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革新期のユリウス・カエサル  作者: くにひろお
ユリウスとカエサルの年
39/68

カルプルニアとの結婚

カルプルニアを一目見ようと出かけたカエサルは、ピソ邸に足を向ける。

そこにはすでに多くの人だかりができていた。

警士に見送られつつカエサルの隠れた外出はダインとジジ、そしてクラッススの息子プブルが付いていくだけとなる。

公邸を後にして駆け出したカエサルに追い付いたプブルは、どこにいくのかを質問する。するとカエサルは、ピソの家だと言った。

「ピソの家」追随する3人はピンときた。

「ピソの娘、カルプルニアを一目見ようと思う。」

ダインが強く「本当に一目見たら帰るんですよ?」と念を押す。

「もちろん。当然だよ。」と軽く答える主人を信じられない、という顔で見る。

まだ若いプブルは、傍仕えであるはずのダインの物言いに少し不愉快さを感じた。カエサルがどう動こうがカエサルの自由であるはずなのだ。

「カエサルがやりたいことに私は従います。」と言った。

「主人に諫言するのも側にいるものの役目です。」

そう言ったのは、もう一人のカエサルの古くからの傍仕えであるジジだった。

プブルはそれにも同意できなかった。カエサルが間違えることなどない。だからジジの言葉を聞き流した。



カエサルの「一目見たら帰る」という言葉は過去の経験からすると、うそだった。

本人に悪気はないのがさらに悪いのだが、カエサルの言葉を一般的な言葉に直すと「私のやりたいことが全て終わったらすぐ帰る。」という意味なのだと、ダインもジジも身をもって知っていた。

そしてカエサルの言う「一目見たら帰る」を実施している間に何度ハプニングに巻き込まれたことか。2人は思い返したくもない気分だったが、まだ付き合いが短いプブルはそのあたりを理解しておらず、カエサルが言うことはすべて正しい、と思っていた。


「結婚はもうほぼ確定でしよ?なんで今さら。」

早めに歩きながらダインがぼやく。

「やはり、いつもの姿を見たいじゃないか。」今までだって見てただろ?」

そう言ってカエサルはダインを当然だろうというふうに見る。

ダインが昔の嫌な思い出を頭に浮かべる。

カエサルの初めての結婚は16歳。

その時も同じことをした。相手を見に行こうとカエサルに言われて、まだ少年のダインはカエサルの親友だったキロと共に何も疑うことなくついていった。

相手は当時の執政官キンナ。スッラが不在のローマで急に民衆派を代表して名乗り上げた時の権力者。カエサルの相手はその娘だった。

キンナとしては民衆派の英雄マリウスの甥っ子というブランド名が政治的な結果が欲しかったための政略結婚だった。15歳のカエサルには選択権も拒否権もないはずだったが、その時、カエサルは反対も賛成もせず、相手を見たい、とこっそり覗きに行ったのだ。

キンナの邸宅は警備も厳しかった。

今思い出しても汗が出る。

静かに潜入したのだが、自分のミスで音を盾て侵入がばれて逃げたのだから。結局、キロが囮になってカエサルは結婚前の初婚の相手コルネリアと会うことができた。さらにカエサルは逢うだけでなく居座ってコルネリアと話を楽しむという暴挙に出て、「一目見たら帰る。」を全く無視し、囮をしたキロから厳しく怒られた。ダインもその時は自分のミスがあったので、カエサルと共に厳しく怒られた。

痩身の若者はその当時から切り替えも早くキロに怒られてもさほど気にせず、キロが正しい、とだけ言ったがダインはいつも兄のように慕っていたキロから鬼のように怒られて衝撃を受けていた。

「今なら見つかっても怒られたりしないだろう。今やローマの誰もが知っている執政官ですからね。」自分を落ち着かせようとダインはそう言った。

「執政官として堂々といくのはつまらない。ここは素性を明らかにせず隠れていくのが礼儀だ。見つからないように気を付けろ。もしばれたら過去の失敗を世間に広めてやるよ。」と笑っていう。

「やめてください。」とダインは焦る。

この愛すべき執政官は本当にやりかねなかった。

時間を見ては書物を自分で書き人に見せることを愛している。最初は考察や議事録だったが最近では感想や文化的な考察など。そのうちお笑いの本も出すに違いない。自分がそのネタにならないように気を付けなければ。

「ユリウス・カエサルの鈍重な使用人の使い方についての考察。」

タイトルまで思いついてしまった。

数年前に結婚したダインだが、自分の家族にも子供にもそんな書物を残されてはたまらないと思って身震いした。

「いや、本当にやめて。」そう言っているうちにカエサルは笑いながら、「じゃあ失敗しないように細心の注意をはらいたまえ。」とイヤらしく笑って言った。

そうしてピソの邸宅の庭に静かに忍び込んでいった。

ダインは遅れまいと急ぎ、最後尾はすばやいジジが周りを伺ってから付いていく。



4人が静かにピソ邸に入る。

朝の早い時間は家人たちも忙しいことが多い。奴隷や家内で働く者たちもさまざまな家事などに追われていて出入りも激しい。

とはいえ大胆なことだった。

辺りに人がいない瞬間を見て扉を開いて邸宅の中を歩く。

事前にカルプルニアの部屋の位置はピソから話を聞いていて、大体の目途はたっている、とカエサルはいう。

裏口から入り、カエサルは迷うことなく客室、大勢が集まる広間を抜けていき、一つの個室に眼を向けた。

「人の気配を感じませんね。」とジジが言う。

「そうだな。」と相槌をうったカエサルは大胆にも個室を覗こうとしたが、鍵がかかっているようだった。

「残念だ。」そういうカエサルは、はピソ邸の建物の構造からして広間、客間があるほうが騒がしいことに気が付く。

どれどれ、好奇心を止められない男は、騒がしいほうに足をのばして聞き耳を立てた。


「カルプルニア様、ぜひ、私どもを推薦していただけないでしょうか?」

「われこそ。最もお役にたてます。」

「今までピソ家とも共に歩んできた我らをカエサル様にご紹介願えないでしょうか。」

さまざまな声がする。

察するにカルプルニアが父であるピソに代わって陳情を受けているのか。

しかし陳情している側も声が若いな。

「なぜ、ピソ殿は我々と共に行動してくれないのです。」

責めるような強い口調を聞いて聞き耳を立てていたカエサルは顔をあげた。

それから人がどよめくような音がしたので、遠慮せず扉を開けて中に入る。

「やあ、カルプルニア殿。」

何人もの男たち、女たちの視線が突然裏口から入ってきた男に注がれた。

中央で話を聞いていた若く可愛らしい女性と、彼女に詰め寄っていたであろう男、そしてその間で女性を守ろうとしている兵士など全員の目線が彼を認める。

「ユリウス・カエサルだ。」

「執政官様だ。」

そんな声があがり皆、若い女性からカエサルのほうに向く。

「やあやあ、突然登場してすまないね、皆さん。私がユリウス・カエサルだ。ちょっとカルプルニア殿に話があってきたんだが、どうも私の話題が出ているようだ。女性を追い詰める原因に私自身がなったのは嘆かわしいな。よろしければ私が直接伺いましょう。」

そういってしれっとカルプルニアの横に行った。

兵士も一瞬呆けた感じになったが、その大胆な男の申し出を簡単に受けいれて、カエサルとカルプルニアは一緒になって話を聞くことになった。


カエサルが躊躇なくカルプルニアの席の横にすわり、周りを見渡す。

その隙にダイン、ジジ、プブルも入り込み、兵士たちと共に周りを囲った。


「では君からどうぞ。」

カエサルは一番前にのほうにいた若者に言った。

「はい、カエサル様、お会いできて光栄でございます。ところで、私はカエサル様が軍団を作るのであればそこに参加させていただきたいと思いまして・・・。

若者の願いはカエサルが属州総督になった時に兵士として仕えたい、というものだった。

同じような声が続く。カエサルは一人ひとりの話を聞き、カエサルに仕えたいという若者たちについてはプブルに命じて若者たちの名前と住所を聞き、後日招集することだけ約束させて、帰らせる。

またピソが新時代派に鞍替えしたと文句を言ってきた者たちはカエサルに謁見することもなく、逃げるように去っていった。

あれだけ騒がしかったピソ邸だったが、兵士になる若者たちをまとめるとすぐに静まり、落ち着くことになった。


「今日は来ていただきありがとうございました。」

「いや、少しカルプルニア殿に会いたくなってね。来て正解だったな。」とカエサルはまだ少女の面影のある美女の落ち着いた笑顔を見ながら言った。

「そうですね。助かりました。」そういってあらためてカルプルニアから礼を言われた。

満足気になったカエサルはカルプルニアといくつか話をする。

そこでカルプルニアは、自分に群がった浅薄な若者たちに兵士として招集する約束をしても良かったのか、と聞いてきた。

「大丈夫。ローマの若者たちは追い詰められるほど強くなるさ。そうなるように私が鍛えるよ。」と言ってカエサルは自信を覗かせた。

その若者たちの対応に追われたプブルは、10人以上の若者の名前と住所を控えいて、今年中に連絡をとることを約束させられた。さらに驚くことにプブルさえ嫌じゃなければ、と前置きされたうえでカエサルから一軍を任せたい、と言われたのだ。

これにプブルの気持ちは天に舞い上がりそうになるくらいに嬉しかった。

「ぜひお任せください。」

こうして、カエサルに軍団を任せられること、そしてその軍団に浅はかなローマの若者たち10人以上を迎え入れることが決定した。

プブルが忙しそうにしている間、カエサルはゆっくいとカルプルニアとの会話を楽しみ、軽い食事をして気持ち良く過ごした。


こうして、カエサルと元老院穏健派のピソの娘カルプルニアの初めての出会いは良い結果になった。カルプルニアはカエサルの即断即決ができる大人なところに関心を持ち、カエサルもカルプルニアのかわいらしさ、美しさ、周りを見るバランス感覚に好感を覚えた。

政略結婚とはいえ、良い2人の関係が築ける出会いになる。


その後は妨害もなく時間を追って結婚式は豪勢に行い、多くの市民が招かれる。

カエサルにとっては3度目の結婚。すべて政略結婚であったがそれでもその結婚の意義やつながりを大切にしたいと考えるのはカエサルのやり方だった。



人としてのつながりができた中で政治面では、穏健派をまとめるピソが仲間となったことで、ピソを予定通り、来年の執政官にすることに決定。

カエサルたち新時代派は確実にその勢力を拡大していった。

カエサルは穏健派を取り込んだことで、クラッススが兼ねてより実現したかった属州税の決定方法についての改革を行う。これによってクラッススは自分の支持基盤である騎士階級にも面目を施せるとして笑顔になった。

カエサルとしてはローマの活性化のためにも属州改革は必須のことだったが、ローマに10以上ある属州の税や法を決め、公務員の姿勢にまで踏み込んだことで、ローマ市民権は持たないが、カエサルをローマの改革者として支持する層は共和制ローマの多くで見られるようになった。


こうして穏健派も味方につけ、騎士階級を取り込み、属州民からも支持させつつあったカエサルは執政官の後半にさまざまな施策を実現していった。

こうして、ユリウスとカエサルの年は過ぎていく。

民衆に圧倒的な印象を植え付け、門閥派に反発心を植え付けた一年が終わったが、翌年はガビニウスとピソの2名と新時代派の2人が執政官になることも決まり順風満帆に見えた。


カルプルニアとの結婚が成立したカエサルは自身の政治基盤をしっかりと固める。

あと幾つかのことをすれば、後顧の憂いなくガリア、イリリア属州に向かうことができる。

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