カエサルの業績に関する覚書、を準備する
カエサルは着々と属州総督になること、ローマを長期間離れるための準備をしていた。
その中で新時代派としてできる新しい取組の準備にもとりかかる。
属州総督には2度目となるカエサルだったが、前回ヒスパニアに行く時とは違って様々な準備を行った。なぜなら、ヒスパニア属州の時は、属州自体が安定していたこと、任期も1年という期間の短さもあり、カエサル自身も任期が終わり次第執政官に立候補するつもりだったため、やることはしっかりとやりつつ、やったほうが良いようなことまでに手をつけなかったためである。
それでも隙あらばローマやイタリア半島とは違うヒスパニアの文化に触れたり地酒を楽しんだりしたのはカエサルらしかったのだが。その1年でも近隣の蛮族と争うことがあったが、カエサルの戦術は見事で初回の戦闘で圧勝してからは全くというほど抵抗を受けなかった。
今回はどうだろうか。
5年という任期期間の長さ。ガリア・チザルピーナ、ガリア・トランスアルピーナ、イリリアの3つの属州を見るという領土の広さ。
保持できる軍団も4軍団2万4000人と多い。
当初2つの属州だったが、つい先日にガリア・トランスアルピーナにいる属州総督が急逝したことを受け、人がいないためカエサルが急遽手を挙げたことによる。新時代派が完全に元老院を抑えているため、反対を押し切って可決された。
これによってイタリアから北の地はすべてカエサルの統治する属州となった。
その新時代派の舵取りが遠距離で行えるか、も今回のカエサルの課題だった。ポンペイオスは妻のユリアとの新婚生活を楽しんでいる。クラッススはもともと政治全体には興味が薄い。カエサルのおかげで自分が成立させたかった法案を成立させたことで政治への関心が低くなっていた。
それらを念頭にカエサルは、自分が不在のローマで新時代派が権力を維持しつづけるための準備を始めた。まずは政治面ではすでに翌年の執政官2名を決定しておく。
プブリヌス、ダイン、ジジの3人を連れていく。
それから秘書的な役割をしてくれているバルブスも連れていくことにした。
ダイン、ジジは身の回りの世話、プブリヌス、バルブスまでも連れて行くことにしたのはカエサルらしい理由だった。
準備の段階で呼ばれたプブリヌスとバルブスはカエサルの説明を受けて、うなりながら返事をした。
「はい?それは確かに重要だと思います。ダインやジジよりも私たちのほうが向いているでしょう。」
「じゃあ、ガリア方面に行く準備を頼む。」
プブリヌスとバルブスは仕方ないという風に頷いた。
カエサルからガリアへの同行を求められたのだ。
行くのはいい。では何をするのか、と2人が質問をすると、予想外の答えが帰ってきた。
ガリアでの5年間の生活を、覚書にしたい。
「覚書。書面として残すということでしょうか?」とプブリヌスが聞き返す。
「ああ、元老院に提出するために作成が必要だろう。だがそれだけじゃない。」そう言って彼らの主人は笑顔を見せた。
この笑顔を見せた時のカエサルは何かとんてもないことを考えている。プブリヌスもバルブスもそう思った。
「嫌味にならない文章で覚書を書くんだ。どう思う、インゴド?」
「それは良いことでしょう。」と情報部の長は言った。
「なぜ、覚書としてわざわざ書面にするのですか?」とバルブスが聞く。
「宣伝戦ですよ。」とインゴドが答えた。
「はい?」プブリヌスとバルブスが2人で聞き返した。
「新時代派の核となるカエサルが長期間ローマを開けるでしょう。絶対に門閥派を中心に元老院は動きます。そして民衆はそのままでは流されていくでしょう。クラッスス、ポンペイオスに政治的な動きを過度に期待しなくても、当面新執政官が頑張ってくれるでしょうが、弱い。」
と情報部の長が説明をする。
2人はなるほどと頷いた。
それをみてインゴドは顎に手をやってさらに説明を加えた。
「どうするかというと、カエサルの業績を、書面にして元老院にも貴族、騎士階級、市民に広く伝えるのです。」
「なるほど。」うなずく2人。
「どうせ、元老院には報告書を上げる必要があるのだから、その手間を省き、かつ同じものを民衆にも見せて、皆がカエサルに心酔するようにしたい。というわけですね。」とプブリヌスが言った。
「一石二鳥というわけか。」とバルブス。
「ええ、そういうわけです。」
「しかし、単なる業務報告で民衆がカエサルを支持するようになるとは思えません。」とプブリヌスが疑問を投げかけた。
「ガリアは今やざわついています。1,2年の間に必ず騒ぎが起きるでしょう。そこにカエサルがさっそうと登場して、ガリアの民衆を助け敵を倒す、というわけです。」とインゴドがガリアの状況も加えて説明した。
「なるほど、陳腐だが悪くない筋書きだ。」
「5年間、1年に1つ作って5つの大作を民衆にも伝えていかなければいけない。だから宣伝戦だと。」
「そう。元老院がなんといおうが、カエサル支持派を一定量維持するのです。」
「しかし、行き当たりばったり過ぎますな。他に策はないのでしょうか?争いが起きなかったら、田舎暮らしの平穏無事な日記になってしまうでしょう。他にもいろいろ手はうってあればいいのですが。」プブリヌスが少し冷たく言った。
「しかし、報告書がローマ市民に広まるまでにも時間がかかるでしょう。市民が熱狂するかは疑問ですね。」とバルブス。
「そこなんだよ。報告を上げるだけだと時間がかかりすぎるからね。覚書を書き写して市民に届けさせる必要もあるだろう。写本を1冊できてからまとめると時間がかかりすぎるから、そこは情報部のメンバーが写本が得意な人たちを雇い、随時行き来してローマ市民、私やクラッススが懇意にしている商店などを通して市内にいきわたるように準備してほしい。」とカエサルが熱く言った。
「わかりました。」
「ぜひ活躍してくださいね。」
「活躍する場がなかったらどうしましょうかね。」
「活躍してみせるさ。」とカエサルは強気に言った。
これが我々の反門閥派対策だ、とも言った。
2人が納得したところでより4人で深い話をしていく。
「タイトルどうしますか?」
「『ガイウス・ユリウス・カエサルのガリアにおける勝利報告』、『3属州におけるユリウス・カエサルの活躍報告』、『カエサルの属州総督記録』みたいな感じですかね。」
いくつかの意見をバルブスが提示した。
「それは嫌らしい名前だな。」
「戦いになるかもわからないですよね。だからシンプルに業績に関する覚書がいいのでは?」
「戦いにはなるだろう、とは思っているよ。」
「でもわからないんですよね。じゃあ行ってみてから決めますか?」
「表にかっこよく書いておきたいんだよ。本当はもっとシンプルにみんなの心に響く名前にしたいんだけどね。『ユリウス・カエサルのガリア戦記』とか。」
「注文多いなあ。」とインゴドが言って笑う。
「でも、戦いが行われるか交渉事だけで終わる可能性もあるんですから、業績に関する覚書くらいがよいでしょう。」とプブリヌスが警告をした。
「なんか心に響きにくい名前なんだよね。」とまだ愚痴るカエサル。
「大丈夫ですよ、そのあたりは中身でカバーしましょう。カエサル、あなたの筆力で読む人の心をとらえてください。あなたの文筆家としての力が試されるのです。そして私は実現できると思っています。」インドドの言葉におだてられて納得したのか、カエサルもタイトルを筆力でカバーすることに同意した。
「私の表現力にかかっているか。そうだな。なるほど。じゃあそれでいくかな。」
「ええ。」
「しかし、タイトルはそもそも元老院にも提出するんですから、あまり派手な名前はダメでしょう。」とバルブスたちは笑って言った。
結局、「ガイウス・ユリウス・カエサルの業績に関する覚書」というタイトルで、ローマ市内で最低20冊以上の写本を準備して展開することが決定された。
それを任されたインゴドは泣きながら言った。
「俺も属州に、ガリアにいきてえ。」
「しかし、君しかいないだろ。宣伝戦を繰り広げられるのは。」
「それに、ローマで何かあった時のためにもインゴドにはローマにいてほしいんだ。」
「嫌だあ、こんな面白そうな状況でガリアに居れないなんてありえねえよ。」
「仕方ないだろう。ザハに宣伝戦は向かないんだよ。」とカエサルが慰めながら説得に向かう。
「そりゃそうですけどね。あいついいなあ。」と愚痴りながらインゴドも納得することにした。
「ですが、ガリアが終わって面白いことがある時は次は俺を使ってくださいね。」とお願いもした。
こうして、宣伝戦の方向性もまとまった。
カエサルの業績に関する覚書
3つの属州統治では、不穏な動きを見せているガリアの諸民族やゲルマン人との戦いが起こる可能性が高いと考えていた。
そして自分ならそれでも敵に勝てるだろうとカエサルは思っていた。
その結果として覚書を書き、それが若者を虜にして庶民の人気、話題をさらうことまでカエサルは想像して楽しい未来を想起していた。
だが、後世「ガリア戦記」として2,000年もの間読まれ続ける大ベストセラーとなることは、さすがのカエサルも想像していなかった。
カエサルにとっては文筆家として、ローマの政治家として、そして宣伝戦略として行うことにした「カエサルの業績に関する覚書」の構想がまとまる。そしてついに執政官の仕事を終え、属州に赴くことになる。




