ローマ人とゲルマン人
ゲルマニアで勢力を誇るアリオヴィストスと相対することになったカエサルだったが、巨大な体躯を誇るゲルマン人に対して、ローマ人の兵士たちは、尻すごみをしつつあった。
「肉を食わず麦を食べているからローマ人は大きくなれない。」
そういってガリア人やゲルマン人から馬鹿にされることが多かった。
実際並べてみるとガリア人と比べてローマ人は人の頭一つ分ほど小さかった。
さらにゲルマン人とガリア人を比べるとさらに人の頭一つほど小さかった。
そうするとゲルマン人とローマ人は二人の頭分もの差を持つことになる。
さらにゲルマン人たちは日々肉を食べ鍛錬を欠かさず、力強い体躯を持っている。
ローマ人はそのゲルマン人と比べて小さく頼りなく子供のようにしか見えなかった。
ガリア人の中でも戦闘に自信を持っていたヘルベテ族を倒したことで一時的に士気のあがっていたカエサルのローマ軍団だったが、次の戦闘相手がゲルマン人になりそうであると聞くと一挙に士気が下がってしまった。自分よりもはるかに高く大きく、皆が巨人のような身体をしているゲルマン人との対決である。その悪い噂が日に日にローマ軍団の中に少しずつ広まっていった。
さらに彼らのやる気を削いだのは、カエサル旗下の騎兵隊にいるゲルマン人の傭兵隊を実際に見て、味方にしていると心強いが敵にすると大変だと思わせたことだった。彼らはデモンストレーションにローマ人を遥かにしのぐその身体で、ローマ軍の軍装を着せた人形に盾を持たせておいた。
それを置くと素早く動いて鉄の盾を斧で砕き、剣で鎧を貫いて見せた。
これ以降、カエサルの抱える軍団はゲルマン人への恐怖に襲われることになった。
カエサルは、ゲルマン人をまとめるアリオヴィストスに手紙を書いて、やりとりをしていたのだが、傭兵隊長の行動のせいで兵士たちの士気が下がっていると聞き、ゲルマン人の傭兵隊長を呼びつけた。それから傭兵隊長と話をして、今後、軍団と行動するときは、過剰な演出は、演出を説明するように指示した。傭兵隊長は、もっと厳しい叱りを受けると思っていたので拍子抜けしたように聞き返す。
「罰はないのか?」とゲルマン人の傭兵隊長はカエサルに聞く。
「君を罰してどうする。私の軍団が君たちの迫真の演技に騙されたのは君たちのせいじゃないだろ?彼らが純粋なだけだ。彼らがゲルマン人を知りたい、と言ってきて、君は見せただけだろう?それを罪に問えないよ。」と言って笑った。
「総督は俺たちがやったことを知っているのか?」
「ああ、ローマの見世物で見たことがあるよ。すでに割れている鉄の盾を斧で砕いて見せる、とか鎧をやすやすと貫く剣とかね。」
「なるほど、そんなに広まっていたのかい。」と傭兵隊長は頭をぼりぼりとかきながら笑った。
「初めて見た時は私も驚いたね。それだけ見ごたえがあった。素晴らしい見世物だ。ここからは総司令官である私が、見世物に驚いた兵士たちに喝をいれる番だね。」
「それはありがたい。そこまで怯えるとは思ってなかったんで。しかし総督は気さくで話がわかってうれしいね。アリオヴィストスの野郎を倒したらゲルマニアを制覇しませんか?」
笑いながら傭兵隊長はカエサルの顔を見た。冗談ではない。本気だろう。
「ふふ、素敵な申し出だね。アリオヴィストスが私の話を聞くようになったら考えておこう。」
笑顔でカエサルは傭兵隊長に返事をした。
傭兵隊長も笑って、礼をしてカエサルの前から去っていった。
翌日からゲルマン人と対決する前に尻すごみをしつつある兵士たちをカエサルは見て回った。司令官たちも少しびびっているようだった。
勇猛であると思っていたプブルでさえ、不安を抱えてカエサルの家に来ていた。
「もちろん、私はあなたの指示に従います。ですが、部下たちが恐れおののいているため、戦いにならないかもしれません。」とカエサルとダイン、ジジたちいつものメンバーがいるところで真剣に話をしてきた。
カエサルは、笑いながらプブルを見て
「プブル、我々はガリア人を簡単に撃退したばかりなのに、なぜ君たちはゲルマン人をそんなに怖がるんだい?」明らかにからかってる口調で言った。
「私ではありません。私の部下たちです。」
「そうか。」カエサルは厳しく言うことはせず若者の気持ちを汲みとりながら、さらに質問を重ねた。
「では、彼らはなぜ怖がっていると思う?」
「ゲルマン人はガリア人たちを押しのけて居座ろうとしています。それはゲルマン人がガリア人よりも強いと言う証拠でしょう。現に、鉄の盾を砕き、鎧を貫くゲルマン人を見ている者が大勢いるのです。」
カエサルはプブルの真剣な表情を見て笑った。
「はてさて、鉄の盾を貫く、というとこんな感じかな。」
プブルが見ている前でカエサルは、ダインに盾を持ってくるように言った。自分は部屋にあった棒切れを持ち出して構える。
ダインがすぐに盾を持ってきたので、構えさせて棒切れで盾を割ろうとする。
プブルが何をやっているんだ、という目で見ていたが、カエサルの持った棒は、鉄の盾を曲げ、間を貫いた。
総督はどや顔で若いプブルを見て言った。
「こういうことかい?」
鉄の剣を貫いた棒を見せて、カエサルは笑った。
プブルはゲルマンの傭兵隊に揶揄われたことを恥じ怒った。
「ゲルマン人が大きいから、という自分たちの思い込みを逆手に取られたんだ。彼らに罪はない。その程度の噂や見かけで騙される者たちが悪いのさ。」と笑いながら若者に言った。
「しかしカエサル、多くの兵がそれを信じていますよ。」と恥を感じつつもプブルも言い返す。
「それは問題だが、実際にアリオヴィストスとのやりとりで戦う必要が出てきたら、私が皆の心配を払拭してみせよう。」
そういわれるとプブルはそれ以上のことは言えなくなった。
カエサルはビブクラテの家にいながら、手紙を様々なところに送っていた。
そして、ヘドゥイ族の族長デビチアクスや近隣の諸民族の長を集めて、ゲルマニアの動きを聞き、どのように動くかを相談していた。
その間に、カエサルとアリオヴィストスのやりとりは始まっていた。
まずカエサルが、アリオヴィストスに「ローマの友」であるヘドゥイ族やヘルベテ族に手を出すことは許さない。同じく「ローマの友」であるアリオヴィストスにゲルマニアからガリアに来ないようにと指示を行った。
それに対してアリオヴィストスは、ゲルマニアやローマの領土ではないガリアの地で自分が何をしようが勝手である。ローマ人のカエサルこそガリアから去るように言ってきた。
カエサルの幕僚はその言い分に腹を立てていたが、カエサル自身はそこまで気にした風もなく、交渉を続けた。
次に送ったのはゲルマニアに退去しない場合、ローマの将軍としてカエサルがアリオヴィストスを叩く必要がある。それはローマにもゲルマニアにも不幸なことだ、と伝えた。
だが、そこに帰ってきた答えは、カエサルの顔色を変えさせた。
「自分はガリアで不敗の王である。ローマのカエサルが出てきたとして相手にはならないだろう。さらにローマの中枢ではカエサルの死を祈り自分にカエサルを倒してほしい、と依頼する者までいる。ローマの元老院からも疎まれるカエサルと比べて、ゲルマニアの王であり、ローマの元老院からも頼られる自分であることに間違いない。よってカエサルこそ自分の国でもないところに来ずに自分の国に戻るべきである。」
そう記されていた。
アリオヴィストスとのやり取りの中で、ローマ人のなかでカエサルの死を願うものがいる、という手紙をもらったカエサル。ゲルマニアの王との争いをどのようにしていくだろうか?




