民衆の期待
ローマの外政をまとめたカエサルは、内政と来年以降を見据えて行動をする。
そのためにも自分の権力基盤の強化は必要なことだった。
「よし、プブル、付いてきてくれ。」
「はい。」
現役執政官にしてローマを支配する新時代派の3人の頭の1人、ユリウス・カエサルは、プブルこと、プブリウス・クラッスス。同じ3人の頭の1人であるクラッススの息子を連れてその日、朝から我が家を出た。
最高神祇官であるカエサルはその公邸を家として使用していた。裏口からさっと出かける。
カエサルの足は早い。急いでいるわけではなく目的に向かって進むとき、彼は足が早くなる。
主を見失いそうになりつつも、ダインとジジも慌てることなく少しずつ駆け寄り主に近づいていった。
執政官を守るはずのリクトル警士のリーダーは神祇官公邸の2階の客室に世話になっていた。ベランダから執政官が昔からの私的な側仕えだけを連れて出ていくのを見ていた。
「また個人的な外出か。」と嘆息しながらリーダーがいう。
「仕方あるまい。あれだけ大変な仕事を成し遂げたのだ。息抜きも必要だろう。」
となりで同じように見ていた仲間を見て笑った。
「執政官が私事で問題を起こしたら我々の責任問題になるのだぞ。」と厳しめの口調でいった。
「どうせ、俺たちじゃカエサル様を止められない。だが、公務以外で、過剰な自由を貫かれた場合、我々の責任ではないぞ。」と副官はあきらめて笑って言った。
警士のリーダーは以前にカエサルの側仕えに私的な外出は何をしているのか、側仕えの者2人に聞いたことがあった。
「女性と会うためですよ。高貴な身分の女性と会うのに、自分は護衛をたくさん連れて行きたくないんでしょう。かっこ悪い、というのがカエサルの言い分でしたね。カエサルらしいでしょう。」
と笑いながら言ったのはダインだった。
もう一人の従者であるジジは
「女性もだし、市内で友人たちとバカ騒ぎしたり、吟遊詩人や芸術家たちとの触れ合いに警士を連れて行くと皆警戒するでしょう。ゆっくり酒も飲めなくなる。だから私事で警士は連れて行かないんですよ。」
と、カエサルを若い頃から良く知る2人の意見は納得のいくものだった。
それから警士のリーダーはある程度の線引きをすることに決めた。
執政官になってからもカエサルは頻度こそ減らしたものの、以前から付き合いのある、既に結婚もして子供もいる女性たちとも以前と変わらずに大切に扱っていた。同じように詩人や芸術家、建築家などとの付き合いも大切にし、一緒にお茶や酒を楽しみ趣味を語らうことは止めなかった。
以前に側仕えと話をしたことを思い出しながら、リーダーは再び口を開いた。
「まあそこは微妙なところだけどな。それよりも、今日の行先はピソ殿の邸宅に行くと聞いている。」
「カエサル様が行先を言うなんて珍しいな。」
「そうだな。せめて行先くらい教えてほしい、と言い続けた成果かな。」
2人は顔を見合わせて笑った。
「違うな。」と声をそろえて笑う。
「もうそろそろ我々にも伝えていいんじゃないか、とかんがえたんだろう。ピソ殿の邸宅となるとそれこそ噂のカルプルニア嬢との結婚が決定したのかな。」とリーダーは言った。
「そうだろうな。しかし、貴族の政略結婚も大変だな。カエサル様は同じ年のピソ殿の娘を結婚相手に娶り、カエサル様の娘は年上のポンペイオス様に嫁いだ。」と副官。
「年齢に関係なく身内になることが大切なんだろう。だがポンペイオス様もユリア様を気に入っている様子。カエサル様がカルプルニア嬢を気に入ればいい関係が続けられるというものさ。」
「これで盤石になった新時代派は、来年の執政官にピソ殿たちを送り込み、さらなる地盤強化に励む、か。」
「お前も新時代派を応援しているんだろう?」と、お前もを強調してリーダーが聞く。
「もちろん、ローマの鬱積した雰囲気を打破してくれるのは、時代を壊す新時代派さ。そしてそれを率先するのは、ポンペイオスでもクラッススでもない、カエサル様だと俺は思う。」
「じゃあ、カエサル様が執政官を終えて属州総督になったならどうするんだ。」
「元老院が決めた街道の整備職から、ガリア、イリリア属州の属州総督になることに決定しただろ。その軍団に入りたいと思っているのさ。」
「せっかくローマ市内で働く警士になれているのに?」
「俺はまだ結婚もしていないしな。ポンペイオスの時代は終わりカエサルの時代が来るはずだ。ガリアでそれをみて見るのさ。」
警士のリーダーは笑って副官の思い描く未来が叶うように、と言ってくれた。
彼らだけでなく、未来に不安を持つ若者たち、青年たち、困窮した者たち、属州の統治に苦しんでいる者たち、今の社会に不満を思う人たちの多くが新時代派、そして執政官担った時は、女ったらしの借金王としか思われていなかったガイウス・ユリウス・カエサルに大きな変革の期待を持ちつつあった。
カエサルへの評価は執政官の半年で大きく様変わりした。
「女ったらしの借金王」から「強力な改革派」へと。
カエサル自身も民衆の期待を肌で感じてきていた。




