アントニウス暴れる
ユリアを襲う計画が判明して、カエサルはどう動くか。
「突然呼び出しとは、どうしましたカエサル。」
最初に口を開いたのはカエサルとほぼ同じ年のラビエヌスだった。
精悍な顔をした基本は無口な男だったが、中年の男はアントニウスの自分が呼ばれたということで自分が話をきりだしたほうが良いと判断したのだろう。
機転が利き、状況判断ができる。
ラビエヌスは頼れる同年代の男だった。
「私の娘、ユリアを襲う計画があることが分かった。」
カエサルは単刀直入に言う。そして2人の顔を見た。
共に強く感情を出さないが、ラビエヌスは厳しい顔をして、アントニウスは身体を怒りでこわばらせている。
ラビエヌスもアントニウスもユリアとは仲が良かった。ラビエヌスは本当の娘のようにユリアと接しており、物怖じしない美しい娘を可愛がってもいた。アントニウスは近い年齢のユリアを好ましく思っていた。
固まった空気のなかで、カエサルが話す。
「まだ計画の全容は知られていない。だが、目的はポンペイオスと私がこれ以上近づくことを阻止しようとするものだと思う。そのためにユリアを襲おうとするなど許されることではない。だから私はこちらから門閥派の過激な者たちをあぶりだしたいと考える。」
「やりましょう。」
2人の声は重なった。頼もしい2人に作戦を伝える。
カエサルの農地法が市民の圧倒的な支持で、ポンペイオスとクラッススの後ろ盾もあり成立してから、ローマ市内は活気に満ちていた。
カエサルはローマを変革に導く天才だ
ポンペイオスがすべてを裏で操ってローマを新しい時代に導いてくれる
そんな意見が街中に広がっていた。
そして、新しい時代を求める者たちは浮かれていた。
夜になっても今までになく美味い酒を皆で飲み、公衆浴場で皆が政治の話に明け暮れていた。女たちは帰りが遅くなった主人を叱るが、それでも未来への希望を感じていた。
そんな騒がしい夜に、明らかに軍人と思える者たちが歩いてきた。それは元護民官のラビエヌスを筆頭にした一団だった。賑やかな街が騒然となるが、その一団は市民に害をなす感じではなかった。
ゆっくりと歩く一団に酔っ払いの一人が声をかけた。
「今からどこに行こうっていうんだい、兵士の旦那。」
そう言うと、厳しい顔をしたラビエヌスは答えた。
「執政官カエサルとその家族を害そうと企んでいる者たちがいるという情報を手にした。そのため我ら私兵としてカエサルとその家族を夜通し守ろうと考えている。」
「なんだって?カエサルを狙っている誰かがいるってのかい?」
「ああ、残念ながらな。」
「おいおい、そんなこと許されねえ。それなら俺も参加するぜ、彼はローマになくてはならない存在だ。」
「そんなに酒に酔っている者には頼れないだろう。帰ってゆっくりしているがいい。」
そこまで話すと、ラビエヌスはカエサルの実家があるスブッラに向かって歩き出した。
酔っ払いは、足はふらふらしているが頭は冴えたようで、人々に今話した内容を伝える。そうすると酔っ払いの集うあたりが騒然としだした。
「カエサルを守れ。俺たちの農地法を守れ。」
そんな声が聞こえてきた。
ラビエヌスはその声を聴きながらゆっくりと毅然と街中を歩き続けた。
「我が敬愛するカエサルの命を狙っているのは門閥派だ。単純に命を狙うだけではなく政治生命を終わらせる可能性もある。」
違う場所で今度はアントニウスが自分の仲間たちを集めて、さらに周りを歩く者たちにも聞こえる大声で言った。
「そんなこと許されねえ。」と仲間が相槌を打つのを聞いてアントニウスは、
「門閥派のなかでもカエサルを狙いそうなやつは誰だ?」
「裏でこそこそ動きそうなのはキケロだ!」
「武力でものを制するのはルクルスだろう!」
「すべての裏にいるのはカピトリヌスだ!」
様々な声があがる。
アントニウスは、頷いて皆の意見を聞きながら、言った。
「カエサルはローマ人同士の争いを好まない、我々はそれを知っている。だから一人一人聞いていくとしよう。その際多少の武装をして、彼らにプレッシャーをかけてやろう。」
「おおー。」
アントニウスと彼の若い仲間たちは声を張り上げる。
貴人たちが揃って邸宅を構えている高級住宅街のあるカピトリヌスの丘に向かって歩き出した。
スブッラのカエサルの実家の周りは、民衆でごった返しになった。
ラビエヌスは、その周りを見て、民衆に話しかける。
「皆、よく集まってくれた。ありがとう。皆がこれだけ集まってくれば私も安心だ。それから、カエサルのご家族は無事なようだ。もしここに引き続きいてくれる者たちがいれば助かる。」
「任せろ!」
多くの民衆の声があがった。中には以前護民官をしていた者も混ざっている。
「ありがとう、それでは私は、カエサルは大丈夫か、最高神祇官の公邸に行ってこよう。神聖なる場所だ、皆あまりついてこないようにな。」
そう言って仲間たちと共に歩き出した。
そのころ、若者が多いアントニウスの周りはお祭り騒ぎの状態だった。
カピトリヌスの邸宅を目指していたが、手前にキケロの邸宅があったため、そこを素通りせずにアントニウスはまず最初にキケロ邸に到着した。
「キケロを出せ。」とアントニウスが言う。
キケロの召使いは、主人はただいま留守にしている、というと、仲間たちが使いの者を罵倒しだした。
アントニウスは冷静に言った。
「それはキケロがカエサルを暗殺しようとして、どこかで策略を練っている、ということか?」
「いえ、めっそうもございません。主はカエサル様とも仲良くされているのに暗殺などとそんな恐れ多いことは考えられません。」
アントニウスに脅されて言い返せる使いはなかなか根性も座っている。そう思った。
「では、どこに行ったのだ。」
「それは、私が言うことはできません。」
震えあがる召使いとその周りの者たちを見てアントニウスは、さらに脅しをかけた。
「万が一、キケロがカエサルの暗殺を企てたりしたら、お前たち全員をこれ以上ないくらいに苦しめてから殺してやるからな。」
腰が抜けた召使いを尻目にアントニウスはキケロ邸を去っていった。
アントニウスの行った行動はすぐにキケロに届き、門閥派の間に流れる。
キケロ邸に入っていくアントニウスを見てから動き出した影がひとつ。
それは、長身痩せ身の浅黒い男だった。薄汚れたチェニカを着て足には短いズボンを履いている。
「さて、そろそろ行くか。」
そういうと走り出してカピトリヌス邸の裏口から入っていった。
カエサルはアントニウス、ラビエヌスにそれぞれの役割を渡して門閥派の勢いをさらに潰しながらユリア暗殺計画を潰すことにした。
それは攻防一体の作戦だった。




