三頭の礎
ポンペイオスが門閥派につこうとする、と言う話をしてきた。
カエサルはポンペイオスに門閥派に生かせないよう口での戦いに
勝つ必要に迫られていた。
ポンペイオスは門閥派と組む、その言葉に対して、カエサルは、
「本当に残念です。」
その寂しそうな姿を見てポンペイオスは言う。
「カエサル、君に恨みはない。君とは以前ムチアの件でもめたことがあったが、そういった私事があったから君の提案を受け入れられないと言っているわけではない。私は、私のやることを実現するために、門閥派と手を結ぶのだ。」
人の良い美中年はフォローするように言った。
カエサルは、そんなポンペイオスを見て説得を試みる。
「しかし、門閥派と仲良くなったからと言ってあなたの意見である、制圧したオリエント諸国との約束が守られるかと言ったら、門閥派は細かな指摘をしたり難癖をつけてくるでしょう。兵士たちの恩賞は支払えないかもしれません。それを実現するためにあなたは門閥派に譲歩をする必要があるでしょう。」
「私が約束した国々、そして兵士たちのために、私は苦労を買って出るつもりだ。」
ポンペイオスは自分が門閥派に跪くことも覚悟のようだった。
痛々しいほどに清々しい。
だが、門閥派を放っておけばさらに彼らは増長するに違いない。
「さすがはポンペイオス。ですが、彼らが難癖をつけてくる理由を考えたことはありますか?」
ポンペイオスがどういうことだ?
という眼でカエサルを見た。
「彼らは、あなたが元老院の体制を維持するための敵であるとみなしているのです。海賊もオリエントも制圧した英雄ポンペイオス。元老院が、門閥派があなたに不満を持っているのはあなたが執政官になった時からです。さらに言えば、元老院議員ですらないのに司令官として軍隊を持った時かもしれません。もしくは凱旋式を上げたときかも。」
まくし立てるように言うカエサルを見てポンペイオスは動揺しながら言った。
「凱旋式はスッラの許可を得ていた。司令官だって元老院の許可は得ていた。」
「元老院はしぶしぶ例外を認めたんですよ。だからあなたは元老院にとって敵視されているのです。」
ポンペイオスは何も言い返せなかった。
「だからあなたの英雄的行為にケチをつけ、あなたの成果を少しでも下げたい。それを実施しているのが門閥派です。」
ポンペイオスには思い当たる節がいくつもあった。
顔に迷いの色を浮かべる勇猛な将軍を見ながら、カエサルは優しく声をかけた。
「あなたと私とクラッススが組めば、元老院全体の掌握は無理でも市民集会は支配できるでしょう。ホルテンシウス法があるおかげで、市民集会で決めたことは法制化できます。苦労をして門閥派を納得しなくても良いのです。私が執政官になった2か月目には法は実現できているでしょう。」
ポンペイオスは固まったままである。
門閥派に支援にはいってもらうためには、彼らの細かな指摘を耐えなければならない。ポンペイオスはそれをすべて受けてでも話を前に進めたかった。
だが、カエサルの話を聞いていると根本的なところで自分を敵対視している門閥派と組みよいのかわからなくなってきた。
そこへカエサルが追撃する。
「あなたとクラッススとが復活させたホルテンシウス法が生きてきます。この法を最大限に生かして市民集会で決着をつけましょう。そうすれば、春には兵士たちは笑顔で自分たちが働いた恩賞を手に、ポンペイオスへの感謝を、ローマへの忠誠を誓うでしょう。」
確かに、カエサルの言う通りなら、春には兵士たちが笑顔になれるだろう。
もし門閥派側についたならば、兵士たちは恩賞をもらえるかも不透明だった。すでにかなりの時間を浪費していて何も決定できていないのだから。
ポンペイオスは頭の中では門閥派ではなく、クラッスス、カエサル、そして自分が市民を動かしたときにどうなるか、その実現可能性で頭がいっぱいになっていた。
そこへカエサルはさらにポンペイオスを引き込むために、
「さて、今決定していただかなくても大丈夫。少し座って話をしませんか。」
そういって相手にしっかりと考える時間を作る。
ローマ一のプレイボーイと言われた男は、英雄を気遣いながら、話し合いを自分のペースに持っていった。
それから席に戻ってカエサルは、ポンペイオスと向かい合って自分の構想を話していた。
「今、ローマはかつてない広大な領土を抱えています。1日2日ではたどり着けないほど大規模な領土をもって。軍隊の移動もローマの国境まで行くには3カ月かかります。このような巨大になったローマの領土をどう守るのか。その領土を守っているのは既存の毎年2人選出される執政官や法務官ではありません。マリウスであり、スッラであり、ポンペイオスのような優れた将軍でした。」
「その将軍の深慮遠謀を、遠いローマから見て政争の具にしている。それが今のローマです。」
ポンペイオスは黙ってうなずいた。
「ポンペイオス、未来に渡ってあなたは今後も元老院の、門閥派に鎖をつけられてしまうでしょう。もしくはその名を貶められるでしょう。マーニュスの名はそれだけ大きくなっています。」
ポンペイオスが現状を理解しているのを確認しながらカエサルはさらに言う。
「私の提案は、ポンペイオス、兵士達から絶大な信頼と支持を持つあなたと、反元老院として民衆派の私、そして騎士階級、商人に影響力を持つクラッススの3人が同盟をすることで、元老院、市民集会、護民官に影響をあたえるようにしよう、というものです。1人では影響力に限界があっても3人が歩みをそろえると、執政官も護民官も出し続けることができる。そうすれば門閥派の意向を気にしないで、私たちの意思でローマをより良い方向に持っていくことができます。」
クラッススの名前を聞いて怪訝な顔をしたポンペイオスが言う。
「クラッススか、やつを私は好きではない。やつは金のことしか考えていない浅はかなやつだ。」
全体の話には納得しながらも、不満をポンペイオスは頷いた。
「確かに私と君とクラッススがいれば、市民集会は握れるだろう。」
「ホルテンシウス法があるので、門閥派が反対してもオリエントの君主達と約束した条約も、兵士達への恩賞も通過させることができます。」
「そうなるな。」
「門閥派の意向を伺う必要はありません。私を執政官に推してください。」
「そこは納得できた。そして君も初の執政官になるのだ。大きなメリットだろう。だがひとつ。私と君の仲にはひびが入っていたことも思い出したまえ。何度ももちだしたくはないがムチアの件もある。君を信頼していいいのだろうか、と言うのが私の疑問だ。」
「そこは私を信じてもらうしかありません。」とカエサルは答えた。
ポンペイオスはここで言葉をつづける。
「気になるのは私が君を応援して執政官になったとする。君が借金のせいでクラッススの傀儡に成り果ててしまわないか?そしてあいつが私の名誉を傷つけたりしないか、そこを心配している。クラッススは信頼できない。そして君を信頼してよいのか私は今判断できない。」
「私は昔からクラッススの派閥入ることは拒絶しています。あなたに誘われた時に同じように誘われましたが。私は私でいることを誇りにしています。借金がいくらあっても変わりません。」
ポンペイオスが笑顔になった。
「あはは、そうだな。君は私にもクラッススにもスッラにさえへりくだらなかったタフなやつだったな。」
昔を思い出して英雄は笑って言う。顔はカエサルをしっかりと見据えている。
「だが、何か私と君をつなぐ縁があった方が良いな。」笑いながらポンペイオスは真剣な目でカエサルを見た。
「確かにそうですね。我らはお互いに独り身です。誰か身内で姻戚関係を結ぶというのも手でしょう。」
そう言ったカエサルを見てポンペイオスは言った。
「君にはかわいい一人娘がいたな。彼女を私の嫁にするのはどうだ。」
笑いながら言うポンペイオスに対してカエサルは真剣に。
「それはできません。」
そう言った。
ローマの元老院議員、貴族階級は政略結婚が当たり前だった。
カエサル自身もポンペイオスも政略結婚である。
カエサルがポンペイオスと縁をつなぐには最適な話をポンペイオスが振ってくれたがカエサルは即答してしまった。
ポンペイオスを説得した。
そう思ったところでポンペイオスから縁故を結ぶのはどうだ、と言う提案を受けたカエサルは
即答で拒否。
執政官就任、そして安定した政権づくりのための政略結婚案を拒否したカエサルはどうするのか?