかい?」
「細かくは知らないけど部族によって取っているところもあったと思うわ。私自身は歩いていないから聞いた話よ。」と言う。
「じゃあ、どこでもある話だな。」
「そうね、どこも同じレベルなのよ。」と皮肉を言う背のある少女は痩身の総督をじっと観察していた。
「アリア、君が私を観察しているのはわかるけど、何か期待もあるのかな?」
「ふん、そんなことない。でももしかしたらあんたなら、腐敗したローマやゲルマニア、ガリアをキレイにできるのかな、なんて思ったのよ。」
女性の扱いに自信のあったカエサルだが、アリアの気持ちを汲み取ることができず少し戸惑いを見せながら自分に対して期待の視線を寄せていると感じて、少女の近くに寄って言った。
「何か、私に期待を持ってくれているようでうれしいよ。」
「そんなことない。」
「そんなことあるんじゃないのかな。共に旅してきて少し感じることがあったのではないかな?」
美しい背のすらっとした少女は近寄ってきたプレイボーイを手で抑えながら涙を流して言った。
「あんたは、王にも負けない権力を持っているのに、なんで豪華な食事を摂らないのよ?なんで兵士たちと同じ食事で満足しているの?奴隷と同じ高さで話をしているのよ?おかしいんじゃないの?」
流す涙を拭きながら喋るアリアをじっと見てカエサルは手を伸ばしてその背中をさすりながら言った。
「私にとっては、兵士と同じ食事をすることは別に普通だ。奴隷と同じ高さで話をすることも、敵だった相手と意見を言い合うこともね。」
そういってさらに付け加えた。
「私も兵士たちも奴隷たちも敵だった者も人であることに変わりはないだろう?与えられた役割が違うだけの同じ人間だ。」
「奴隷の一部は私が指示して戦いに負けた者や裏切った者を奴隷にしたこともある。それは彼ら自身の運が悪かったところもあるだろう。だが奴隷から這い上がってくることができるのも事実。失敗すればやり直せばいいだけだ。」
「あんたはすごいと思うわ、カエサル。」
「そうかな。褒められるのは好きだけどね。」と少女を見て笑った。
「あんたみたいな人がこの世の中を変えていけるのかもしれないわね。なんだか父があんたにかなわなかった理由がわかった気がするわ。」
乾いてきた涙をそのままにしてアリアも笑って見せた。
それからの旅についてアリアは以前にもましてカエサルを見て話をするようになっていった。ゲルマニアがすべての勝ち基準だった少女は徐々にそれ以外の文化、特にローマの文化に惹かれ始めていた。
カエサルもそれを理解して、ダインやジジと同じように扱い、時には食事の準備を任せきるようにもなっていった。
そうしてお金こそかかったものだがアオスタの街で少しの休みをとったら、隊商はアルプスを下り、メディオラヌムに向かうことになった。ここまで来れば盗賊などが出る心配もなく安心だった。ローマの完全な影響下にある属州ガリア・キサルビナに入った。
ビセウの隊商は、属州ガリア・キサルビナの町を巡ってブザンソンで手に入れた商品を売り切るつもりだった。まずは街道の先にあり、急成長をしつつあったメディオラヌムで大きな商売を成し遂げローマ街道のひとつエミリア街道沿いにピアチェンツァ、パルマと交易をおこないガリア・キサルビナの州都ムティナまで進むつもりである。
「ガイウス殿、我々はムティナを最終目的地にしようと思っています。今の売れ行きであればムティナまで積み荷が持つかどうかも怪しいですが、そこでまた新しい商品を仕入れていけると思います。」
痩身の商人は話を聞きながら、
「ビセウ殿、ありがとうございます。我々もムティナまで行き、少し休息をしたのちに、サロナエに向かいたいと考えてました。」
「今のペースだと後2週間もあれば到着するでしょう。」
「エミリア街道に出ればもっと早く着くかもしれません。」
「そうだった。それにしてもあなたと旅をして頼もしくもありました。良かったら今後もご一緒できないでしょうか?我が商会に入っていただくとありがたいのです。」
ビセウは心の底からガイウス殿にきてもらいたいと思っていた。自分だけであればアオスタの街を問題なく抜けることはできなかったかもしれない。もちろん金を持っている商人であれば通り抜けられるのだが、門番とのやりあいで主導権を取った交渉にこそビセウは感服していた。金貨10枚は高いが問題を起こしもせず、今後もアオスタの町を門番と良い関係性を持って動けるのだから。
痩身の商人は、笑顔で自分への誉め言葉を受け取った。だがそれと同時に自分のやるべきことを明確化していた商人は、「残念ですが、期待には沿えません。私にはやるべきことがあるからです。」と言った。
「それは残念です。私の商会の副会長になってもらってもよいかと思っていました。」
「そこまで考えてくれていてありがとう。」
その後はビセウもこの話題を出さなかった。
ついにアオスタの街を出る。大きな問題もなく旅は終わろうとしていた。




