ヘルベテ族の略奪
ガリア東部の部族、ヘルベテ族が動き出した。
そんななかでカエサルはガリアとゲルマニア全体の理解を深め、
側仕えである仲間たちにも共有をはじめていた。
痩身の総督は、小柄な青年と相対しながら、机の上に広げた地図を見て話をしていた。
「うん、今までに集めてきた情報を整理するとこんな感じかな。」
その手には羽ペンが握られ、地図には様々な書き込みがなされていた。
「こんなにも北イタリア全体の姿に迫ったものはないだろう。これは、情報部の偉業だね。そして実際に各地を最も踏破してくれた君の偉業だよ、ザハ。」
「私は必要と思われることをやったまでです。」
そう言いながらもカエサルから絶賛されて青年の無表情そうな顔が少しうれしそうだった。
カエサルはその顔を見て満足そうに笑う。
「しかしすごいですな。私はローマのすぐ近くの海、地中海を感じて、反対側の海、アドリア海までは知っていましたが、西の果ての海や北の果ての海、さらにその先に島があるなんて知らなかった。世界は広いですな。」そう感嘆しながら言ったのはヒスパニア出身のバルブスだった。
「私も驚いてますよ。世界が海に囲まれているとは想像していませんでした。これでいくともしかしたら東の果ても海なのかもしれない。」そう述べたのはプブリヌス。
皆、情報部のまとめた地図を見て様々な感想を言った。
「皆、ザハを褒めてくれ。そして情報部の皆を褒めてくれ。さて世界の広さを感じたところで、今現在私たちがいるのはここだ。」そう言って地図のはるか南のほうを指す。
「うへえ、俺たちローマから今回は結構な旅をしたはずなのに、全然旅をしていない感じですね。」とダインがローマからジュネーブまでの距離が地図上では少しの距離に見えることに溜息をついた。
「確かに。私はヒスパニアを出てローマに来た時、世界を股にかけたつもりでしたが、まだまだ大したことなかったですな。」とビブルスも残念そうに頷く。
「ふふ。皆の気持ちもわかるよ。しかし、私はここまでの地図が書けるくらいに土地を踏破して作成した情報部を誇りたい。こんなにイタリアの北を調べつくした者はいないのじゃないかな。私の情報部がこんなにも優れていることを知ったら、様々な者たちに狙われる可能性もあるから、私のやり方で静かに誇ろうと思う。」
そう言ってにやりと笑って皆を見てさらに言葉を続けた。
「この地図を見ながら確認をしよう。まずはガリアを見てくれ。ローマでガリアと一言で一般的には呼ばれているところは実際にはガリアと呼ばれる地域の南側の一部で、それでも諸部族が共存していたり争ったりしている。さらに近年ガリアで問題になっているのが東のゲルマニア、この地図の右側にある我々よりはるかに高い身長、大きな身体を持った巨人たちがガリアを侵攻しだしている。」
「ゲルマニアも広いですよね。」とジジが言うと
「ゲルマニアも広かったです。そして、ガリア以上に生い茂った森があるところと森がなく開けた土地もあり、ガリアと同じかそれ以上に広範な台地があると思っています。ここを超えると、黒海があり、我々が以前行った旧ビティニア王国、アルメニア王国のあたりに繋がっています。」とザハが言った。
全員が小柄な青年の言葉にうなずく。
カエサルはそこから皆にさらに話を続ける。
「今、我々はガリアの中でも東よりにいるヘルベテ族がローマの領土を侵さないか、に注意をしているだろう。だが、彼らはなぜ部族全体で大移動しようとしているのか?」
ここまでは何度も話に出てきて皆既に知っていた。先生になった感じでカエサルが復習しているだけだ。
皆を見渡してカエサルが言った。
「ゲルマン人ですよね。」とダインが言った。
「そう、ゲルマン人がヘルベテ族の領土を侵略しているからだ。だからヘルベテ族が移動を止めるのは、ゲルマン人の移動を止める必要があるだろう。だがゲルマン人を止める前にすでにヘルベテ族が動き出した今となっては、彼らを説得するか、力で抑え込む必要がある。その後でゲルマン人たちを説得するか、痛い目を見させて二度と侵入する気をなくすか、が必要になる状況だ。だが、ゲルマン人の性向から考えると少なくとも一戦してローマの力を見せつけておく必要がある。」
「ヘルベテ族を一旦止め、早い段階んでゲルマン人を説得または戦闘で叩くということですね。」とプブリヌスが言う。
「そうだな。戦わずに済めばよいが、最悪はヘルベテ族、ゲルマン人と連続で戦う必要があるかもしれない。しかも、問題になるのは戦う正当な理由があるかということだ。ローマ領を侵攻してくれれば、すぐに撃退にいくのだが、ゲルマン人やガリア人が近隣のガリア民族に少し攻撃をしたくらいでローマ領を侵攻していないのであれば軍団を動かす理由としては弱い。」
「門閥派が揚げ足を取ってくるでしょうね。」とビブルスが言う。
「偉い人たちは属州で務めた経験があるはずだから、蛮族の侵攻に理解があっても良さそうですけどね。」とダインが苦々しく言った。
「新時代派を攻撃できるスキを伺っているやつらにとってはケチをつけやすいところだからね。戦う理由なく単にヘルベテ族やゲルマニアと争って勝つと、元老院から許可なく勝手に近隣の友好的な国家をカエソルが勝手に侵略した、と言うだけだろう。そのためにも戦闘になった際の理由を私は「業績に関する覚書」に明確に書き、正当性をローマの民衆にも伝えておくつもりだ。」
皆が頷いた。
「だから書き出しから、ガリアのこと、そして我々の正当性を読む人が理解できるように、さらに言えば読み手が続きを読みたくなるような書き方、言葉をしっかりとしていく必要がある。当然書き直しも増える。ということは紙もたくさん必要になるわけだ。紙の準備ととりまとめをよろしく頼むよ。」
少し悪戯心のある言い方にカエサルの側仕えの皆から、えー、と嘆息が聞こえた。
そんな今後の話をしていたところで天幕に使者が入ってきた。
「どうしました?」とすぐにジジが立ち上がり、質問をする。
「カエサル閣下、ヘドゥイ族の族長より緊急のご相談事があるとの連絡です。こちらの手紙をご確認ください。」
カエサルはすぐにその手紙を受け取り、皆の前で一読して、皆の前で口を開いた。
「ヘドゥイ族の族長より、ヘルベテ族が単なる移動ではなくヘドゥイ族の領土を侵略しだした。ヘドゥイ族の一部が反撃をして混乱が大きくなっている。ヘルベテ族と戦闘をする必要がある。友邦であるローマ軍に助力をこう、との連絡だ。」
皆の顔が一機に引き締まる。
「全軍団にすぐに動ける準備をしておくように指示しろ。そして食糧を準備し移動できる準備だ。軍団長、司令官たちも会議をする天幕に1時間後に集合するように伝えろ。至急ヘドゥイ族の本拠地に移動する。」
そこまで指示して、伝えに来た使者にも話をした。
「へドゥイ族に伝言をしてくれ。ローマ軍はすぐに動く、と。へドゥイ族も軍を準備し、ローマ軍の食糧の準備をしておくように伝えてくれ。」
すぐに使者は返事をうけとり、天幕を出て行った。
残されたカエサルの側仕えたちも危急の時をしりあわただしく動き出した。そんななかで小柄な青年であるザハがカエサルに話しかけた。
「カエサル、ヘルベテ族の戦闘員は11万の大軍です。」
「ああ、わかっている。約3倍の敵となるわけだ。戦うなら時と場所を選ぶ必要があるね。そこは軍団から斥候を出そう。ヘドゥイ族からも情報が入ってくるだろう。ガリアにいる情報部のメンバーにもヘルベテ族、ゲルマニア人たちの動きを監視させてくれ。そしてザハ、君はヘドゥイ族側の動きを調べておいてくれ。彼らが信頼できるかわからない。」
小さな青年は、わかりました。族長周辺を探っておきます。
そう言って天幕を出て行った。
ヘドゥイ族の許可で領内の通行を許可されたヘルベテ族がヘドゥイ族の村々を襲っていると報告があり、ローマ軍も友邦のために立ち上がる。
カエサルはヘルベテ族を抑えることができるだろうか。




